愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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116話 残り数日の準備

 団長室の空気は、少しだけ重かった。

 それは誰かが怒っているからではない。

 数日後に迫った降臨が、現実として近づいているからだ。

 ネアは椅子に座り、向かいにユニス、リュナ、ガルドを並べた。

 腰の鞘にはレセル。今日は剣のまま、妙に静かだ。

 

 「……集まってくれてありがとう。短くまとめるね」

 

 ネアは指を折って、前提を並べていく。

 

 「降臨の予定は四日後。場所は城の広間。城内の一角は封鎖されて、許可がないと近づけない。そして、器は教皇フェリシア。鍵は司教リュミナ。器も鍵も、降臨で死ぬ可能性が高い」

 

 口に出してなお、胃の奥がひやりとした。

 

 「私は……止める。神様の器になるのは、よくないことだと、身を持って感じたから」

 

 言い切ると、リュナが小さく頷いた。

 ユニスは表情を動かさないまま、目だけを細める。

 ガルドは腕を組み「むむむ……」と唸った。

 

 「団長。止めるという意思は尊い。だが……止め方を誤れば、王国と女神教の両方を敵に回す」

 

 ネアは頷く。そこは自分でもわかっていた。

 

 「どちらか片方ならともかく、両方となれば騎士団は保たぬ。ゆえに必要なのは、証拠と正当性だ」

 「証拠……」

 

 ガルドは頷いた。

 

 「誰が見ても“止めねばならぬ”と理解できる形。あるいは、法に則った形。宰相閣下ですら動くための理屈がいる」

 

 その言葉に、ユニスが低い声で続けた。

 

 「……正当性を作るなら、空気はある」

 

 ネアが視線を向けると、ユニスは淡々と、しかし貴族らしい現実を言う。

 

 「女神教の暗殺……陽動と同日に起きた不審死。あれで貴族たちは内心、震えている。抗議はするけど、本気で逆らえる家は少ない」

 「つまり……みんな、怖い?」

 「怖い。だからこそ、言い訳が欲しい。守られるための言い訳。誰かが先に、これは危険だと形にしてくれるなら、そこに乗れる」

 

 ユニスは苦々しく息を吐く。

 

 「私も当主の一人として抗議できる。けれど、ただの言うだけでは潰される。必要なのは、大義と筋」

 

 そこへリュナが、椅子の背に体重を預けながら言う。

 

 「……戦う前提の話もしていい?」

 「うん、お願い」

 

 リュナは軽く顎を上げた。

 

 「戦場としての城内は狭い。逃げ場も少ない。しかも女神教の兵が混ざってるなら、下手に魔法を撃てない」

 

 ネアは顔をしかめる。

 確かに、人の集まってる広間だの封鎖区画だの、戦場に向かない条件が揃っている。

 

 「でも、私にはヴァニティアがある」

 

 リュナの腰にある剣。

 魔法を無効化できる力を持つ、魔剣ヴァニティア。

 

 「魔法を封じられるなら、相手の手札を一つ潰せる。あとは魔法抜きでの戦い。……魔法なしでも強い者ってだいぶ減るから、ちょっとお姉さんの力を見せてあげるよ」

 

 軽く言うが、目は本気だった。

 ガルドは眉間の皺を深くして頷く。

 

 「魔法無効……確かに、鍵になり得る。後方からの支援の有無は大きい」

 

 会議はここまででも十分重い。

 けれど、ネアは最後に目線を鞘へ落とした。

 

 「レセル。……どう思う?」

 

 返事はすぐには来なかった。

 鞘の中で沈黙が続いたあと、レセルは人の姿になる。

 次に聞こえたのは、小さな舌打ちだった。

 

 「前提が甘い」

 

 冷たい声と視線に、ネアの背筋が伸びる。

 

 「止めたいなら、何を止めるのかを決めなさい。降臨という結果? 儀式? それとも、犠牲?」

 

 ユニスが少しだけ目を見開く。

 ガルドは腕を組んで唸り、リュナは面白そうに口角を上げた。

 レセルは続ける。

 

 「止めるなら、鍵と器の両方が死ぬのを崩す手を探すべきよ。鍵だけ逃がしても、器だけ逃がしても、意味がない。どちらかを犠牲にして止めた気分になるのは……わたしは嫌」

 

 わたしは嫌。

 それは、ネアを守りたい執着の声であり、同時に妙に筋の通った判断でもあった。

 

 「だから、儀式を崩す。二人とも死なない形に。あるいは、降臨そのものを成立させない形に」

 

 ネアは、胸の奥で決意が硬くなるのを感じた。

 

 「……わかった。方法を探そう」

 

 ガルドが深く頷く。

 

 「よし。では情報が必要だ。正当性を作るにも、戦うにも」

 

 ユニスが短く言う。

 

 「動くなら、早い方がいい」

 

 リュナが肩を回す。

 

 「四日って、すぐだよ」

 

 ネアは立ち上がり、椅子の背に手を置いた。

 

 「じゃあ、次。準備の話に移る」

 

 ◇◇◇

 

 騎士団の宿舎内は、表向きはいつも通りだった。

 だが内側は違う。

 新入りたちは自主訓練の名目で動き、グリムロック隊が各地の巡回を増やし、計算できる人手が足りないので呼ばれたオルヴィク家の使用人が帳簿を整える。

 そしてその中心に、ひときわ場違いに手慣れた空気を漂わせる者がいた。

 狐の獣人にして商人のシャーラ。

 廊下の隅に臨時の机を置き、荷札を並べ、封蝋を確かめ、何やら指示書をまとめている。

 ネアが近づくと、彼女はぱっと顔を上げて、完璧な笑みを作った。

 

 「団長様。何かご用で?」

 「うん。……降臨の日に備えて、お願いがある」

 

 ネアは声を落とし、周囲の気配を確認する。

 ここは宿舎内。味方の目は多いが、それでも余計な耳は多い。

 

 「城内の中心にある広間。そこで儀式が行われる。そこに、仕込みをしてほしい」

 

 シャーラの耳がぴくりと動いた。

 笑みのまま、目だけが鋭くなる。

 

 「仕込み、でございますか」

 

 ネアは懐から袋を出した。金貨の音が鳴る。

 

 「これを渡す。……やってくれる?」

 

 シャーラは袋の重みを手の中で確かめ、にこりとした。

 

 「あらあらあら……もちろんでございますわ。団長様が止めたいのであれば、なおさら」

 「どういう仕込みができる?」

 

 シャーラは胸に手を当て、得意げに言う。

 

 「わたくしにお任せくださいませ。大勢の者を足止めしたり、隔離したり。騒ぎになっても“事故”に見える形で」

 

 さらりと物騒なことを言う。

 ネアは顔を引きつらせた。

 

 「事故……?」

 「ええ。人が多い場ほど、事故は起きやすいものです。特に、上の方々が集まる場はね」

 

 狐の笑みは美しいのに、どこか怖い。

 レセルが鞘の中から小さくささやいた。

 

 『……便利ね。狐は』

 

 ネアも心の中で同意する。

 

 (危ないとしても、今は使える手札を増やすしかない)

 

 ネアはシャーラをまっすぐ見た。

 

 「私が望むのは、殺しじゃない。……足止めと分断。できる?」

 

 シャーラは笑みを崩さず、丁寧に頭を下げた。

 

 「承知いたしました。殺さず、壊さず、ただ動けなくする。最も面倒で、最も上等な仕事でございますわね」

 

 ネアは息を吐いた。

 

 「頼んだよ、シャーラ」

 「お任せくださいませ、団長様。それと今の言い方、なかなか格好いいですわ」

 

 シャーラは金貨袋を懐にしまい、軽やかに身を翻した。

 

 「では、わたくしは準備を進めます。誰が何を見ても、団長様の手が見えぬように」

 

 その背中が廊下の角へ消えるのを見届けてから、ネアは鞘に触れた。

 

 「……レセル。これで少しは、当日の動きは楽になるよね」

 『ええ。でも忘れないで。人の足止めはできても、神は足止めされない』

 

 静かな声。

 ネアは頷く。

 

 「だからこそ……崩す。鍵と器が死ぬ流れを」

 

 黄昏の剣騎士団の宿舎を出たネアは、レセルを鞘に収めたまま大通りへ出た。

 目的地は王都の大教会。

 そこにいるはずのリュミナに会うためだ。

 ……正直、会って何かが変わるとは思っていない。

 それでも、会っておかないといけない気がした。

 

 (鍵が死ぬって……聞いてしまった以上、何もしないのは無理)

 

 城の空気は重く、外の空気は逆に軽い。

 人々は今日もパンを買い、子どもは笑い、口喧嘩は起きる。

 神が降りるとか降りないとか、関係ないという顔をしている。

 そういう普通が、余計に胸に刺さった。

 大教会へ向かう途中。

 市場の外れで、見覚えのある赤褐色の髪が揺れた。

 

 「……あ」

 

 振り向いて笑ったのはカイランだった。

 隣にはリサナ。髪をまとめたスカーフが、相変わらず似合っている。

 

 「よお、騎士団長様」

 「久しぶり……ってほどでもないけど」

 

 ネアが苦笑すると、カイランは肩をすくめた。

 リサナは袋を抱えたまま、淡々とした目でこちらを見ている。

 

 「買い出し中?」

 「まあな。もう王都から出ていく準備してる」

 

 ネアは歩みを止めた。

 

 「……王都から去るの?」

 「女神の降臨って話だろ? となれば、俺らみたいな後ろ暗い連中はさっさと離れるに限る」

 「あたしたちは次の稼ぎ場でほとぼりを冷ますだけ」

 

 リサナはあっさり続ける。

 

 「ま、一人の子どもが騎士団長様になるのを見れたのは面白かったよ」

 

 それで終わり、と言うように二人は踵を返した。

 ネアは一瞬迷ってから呼び止める。

 

 「待って」

 

 二人が振り向く。

 ネアは自分の胸の中の言葉を、できるだけ軽く出した。

 

 「……二人とも悪いことして稼いできたけど。最後に、もう一稼ぎするつもりない?」

 

 カイランが盛大に笑い、肩を揺らす。

 

 「ははは、騎士団長様から、悪事のお誘いが来なすった」

 「はぁ……あたしたちに何をさせたいわけ?」

 

 リサナは呆れ混じりの視線を向けてくる。

 ネアは周囲をちらりと見てから、小声で言った。

 

 「降臨の日に、門とかで大きな騒ぎを起こせる?」

 「……門?」

 「王国の兵士や女神教の兵士が、思わず城内から減るくらいの。外に出てくるほどのやつ」

 

 カイランの笑みが消えた。

 代わりに真面目な表情となり、すぐに何かを計算する顔になる。

 

 「……残り数日で、どこまでできるか……」

 

 指先を軽く動かし、頭の中で人と物と時間を組み替える。

 そして、ふっと口角を上げた。

 

 「できる。ド派手にやるならな。で、いくら出してくれるんだい? 善悪どちらにせよ、でかいことをやるには大金がいるぜ?」

 

 ネアは即答した。

 

 「宿舎に行って副団長のガルドに、“団長からの仕事を受けた”って言って」

 「……へえ?」

 「お金がもらえる。……宿舎に私のお金もあるから、大金をせびってもいいよ」

 

 リサナが目を細めた。

 

 「堂々とした横領の匂いがするんだけど」

 「横領じゃないよ。予算の有効活用」

 

 苦しい言い訳に、カイランがまた笑った。

 

 「いいねえ。騎士団長様、都会に染まったな」

 

 リサナはため息をつくが、拒否はしなかった。

 

 「……わかった。引き受ける。けど、あたしたちは逃げる準備も込みだからね」

 

 カイランは軽く手を振る。

 

 「またどこかでな。当日、ド派手にやったら、そのまま街道を進んで王都から離れる」

 「うん、気をつけて」

 

 リサナが最後に、少しだけ口元を緩めた。

 

 「どんな無茶をするのかこの目で見れないのが残念。……ま、どこかの町で噂を聞きたいから、成功することを願ってる」

 

 ネアは小さく笑って、頷いた。

 

 「……成功させるよ」

 

 二人が去っていく背中は、相変わらず軽かった。

 逃げ道を確保するのに迷いがない。

 それが、羨ましいようで、苦しい。

 

 『泥棒兄妹まで使うなんてね』

 

 鞘の中のレセルが、呆れたように言う。

 

 「仕方ないでしょ。……当日、城の中は地獄になるかもしれないんだから」

 『そうね。じゃあ、外も地獄にして分散させる、と』

 「もっと他の言い方あるでしょ」

 

 ネアは苦笑しつつ、足を速めた。

 大教会は相変わらず大きく、白い石の壁は冷たい光を返していた。

 だが、今日は静けさが違う。

 人の出入りが多いのに、声が低い。

 ざわめきが、胸の奥を刺すようなものになっている。

 受付に用件を告げると、すぐに通された。

 案内された一室の扉を開けた瞬間、ネアは息を止める。

 そこにはリュミナがいた。

 椅子に座り、膝の上にミリアを寝かせている。

 ミリアは眠っていた。

 泣き腫らしたような跡が、まだ頬に残っている。

 

 (……ああ……)

 

 胸が、きゅっと縮んだ。

 ネアが扉をそっと閉めると、リュミナが視線だけで迎えた。

 青い髪、青い瞳。

 いつも通り落ち着いているのに、どこか決意している空気がある。

 ネアは小声で話す。

 

 「……起こさない方がいい?」

 「ええ。泣き疲れて、ようやく眠れたから」

 

 リュミナはミリアの頭を軽く撫でる。

 その指先の優しさが、逆に痛い。

 ネアは椅子の前で立ち尽くし、言葉を選んだ。

 

 「……リュミナさん。降臨、やるんだね」

 

 リュミナは瞬き一つ分だけ間を置いて、静かに頷いた。

 

 「女神教の司教として。当然です」

 

 その言い方に、ネアははっきりと感じた。

 この人は女神教の人なのだ、と。

 逃げない。迷いを見せない。怖くても、やる。

 ネアは唇を噛み、視線を落とす。

 膝枕で眠るミリアの寝息が、やけに小さく聞こえる。

 

 (……この人の決意を、私は無視する)

 

 止めると決めた。

 当日、めちゃくちゃにするつもりだ。

 きっとリュミナは怒る。恨むかもしれない。

 それでも、止める。

 ネアはリュミナを見て、最後に一言だけ口にする。

 

 「……リュミナさん、ごめんなさい」

 

 リュミナの青い瞳が、わずかに揺れた気がした。

 だが彼女は何も聞かない。

 聞かないこと自体が、答えに見えた。

 

 「……ネアさん」

 

 小さく名前だけ呼ばれたが、その先は続かなかった。

 ミリアの髪を撫でる手が止まらないからだ。

 ネアはそれ以上言えず、静かに頭を下げる。

 そして、扉を開けた。

 部屋の外へ出る瞬間、背中に視線が刺さっている気がした。

 

 『……行きましょう』

 

 鞘の中のレセルが、珍しく急かした。

 ネアは小さく頷き、廊下を歩き出す。

 残り数日、いったいどこまでやれるのか。

 準備は足りるのか、失敗すればどうなる。

 不安と疑問を、ぐっと呑み込む。

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