愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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117話 降臨の日

 降臨の日。

 王都の空気は朝から薄く張り詰めていた。

 ネアは目を覚ました瞬間、まず体を確かめた。

 怠さはない。重さもない。

 

 「……動ける。今なら、走れる。戦える」

 

 鞘の中に入っているレセルが静かに応じる。

 

 『体は戻った。でも、状況は最悪ね』

 

 最悪。

 それは単なる比喩ではない。

 儀式が行われる城内の広間は、国王とわずかな護衛以外、女神教の者しか入れない。

 そして黄昏の剣騎士団は、立ち会いの名目で入ることは許されているが、立ち位置は端。

 フェリシアたちのいる中央から、あまりにも遠すぎる。

 団長として入れるのはネアのみ。

 レセルは当然、鞘の中。

 それ以外は一切入れない。

 団長室で報告をまとめていたガルドは、苦い顔で頭を下げた。

 

 「……すまぬ。証拠も正当性も、揃えられなかった」

 「謝らないで。間に合わなかったのは、みんな同じだよ」

 

 ネアがそう言っても、ガルドは眉間の皺を解かない。

 

 「幸い、儀式への立ち会いだけは許された。だが……端だ。女神教がこちらを近づける気がないのは明白」

 

 ユニスも横で腕を組み、息を吐く。

 

 「女神教が本気で排除したいなら、団長の立ち会いすら許さない。つまり、許しているのも計算のうち。……嫌な話」

 

 リュナは、腰のヴァニティアを確かめながら言った。

 

 「城の中で混乱が起きたら、私はすぐ動ける位置で待機する。魔法相手ならヴァニティアは効くから」

 

 役割は決まっている。

 ガルドとユニスは、何も知らない新入りを含めた団員たちと巡回任務。

 リュナは待機。

 ネアとレセルだけが、広間へ行く。

 

 (……二人きりで、女神と女神教を相手に?)

 

 無茶だ。

 でも、無茶でもやるしかない。

 ネアは立ち上がり、剣の帯の位置を整えた、その時だった。

 廊下がざわめいた。

 そして団長室の扉が叩かれる。

 

 「団長殿。面会希望者が……」

 

 入ってきたのは、見習い神官のミリア。

 いつもなら落ち着きのない雰囲気が先に来るのに、今日は違う。

 目が決まっている。

 顔色は悪いのに、腹を括った目だ。

 

 「ネア。話がある」

 

 ガルドが警戒するように一歩前へ出かけるが、ミリアはそれを手で制した。

 

 「二人きりで」

 

 ネアは頷いた。

 

 「……わかった。みんな、少しだけ待ってて」

 

 ユニスが小さく頷き、リュナは「何かあったら呼んで」と短く言う。

 ガルドは渋い顔のまま席を外した。

 扉が閉まった瞬間、ミリアは息を吸って、いきなり言った。

 

 「儀式、止めるんでしょ」

 「…………」

 

 ネアが否定できずにいると、ミリアは続けた。

 

 「私も手伝う」

 

 あまりに直球で、ネアは目を見開く。

 

 「どうして……?」

 「わざわざ先輩のところまで行って、ごめんなさいって言ってたでしょ」

 

 ミリアの声が少しだけ震える。

 

 「明らかに、邪魔しに行きますってやつ。……それくらいわかるよ」

 

 軽く唇を噛み、目元を拭った。

 

 「先輩が死ぬの、嫌だよ。……綺麗な言い方とかできない。嫌なものは嫌」

 「でも、広間は……」

 「入れる。リュミナ先輩が教皇に働きかけた。私は……わずかな例外として通していいって」

 「……どうして、そこまで」

 「先輩が、私に何か残したいんじゃない?」

 

 ミリアは笑いそうになって、笑えずに顔を歪めた。

 

 「最悪な優しさだよ。ほんと」

 

 ネアは返す言葉が見つからない。

 ただ、頷くことしかできなかった。

 

 『使える手は全部使いなさい』

 

 レセルは言う。

 不満もあるはずなのに、今はそれを飲み込んでいる声だ。

 ネアはミリアを見た。

 

 「……一緒に来て。危ないけど」

 「最初から覚悟してる」

 

 ミリアは頷いた。

 その頷きが、怖いくらいまっすぐだった。

 

 ◇◇◇

 

 広間へ向かう廊下は、女神教の白い衣装で埋まっていた。

 視線が刺さる。

 祈りの空気が、圧としてのしかかる。

 そして広間に足を踏み入れた瞬間、ネアは息を呑んだ。

 中央にいるのは三人。

 正確には、三角形に立っている。

 教皇フェリシア。

 この日のために用意したと分かる衣装──白銀の光をまとったような装いで、顔の表情だけは神に仕える清らかさを完璧に演じている。

 その隣に、魔神の器の少女。

 黒髪に琥珀色の目。

 一般人の服を着ていた時とは違う、儀式用の衣服。

 なのに目は落ち着いていて、妙に慣れている。

 そして、リュミナ。

 いつも通りの静けさ。

 ただ、その静けさが鋼みたいになっている。折れないための静けさ。 

 

 (……ついに、始まる)

 

 周囲は期待と緊張に満ちている。

 でも、全員が同じ顔じゃない。

 祈りで酔っている者。焦っている者。目が笑っていない者。

 その中に、聖騎士レティスがいた。

 レティスはネアとミリアを見つけると、何も言わず、そっと手招きした。

 誘導する場所は広間の隅。視線の届きにくい壁際。

 

 「ミリア。ここに来たということは……止める気のようですね」

 

 ミリアは答えない。

 でも否定もしない。

 その沈黙だけで十分だった。

 レティスはネアへ視線を移す。

 

 「私は、司教様……リュミナが小さい頃から護衛をしていました。あの子を支えるため、そして鍵を守るために」

 

 そこで言葉が止まる。

 彼女は一瞬だけ顔をしかめ、すぐ戻す。

 

 「私は……いくつかのことに、気づかないかもしれません」

 

 淡々と告げる声。

 

 「それが降臨を妨害するようなことでも」

 

 ネアの背筋に、冷たいものが走った。

 見逃す、と言っている。

 気づかない、という形で。

 レティスはそれ以上、何も言わずに距離を取った。

 壁際に立ち、ただリュミナだけを見つめる。

 

 (……レティスさん……)

 

 ネアが言葉を飲み込んだ、その時。

 広間の空気が、さらに一段重くなった。

 フェリシアが前へ出る。

 教皇としての厳かな演説が始まった。

 女神の慈悲、救済、導き、新たな時代。

 表面上は美しい言葉が、整然と積み上がっていく。

 それが恐ろしい。

 

 (……女神教にとっては嘘じゃない。それが一番怖い)

 

 演説が終わる。

 あとは降臨をするだけ──その瞬間。

 ぐらり、と広間が揺れた。

 

 「──っ!?」

 

 床がきしむ。装飾が鳴る。

 困惑が広まる。

 少し遅れて、慌てた女神教の兵士が駆け込んできた。

 

 「教皇様! 報告です! 王都を囲む城壁の門……すべてが一時的に崩れ、大きな騒ぎが!」

 

 広間の空気が一斉にざわつく。

 フェリシアは眉一つ動かさず、淡々と命じた。

 

 「急いで復旧作業を。騒ぎを広げないように」

 

 それだけで、女神教の者たちが動く。

 護衛も、儀式の補助をする者も、半分ほどが広間を出ていった。

 

 (……人が減った)

 

 ネアはごくりと唾を飲む。

 これは、仕込み。

 外で起きた“大きな騒ぎ”が、カイランとリサナが起こしたものだと、確信できてしまう。

 鞘の中で、レセルが低く笑う。

 

 『盤面が動いたわね。あの兄妹が何をどうしたのか気になるけれど』

 

 儀式は止まらない。

 でも、守りは薄くなった。

 生まれた隙は、これ以上ない好機。

 三人の周囲に光が集まり始めた。

 ただ眩しいだけの光じゃない。

 熱も、音もないのに、空気の密度だけが変わっていく。

 祈りの言葉が折り重なり、広間そのものが儀式の器へ変わっていく感覚。

 

 (……まずい)

 

 ネアは一瞬で判断した。

 止めるなら今。

 今を逃せば、始まってしまう。

 ネアは走った。

 誰かの制止する声が遅れて響く。

 

 「止めろ!」

 「黄昏の剣の団長? 何をしている!」

 

 聞いていられない。

 どうすれば降臨を止められる?

 どうやれば逃げられる?

 答えはわからない。

 だから、まず引き離す。

 儀式の輪を壊す。

 降臨そのものを、物理的にでも遅らせる。

 ネアの足が床を叩く。

 同時に、残った護衛たちが動いた。

 女神教の精鋭。

 加えて、王国側の騎士団長たちも、何か起きたと察して前へ出る。

 

 (……二重の壁)

 

 最悪の布陣だ。

 狭い広間で、挟み撃ち。

 しかし、その時。

 

 「どいてぇぇぇっ!!」

 

 ミリアの声が裂けるように響いた。

 彼女から放たれる紫電と閃光は、狩猟祭の時に見せたのと同等の魔法。

 いや、むしろ狙いが研ぎ澄まされている。

 

 (……戻ってる。あの実力)

 

 狩猟祭で優勝するため、ミリアは魔神教に頼って力を手に入れた。

 けれどその後、力は封印されたはずだった。

 それが今は解けている。

 リュミナが解除したのだろう。ミリアの意思を尊重して。

 雷撃による衝撃で護衛の足が止まる。

 さらにそこへ、横から割って入る声が。

 

 「ネア! 中に行って!」

 

 リュナだった。

 魔剣ヴァニティアを抜き、前に躍り出る。

 

 「魔法は、全部潰す!」

 

 一瞬、空気が抜けた。

 魔法の気配が無効化される、あの感覚。

 女神教側が魔法で牽制しようとした動きが鈍り、王国側の騎士が顔をしかめる。

 

 「助かる!」

 「お礼はお金でいいよ!」

 

 その瞬間を逃さず、ネアはさらに踏み込む。

 だが、まだ足りない。

 護衛の数が多い、通路が細い、人の壁は魔法だけでは崩れない。

 そこで、床が動いた。低く鈍い音と共に。

 床板が割れるのではなく、盛り上がる。

 土の壁が、せり上がった。

 一本、二本──いや、次々と。

 まるで迷路を作るみたいに、広間が分断されていく。

 

 「……なっ!?」

 

 騎士たちが声を上げる。

 隊列が崩れ、連携が切れる。

 

 (シャーラ……!)

 

 仕込み、足止め、隔離。

 シャーラに頼んだそれが、上手く機能している。

 土の壁は完全な防御じゃない。

 でも、集団をバラバラにするには十分だった。

 ネアは壁と壁の隙間を縫うように走り、最後の直線に入る。

 視界の奥で、三人が光に包まれている。

 フェリシア。

 リュミナ。

 そして、魔神の器の少女。

 光の柱が立ち上がる直前、ネアはそこへ飛び込んだ。

 

 「間に合え!」

 

 あと数歩で、伸ばした手が届く。

 その瞬間、教皇たるフェリシアがこちらを見た。

 笑っていた。

 最初からこうなると知っていたみたいに。

 いや、待っていたみたいに。

 

 「……女神相手に逆らうつもり?」

 

 甘い声。優しい声。なのに背中が凍る声。

 ネアは息を切らしながらも、睨み返した。

 

 「逆らうよ。魔神相手には逆らって、無事でいる」

 

 フェリシアの笑みが、一瞬だけ止まった。

 目がわずかに見開かれる。

 作った表情じゃない、素の驚き。

 

 「……へえ?」

 

 次の瞬間、口角が上がる。

 ぞっとするほど楽しげに。

 

 「なら、少しは面白いものが見れるかも」

 

 その呟きが終わる前に、光が爆ぜた。

 眩しい。

 熱はない。痛みもない。

 ただ、世界の情報が上書きされるみたいに、視界が白に塗り潰されていく。

 

 「くっ……!」

 

 ネアはフェリシアに手を伸ばしたまま、身体が浮くような感覚に襲われる。

 足元が消える。

 音が消える。

 最後に見えたのは、三角形の中心で静かに祈るリュミナの横顔と、なぜか満足そうに目を細めたフェリシアの笑み。器の少女の表情はわからない。

 そしてネアの意識は、光に呑まれた。

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