愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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119話 騒動の後始末

 広間は、落ち着くどころか逆に騒がしさを増していた。

 女神教の兵が叫び、王国側の騎士が指示を飛ばし、倒れた者を運ぶための担架が運び込まれる。

 土の壁が崩れた場所では瓦礫の撤去が始まり、折れた柱の下でうめく声が聞こえるたび、空気が硬くなる。

 ──降臨が、止められた。

 それがどれほど異常な事態なのか、ここにいる全員が理解していた。

 

 「静粛に」

 

 澄んだ声が広間に響く。

 声の主は、教皇フェリシア。

 衣装は乱れていない。髪も整ったまま。

 周囲の混乱が彼女だけを避けていくように、空気が一瞬だけ整列する。

 

 「負傷者の搬送を優先。動ける者は、倒れている者を踏まぬように距離を取りなさい。勝手に叫ばない。命令系統は一つに」

 

 厳かな命令。

 なのに、口調は不思議と柔らかい。

 だからこそ従ってしまう、という恐ろしさがあった。

 それでも完全に落ち着きはしない。

 誰もが視線の置き場を失っている。

 そんな中で、足音が一つ、前へ出る。

 国王だった。

 怠惰な雰囲気はない。

 目に力があり、背筋も伸びている。

 王国の者たちは、緊張で固まった。

 女神教の兵ですら、反射的に姿勢を正す。

 国王は、まっすぐにネアを見る。

 

 「君が止めたのかね」

 

 問いは短い。

 次の言葉は、もっと鋭い。

 

 「なぜ止めた?」

 

 ネアは、喉が鳴るのを抑えた。

 周囲の空気が、答えを待っている。

 答え次第で、何かが決まる。

 

 (……どう言えばいい)

 

 レセルが鞘の中で息を潜めているのがわかる。

 リュナはヴァニティアを構えたまま、目を細めている。

 ユニスもガルドもいない。ここは、自分が立つしかない。

 ネアは、少しだけ考えた。

 それから、正直に言った。

 

 「……死なせたくなかったんです」

 

 国王の眉が、わずかに動く。

 ネアは続ける。

 

 「この三人も。……それから、今後犠牲になるだろう大勢の人々も」

 

 その言葉を聞いた国王は、一度だけ目を閉じた。

 広間が沈黙に包まれ、より静かになる。

 やがて国王は、低い声で言う。

 

 「青いな」

 

 青い。

 理想論だ、と言われたのに近い。

 国王は目を開き、ネアを見据えたまま言葉を重ねる。

 

 「君のせいで、生きている間に女神を見ることは叶わなくなった」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 責める声ではない。恨みでもない。

 ただ、事実を述べるだけの声。

 ネアの背中を冷たい汗が伝う。

 そこへ、フェリシアが横から割り込んだ。

 

 「まあまあ。その辺で」

 

 にこり、と笑って言う。

 

 「女神の姿は……どちらも少女のように見えました」

 

 慰めのようでいて、火に油を注いでいるようにも思える。

 国王はわずかに首を振った。

 

 「自らの目で見たかったのだよ」

 

 淡々としていながらも、深い執着のある声。

 

 「降臨すれば、わずかな間とはいえ、依り代ではない真実の姿が……」

 

 そして国王は、息を吐いた。

 

 「……まあいい」

 

 すっと、肩の力が落ちる。

 

 「余は疲れた。後始末は任せる」

 

 それだけ告げると、国王は護衛を伴って歩き出した。

 広間のざわめきが、背中に吸い込まれていく。

 残されたネアは、言葉を失ったままフェリシアを見る。

 

 (……怒って、ない? いや、怒ってるのかな)

 

 フェリシアは、いつもの微笑みのまま──視線だけで状況を測るように動かした。

 器の少女。

 リュミナとミリア。

 そしてネア。

 それから、魔剣ヴァニティアを構えたままのリュナ。

 

 「ついてきなさい」

 

 命令ではない。

 けれど逆らえる空気でもない。

 フェリシアは軽く手を振ると、迷いなく広間の奥へ向かった。

 誰かが扉を開け、静かな廊下へと出る。

 器の少女は無表情で歩き出し、リュミナはミリアの肩を支えながら続く。

 ネアも、レセルの重みを確かめてから足を動かした。

 リュナは最後までヴァニティアを下ろさず、周囲を警戒しながら、ネアの斜め後ろにつく。

 広間の喧騒が遠ざかる。

 扉が閉まると、音が急に遠くなった。

 フェリシアは振り返らないまま、淡々と言う。

 

 「別室で話をしましょう。今度こそ、落ち着いてね」

 

 その声は柔らかい。

 だからこそ、ネアの胸の奥の不安は消えなかった。

 別室は、広間とは別世界みたいに静かだった。

 分厚い扉が閉まる音がした瞬間、空気が切り替わる。

 フェリシアが振り返り、まずネアを見る。

 

 「あなたのせいで、大勢の目論見が崩れた」

 「…………」

 

 ネアは何も言えず、喉が動くだけ。

 レセルは鞘の中で息を吐く。

 

 『言い方が最悪ね』

 

 フェリシアは次に視線を移す。

 リュミナと、ミリア。

 

 「やれやれ」

 

 肩をすくめ、少し笑う。

 

 「愛する先輩のためになんでもやる後輩に」

 

 ミリアの肩がびくっと揺れる。

 

 「その後輩が好き勝手できるようにした先輩にして司教」

 

 リュミナは一拍置いて、静かに口を開いた。

 

 「責任は……負います」

 

 その声は震えていない。

 覚悟の重みだけがあった。

 ミリアは、唇を噛みしめて一歩踏み出す。

 

 「ちょっと、待っ──!」

 

 だがフェリシアは、しっしっと手を振る。

 

 「はいはい。あなたはあと」

 

 そして、リュミナへ淡々と言う。

 

 「鍵が鍵として効果を発揮するのは一度だけ。残念ながら、地位を与えて女神教に置いておく意味はなくなった」

 

 リュミナのまつげが、わずかに揺れる。

 

 「だから──追放処分とします」

 

 部屋が静まり返る。

 ミリアの顔が、信じられないという色に染まった。

 リュミナは、ただ頭を下げる。

 

 「……はい」

 

 ミリアが爆発しそうになって、息を吸う。

 

 「ふざ──」

 

 そこにフェリシアが言葉を被せた。声は相変わらず軽い。

 

 「とはいえ。魔神教からのちょっかいもあるだろうし……あら?」

 

 わざとらしく首をかしげる。

 

 「ちょうどいいところに、黄昏の剣騎士団の団長がいるではありませんか」

 

 嫌な予感に、ネアの胃がきゅっと縮む。

 フェリシアは、当然のように続けた。

 

 「リュミナとミリア、両名は黄昏の剣騎士団に入りなさい。こちらの団長の世話になるように」

 「……は?」

 

 ネアの声が裏返る。

 リュミナは、驚くほど穏やかに微笑んで頷いた。

 

 「承知しました。ネア団長、よろしくお願いします」

 「いや、待って、リュミナさん……追放って、そんな軽く受け入れるの!?」

 「受け入れるしかないから。……それに」

 

 リュミナはミリアをちらりと見て、声を落とした。

 

 「生きて、守れる方がいい」

 

 優しく、儚い笑みが浮かぶ。

 ミリアは唖然として、口をパクパクさせている。

 

 「え、あ、え? え? 私も? 騎士団? え??」

 

 フェリシアは満足そうにうなずき、次に器の少女──黒髪に琥珀の瞳をした少女へと視線を向けた。

 少女は一歩前へ出て、やけに神妙な顔を作る。

 

 「ネア団長」

 「……なに?」

 「責任、取って?」

 「……へ?」

 

 ネアが固まった次の瞬間、少女の口元がぷるぷる震えた。

 

 「……っ、ふ、ふふ……」

 

 こらえきれず、肩を揺らして笑い出す。

 

 「っ、ははっ……ごめん、無理、笑う……」

 「責任って、何の!?」

 

 少女は涙を拭いながら、笑い混じりに言う。

 

 「私はね、魔神と女神、どっちの依り代になってもよかった。どうあっても歴史に名前が残るから」

 「その発想は怖いよ」

 「それを邪魔したのどこの誰だろうね?」

 

 にこっと笑う。

 

 「なら責任取るべきだよね?」

 

 ネアは恐る恐るながら尋ねる。

 

 「……どういう風に?」

 「私も団員になる。よろしくね」

 「ええええ……」

 「あと、言ってなかった」

 

 少女は指を一本立てて、明るく言った。

 

 「私の名前は、ノエル」

 『……なんなの、この流れ』

 

 鞘の中のレセルは、苛立っているのか唸る。

 リュナは横でヴァニティアを握ったまま、彫像のように動かない。

 団長が面倒事を引き受けているのに、自分が動いて狙いが移るのは得策ではないといった様子。

 

 「……団員が増えるのはいいんだけど」

 

 ネアは頭を抱えた。

 

 「増え方が、想定の斜め上すぎる……」

 

 フェリシアは、全員を見回して微笑む。

 

 「決まりね。あ、異論は?」

 

 ミリアが反射的に手を上げる。

 

 「ありま──」

 「却下」

 「……ひどっ!」

 「ひどいのはあなたのやったことよ。乱入して、魔法をとにかく放ちまくって……。死者が出なかったから、いろいろ楽だけど」

 

 フェリシアは平然と言う。

 

 「それとネア。あなたも覚えておきなさい。今日の件は“止められた”ではなく、“中断した”にしておくのが一番丸い」

 「……丸い?」

 「丸く収まる。世界が」

 

 フェリシアはさらっと言い、扉の方へ向き直った。

 

 「さて。外はまだ混乱してる。後始末の演出をしないとね」

 

 扉が開かれ、廊下の喧騒が薄く流れ込む。

 フェリシアは、去り際に振り返ると一言。

 

 「黄昏の剣騎士団。これから忙しくなるでしょう。頑張って」

 

 扉が閉まる。

 室内に残ったのは、場違いなくらい増えた身内と、言葉にできない疲労だけだった。

 

 「……とりあえず」

 

 ネアは深く息を吐く。

 

 「帰ろう。宿舎に」

 

 リュミナが微笑む。

 

 「はい、団長」

 

 ミリアがうめく。

 

 「先輩が生きてるからいいけど……なんでこうなるの……」

 

 ノエルは楽しそうに言った。

 

 「面白くなってきたね」

 『面白くないわよ』

 

 レセルの不機嫌な声が、やけに頼もしく響いた。

 

 ◇◇◇

 

 その後は、さすがに一筋縄ではいかなかった。

 降臨が“中断した”という事実をどう扱うかで、女神教も王国も神経質になり、事情聴取や確認、警備の組み直しが雪崩のように降ってくる。

 けれど、フェリシアが表面上は混乱を抑え、国王が「後始末は任せる」と早々に退いたことで、少なくともその場で血が流れる事態は避けられた。

 黄昏の剣騎士団の宿舎へ戻る頃には、王都全体がまだざわつきながらも、ゆっくりと表面上は落ち着きを取り戻し始めていた。

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