愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり 作:パッタリ
王都の正門前は、まるでちょっとした市場のようだった。
石畳の道には荷馬車が列をなし、商人が声を張り上げ、巡礼者が祈りを捧げている。
鉄で補強された巨大な門の前には、兵士たちが槍を手にして検問にあたり、一台ずつ荷を改めていた。
「ふむ、問題なし。行っていいぞ」
ネアは列の中で息を呑む。
村や街とは桁違いの人と物の流れに、心臓が早鐘を打っていた。
カイランとリサナは別の抜け道を使うと言って消えてしまった。だから今は一人きりだ。
やがて順番が来る。
「次の者、前へ」
鋼鉄の兜をかぶった兵士が、短く命じた。
ネアはぎこちなく馬車の列を抜け出し、門の前へ歩み出る。
腰の剣に兵士の視線が止まった。
「その剣、見せてもらおう」
「……はい」
おずおずと差し出すと、兵士は片手で軽々と抜き放つ。
刃が日差しを反射したが、兵士は一瞥して鼻を鳴らした。
「ただの古剣か。大したもんじゃないな。通ってよし」
ぞんざいに鞘へ押し戻し、ネアへ突き返す。
胸を撫でおろすネアの耳に、剣からかすかな震え声が響いた。
『はぁ!? なんなのよ、あの無礼な兵士!』
不機嫌さを隠そうともしない、レセルの荒々しい声。
幸い、使い手以外に声は聞こえないため、誰も気づかない。
ネアは慌てて剣を抱え込み、兵士へ小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「一応言っておくが、王都では安易に武器を抜くなよ。理由なく抜けば拘束される。肝に銘じておけ」
冷ややかな忠告とともに、兵士は次の検分へと移っていく。
門をくぐった瞬間、内部の熱気が一気に押し寄せてきた。
声、音、匂い、色彩──何もかもが、ごちゃ混ぜに押し寄せ、眩暈がしそうなほど。
『聞いた? わたしを見ての感想が“ただの古剣”ですって。わたしがいったいどれだけの月日を過ごしてきたと──!』
「ち、ちょっと、そんなに怒らなくても……」
ネアは慌てて腰に手を当て、小声で諫めながらも人の流れに飲み込まれていく。
王都の大通りは、まるで祭りの最中のようだった。
石造りの建物が立ち並び、窓には色鮮やかな布や花が飾られている。
露店では果物や焼き菓子が並び、子どもたちが歓声を上げて駆け回る。
荷馬車が石畳を軋ませ、行き交う人々の服装も見たことのないものばかり。
「……すごい」
目を奪われ、ネアは思わず立ち止まる。
その瞬間、背後から軽い調子の声がかかった。
「やあ、お嬢さん。見かけない顔だな。旅の人かい?」
振り向けば、愛想のいい笑みを浮かべた商人らしき男性が立っていた。
つやのない髪を後ろに撫でつけ、片手には布の帳簿のようなものを持っている。
「王都は初めてだろう? 宿はもう決めてあるか? よかったら安くて安全な宿を紹介するよ。知り合いの宿屋でね、親切で飯もうまい。しかも初めての客なら半額に──」
矢継ぎ早に言葉を重ねる男性。
ネアは戸惑いつつも、親切心に思わず頷きかけてしまう。
その時、腰の剣から鋭い声が響いた。
『ついていっちゃダメよ。こんなの詐欺に決まってる』
ネアはびくりと肩を震わせた。
「えっ……い、いえ、大丈夫です。宿はもう決めてるので!」
慌ててそう言って頭を下げると、男性の笑顔が一瞬だけ消え、舌打ちが小さく聞こえた。
すぐにまた人当たりのいい顔へ戻ると、男性は肩をすくめて背を向ける。
「そうかい、残念だな。じゃ、気をつけな」
その足はすぐに別の旅人へと向かっていった。
ネアは胸に手を当て、どっと汗がにじむのを感じる。
「……あ、危なかった……」
『危ないどころじゃないわ。あんなのについて行ったら、荷物ごと売られてたに決まってる。ほら見なさい、リサナの忠告は正しかったでしょう?』
叱るような声に、ネアは小さく頷いた。
視線の先で、人混みの波に紛れていく男性の背中が、ひどく不気味に見えた。
◇◇◇
人混みを離れ、少し落ち着いた通りに入ったところで、ネアはとある露店の前で立ち止まった。
布地を山のように積んだ店で、仕立て済みのワンピースやマント、靴が所狭しと吊り下げられている。
リサナの忠告を思い出し、ネアは自分の着ている旅装を見下ろす。
「……やっぱり、このままじゃどこからどう見ても田舎者って感じか」
意を決して、服の山に手を伸ばす。
けれど、値段も種類も見慣れないものばかりで、どれがいいのかまるでわからない。
『それはダメ。色が沈んでて、あなたがもっと小さく見えるわ』
「そ、そう……? ならこっちは……」
『こっちは論外。安っぽすぎて、着ると余計に狙われる』
腰の剣、もといレセルの声が矢継ぎ早に飛んでくる。
ネアは慌てて辺りを見回した。周囲の喧騒に紛れているのが幸いで、誰もこちらに気づいていない。
「そもそも、私が着るやつなんだから……そんな細かく言わなくても」
思わず小声で反論する。だが、レセルはまるで譲らない。
『あなた、似合う似合わないが全然わかってないじゃない。ほら、奥の藍色のやつ。落ち着いた色だけど華やかさもある。マントなら、この薄い茶色のを重ねれば街の人に見えるわ』
ネアはため息をつきながらも、言われた服を取り上げる。
鏡代わりの金属板に映る自分の姿を見て、思わず目を見張った。
地味すぎず、派手すぎず。
確かに、王都の人々と並んでも違和感がなさそうな仕上がり。
「……ほんとに、これでいいのかな」
『もちろん。あなたはもっと堂々としていいのよ』
支払いを済ませ、店先で着替えると、ネアは不思議な感覚を覚えた。
自分ではない誰かに生まれ変わったような──少しだけ、王都の喧騒に混じれるような気がした。
「うーん……」
買ったばかりの服に袖を通したネアは、肩をすくめた。
大通りを行き交う人々の視線が、先ほどよりも幾分か軽く感じる。
『どうしたの?』
「……やっぱり、リサナの言った通りだったんだな、って。ちょっと複雑な気分」
うろうろしているうちに夕暮れが近づき、街の喧騒はさらに増していく。
露店の灯がともり始め、香ばしい匂いや酒の匂いが風に混じる。
足は疲れきっていて、ネアはようやく宿を探す気になった。
通りの外れにある、木造二階建ての宿。
質素な看板が掲げられ、門前のベンチでは旅人たちが談笑している。
中へ入ると、暖炉の火とパンの焼ける匂いに迎えられた。
「空いてる部屋を一つ」
「はいよ。これ鍵ね。食事は別料金だから、お腹空いたら向こうの食堂で注文して」
軽い説明のあとお金を支払い、部屋を借り、階段を上がる。
通された部屋は狭いが、清潔なベッドと机があり、窓から夕暮れの王都を見渡せた。
「……やっと、落ち着ける」
ベッドに腰を下ろすと、どっと力が抜ける。
これまでの緊張が、波のように押し寄せてきた。
その時、剣の鞘がかすかに光り、白い髪と赤い瞳の少女となったレセルが姿を現した。
無言でベッドに腰掛けると、ネアの隣に座る。
「今日は大変だったわね」
「……うん。人が多すぎて、息が詰まりそう。街も多かったけど、ここはそれ以上だもん」
ネアが弱音を漏らすと、レセルは柔らかく微笑んで、茶色い髪を優しく撫でた。
一度ではなく何度も。
「でも、よく頑張ったわ。わたしがずっとそばにいるから。安心して」
その声に、胸の奥の緊張が少しずつ解けていく。
ネアは視線を落とし、握った手をそっとレセルの手の上に重ねた。
「……ありがとう。ほんとに、レセルがいてくれてよかった」
「膝枕してあげましょうか?」
「いや、それはさすがにちょっと……」
窓の外から、王都のざわめきが夜風に乗って流れ込んでくる。
その音を背に、二人はしばし黙って寄り添い、長い一日を終えた。