愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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13話 王都の日常、そして選択

 宿の食堂は、朝の活気に満ちていた。

 木の机を並べた広間には、旅人や商人たちがパンをかじり、スープをすすり、今日一日の予定を語り合っている。

 

 「あの、朝食を二人分お願いします」

 「高いのと安いのどっちにする?」

 「ええと、安い方で」

 

 ネアは少し緊張しつつも、追加料金を払って二人分の朝食を頼む。

 席についたとき、部屋を出る前から少女の姿でいたレセルが隣に座る。

 パンを小さくちぎって口に運ぶ仕草は自然で、何度も人になっているせいか、宿の主人や周囲の宿泊客はこれといって不審に思っていない。

 

 「……ねえ、レセル」

 「なあに?」

 

 スープを口に運んでいたレセルが、無邪気に首をかしげる。

 ネアは声を潜めつつ、ずっと胸にあった疑問を口にした。

 

 「その……人の姿で食べたあとって、どうしてるの? 用を足してるところ、見たことないんだけど」

 

 レセルは一瞬目を丸くし、それからにやりと笑った。

 

 「あら、それ気になるのね? ふふ。心配いらないわ。食べたものは全部、魔力に変換されるの。だから体から出るものはないのよ」

 「魔力に……変換?」

 「そう。わかりやすくいうなら、薪などの燃料みたいなものかしら。食べれば食べるほど、私の魔力は少しずつ満ちていくの」

 

 ネアはスプーンを動かす手を止め、真剣な顔で尋ねた。

 

 「……魔力が貯まると、いいことってある?」

 

 レセルはわざとらしく目を細め、頬杖をついてネアを見つめる。

 

 「さあ、どうかしら。たとえば長く人の姿を保てるとか、あなたを守るときにもっと力を出せるとか」

 「ほんと?」

 「ほんと。でもね、それ以上に……一緒に食べるのが楽しいから、私はこうしているの」

 

 にっこりと笑うレセルに、ネアは頬を少し赤らめつつパンをかじった。

 

 「……そういう言い方って、ずるくない?」

 「つまり、効果的ってこと」

 

 そんなやり取りを交わしたあと、二人は一度部屋に戻る。

 そしてレセルは再び剣の姿に戻り、ネアの腰にある鞘へ収まる。

 

 「さて……仕事を探さないと」

 

 宿を出て、人のざわめきに満ちる大通りへ足を踏み出したところで、王都での一日が始まった。

 

 『ネア、あっちをみなさい』

 「うん?」

 

 しばらく歩くと、大通りの一角に人だかりができているのを目にする。

 大きなテントの下に、木製の大きな掲示板が立てられ、そこには大量の羊皮紙がびっしりと存在していた。

 よく見ると、何度も再利用されているのかぼろぼろなものが多い。

 【荷運び、一日銀貨三枚】【厨房手伝い急募】【傭兵募集、報酬は要相談】

 

 「これが、王都の仕事探し……」

 

 ネアは思わず目を見張る。

 だが、人々は張り紙を目にした途端、すぐに剥がしては近くにいる係員らしき人物の元へ駆け寄っていく。

 掲示されたばかりの仕事が、瞬く間に消えていった。

 

 「おい、出遅れたな」

 

 呼びかけと共に肩を叩いてきたのは、二十代半ばほどの青年だった。粗末な鎧を着て、剣を背負っている。

 

 「ここじゃ稼げる仕事はすぐになくなる。田舎から来たなら覚えとけよ」

 「あ……はい」

 

 苦笑しながら青年は去っていき、ネアはぽつんと残された。

 掲示板の紙を眺めても、残っているのは【掃除人募集・経験者のみ】や【薬草の知識ある者求む】といったものばかり。

 

 「私にできることってなんだろう……」

 

 剣の柄に触れ、思わず考え込む。

 剣はまだ未熟。レセルに体を任せれば、熟練の戦士のように動けるが、代償として全身が痛くなる。

 使える魔法は、水を弾くというものだけ。これといって他の人に誇れる強みなんて、何もない。

 

 『……違うわ』

 

 考えていると、腰の鞘から声が響く。

 レセルが静かに言葉を紡いだ。

 

 『あなたには私がいる。それだけで、誰とも違う』

 「でも、私一人じゃ……」

 『一人じゃないわ。忘れないで。わたしは剣だけど、あなたと共にいる存在でもある』

 

 励ましの言葉を受けて、胸の奥に温かなものが広がる。

 ネアは一度深呼吸をすると掲示板を離れた。

 

 「仕事はすぐには見つからなくても……できることを探そう」

 『その調子よ。幸い、物騒な口止め料のおかげでお金にはまだ余裕があるんだし、焦らないこと』

 

 人の波に押されるように歩いていくと、大きな広場に出る。

 そこは市場になっていて、各地から運ばれてきただろう色とりどりの果物や野菜、肉や魚、香辛料の匂いが立ち込めていた。

 

 「うーん……匂いが混ざり過ぎるのって、きついかも」

 『ある程度はよくても、度を過ぎればむしろ悪くなる。そんな一例ね。あっちのリンゴ売ってる店に行きましょう』

 

 ネアは、レセルが言ったリンゴの山を並べた露店に近づき、一つだけ買う。

 すると店番の老婆が、しわだらけの手でリンゴを差し出し、にこやかに言った。

 

 「ふっ、初めて見る顔だね。旅人かい? 買ったのに加えて、一つおまけしてやろう」

 「……ありがとうございます」

 

 思わず頭を下げ、受け取ったリンゴのうち一つをかじる。

 甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、少し心が和らいだ。

 食べながら歩いていると、筋骨たくましい魚屋の男性が客を相手に大声を張り上げていた。

 

 「どうだい、新鮮な魚だぞ! 港から今朝届いたばかりだ!」

 

 魚は魔法か何かで冷やされており、鮮度が保たれている。

 ネアが立ち止まると、男性はにかっと笑い、魚をひょいと掲げてみせた。

 

 「嬢ちゃん、剣を持ってるな? なら魚くらい自分でさばけるか?」

 「えっ、あの……やったことは、あまり……」

 「はは、じゃあ練習しとけ! 王都にいるなら自分で飯を作るのが一番安上がりだ!」

 

 軽口に、ネアは思わず笑ってしまう。

 さらに進むと、織物を扱う、若い職人風の女性に呼び止められる。

 

 「そこのあなた、どう? うちで働く気ない? 若い女の子を募集しててね。住み込みで数年ほど。王都じゃ仕立て仕事も多いから、覚えれば食いっぱぐれないよ」

 「……私、不器用だから」

 「不器用でも手が早ければ役に立つ。やる気があれば、雇ってくれる工房もある」

 「……ええと」

 「ま、無理強いはしないよ」

 

 あまり気乗りしない様子のネアを見て。女性は軽く肩をすくめると、商売気も見せずに去っていく。

 老婆、魚屋、織物職人。

 立場の異なる人々と短い会話を交わしただけでも、王都の広さと多様さを感じる。

 

 「……みんな、強みを持ってる。じゃあ、私は……?」

 

 リンゴを握りしめながら、ネアは自問自答する。

 自分にできることは少ない。でも、レセルがいてくれる。それだけは、誰とも違う。

 考えながら雑踏を抜け、裏道に入った時だった。

 通りの隅で、不自然な影が動いた。

 

 「……放して! このようなことが許されるとでも!?」

 

 澄んだ声が響く。

 振り向いたネアの目に飛び込んできたのは、みすぼらしい旅装をまとった少女だった。

 だが、その背筋の伸びた姿勢と、自然ににじみ出る気品は隠しきれない。

 数人の粗野な者たちが両腕をつかみ、強引に路地裏へ引きずり込もうとしていた。

 

 「姫様気取りか? 今さら、誰も助けちゃくれねえよ。あんたの家は終わったんだ」

 「さっさと来い。用済みになったお嬢様」

 

 群衆は気づかないふりをして通り過ぎていく。

 目の前で少女が抵抗し続けているのに、誰も止めようとはしなかった。

 すると腰の剣から、低いささやきが聞こえてくる。

 

 『……おそらく、貴族同士の争いね。政争に敗れた家の娘が、処分されようとしているのでしょう。ここまで堂々とやるのは初めて見るけど』

 

 ネアは立ち尽くし、手を強く握りしめた。

 

 「……放っておいた方がいい、よね」

 『そう。関われば面倒事に巻き込まれる。貴族の争いなんて、平民がどうこうできるものじゃない』

 

 わかっている。レセルの言う通りだ。

 ──けれど。

 

 (生け贄にされそうになった、あの夜と同じだ)

 

 村人たちは自分を見捨てた。

 同情する者もいたけど、結局遠くから見るだけで助けようとはしなかった。

 今、目の前で誰かが見捨てられようとしている。

 ここで目を逸らしたなら、自分もあの村人たちと同じになってしまう。

 

 「……いや」

 

 唇を軽く噛み、ネアは一歩踏み出した。

 

 「放っては、おけない……」

 

 粗野な者たちが少女を路地に押し込むのを見届けると、ネアは人波をかき分け、進んでいく。

 

 『……ふーん、あなたはそうするのね。いいわ、その選択を尊重してあげる。どれだけの危険が来ようとも、わたしが斬り捨てるから任せなさい』

 

 苦笑めいたレセルの声が背中を押す。

 胸の鼓動が速まる。

 路地裏に消えた影を追い、ネアは全力で駆け出していた。

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