愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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16話 魔剣が魔剣と呼ばれる理由

 黒い革装束の女性が一歩、二歩と石畳を踏みしめて近づいてくる。

 昼の光に照らされたその瞳は虚ろで、かすかな笑みを浮かべた唇が冷たく動いた。

 

 「お嬢様、手こずらせてくれるじゃあないか。おかげで、俺までもが駆り出された」

 

 低く、くぐもった声は、人のものというより握られた剣そのものが語っているように聞こえた。

 ユニスの背筋がびくりと震える。

 

 「……まだ、厄介な追っ手がいる。なら……!」

 

 ユニスは銀の瞳を細め、手を前に突き出した。

 指先から熱が生まれ、炎が凝縮する。

 瞬く間に赤い火球が膨らみ、鋭い音とともに敵へと放たれた。

 

 『なるほど、ギリギリまで魔法が使えることを隠してたとはね』

 「あれは、生まれつきのやつ?」

 『いいえ。勉強することで覚えられるやつよ。魔力の流れを見る限り』

 「そういうのって見えるの?」

 『間近なら、ある程度は』

 

 灼熱の奔流が、狭い路地を焼き尽くさんと迫る──だが。

 相手の反応は、ほんのわずかに剣を横に払っただけ。

 次の瞬間、剣に触れた火球は霧のようにほどけ、掻き消える。

 炎は存在した痕跡すら残さず、空気だけが揺らめいた。

 

 「なっ……!?」

 

 ユニスの瞳が見開かれる。今の今まで隠してきた一手。それがあっという間に防がれたせいで。

 黒い革装束の女性はゆっくりと首をかしげ、冷ややかに言葉を紡いだ。

 

 「無駄だよ、お嬢様。魔法とか、そんな小手先は効かないんだ。この魔剣には」

 

 剣身に鈍い光が走り、声が続く。

 

 「空は空……一切のすべては空である。そういうことだ。その歳で、あの威力はなかなかだが」

 

 虚ろな笑みを浮かべた女性の姿に、ネアは思わず息を呑んだ。

 するとレセルがささやく。

 

 『……あれは普通の剣士じゃない。完全に魔剣に体を乗っ取られてるわ』

 「体を、乗っ取る……」

 

 驚きからネアはわずかに固まる。

 火球がすぐさま霧散した光景に、ユニスの唇は震えていた。

 しかし次の瞬間には表情を引き締め、低い声でネアに告げる。

 

 「……ネア。見たでしょ。あれこそが、魔剣が魔剣と呼ばれる理由の一端」

 「理由……?」

 

 ネアは息を呑む。

 ユニスは銀の瞳を細め、視線を敵から逸らさぬまま続けた。

 

 「世の多くは魔剣を、手軽に強くなれる特別な武器だと考えている。確かに、触れただけで力を授ける剣も存在する。でも……」

 

 言葉を区切り、わずかに唇を噛む。

 

 「ごく稀に生まれてくる、意識ある魔剣は違う。あれは使い手を喰らい、肉体を乗っ取り、自分の器にしてしまう」

 

 ユニスの声には怒りとも恐怖ともつかない震えが混じっていた。

 

 「あの女の人はもう本人じゃない。歩き、話し、剣を振るっているのは……あの魔剣そのもの」

 

 ネアは一瞬言葉を失い、握っている剣を見下ろした。

 

 (……もしかしてレセルも、ああやって私を乗っ取ることができる……?)

 

 胸の奥がざわめき、不安が喉を締めつける。

 その思考を読んだかのように、レセルの声が響いた。

 

 『わたしは違うわ、ネア』

 

 甘やかすような声に、思わずネアの心臓が跳ねる。

 

 『乗っ取ったりなんて、絶対にしない。だってそれじゃ……あなたと一緒にいられないでしょう? それは寂しすぎるもの』

 

 まるで惚気るような言葉。

 けれども、おかげで不安が溶けていくように胸が熱くなる。

 ネアは小さく息を吐くと、剣を握り直した。

 

 「……わかった。信じるよ」

 

 敵の魔剣使い、もとい使い手を乗っ取った魔剣は、虚ろな笑みを浮かべたまま、じりじりと距離を詰めてくる。

 圧迫するような気配に、空気が重く沈んだ。

 

 『ネア、心配はいらない。あなたと一緒なら、わたしはどんな魔剣だって斬れるわ』

 

 レセルの声は、心を強く支えてくれた。

 

 『さあ、わたしに体を委ねて』

 

 声が響いた瞬間、全身が熱に包まれる。

 筋肉が勝手に軋み、視界が揺れるように広がっていく。

 剣を振り上げたネアの体は、明らかに普段より速く、強く、別人のように動いた。

 

 「はあっ!」

 

 一直線の突き。

 避ける暇を与えぬ速度で敵の胸を狙う──はずだった。

 だが次の瞬間、体ががくりと止まった。

 まるで力を込めたはずの腕と脚から、急に重さだけが消え去ったように。

 

 「……っ!?」

 

 鋭いはずの突きは、相手が回避したのもあって、革装束をかすめるだけに終わる。

 女性は涼しい顔で一歩退き、口の端を吊り上げた。

 

 「おや? 何やら想定外って顔だな?」

 

 ネアの背筋が冷たくなる。

 レセルもすぐに理解したのか、唸るように声を漏らした。

 

 『……なるほど、これは厄介ね。わたしがあなたの体を動かす時、単に操ってるだけじゃない。魔剣としての力で、身体能力そのものを底上げしていた。だから人並み以上の速さで動けていたのよ』

 「それが……封じられてる?」

 『ええ。あの魔剣の“無効化”は、魔法だけじゃなく……わたしの加護すらも削ぎ落とす』

 

 レセルの声が一瞬震え、すぐに切り替わる。

 

 『いいわ、ここからは助言に回る。ネア、あなた自身の力で戦って』

 「……うん!」

 

 呼吸を整え、剣を握り直す。

 先ほどまでと比べ、自分の動きは鈍く、心臓はうるさいほど脈打っている。

 一歩踏み込み、相手の剣を受け止めた。

 金属がぶつかり合い、火花が散る。

 腕に重みがずしりとのしかかり、足元の石畳が鳴る。

 それでも必死に押し返し、剣を振り払う。

 

 「ふふ……なるほど」

 

 相手は笑みを崩さず、剣を絡めながらネアへと顔を寄せた。

 

 「お前は、魔剣の使い手か」

 

 その声はユニスには届かないほど小さい。

 

 「……!」

 

 まさかの言葉にネアの瞳が揺れる。

 女性は唇だけで冷たくささやいた。

 

 「安心しろ。黙っててやるよ。こちとら、使い手のいる魔剣には優しいんだ」

 

 虚ろな笑みがさらに深まる。

 ネアの胸に、冷たいものがずしりと落ちていった。

 剣と剣がぶつかり、火花が散った。

 ネアは必死に刃を押し返すが、重みは容赦なく腕にのしかかる。

 

 (……強い。これ以上は……!)

 

 その時、甲冑がぶつかり合う音が周囲に響き渡った。

 

 「そこまでだ!」

 

 鋭い声が路地に轟く。

 振り返れば、槍や剣、さらに盾を構えた衛兵の一団が雪崩れ込んでいた。

 逃げ惑っていた群衆が距離を取り、路地は瞬く間に兵士の壁に囲まれる。

 敵の魔剣使いは薄笑いを浮かべたまま、剣を下ろす。

 

 「……潮時か。この器が捕まっても困るし、今日はここまでにしておこう」

 

 そのまま影のように身を翻し、屋根伝いに駆け上がっていく。

 気配はすぐに消え、あっという間にどこへともなく去っていった。

 ネアは肩で息をしながら剣を下げ、ユニスは背中を壁に預けて息を整える。

 

 「ぬうう、黒装束の者の捕縛は失敗か……だが!」

 

 兵の列をかき分け、一人の男性が前に進み出た。

 年若い兵たちより一回り大きな体躯、厚みのある古びた鎧を着込み、眉を険しく吊り上げている。

 声の張りと硬さは、周囲を圧するだけの迫力を持っていた。

 まるで壁のような人物だった。

 

 「貴様ら、何者だ! 王都の路地で武器を振るい、民を危険にさらすとは何事かー!」

 

 槍の穂先がネアとユニスへと突きつけられる。

 ネアは言葉を失い、ユニスが一歩前へ出た。

 

 「待って。私は」

 「た、隊長!」

 

 部下の一人が慌てて口を挟む。

 

 「その方は……渦中のオルヴィク家のお嬢様にございます!」

 

 だが、隊長と呼ばれた男性は、眉ひとつ動かさず吠えた。

 

 「オルヴィクだろうと何だろうと関係ない! 誰であろうと、王都の平穏を乱す者は許さーん!」

 「で、ですが……!」

 「言い訳無用! 罪ある行いを見過ごすことこそ王都の恥である!」

 

 どこまでも頑なな声に、若い兵たちは押し黙る。

 ユニスは歯を食いしばり、銀の瞳でまっすぐ隊長を睨み返した。

 

 「……私は不審者に命を狙われました。白昼堂々と、大勢の前で。それを放置する方が、よほど王都にとって不名誉では?」

 

 言い合いの火花が散る。

 

 「ど、どうなるの、これ」

 『相手は頑固で融通の効かない隊長。強敵ね。まあ、命の危険がないからそこまで気にしなくて大丈夫』

 

 兵たちが固唾を飲んで見守る中、ネアは剣を握る手に、わずかな冷や汗を感じながら、二人の応酬を見ていた。

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