愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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27話 燃え盛る屋敷

 廊下のあちこちで怒号と金属音が交錯し、壁を揺らすほどの衝撃が響いていた。

 炎の匂いが鼻を突き、黒煙が石造りの天井に這い上がる。

 

 「……火の手が、広がってる」

 「状況はよくない。簡単に放火ができるくらい入り込まれてる。まさか、こっちが動いたその日のうちに仕掛けてくるなんて」

 

 ユニスは外套の裾を握りしめ、険しい表情で呟いた。

 銀の瞳に映るのは、慌ただしく駆ける兵たちの背。

 悲鳴と剣戟、そして焼け焦げた木の匂い。

 ネアは剣を抜いたまま隣に立ち、胸の奥に広がる恐怖を必死に押し殺した。

 

 『落ち着いて。混乱に呑まれたら負けるわ』

 

 レセルの落ち着いた声が響く。

 ネアは固い表情で、こくりと頷いた。

 その時、血に濡れた兵士が駆け寄り、ガルドへと叫ぶ。

 

 「隊長! 西の廊下が押されています! 援護を──!」

 「むむむ……っ!」

 

 険しい声と共に、ガルドは剣を構え直す。

 振り返ったその眼差しは、ユニスをまっすぐに射抜いていた。

 

 「ユニス殿。自分は部下を援護せねばならん。だが、言っておく」

 

 低く、重い声。

 戦場に立つ者の厳しさがそこにはあった。

 

 「──いざとなれば、父君であっても見捨てられよ。生き残る者がなければ、すべては終わる。襲撃者たちの狙いは明白であるゆえに」

 

 ユニスはわずかにまぶたを震わせ、しかし迷わず応じた。

 

 「ええ……狙いは、私の命」

 

 短い返答。

 だがその銀の瞳の奥には、苦渋と決意が交錯していた。

 ガルドは深く頷き、部下を率いて別の廊下へと駆けていく。

 残されたのはネアとユニス、そして数名の兵士。

 ユニスはすぐに歩みを進めた。

 

 「屋敷を出ても、待ち伏せがいるかもしれない。今は父の部屋へ。護衛のゲルハルトもいるから、合流できれば少しは楽になる」

 「……うん!」

 

 燃え盛る屋敷の奥、最も狙われやすい場所へ剣と決意を胸に走り出す。

 オルヴィク家当主の部屋へ続く廊下は、すでに赤く照らされていた。

 広がる火により、途中で兵士たちとはぐれてしまう。

 

 「え、私たちだけ!?」

 「止まってはいられない。進むしかない」

 

 焼け焦げた天井の木材が軋み、煙が立ち込める中、激しい剣戟の音が響き渡る。

 

 「中から……ということは、もう戦闘が!?」

 

 焦るネアの声に、ユニスは即座に扉を押し開けた。

 そこに広がっているのは、修羅場だった。

 古びた豪奢な寝台の脇で、灰色の髪を振り乱した一人の男性が、何人もの敵を相手に剣を振るっていた。

 深い皺が刻まれた顔には返り血が飛び散り、鋭い眼差しが炎に照らされている。

 

 「……ゲルハルト!」

 

 ユニスが名を呼ぶ。

 すると彼はわずかに振り返り、短く顎を引いた。

 

 「お嬢様か……下がっていろ」

 

 言葉少なにそう告げ、再び剣を振るう。

 次々と押し寄せる黒布の刺客たちが、その重く正確な剣筋に薙ぎ払われ、血を吐いて床に崩れ落ちていく。

 

 「……すごい……」

 

 ネアは息を呑んだ。

 若い兵士たちでは到底真似できぬ熟練の技。

 一太刀ごとに、積み重ねた年月の重みが宿り、刺客たちの攻撃はことごとく弾かれていく。

 

 (これが……貴族の当主の護衛を任される人の強さ……!)

 

 だが、血を吐いて倒れていく刺客の影の奥に、異質な気配があった。

 蒼白な肌、赤黒い瞳──そして裂けた口端に浮かぶ見下すような笑み。

 

 「まだ抵抗するのはいいが、もう終わりだ」

 

 吸血鬼。

 あの村を滅ぼした存在が、炎に照らされながら姿を現した。

 

 「……っ!」

 

 ネアの手が無意識に剣へ伸びる。

 ユニスの銀の瞳も、恐怖を押し隠すように鋭さを帯びた。

 ゲルハルトは眉一つ動かさず、刺客の最後の一人を斬り捨てると、静かに身構え直した。

 

 「……お前か。御当主を狙うのは」

 

 吸血鬼は薄く笑い、次の瞬間──まったく防御を考えていないような勢いで接近する。

 ゲルハルトの刃は、確かに吸血鬼の肉を裂いた。

 それは人間ならば致命傷となる一撃。

 だが、返す刀よりも速く、鋭い爪が防具ごと彼の胸を貫いた。

 

 「ぐ……ぬぅっ……!」

 

 血が飛び散り、ゲルハルトは膝をつきながらも、なお剣を握る。

 だが吸血鬼はそれ以上を許さず、笑みを深めてその体を蹴り飛ばした。

 

 「肉を切らせて骨を断つ……とでも言うべきかな? まあ、人間という劣等種には不可能なやり方なわけだ、老人」

 

 床に叩きつけられたゲルハルトの口端から、鮮血が溢れる。

 

 「お……のれ」

 

 彼の眼差しは最後まで揺るがず、寝台に横たわる伯爵を守ろうとしていた。

 しかし、その命は尽きて動かなくなる。

 吸血鬼は肩を震わせ、血に濡れた爪を振り払う。

 そしてゆっくりと寝台へ歩み寄り、何の抵抗もできない寝たきりの伯爵へと爪を突き立てた。

 

 「──終わりだ」

 

 声を発することなく、伯爵の息が途絶える。

 次の瞬間、吸血鬼の赤黒い瞳が、ネアとユニスへと向けられた。

 

 「……まさか、昼間に来るとは思わなかっただろう?」

 

 炎の揺らめきの中、楽しげに口を歪める。

 ネアは強く剣を握りしめる。

 レセルの声が耳に響いた。

 

 『来るわよ、ネア』

 「さあ、続きを楽しもう」

 

 赤黒い瞳がぎらりと光る。

 吸血鬼は血に濡れた爪を振り上げ、炎の中を一気に踏み込んできた。

 

 「っ……!」

 

 ネアは身を強張らせながらも、剣を構える。

 その瞬間、耳に甘くも鋭い声が流れ込んだ。

 

 『屋敷に火が広がっている状況だから、出し惜しみはなし。あなたの体は、わたしが動かして、早期に決着をつける』

 「わかった、お願い……!」

 

 刹那、全身を駆け抜ける熱。

 筋肉が軋むと同時に、恐怖で凍りついていた体が、しなやかで迷いのない動きに変わる。

 目の前で吸血鬼の爪が振り下ろされる。

 だが、ネアの体は自然に半歩ほどずれ、剣が吸血鬼の腕を切り裂いた。

 

 「なに……!?」

 

 続く一撃、二撃。

 レセルに導かれた剣は、舞うように鋭く、吸血鬼の足を、肩を、確実に追い詰めていく。

 ユニスは魔法で後方から支援し、熱波が迫るたびに吸血鬼はわずかに動きを鈍らせた。

 

 「ぐっ……貴様……!」

 

 赤黒い血が床に滴り、吸血鬼の口元から笑みが消えていく。

 順調に押し込んでいる──そう思った、その時だった。

 

 「えっ……?」

 

 突然、ネアの体から力が抜けた。

 剣を振るうはずの腕が重くなり、足の動きが遅れる。

 まるで操り糸を断たれた人形のように。

 

 『……なに、これ……!? わたしの力が……遮られてる……!』

 

 レセルの声にも焦りがにじむ。

 ネアは必死に剣を握り直し、自分の意思だけで体を動かす。

 だが、さっきまでの精密さは消え、刃はぎこちなくなった。

 それを見た吸血鬼は笑う。

 

 「なるほど……妙な剣だとは思ったが、今ので確信した。それは魔剣か」

 「……この状況は、まずい」

 

 ユニスが険しい声を投げる。

 吸血鬼は血を舐め取りながら、炎の影に視線を流した。

 

 「近くにいるんだろう? あの使い手を乗っ取った魔剣が。貴様らの力を封じる忌々しい存在が。くくく」

 

 ネアの心臓が跳ねる。

 ユニスと一緒に路地裏を逃げていた時、使い手を乗っ取って襲ってきた魔剣。

 魔法や魔剣の力の無効化する厄介な存在。

 

 『間違いない……この力の途切れ方、あれの仕業よ! 近くに潜んでる……!』

 

 レセルが鋭く告げる。

 しかし、炎に照らされた廊下にも、揺れる影の中にも、それらしい姿は見当たらない。

 

 「姿は見せないの」

 「ふふ……あれは狡猾だからな。手を貸すだけ貸して、自分は出てこないわけだ。それどころか、いることを知らせない徹底ぶりよ」

 

 吸血鬼は愉快そうに肩を震わせた。

 まるで仲間を紹介するかのように。

 

 「我らは互いに利益を得る関係。奴が道を開き、私が血を啜る。苛立ちはするが、こういう関係は意外と役に立つものだ」

 「……!」

 

 ネアの胸がざわめき、握る剣に汗がにじむ。

 レセルの力を封じられた今、純粋な腕だけで吸血鬼と渡り合わなければならない。

 

 (でも……退けない。ここで倒さないと、こっちが死ぬだけ)

 

 ただの村娘でいた時よりは実力がついた。

 だが、それでも吸血鬼相手に正面から戦うのは厳しいものがある。

 ユニスは落ちてる盾を拾うと、隣で構えて銀の瞳に怒りを燃やす。

 

 「……来なさい。全部、ここで終わらせる」

 

 炎と血の臭いに包まれる中、戦いは再び幕を開けた。

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