愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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28話 炎の中の激闘

 崩れ落ちる木材が火花を散らし、赤黒い煙が廊下を覆っていた。

 焼け焦げた匂いが肺を突き、熱気で肌がじりじりと焼ける。

 その只中に立つのは、赤黒い瞳をぎらつかせた吸血鬼。

 腕にはいくつもの傷が走り、血が滴っていたが、その口元はなおも笑みを浮かべている。

 

 「……人間風情が、勝てるとでも?」

 

 低い声が炎に混じって響く。

 負傷していてなお、その気迫は強烈だった。

 ネアは震える指先で剣を握り、喉を詰まらせる。

 レセルの導きを断たれた今、刃は重く、足取りもぎこちない。

 だが──それでも退くわけにはいかない。

 

 「村では、勝った。私自身の力じゃないけど」

 「……忌々しいことを思い出させてくれる。死ね」

 

 火の粉を踏み越え、吸血鬼が飛び込んでくる。

 爪が閃き、壁を抉る音と同時に、ネアは反射的に剣を振るった。

 刃が爪とぶつかり、耳を裂くような甲高い音が響く。

 腕が痺れ、体が後ろへ弾かれそうになる。

 

 「ネア!」

 

 背後からユニスの声。

 振り返ると、彼女の手に炎が集まり、次の瞬間、火球が放たれた。

 

 「──燃えろ!」

 

 爆ぜる炎が吸血鬼の横をかすめ、壁を焼き焦がす。

 熱気が弾け、廊下を赤く照らした。

 吸血鬼はわずかに怯み、苛立たしげに舌打ちを漏らす。

 

 「ちっ……この程度、効かん!」

 

 獰猛な動きが再び迫る。

 ネアは呼吸を整え、全身に力を込めて剣を振るう。

 ぎこちないながらも、炎の光を背にした銀の刃が、吸血鬼を少しだけ押し返す。

 

 (……レセルの力がなくても、私の手で!)

 

 火花が散り、血と煙の匂いが混ざる中、戦いは激しさを増していった。

 吸血鬼の爪が石壁を削り、破片が弾け飛んだ。

 煙が充満する中、赤黒い瞳がぎらぎらと輝き、ネアを射抜く。

 

 「人間ごときが……まだ立つか。いい加減に死んでもらいたいのだがな。屋敷が燃え落ちる前に」

 

 低く笑う声に、ネアは剣を握り直した。

 腕は痛みで痺れ、息も荒い。

 だが──下がる気はなかった。

 

 (ここで退いたら……吸血鬼に怯える日々が続く。それはダメだ)

 

 逃げたところで、向こうはいつでもこちらを襲える。

 どこにいようと、命を奪われる可能性が付きまとう。

 それは、いつ死ぬかを待つだけでしかない。

 震える膝を押さえつけるように、前へ踏み出す。

 銀の刃が火の粉を弾き、吸血鬼の爪とぶつかり合う。

 甲高い音が響き、火花が散った。

 

 「はあっ!」

 

 全力で押し返す。

 だが、力はやはり吸血鬼の方が上。

 押し潰されそうになる──その瞬間。

 

 「下がって!」

 

 ユニスの鋭い声が響き、音と共に火球が飛ぶ。

 火球は吸血鬼の足元で爆ぜ、熱風がいくらか広がる。

 吸血鬼の動きが鈍り、その顔に苛立ちが浮かんだ。

 

 「この、鬱陶しい小娘が……! それにあいつはなぜ、魔法の無効化をせんのだ……!」

 

 怒声と共に、炎の残滓を裂いて突進してくる。

 だがその一瞬の隙を、ネアは見逃さなかった。

 

 「今だ!」

 

 刃が閃き、吸血鬼の肩を深く裂いた。

 赤黒い血が飛び散り、獰猛な声が炎に混じって響く。

 

 「グゥゥ……ッ!」

 

 吸血鬼がたじろぐ。

 煙の中、ユニスが新たな火球を構え、冷たい声を吐き出した。

 

 「ここで……終わらせる!」

 

 炎が再び唸りを上げる。

 火事の熱気と重なり、廊下全体が燃え盛るように赤く染まった。

 

 (……いける! 今なら!)

 

 ネアの胸に確かな感触が芽生える。

 レセルの導きはなくとも、自分の手で届く一撃がある──そう確信できた。

 

 ◇◇◇

 

 赤黒い血に濡れた吸血鬼の動きは、徐々に鈍り始めていた。

 肩から腕にかけて深い裂傷が走り、片足も炎で焼かれている。

 それでも牙を剥き、獣のようにネアへ飛びかかろうとする。

 

 「……っ、もう少し……!」

 

 ネアは胸の奥で息を噛み殺し、刃を構え直した。

 レセルの導きは途絶えたまま──だが、自分の手で押し込んでいる実感があった。

 斬撃が交わるたびに、吸血鬼の反応が遅れる。

 ほんのわずかな差。それが勝敗を決める。

 

 「くそ、小娘どもが……劣等種の人間風情が、この私を……!」

 

 怒りにまみれた咆哮。

 血を滴らせながら突進する吸血鬼の胸を狙い、ネアは全力で踏み込んだ。

 

 (あと一撃で……!)

 

 刃が閃き、勝利の瞬間が目前に迫った──その時。

 

 「……あ?」

 

 吸血鬼の体が、不自然に揺れた。

 背中から突き出した刃が、心臓を貫いていた。

 

 「……な……に……?」

 

 赤黒い瞳が見開かれ、血が喉から泡のようにあふれ出す。

 次の瞬間、その体はぐらりと崩れ落ち、床を血で染めながら動かなくなった。

 

 「っ……!」

 

 思わず一歩退いたネアとユニスの前に、黒い革装束をまとう女性が姿を現した。

 しなやかな体つきに、冷たく濁った瞳。

 彼女の手に握られた剣は、ただの武器ではない。

 その刃からは、不気味な意志がにじみ出ている。

 

 『とうとう出てきたわね』

 

 レセルの警戒する声が響き、目の前の相手を見たネアの背筋が凍りつく。

 

 「……いやぁ、よかった」

 

 女性は、いや、より正確にはその笑みは使い手を乗っ取った魔剣が浮かべたもの。

 声の響きは、どこか人間離れした調子を帯びている。

 

 「この吸血鬼、正直扱いに困ってたんだ。長生きしてるせいか自信過剰で、勝手に動いて村を襲ったりしてな。それでいて地味に警戒心がある」

 

 やれやれといった様子で肩をすくめる。

 

 「おかげで余計な火種が広がるばかりで……お嬢様への襲撃ついでに始末した方が後腐れないと思ってたところなんだよ」

 

 その言葉に、ネアの心臓が跳ねた。

 脳裏に、あの夜の光景が思い浮かぶ。

 吸血鬼からの襲撃を受けて燃える村が。

 

 (……いや、もうすべて過ぎたこと)

 

 女性もとい魔剣は、血に濡れた剣を軽く振り払い、楽しげに続けた。

 

 「オルヴィク家の当主は死んだ。残されたのはただ一人の娘……しかも、ぼろぼろな姿で目の前にいる。そしてそれは護衛も同じ」

 

 銀の瞳を持つユニスへと、剣がすっと向けられる。

 炎の赤に照らされ、冷たい殺意がきらりと光った。

 

 「さあ、“本番”といこうじゃあないか」

 

 真面目な声と共に、静かに剣を構えた。

 燃え盛る屋敷の内部。

 火の手は広まり、天井から火の粉がぱらぱらと落ちてくるほど。

 赤い炎が乱反射し、影を歪ませる中で──使い手を乗っ取った魔剣とネアは正面から激突した。

 

 「くっ……!」

 「短い間に成長してるか。いい使い手だ」

 

 金属の衝撃音が耳をつんざき、火花が散る。

 押し返そうとするネアの剣筋は鋭い。

 だが、剣を握る相手の動きはしなやかで、なおかつ余裕を感じさせた。

 

 (……強い! でも、こっちだって押されっぱなしじゃない……!)

 

 必死に足を踏みしめ、刃を振るう。

 だが、相手の瞳にはまだ冷たい遊び心が残っていた。

 

 「ちょっとは楽しませてもらえそうだな。せっかくだし名乗っておこうか」

 

 にやりと笑い、剣をわずかに掲げる。

 炎に照らされた刃は、まるで闇そのものを閉じ込めたように深い黒へと変化する。

 

 「俺の名はヴァニティア。前に見ただろうが、魔法とか魔剣とかの能力を無効化するだけの存在さ。おっと、剣の色を変えることもできるぞ」

 

 その名を聞いた瞬間、レセルの苛立ち混じりの声が耳に響く。

 

 『無効化するだけ? 腹立たしいほどの謙遜ね。無効化というのがどれほど厄介か』

 

 ヴァニティアは楽しげに刃を振るい、迫ってくる。

 ネアは必死に受け止め、火花が散った。

 

 「……ユニス!」

 

 背後でネアが叫ぶと、ユニスは即座に手を掲げる。

 小さな炎が弾け、目眩ましのように明滅した。

 黒い剣がわずかに止まり、ネアは一瞬の隙をつく。

 

 「はああっ!」

 

 横薙ぎの一閃。

 だが、その一撃は容易く受け止められ、余裕ある笑みが返ってきた。

 

 「目眩まし。考えは悪くはない……だが、この燃え広がる屋敷じゃ意味がない」

 

 周囲はすでに炎に包まれている。

 熱気と煙で視界は揺らぎ、火の粉が降り注ぐ。

 ユニスの魔法は効果を失いつつあった。

 

 (……頼れるのは、自分だけ……!)

 

 必死に剣を構え直すネア。

 その瞳は、女性の奥にいる存在をまっすぐに射抜いた。

 

 「……その人……! 生きてるの? それとも……死んでるの?」

 

 一瞬の沈黙。

 そしてヴァニティアは、にやりと口角を吊り上げた。

 

 「生きてるさ。精神は、俺の使い手となってからずっと眠ってるがな。器がなければ俺は動けない。俺は、自分の意思で望むままに動きたい。だから、この器は大事にしてるぜ。──お気に入りなんだよ」

 

 その言葉に、ネアは息を呑んだ。

 使い手は意思を奪われ、眠らされたまま、目覚めることすらできない。

 

 『……不幸な才能ね。ああいう魔剣に“選ばれて”しまったせいで、永遠に眠り続けるしかなくなった……』

 

 レセルの声は、珍しく哀れみを帯びていた。

 ヴァニティアは笑いながら、剣を構え直す。

 

 「お喋りが過ぎた。続きをやろう。お前とその剣ごと、ここで無にしてやる」

 

 黒い刃が炎を裂き、闇のごとく迫る。

 ネアはぐっと足を踏み込み、再び剣を振りかざす。

 火の粉が舞い、天井の木材は軋み、屋敷全体が崩れ落ちようとしていた。

 その中で、ネアとヴァニティアの刃は幾度もぶつかり合い、火花と衝撃が狭い空間を揺らしていく。

 

 「──ッ!」

 

 鋭い突きが喉元を狙う。

 しかしその瞬間、レセルの声が響く。

 

 『右へ、今!』

 

 とっさに身をひねると、刃は茶色い髪を数本散らすだけで通り過ぎた。

 頬にかすり傷が走り、血が一筋流れる。

 

 「ちっ、惜しい」

 「……はぁっ!」

 

 必死に反撃するも、相手は軽やかに刃を受け流す。

 次の瞬間、低い軌道で脚を狙う一撃。

 

 『跳んで!』

 

 レセルの叫びと同時に飛び退く。

 靴底を刃がかすめ、切れた靴の破片が散った。

 もし一瞬遅れていたら、脚を斬られていただろう。

 

 「……はぁ、はぁ……!」

 『落ち着いて、ネア。あなたの体はもう、無駄に斬られない動きを体が覚えてる。だから、焦らなければ対応できる』

 

 レセルの声に、必死に呼吸を整える。

 確かに、すでに二度三度、致命的な斬撃を紙一重で避けることができていた。

 剣の重みが腕に響きながらも、まだ立っていられる。

 

 「……しぶといな。ただの田舎者にしては鍛えられてる」

 「田舎者で悪かったね!」

 

 吐き捨てながら横薙ぎに斬りつける。

 だがヴァニティアは片手で軽やかに受け止め、火花を散らした。

 その時、轟音と共に天井の木材が崩れ落ち、火の粉が吹き荒れる。

 煙に巻かれ、視界が赤と黒に染まっていく。

 

 「……くっ!」

 

 瓦礫を避けるため、自然と横手の廊下へと足が向かう。

 炎の熱気に押され、二人の戦場は少しずつ屋敷の奥へ移動していった。

 

 「ネア!」

 

 背後からユニスの声が響く。

 必死に駆け寄ろうとする彼女の前で、天井の一部が崩れ落ちた。

 炎と瓦礫が道を塞ぎ、二人の間に壁ができる。

 

 「ユニス!」

 「……っ、こっちは心配いらない! あなたは前を!」

 

 炎に遮られ、声だけが届く。

 銀の瞳の光も、もう見えない。

 ネアは唇を噛みしめ、剣を強く握り直した。

 

 『……大丈夫。今は一人でもやれる。わたしがいるから』

 「……うん!」

 

 炎と煙の廊下に、黒い剣を掲げるヴァニティアの影が浮かび上がる。

 その唇が、冷たく歪んだ笑みを形作った。

 

 「燃える廊下での一騎打ち。時間が経てば、焼け落ちる屋敷に呑まれる。……ここからは二人きりだ。器が焼け死んでも困る、いい加減に終わらせよう」

 

 轟音と炎の唸り声に包まれる廊下。

 熱気が肌を焼き、煙が肺を塞ぐ。

 それでも二つの刃は、幾度も火花を散らし続けた。

 

 「……くっ!」

 「ははっ、いいぞ! まだやれるじゃないか!」

 

 黒い刃と銀の刃が交錯し、激しい衝撃が腕を痺れさせる。

 だが、そこでネアは違和感を覚えた。

 

 (……今の衝撃、少し軽い?)

 

 確かに重く鋭い打ち込みだったはず。

 なのに、刃を受けた腕は先ほどに比べると軋まない。

 

 『気づいた?』

 

 耳にレセルの声が届く。

 息を切らしながらも、ネアは小さく頷いた。

 

 『あの魔剣ヴァニティアは、無効化の力を持っている。でもね、力の源は“刃そのもの”。頑丈さはあるけど、それでもわたしほどじゃない。こうして何度も剣を打ち合わせれば……』

 

 ガキィンッ!

 

 再びぶつかり合った刃から、ひび割れのような細い線が黒い剣に走った。

 ヴァニティアの唇が、初めてわずかに引きつる。

 

 「……チッ、こんなことが……!」

 「魔剣でも、硬さは違うんだね」

 「なんなんだ、そいつは。普通、魔剣は似たり寄ったりの硬さだというのに」

 

 魔剣であるヴァニティアからしても、レセルは異質な魔剣であるのか、苛立ちが隠せないでいた。

 

 『その調子。少しずつ、あの力は削れていってる。無効化も完全じゃなくなってきてるわ。あなたの意思に、わたしが力で後押しする。……わたしが一方的に操るのではなく』

 

 レセルの声に鼓舞され、ネアは体を押し込んだ。

 汗で滑る手のひらを握り直し、全力で斬り結ぶ。

 

 「はあああっ!」

 「……っ、ぐぅぅぅぅ!」

 

 炎の渦の中、何度も火花が散る。

 そのたびに黒い刃には新たな亀裂が走り、無効化の力は鈍っていく。

 そしてついに──

 

 パキィィンッ!

 

 甲高い音と共に、黒い剣が砕け散った。

 刃の破片が炎に弾かれ、光の粒となって飛び散る。

 

 「……ば、かな……!」

 

 ヴァニティアに乗っ取られた若い女性の瞳が揺れ、口から血を吐いた。

 その体はがくりと膝を折り、崩れ落ちる。

 黒い刃は完全に砕け、床に散らばった破片はすぐ炎に呑み込まれた。

 

 「か……勝った……!」

 

 ネアは荒い息を吐き、崩れ落ちる体を必死に支える。

 

 ゴゴゴゴッ……!

 

 しかし、炎に炙られた屋敷のあちこちが一斉に崩れ落ち、床が大きく揺れた。

 立っていることすら難しいほどの振動が全身を貫く。

 

 「早く、脱出しないと……」

 『ネア! 屋敷が!』

 

 焦る声でレセルが叫ぶ。

 熱風と爆ぜる音に押され、視界が赤と黒に塗り潰されていく。

 

 「──!」

 

 必死に叫ぶも、返事は炎に呑まれ、届かない。

 次の瞬間、天井が崩れ落ち、瓦礫と炎が雪崩のように押し寄せてきた。

 ネアは咄嗟に剣を掲げ、その時レセルの声を聞いた。

 

 『わたしが守る──絶対に』

 

 轟音と熱に包まれ、すべてが崩れ落ちていった。

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