愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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32話 祭りの布告

 馬車の揺れに身を任せていると、街角のあちこちで役人らしき人物が高らかに声を張り上げているのが見えた。

 

 「国王陛下よりの布告がある! 一ヶ月後に狩猟祭が開催される! 参加を考える者は準備を怠らないように!」

 

 朗々と響く声に、人々がざわめきながら集まる。

 大きな商館や食堂の壁には、すでに貼り出されている告知の紙が目を引いた。

 文字には狩猟祭の文字が大きく書かれている。

 その内容を聞いて、ネアは思わず目を丸くした。

 

 「……魔物を、街の中に?」

 

 告知によれば、牙や爪を削り取り、毒や魔力を抑え込んだ魔物を解き放ち、それを狩猟するという催しらしい。

 安全に危険を体験できるとして、王都の住民には好評を博しているとのことだった。

 通りを歩く人々からは、さっそく期待を口にする声が上がる。

 

 「今年こそは一等席での見物に行くぞ!」

 「こっちは仕事仲間と腕比べだ! もちろん、賞金も狙うがな!」

 

 笑い声と浮き立つ空気が、通りに満ちていた。

 けれど、その一方で冷めた声も耳に入る。

 

 「やれやれ、また物好きな催しが始まるのか……。窓の防護を固めとかないとね」

 「わざわざ魔物を捕まえて街中に放つなんて、どうかしてるぜ」

 

 馬車の座席で腕を組みながら、ユニスが吐き捨てるように言った。

 

 「私の意見としては、正直なところ無駄金としか思えない。捕らえて封じる手間も費用も、全部他に回せばいいのに」

 

 ネアは苦笑を浮かべる。

 確かに、村での暮らしを思えば、魔物を“見世物”にする発想そのものが異世界のようだった。

 それからしばらく黙っていると、ユニスが静かに口を開いた。

 

 「まあ、この祭りには別の思惑がある。……一時的に問題が起きようとも、予定通りに行うこと、それ自体が“王国は揺らいでいない”という証明になるから」

 

 その声は、冷ややかというよりも、ただ事実を淡々と並べる響きだった。

 

 「去年よりも告知に力が入っているけど、それは治安を巡る不安が広がったからこそ。ゆえに派手にやる必要がある。……どこかの誰かさんが、私を排除するために仕組んだあの吸血鬼騒ぎが原因だけど」

 

 最後辺りの言葉はだいぶ棘があったが、命を狙われたのだから無理もない

 そして説明を聞いたネアは、なるほど、と胸の奥で呟いた。

 ただの娯楽だと思っていた祭りに、そんな意味があるなんて。

 

 「それともう一つ」

 

 ユニスは人混みの向こうに目をやる。

 

 「この狩猟祭で実力を示せば、王都中に名が知れ渡る。貴族や商団に声をかけられ、有名人として引っ張りだこになる。まあ、簡単に言うと兵士や冒険者の登竜門みたいなもの」

 「……そんなに、大事なお祭りなの?」

 「もちろん。なにせ、比較的安全で大勢が見てるから、名前を売りたい者からすれば、これ以上ない機会というわけ」

 

 ユニスはそこで言葉を止めるとネアを見つめる。

 

 「……あなたはどうする? 参加するの?」

 

 問いは軽い響きだったが、その瞳は真剣にこちらを見据えていた。

 

 「個人的には、あまりおすすめしない。怪我もするし、毎年、命を落とす者も少しは出る。でも……無理に止めたりもしない。私はあなたを一時的に雇ってるだけだから。どうしたいかを決めるのはあなた次第」

 

 ネアは思わず視線を落とした。

 ──もし参加したら、何を得られるのだろう?

 

 「……もし参加したら、どんな利益がある?」

 「地位、名誉、金銭」

 

 ユニスの答えは短く、それでいて重かった。

 

 「基本はこれだけど、あなたが何を望むかによって、いくらでも変わる。昔の優勝者の中には、貴族の爵位とか貰えた人もいるみたいだけど、ここ最近はさすがにない」

 

 話を聞いて、軽く目を閉じる。

 簡単な選択じゃない。

 けれど──。

 

 『参加するなら、わたしが支えるわ』

 

 腰の剣から、甘やかな言葉が降ってきた。

 

 『でも、無理をしなくてもいい。あなたの望みを優先して。わたしはそれで満足だから』

 「……考えてみる」

 

 小さく答えると、ユニスは頷き、それ以上は追及しなかった。

 馬車の窓の外では、祭りを待ちわびる人々の笑顔があふれていた。

 狩猟祭まで残り一ヶ月。

 王都は少しずつ、その熱気に包まれ始めていた。

 

 ◇◇◇

 

 屋敷に戻ると、客間の扉の前に立っていた使用人が、妙に緊張した面持ちで頭を下げた。

 

 「……中でバゼム様が、伯爵様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 「ユニス様は、別室でお待ちください」

 「……明らかに何か企んでる。ネア、気をつけて」

 「うん」

 

 ユニスと別れ、使用人についていった先で扉を開けると、優雅に腰掛ける男性の姿が目に入る。

 バゼム・グラニエ伯爵。

 相変わらずの柔らかな笑み。

 けれど、その目の奥には底知れぬものが潜んでいる気がして、ネアは無意識に身構えた。

 

 「やあ、帰ってきたばかりのところを邪魔してすまないね」

 「……何か、用ですか」

 

 問いかけると、バゼムは芝居がかった仕草で両手を広げた。

 

 「狩猟祭のことは、もう耳にしたかな? よければ──うちのヴァニティアと、その使い手と組んで出場してみる気はないかと思ってね」

 

 言葉は軽やかだが、その裏にある思惑は重い。

 ネアは目を細め、少し間を置いてから尋ねた。

 

 「……使い手の人と、ヴァニティアは、今どうしているんですか」

 「あれからまだ一週間だが、使い手は立って歩ける程度には回復しているよ。ヴァニティアは修理中だが、一ヶ月もあればなんとか元通りになるだろう」

 

 バゼムは穏やかに微笑む。

 

 「君のような子が一緒に出てくれれば、きっと心強いはずだ。無論、支援は惜しまない」

 

 その瞬間、腰の剣がかすかに震え、耳に柔らかな声が落ちた。

 

 『……あの胡散臭い優男、今のうちにあなたを取り込もうと外堀を埋めてきてるわ。気をつけて』

 

 レセルの警告に、ネアは唇を軽く噛み、考え込む。

 そして一つの疑問が浮かんだ。

 

 「……その使い手さん、自分で動けるんですよね?」

 「もちろん。無理をさせなければ問題ない」

 

 バゼムの答えを受け、ネアはまっすぐに言った。

 

 「……なら、まずはその人と話をしてみたいです。ヴァニティアに操られていない“本人”と。話をしてから、出るかどうか決めます」

 

 短い沈黙のあと、バゼムの口元がにやりと歪んだ。

 

 「ふむふむ、いいだろう。君が望むなら、近いうちに会わせよう。今日でも明日でも。なんなら今すぐにでも」

 

 その声には、相手を弄ぶような愉快さがにじんでいた。

 ネアの胸に生まれたのは、不安と──それ以上に、確かめたいという強い衝動。

 

 「今すぐでお願いします」

 「ははは、そう来なくては。とはいえ、着替えなどがあるから少し待ってくれ」

 

 バゼムが去ったあとも、部屋には重たい空気が残っていた。

 ネアは小さく息を吐き、足早に廊下を歩く。

 

 『ユニスに意見を求めるの?』

 「うん。私より、バゼムって人のことを知ってるだろうし」

 

 別室にいると聞いて、扉を叩く。

 返事があり、中に入ると、ユニスは椅子に腰掛けて書類を見ていた。

 顔を上げた彼女は、ネアの表情を見ただけで察したように眉をひそめる。

 

 「……どういうやりとりがあった?」

 「狩猟祭に、ヴァニティアとその使い手と一緒に出てみないかって」

 

 短く経緯を伝えると、ユニスはしばし黙り込み、それから溜息をついた。

 

 「やっぱり。手を引いたふりをしても、簡単に諦めるはずがないと思ってた」

 

 ネアは椅子に腰を下ろし、まっすぐに視線を向ける。

 

 「ユニスなら……どうするのがいいと思う?」

 

 その問いかけに、ユニスは指先で書類を閉じ、深く組んだ手の上に顎を乗せた。

 その瞳は冷静に、しかしどこか真剣に光っていた。

 

 「あなたがどうしたいかが一番大事。でも私の意見を言うなら……」

 

 少し間を置き、ユニスは低い声で続ける。

 

 「彼と組むのは、大きな借りを作るのと同じ。どんなに表向きの体裁が良くても、いずれはその見返りを求めてくる。……とはいえ、得られる利益は確かにある。王都において影響力のある貴族だし、魔剣と使い手を配下にしてもいる。……だからこそ、どちらを選択するかは悩ましい」

 

 ネアは拳を握り、視線を落とした。

 耳にした言葉は重く響き、迷いをさらに深くする。

 

 「レセルの意見が聞きたい」

 『組む、組まない、どちらの選択をしても、あなた自身の糧にはなる。でも、あの優男の思う通りに物事が進むのは癪に障るから、組まないでほしいわ』

 

 レセルの言葉に、ネアはそっと頷き、ユニスに向き直った。

 

 「……少し考えさせて。やっぱり、まずはその使い手さんと話をしてみたい」

 「そうね。話すだけなら危険は少ない。けれど、相手が操られていない保証はないことも忘れないで」

 

 その忠告に、ネアは胸の奥で緊張を抱きしめながらも、静かに決意を固めた。

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