愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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36話 狩猟祭の表と裏

 「再会の記念ってことで、今日は俺の奢りだ!」

 

 カイランは大げさに胸を張り、四人は大衆向けの食堂へと入った。

 木の扉を開ければ、香ばしい匂いと賑やかな熱気が一気に押し寄せてくる。

 客たちの笑い声や杯を打ち鳴らす音が飛び交い、まるで祭りがすでに始まっているかのようだった。

 

 「うわー、賑やかなとこだね……」

 「こういう雰囲気が好きなのさ。気取った店は性に合わねえ。それに、あまりお高い店に入り浸ると目をつけられるからな」

 「あとは、高い店で奢ると財布の中が寂しくなる、とか」

 「ははは、見抜かれたか」

 

 カイランは空いていた席に腰を下ろし、次々と料理を注文する。

 焼き肉の皿、香辛料のきいた豆のスープ、大ぶりのパンとチーズ。

 山のように並んだ皿に、ネアは思わず目を丸くした。

 

 「……食べきれるかな」

 「残したら俺たちが食ってやるから安心しな」

 「あのさ、あたしを巻き込むのやめてくんない? 食べすぎたら太るんだけど?」

 

 リサナは呆れ顔で言いながらも、器用に切り分けた肉を自分の皿へ移す。

 その横でレセルは、すっかり人の姿で周囲に溶け込んで、楽しげにフォークを動かしていた。

 

 ◇◇◇

 

 しばらく談笑しながら食べ進めていた時、不意にカイランの視線がネアの腰元に落ちた。

 

 「そういえば……嬢ちゃん、今日は剣を下げてないんだな?」

 

 軽い調子の問いかけ。

 だがその目はどこか探るようだった。

 ネアの背筋がわずかに強張る。

 

 「えっ……」

 

 言葉に詰まるネアを、レセルが横目でちらりと見守る。

 カイランがさらに踏み込もうとしたその瞬間、リサナが無言で兄の脇腹を肘で小突いた。

 

 「ぐふっ……お、おい痛ぇって」

 「兄貴、空気を読もうよ。せっかくの再会なんだから余計な探りを入れるのは無し」

 

 ぴしゃりとした声。

 カイランは肩をすくめ、わざとらしくパンをかじってごまかした。

 

 「……まあ、いいさ。祭りの前に無茶はするなよ」

 

 それ以上は深く追及せず、話題はまた料理や祭りの噂話へと戻っていく。

 騒がしい食堂の喧噪に紛れながらも、ネアは胸の奥に小さなざわめきを感じていた。

 皿の山が少し落ち着いたころ、自然と話題は狩猟祭へと移った。

 

 「で、嬢ちゃんは……狩猟祭には参加するのか?」

 

 パンをちぎりながら、カイランが問いかける。

 ネアは少しだけ迷ったあと、こくりと頷いた。

 

 「うん。まだ細かいことは決めてないけど、参加するつもり」

 

 レセルが横でにっこりと笑みを浮かべる。

 それを見てカイランは「ほぉ」と唸り、顎をさすった。

 

 「なるほどな。……で、俺たちはどうするかって話だが」

 「やめておいた方がいいでしょ」

 

 リサナがやれやれといった様子で口を挟む。

 

 「兄貴みたいな目立つ奴が狩猟祭に出たら、後々どこから目をつけられるかわからない」

 「わーってるよ。だから俺は表には出ねえ」

 

 軽く手を振って、カイランはにやりと笑った。

 

 「その代わり……裏から楽しませてもらうさ」

 「……裏?」

 「あまり大きな声じゃ言えないが………非合法な賭けだよ。表向きは禁止されてるけどな、狩猟祭のたびに必ず賭場が開くんだ。でけえところから小さいところまで」

 

 ネアは思わず眉をひそめる。

 

 「……そんなの、衛兵とかに見つかったら」

 「もちろん、やばい。もし捕まったら、牢屋で数日ほど頭を冷やすことになる。まあ、金を払えばすぐ出られるけどよ」

 「捕まったら損しかない、と」

 「そん時はそん時だ。だから俺は分散して賭けるのさ。一つの賭場に入り浸ると危ないからな」

 

 胸を張るように言いながら、指を折って数える。

 

 「場所によって賭ける相手は変えてる。王国騎士団の団長、女神教の聖騎士、それからどっかの大商団の護衛隊長。人気どころはだいたい押さえてある」

 「……そんなに?」

 「保険ってやつだ。どこが勝っても、こっちは損しない」

 

 得意げなカイランに、リサナが冷ややかな視線を送る。

 

 「そういうのに全力を注ぐから、いつまで経っても真っ当な生活からは遠いってのに……はぁ」

 「真っ当になったら俺じゃないだろ?」

 「悪いことするにしても、やり過ぎないようにしないと危ないでしょうが」

 

 軽口が飛び交う中、ネアは苦笑を浮かべながらも、狩猟祭の熱気が表だけでなく裏にも広がっているのを実感していた。

 カイランは肉を頬張りながら、ふと思いついたように笑う。

 

 「そうだな……いっそ嬢ちゃんに賭けてみるのも面白いかもな」

 「……え?」

 「それなりに本気だぞ? 一見強そうに見えない嬢ちゃんなら、倍率も跳ね上がる。銀貨一枚とかでもこっちは大儲けだ」

 

 軽口にしか聞こえない言い草に、ネアは呆れたように腕を組む。

 だが次の瞬間、にやりと口角を上げて言い返した。

 

 「じゃあ、その代わり……よさげな武器とか、狩猟祭に出るなら知っておくべき情報とか、教えてよ」

 

 思わぬ切り返しに、カイランが目を丸くする。

 すぐに笑い声を上げ、手を叩いた。

 

 「いいねぇ、言うじゃねえか。取引成立ってわけだ」

 「……兄貴、ほんとすぐ調子に乗るんだから」

 

 リサナは深くため息をつき、フォークでパンと肉を重ねて突き刺す。

 

 「どうせ半分くらいは怪しい情報でしょ。信じすぎないでね、ネア」

 「おいおい、俺を何だと思ってやがる」

 「すぐ調子に乗るバカ」

 「即答かよ!」

 

 ジト目の妹と、軽口で笑う兄。

 そのやり取りに、ネアは思わず肩の力を抜き、少しだけ楽しそうに笑った。

 料理の皿が半分ほど片付いた頃、カイランは声を落としてネアへ身を乗り出した。

 

 「ああ言われたからな。まずは怪しくない情報からだ。……嬢ちゃん。これ、他人に言いふらすなよ?」

 「なになに?」

 「噂だがな。どうやら魔神教の連中が、正体隠して今年の狩猟祭に出るらしい」

 

 低く押し殺した声。

 ネアは思わず息を呑んだ。

 

 「……魔神教が? なんで……」

 「さあな。王都で何かするつもりなのか、単なる個人の金稼ぎなのか。……だが、もし結果を残して賞金なんか渡しちまえば、それが復活の資金に回る可能性がある。だからこそ、女神教の方も数を揃えて送り込むって話だ」

 

 カイランはパンをちぎりながら肩をすくめる。

 

 「おかげで、今年の狩猟祭は妙に物騒だってもっぱらの噂さ。実力者が揃いすぎて、普通の参加者は割を食うかもな」

 「……女神教が、そこまで本気に?」

 

 この疑問には、リサナが代わりに口を開いた。

 冷ややかな視線で兄を横目に見ながら、淡々と続ける。

 

 「魔神教は、一部の貴族や裕福な商人とも繋がってる。だから表立って潰そうとすると、あっちこっちから反発が来るわけ。女神教は大きい組織だけど、あれでなかなか苦労してるみたい」

 「……そうなんだ」

 

 ネアは黙り込み、木のカップを両手で包んだ。

 祭りはただの娯楽でも競技でもない。

 その裏には、宗教や金、権力が複雑に絡んでいる。

 

 「王都じゃ楽しげに笑ってる人たちが多いのに、裏ではそんなことが」

 

 呟いた言葉に、カイランが苦笑を返す。

 

 「気をつけろよ? 祭りは賭けのネタにもなる。表は華やか、裏はドロドロってな」

 

 やがて料理を食べ終えたあとは、賑やかな食堂から出る。

 王都の石畳はまだ人で溢れ、祭りの準備に駆け回る職人や荷車の音が途切れることはない。

 

 「ふぅ……食べすぎた」

 

 ネアがお腹を押さえると、隣のレセルがわざとらしく手を叩いた。

 

 「じゃあ次は、よさげな武器探しね」

 「ちょっと歩くだけできついくらい、お腹いっぱいなんだけど……」

 「それでも行くの。備えあれば憂いなしって言うでしょ?」

 

 文句を言っても無駄な様子に、ネアは小さなため息をつく。

 カイランとリサナも一緒に歩き出し、四人で賑やかな大通りを進んだ。

 通りのあちこちには武具屋や鍛冶屋が並び、軒先には剣や盾が吊るされている。

 しかし、目的地はそこではない。

 

 「……あの白い髪の嬢ちゃん、よっぽどネアの世話を焼きたいんだな」

 

 カイランがぼそりと呟くと、リサナが即座に小声で制した。

 

 「それ以上は野暮だよ」

 

 それ以上は深掘りせず、二人は何気ない顔で歩みを続ける。

 時折レセルに視線を投げかけるものの、何も言葉にはしない。

 ただ、彼女がまとう不思議な雰囲気に、兄妹なりに警戒を抱いているのは明らか。

 ネアはその空気を感じつつも、あえて触れずに石畳を踏みしめていく。

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