愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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37話 一時的な得物

 「表の店で満足できるものがないならどうするか? なら、裏の店に行けばいい」

 

 カイランが気楽そうに言い、リサナも小さく頷いた。

 二人の視線の先は、大通りから一本外れた細い路地。

 石畳は割れ、日光が届きにくいその通りには、客の姿もまばらだった。

 

 「裏の店?」

 

 ネアが問い返すと、カイランはにやりと笑う。

 

 「ああ。俺たちがたまに世話になってるとこだ。あんまり大っぴらにはできない品も扱っててな」

 「つまり……密輸絡み?」

 「おいおい、言い方ってもんがあるだろ。正しくは“融通の利く店”だ」

 

 軽口を返す兄の横で、リサナが淡々と補足する。

 

 「兄貴は誤魔化してるけど、合法と非合法が混ざってる。だからこそ掘り出し物が見つかる」

 

 そう言って先導し、兄妹二人に続いてネアとレセルも歩みを進めた。

 路地を抜けた先には、表通りとは別世界のような店が並ぶ。

 薄暗い明かりの下で、客と店主が小声でやり取りをしている。

 剣や槍だけでなく、外の国の見慣れぬ装飾が施された武具や、見たことのない素材で作られたものが無造作に並んでいる。

 

 「……ここが」

 「そう、裏の店だ。嬢ちゃんの求めてる品が見つかるかもしれない」

 

 カイランはひょいと肩をすくめ、店の暖簾を押し分けつつ入る。

 中には、油の匂いと鉄の冷たさが満ちていた。

 

 「いらっしゃい……おや、カイランにリサナじゃないか」

 

 現れたのは痩せぎすな中年の男性。

 笑顔を浮かべているが、その目は獲物を見るように細められている。

 

 「今日は珍しいね。そっちのお嬢ちゃん二人は新顔かい?」

 

 鋭い視線がネアとレセルを順番に舐める。

 ネアは思わず肩を強張らせたが、隣でレセルは平然と微笑んでいた。

 

 「ちょいと世話になったことがある。でだ、祭りが近いから、良いものを見繕ってくれ」

 「そうかい。少し待っておくれよ」

 

 店主は一度奥に向かうと、少ししてから数本の剣を抱えて戻ってきた。

 どれも研ぎ澄まされ、装飾は最小限。無骨な実用本位の品だ。

 

 「狩猟祭が近いということで、見栄えより実戦向きのものを揃えてある。……お嬢ちゃんたちには、これなんかどうだ」

 

 差し出されたのは、短めの片手剣。

 ネアは試しに手に取ってみた。

 軽く振ってみるが、どこか違和感が残る。

 

 「……うん、悪くはないけど」

 

 まるで余所行きの靴みたいにしっくりこない。

 ネアは眉を寄せ、そっと剣を下ろした。

 代わってレセルが別の剣を取る。

 彼女の指先が柄を撫で、刃をわずかに持ち上げると、金属の光が赤い瞳に映った。

 

 「この長剣にしましょう」

 「……いいの?」

 

 ネアが問う。

 

 「ええ。完璧に馴染むなんてありえないわ。だって本当に馴染むのは“わたし”だけだから」

 

 冗談めかして笑うが、その声には妙な説得力があった。

 

 「……しょせん一時的な得物よ。なら、この長剣程度で十分」

 

 そう言って剣を差し出すレセル。

 店主はにやりと笑い、代金を口にした。

 

 「決まったか。じゃあ二人分で金貨三枚」

 

 即座にネアが腰の袋から金貨を取り出し、数えて机に置いた。

 じゃらりと鳴る音に、店主の目がわずかに見開かれる。

 

 「……おやおや、お嬢ちゃん、思ったより太っ腹だな」

 「財布には余裕があるので」

 

 素っ気なく答えると、店主は肩をすくめて笑い、剣を包んで差し出した。

 こうして二人分の武器が手に入った。

 けれどネアの胸の奥には、やはり“しっくりこない”という感覚が、薄い棘のように残っていた。

 裏の店を出たあと、人通りの少ない広場に出る。

 石畳はひび割れ、荷車も通らないような裏路地の空き地。

 

 「ちょうどいい場所ね」

 

 レセルが包みから長剣を取り出し、軽く振る。刃が日光を受けて鈍く光った。

 

 「慣れるために、少し動いておきましょう。ここなら、衛兵に見られる心配もないし」

 「……やっぱりそうなるんだ」

 

 ネアは苦笑しつつも買ったばかりの剣を構える。

 カイランとリサナは少し離れたところで腕を組み、見物を決め込んだ。

 金属が触れ合う軽い音が響く。

 力を込めすぎない、あくまで感触を確かめるための模擬戦。

 ネアは数合打ち合ったところで、肩で小さく息をついた。

 

 「……悪くないけど、やっぱり違和感ある」

 「そうね。でも“まあこんなもの”って感触で十分よ」

 

 レセルは剣を収め、にっこりと笑う。

 ネアも剣を下ろし、まだ手に馴染まない柄を見つめた。

 剣を包みに戻して歩き出した時、賑やかな声が耳に飛び込んできた。

 路地の奥、人だかりができている。

 近づいてみると、粗末な木の台を囲んで数人が声を張り上げていた。

 

 「十銀貨! 次はこっちだ!」

 「いや、あの大男の方に賭ける!」

 

 殴り合いをする二人を取り囲み、野次馬たちが金を握りしめている。

 どうやら即席の賭け試合らしい。

 

 「……またか」

 

 リサナが呆れたように呟く。

 カイランは口角を上げ、楽しげに腕を組んだ。

 

 「裏通りじゃ定番だな。狩猟祭を前に、こうして小遣い稼ぎをする奴らが増えるんだ」

 

 野次馬の歓声は、大通りの喧騒とは違う荒々しい熱気を漂わせていた。

 

 「……試しに賭けてみるか? ちょっとした社会勉強として」

 

 カイランが面白半分にささやいてきた。

 ネアは腕を組んで黙り込み、どう答えるべきか迷う。

 

 「貴様ら、そこまでだ!」

 

 その時、低く響く声が路地に走った。

 次の瞬間、通りの奥から衛兵たちが駆け込んでくる。

 

 「げっ……!」

 「逃げろ逃げろ!」

 

 野次馬たちは一斉に散り散りになり、金貨や銀貨をかき集めながら、蜘蛛の子を散らすように消えていった。

 殴り合いをしていた者たちも慌てて逃げ出す。

 たちまち人だかりは消え、その場に残ったのはネアたち四人だけ。

 

 「……むむむむ。逃げ足だけは早い」

 

 低く唸るような声とともに現れたのは、ガルドだった。

 鎧の胸に刻まれた紋章が、日光を受けて鈍く輝く。

 

 「違法な賭博をした者は、牢屋で頭を冷やすことになっておる」

 

 鋭い視線がネアに向けられ……そのまま近くに立つカイランとリサナへと流れる。

 二人はわずかに肩をすくめ、どこか居心地悪そうに視線を逸らした。

 

 「……今回は参加していないようなので、問い詰めたりはせんが、もし賭けていたら牢屋行きになることを理解しておくように」

 

 重々しい忠告に、周囲の空気がぴんと張り詰める。

 ネアは思わず姿勢を正し、無言で頷いた。

 静かになった路地においてガルドは兜を上げ、ネアをまっすぐに見据えた。

 

 「……ネア。お主も狩猟祭に出るつもりか?」

 「うん。そう考えてる」

 

 短く答えると、ガルドの眉が深く寄った。

 

 「ならば覚えておけ。見物人は柵で守られ、ある程度の安全は確保されている。だが、参加者は違う。魔物を相手にする以上、大怪我どころか命を落とすこともある」

 

 その声には重みがあった。

 ガルドの眼差しは、脅しではなく真剣な警告として向けられている。

 

 「そして……何より気をつけるべきは、参加者同士の争いだ」

 「参加者同士……?」

 

 ネアが思わず問い返す。

 ガルドは腕を組み、唸るように言葉を続けた。

 

 「狩猟祭は単なる魔物狩りではない。己の腕を示す舞台だ。獲物の奪い合いもあれば、妨害や一騎打ちも起きる。むしろ、それこそが祭りの醍醐味とされている」

 「……つまり、他の参加者から狙われることもあるってこと」

 「そうだ。だからこそ、よく考えて挑んでほしい。軽い気持ちで挑めば、命を落としかねない」

 

 鋭い視線が、再びネアに突き刺さる。

 だがその奥には、確かな信頼と期待も宿っていた。

 

 「……肝に銘じておきます」

 

 ネアが真剣に応じると、ガルドは満足げに頷き、踵を返した。

 衛兵たちがそのあとに続き、やがて裏通りから姿を消す。

 残された空気は、重く、そして祭りの厳しさをひしひしと伝えていた。

 路地を抜け、少し落ち着いた場所で足を止めると、カイランが懐から紙切れを取り出した。

 

 「何か入り用があったら、ここに来てくれ。俺たちが今寝泊まりしてる宿と、その周辺の地図だ」

 

 差し出されたのは、手書きで簡単に描かれた王都の一角の地図。

 ネアは受け取りながら小さく頷く。

 

 「ありがとう。何かあったら、行くね」

 「へへ、待ってるぜ」

 「うちの兄貴の悪巧みに巻き込まれるかもしれないから、あまり来ない方がいいよ」

 

 リサナは肩をすくめながら兄を横目に見つつ、軽く会釈して別れを告げた。

 こうして一時的な再会を終え、ネアとレセルは再び王都を散策する。

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