愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

4 / 120
4話 朝の街と鞘探し

 朝の光が辺りを淡く照らし、街はすでに動き始めていた。

 市場の屋台では、商人たちが木箱から野菜や果物を並べ、香ばしいパンの匂いが風に乗って漂ってくる。

 通りの脇では、鍛冶屋が早くも火を起こし、金属を打つ音が乾いた空気に響いていた。

 

 『ふふ……朝の街っていいものね。賑やかで、でも少し落ち着いてる』

 

 背中から甘い声が降ってくる。

 布で包まれたレセルは、人目を避けるため剣のままだ。

 だが形態がどうであれ、会話のしつこさは変わらない。

 

 「……で、今日はまず鞘探しからだよね」

 『そうよ。わたしに似合う鞘を選んでね』

 「似合うって……ただの入れ物だって昨日も言ったでしょ」

 『ただの入れ物じゃないわ。わたしとあなたを繋ぐ、もう一つの形。軽視しないで』

 

 妙に真剣な声に、ネアはため息をつくしかない。

 まずは道具屋や鍛冶屋が並ぶ職人通りに足を向ける。

 通りを進むたび、革や木材、金属の匂いが入り混じる。

 最初に入った鍛冶屋では、鉄製の鞘や金属の飾り付きのものがずらりと並んでいた。

 値札を見たネアは、わずかに眉を上げる。

 

 「……高い。一番安そうなものでも銀貨五十枚とか普通にするんだ」

 『それだけの価値はあるわよ? 丈夫で長持ち、しかも見た目もいい』

 「……安いの探すから」

 

 次の店は道具屋で、こちらは木や革を使った軽い鞘が多い。

 値段も手頃だが、装飾は簡素で質素そのものだ。

 

 『うーん……悪くはないけど、わたしにはちょっと地味』

 「見た目なんてあまり関係ないでしょ」

 『一番いいのは、包まないであなたに持ってもらうことだけど?』

 「……はいはい」

 

 何軒か回った末、とある鍛治屋で、革と木を組み合わせた軽量の鞘を注文することにした。

 値段は、銀貨十枚。

 完成は三日後とのこと。料金を半分だけ先払いし、引換券を受け取る。

 受け取る時に残りを支払う形だ。

 

 『楽しみ。まあ、わたしはどんな鞘でも似合うけれどね』

 「鞘が似合うって感覚、未だによくわからないけど……まあいいや」

 

 通りを出ると、ちょうど市場から香ばしい匂いが漂ってきた。

 ネアの足がそちらへ向きかける。

 

 『寄っていくの?』

 「せっかくだし、ちょっとだけ」

 

 市場は昼前に向けてさらに活気づき、通りには屋台がずらりと並んでいた。

 焼き立てのパンを積み上げる店、油で揚げた菓子を粉砂糖でまぶす店、香辛料の効いた肉串を焼く店。

 どこからも食欲をそそる匂いが漂ってくる。

 

 「……美味しそう」

 

 ネアは足を止め、肉串を焼く屋台に近づいた。

 香ばしい煙が鼻をくすぐり、思わず銅貨を一枚渡す。

 肉の焼ける音と、火に脂が落ちる香りに、口の中が自然と温まり、笑みも浮かんでくる。

 

 『わたしも食べたいわ。一緒に』

 

 背中の布に包まれた剣から、少し拗ねるような声が漏れた。

 

 「え、今ここで? 人通りが多いんだけど」

 『だめ? あなたと同じ景色を見ながら、同じものを食べたいのに』

 

 その声は、耳の奥にとろけるように絡みつく。

 ネアは周囲をざっと確認し、通りから外れた路地に入った。

 周囲に人影がないのを確かめると、布を解き、レセルを地面に立てる。

 

 「……ちょっとだけだからね」

 

 剣が淡い光に包まれ、少女の姿となったレセルが現れる。

 すぐさまネアの手から肉串を受け取り、嬉しそうに目を細めた。

 

 「……味、わかるの?」

 「わかるわ。ほんの少しだけど。でもね、あなたが食べてる顔を見るのが、一番のごちそう」

 「……何それ」

 

 ネアが呆れたように自分の串にかぶりつくと、レセルはそれをじっと見つめる。

 視線が強すぎて、肉の熱さよりも頬が熱くなる気がした。

 

 「はい、これ半分」

 

 そう言ってレセルに渡すと、彼女は一口かじって口元をほころばせる。

 

 「ん……美味しい。それに、一緒に食べるともっと美味しい」

 「なら良かった」

 

 路地を出て、再び市場の通りに戻る。

 ネアが菓子屋の前で立ち止まると、レセルが甘い匂いに引き寄せられるように顔を近づけた。

 

 「これも食べたいわ」

 「……食べすぎだって」

 「じゃあ、あなたが一口かじって、それをわたしに──」

 「却下」

 

 軽口を交わしながら、二人は市場の喧騒を楽しみつつ緩やかに進んでいくも、やがて限界が来たレセルは剣に戻る。

 路地裏で剣に布を巻いている途中、見慣れぬ格好の衛兵が通りを歩き回っているのが見えた。

 

 「ん? 何かあったのかな」

 『気になる?』

 「少しだけ。様子、見に行ってみようか」

 

 衛兵たちは通りの片隅で集まり、何やら顔をしかめていた。

 鎧の隙間からだらしなく腕を出している者もいて、緊迫感はまるでない。

 

 「何かあったんですか?」

 

 ネアが声をかけると、近くの若い衛兵が面倒くさそうに顔を上げた。

 

 「ああ、水路に変な塊が流れてたって報告だ。どうせゴミか、野良犬の死骸か何かだろうけどな」

 「……でも、調べるんですよね?」

 「そりゃあね。それが俺らの仕事だし。でも誰も行きたがらなくてさ。暗いし臭いし……」

 

 衛兵たちの様子からして、明らかに気乗りしていない。

 ネアは肉串の残りを噛みながら、報酬の話を聞き出す。

 

 「行ったら日当もらえるんですか?」

 「ああ。一人じゃ危ないが……衛兵と一緒に行くならどうにでもなる。銀貨一枚だ」

 

 金額は高くないが、今のネアには貴重な稼ぎだ。

 何より、街の中で戦う練習にもなるかもしれない。

 

 「行きます」

 「子どもなのに物好きだな」

 『ふふ、いいじゃない。わたしも動きたかったの』

 

 小さなささやきが漏れるも、魔剣の声は衛兵たちには届かない。

 

 「よし、じゃあ次は、このお嬢ちゃんと行く奴決めるぞ。行くのは当たり引いた奴な」

 「うわー、だるー」

 「当たりませんように」

 

 誰が行くのか、その場でくじ引きをした結果、運悪く当たりを引いてしまい、渋い顔となった衛兵の一人が同行することに。

 中年でやや猫背であり、ため息をつきながら鎖帷子を鳴らす。

 

 「よりによって俺が貧乏くじか……ま、さっさと終わらせるぞ。お嬢ちゃん、こっちだ」

 

 水路への入口は、大通りの裏手にある鉄格子のはまった階段だった。

 地下へ降りると、湿った空気がまとわりつき、苔の匂いが鼻を突く。

 たいまつの明かりが水面に揺らぎ、壁の苔や石の継ぎ目を不気味に照らした。

 

 「足元には気をつけろよ。滑ったら微妙に臭くなるし、洗濯や風呂で余計な出費も増える」

 「……はい」

 

 奥へ進むにつれ、水音が反響し、天井からは冷たい水滴が落ちる。

 しばらく何もなかったが、ふと辺りを照らすたいまつが黒く揺れた。

 

 「……あれ、なんだ?」

 

 水面の中央に、どろりとした黒い塊が浮いていた。

 最初は油かと思ったが、それはぷるりと震え、丸い“目”のようなものをこちらに向けた。

 

 『スライム……でも普通のじゃないわね』

 「どういうこと?」

 『この濁った色と、魔力の気配。生まれ方が自然じゃない』

 

 衛兵が剣を抜く間もなく、黒いスライムはぬるりと水路の壁を這い上がってきた。

 ネアは背中からレセルを抜き放ち、ためらわず構える。

 

 『わたしに任せて。こういう閉所で振るうのは、まだ慣れてないでしょ?』

 

 一閃。

 刃が黒いゼリー状の体を裂き、飛び散った破片が床に落ちる。

 だが破片はすぐに蠢き、小さな個体に分裂して滑るように奥へ逃げていった。

 

 「……逃げた?」

 「くそ、あっちは水路の外だ。出口を塞いでねえのかよ! 出口付近を担当してた奴、点検サボってたな!」

 

 追って地上へ出ると、そこは街外れの林の近くだった。

 木々の間に淡く光る魔法陣があり、その周りにはフードを被った数人の人影。

 スライムはその魔法陣の上で震えている。

 

 「おい……あれ、まさか魔神教の奴らじゃないか?」

 「魔神教?」

 「最近ちょこちょこ見かける怪しい連中だ。関わるなって言われてるが……」

 

 その言葉を聞き終える前に、フードの一人がこちらへ振り返った。

 鋭い視線と同時に、手に持った短剣が光を反射する。

 

 「見られたか……面倒だな。片付けろ」

 

 号令と共に、二人が短剣を構え突進してきた。

 レセルの刃が火花を散らし、金属同士がぶつかる音が林に響く。

 もう一人は魔法陣に手をかざし、何かを呼び出そうとする。

 

 「させない!」

 

 一時的にネアの体を動かしているレセルは、素早い動きで踏み込み、術者の腕を浅く斬って牽制する。

 魔法陣が一瞬にして崩れ、黒いスライムが形を失って地面に溶けた。

 

 「このままだと不利か。撤退だ!」

 

 怪しげな者たちは一斉に散り、木々の間へと姿を消す。

 追おうとしたが、衛兵が手を上げて止めた。

 

 「やめとけやめとけ。深追いするな。ああいう連中は逃げ足だけは速い。罠もあるかもしれん」

 

 林から街へ戻ると、衛兵のいる詰所の前で隊長らしき人物が待っていた。

 日焼けした顔に深い皺、鎧の肩には隊章が刻まれている。

 ネアたちを見るなり、口元を上げた。

 

 「報告は聞いた。ご苦労だったな。よくやってくれた」

 

 そう言って、銀貨がそこそこ入った袋を差し出す。

 

 「それと、報酬の追加だ。魔神教の連中を追い払った分の報奨金ということになる。正式な任務じゃなかったが、被害が出る前に潰せたのは大きい」

 「……ありがとうございます」

 

  ずっしりとした袋の重みに、ネアの頬はわずかに緩む。

 

 「ところで、魔神教って?」

 「知らないのか? 魔神教というのは、魔神を信仰する奴らの集まりだ。入ると、大なり小なり力が手に入るらしく、じわじわと勢力を拡大してる。弱い魔法しか使えなかった者が、入信後に急に腕を上げた例もある」

 「……あー、そりゃ、入る人も出ますよね」

 

 隊長は腕を組み、やや真剣な声で頷く。

 

 「ああ。だからこそ厄介なんだが。今はまだ小さな集まりとはいえ、このまま大きくなればどうなるのやら。特に若い連中や、金に困った奴が引き込まれやすい」

 

 それ以上の詳細は避けるように、話は打ち切られてしまう。

 若く、お金がなさそうな者。

 そんなネアに対し、詳しいことを語るつもりはない様子。

 

 「ま、とにかく今日はもう休め。これ以上はこちらでやる」

 

 詰所をあとにすると、とっくに昼を過ぎていて、街の通りは少し落ち着いた雰囲気になっていた。

 屋台のいくつかは品切れで片付けに入っているが、パンや果物を並べる店はまだ客を相手にしている。

 道の混雑が薄れたのを見て、ネアは人目を避けるように路地裏に向かい、背中からレセルを下ろして布をほどいた。

 淡い光とともに人の姿になったレセルは、少しばかり眉を寄せて口を開く。

 

 「……魔神教。あの儀式、ただのお遊びじゃないわね」

 「儀式の最中にスライム生み出してたくらいだし」

 「ええ。でも本当に厄介なのは、あそこに集まる人たちの心。力を得られるって事実があるから、じわじわ広がる。女神教みたいに信仰心だけで動いてるんじゃない」

 

 レセルは一歩近づき、真剣な眼差しを向けた。

 

 「もしあの勢力がもっと広がったら、街だけじゃなく国全体が不安定になるわ」

 「……そんなに?」

 「断言できる。だから、軽く見ない方がいい」

 

 その声には確かな警戒心だけがあった。

 ネアはため息をつきつつも、頭の隅にその言葉を残す。

 

 「まあ……とりあえず今日はご飯食べて休もう。さすがに疲れた」

 「ふふ、そうね。あなたが疲れすぎて動けなくなったら困るもの」

 

 レセルはそう言って、歩き出すネアの横にぴたりと並び、腕を組む。

 夕暮れ前の街は、昼の喧騒を終えて穏やかな空気を漂わせている。

 しかし、さっきまでの戦闘の熱と、魔神教という不穏な名は、ネアの胸にじんわり残っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。