愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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41話 参加者として

 王都の広場には、すでに長い列ができていた。

 狩猟祭の参加登録を待つ人々の声が、朝の空気を震わせる。

 露店の呼び込みや武具の手入れをする音が混じり合い、王都のあちこちが高揚に包まれていた。

 

 「……いよいよ、始まるんだね」

 「ええ。ようやく舞台の幕が上がるわ」

 

 隣を歩くレセルは、淡い笑みを浮かべていた。白い髪が朝の光を受け、透き通るように輝く。

 けれど、登録所の建物が見えたあたりで、ネアはふいに足を止めた。

 周囲を見回し、人通りの少ない路地の影へと身を寄せる。

 

 「……レセル。やっぱり、一緒に出るのは危ないかもしれない」

 

 レセルはわざとらしく目を瞬かせる。

 

 「危ない? どうして?」

 「バゼムに……気づかれるかも。私とレセルの関係に」

 

 短い沈黙。

 けれど、次の瞬間、レセルは静かに笑った。

 

 「それでいいのよ」

 「え……?」

 「どうせ、向こうはもう疑っている。なら、隠すより確信させるほうが早いわ。だから、一緒に狩猟祭に挑むことを考えたの」

 

 赤い瞳が、わずかに光を宿す。

 

 「ただし……気づかせたうえで、“手出しするのは得策ではない存在”だと思わせる。それくらいの活躍を、あなたとわたしで見せつけるの」

 

 だいぶ強気なその言葉に、ネアは目を見開いた。

 

 「……もし、それができなかったら?」

 

 レセルは少しだけ肩をすくめ、いたずらっぽく笑う。

 

 「毎日、わたしたちを配下にするためにやって来るかもね。お土産でも持って。あるいは、ユニスを人質にしたりとか?」

 「……笑いごとじゃないよ」

 「幸いなことに、あなたは子どもで、わたしという魔剣の使い手でもある。あのいけすかない男からすれば、排除するより取り込むことを優先するのは確実」

 「だといいけど」

 「ネア。わたしの唯一の主。あなたは自分の価値をもう少し理解すべきよ」

 

 レセルは優しく抱きしめてくると、そっと頬同士をくっつける。

 

 「わかったよ。もう少し図太く過ごす。だから離れて」

 

 やれやれといった様子でいるネアの口元には、小さな笑みが浮かんでいた。

 ただの田舎娘だった自分が、危ういながらも、貴族という雲の上の存在を振り回せる立場にあるという事実に。

 路地を抜け、二人は再び陽の下へと出る。

 狩猟祭。王都を揺らす一大行事が、目前に迫っていた。

 

 ◇◇◇

 

 登録会場は、まるで戦場前の野営地のような喧騒に包まれていた。

 巨大な掲示板には、狩猟祭参加要項と書かれた紙がびっしりと貼られ、各所の窓口には列ができている。

 

 「思ったよりも……混んでる」

 「祭りっていうより、選抜試験みたいな雰囲気ね」

 

 人混みを縫って進むと、鉄製の柵に囲まれた受付台にたどり着く。

 その奥では、鎧姿の衛兵たちが書類の確認や身元の照合を行っていた。

 いかにも軍の出先といった堅苦しさだが、祭りの華やかさもほんのり漂う。

 

 「次、二名で参加、ですね」

 

 受付の兵士が顔を上げ、二人を見比べる。

 

 「名前と所属、武器の種類を」

 「ネア。所属は……特にないです。武器は長剣」

 「レセル。同じく長剣です」

 

 記録用紙に筆が走る。

 兵士は淡々と確認を続け、最後に口調をわずかに改めた。

 

 「狩猟祭では、怪我だけでなく命を落とす危険もある。それでも参加する意思に変わりはないか」

 

 その言葉だけは、定型文でありながら、少しだけ声に重みがあった。

 ネアは一瞬だけ目を伏せ、そして小さく頷く。

 

 「はい」

 

 レセルも同じように頷いた。

 兵士は無表情で書類に印を押し、金属製の札を二枚手渡す。

 

 「これが登録証だ。祭りの期間中は必ず身につけること。次、そこの四人組!」

 

 背後の喧噪に押されるように、二人は会場の外へと出る。

 広場のあちこちでは、大小さまざまなチームが談笑したり、地図を広げて作戦を練っていた。

 十人前後の集団もあれば、たった一人で参加する者の姿もある。

 

 「……みんな、いろんな目的があるんだろうね」

 「名誉、金、野心、あるいは暇つぶし。理由はいくつもあるけど──」

 

 レセルは少し笑みを浮かべ、ネアの腕にそっと手を添えた。

 

 「わたしたちは、ただ一緒に勝つために行く。それで十分よ。見せつけてやりましょう? あなたとわたしの関係を」

 

 その言葉に、ネアは小さく息を吐きながら、頬を指でかいた。

 

 「……それ、なんか恥ずかしい言い方」

 「本当のことを言っただけよ?」

 

 言い返せず、ネアは視線を逸らす。

 その背後では、王都全体が少しずつ狩りの気配を濃くしていた。

 登録を終えたあと、ネアとレセルは広場の端で少し休憩を取った。

 すでにあちこちで参加者たちが談笑し、武具の点検をしている。

 剣の音、鎧の擦れる音、笑い声と怒号。

 そのどれもが、戦の前の喧騒を思わせた。

 

 「……あれ、あの人は」

 

 ネアの視線の先にいたのは、見覚えのある男性。

 古びた鎧を着込み、腕を組んで広場を見渡す姿はそこそこ目立つ。

 衛兵隊長──ガルド・グリムロック。

 彼の周囲には数名の衛兵が立っており、なにやら隊員たちに言葉をかけている。

 

 「命を粗末にするな。祭りとはいえ、できる限り怪我をしないように。万が一ということがある」

 

 叱咤する声はいつも通りだが、表情はどこか渋い。

 

 「隊長じゃなく、隊の人たちが狩猟祭に出るんだ……」

 

 ネアが呟くと、レセルは視線を細めた。

 「さすがに止めることはできないでしょうし。とはいえ、どうも部下を送り出す顔じゃないわね、あれ」

 

 確かに、ガルドの眉間には深い皺が刻まれている。

 祭りの日に部隊の人員が減るというのは、治安を預かる立場としては頭の痛い話だろう。

 加えて、狩猟祭では死者が少なからず出る可能性がある。

 だからこそ、しかめっ面でいるわけだ。

 ネアが近づくと、彼はすぐに気づき、唸るような声を漏らした。

 

 「む……ここに来たということは、やはり出るのか」

 「登録はさっき済ませました」

 「……そうか。まあ、軽い気持ちで出る祭りではないぞ」

 

 腕を組んだまま、ガルドは溜息を吐く。

 

 「今年は特に、強者が多い。怪我には気をつけるように。死が近づいてしまう」

 「強者?」

 

 ネアが尋ねると、ガルドはわずかに視線を上げた。

 まず指が一本立てられる。

 

 「髙い実力を持っているため、違法な賭博をする者からの人気がある者たちだ。まず、王国騎士団の団長。名はエドラン・フォルト。槍の名手であり、王都に長く暮らす者で知らぬ者はいない」

 

 次は二本目の指。

 

 「それと、女神教の聖騎士レティス・ノール。若いが信徒からの信頼厚く、王都の教会にいるリュミナ司祭直属の護衛だ。女神の奇跡をその身に宿すと言われているらしい」

 

 さらに三本目の指が立つ。

 

 「最後に、大商団であるリーベル商会の護衛隊長ザブド・バーンズ。傭兵上がりだが、経験と度胸はかなりのもの。祭りの出資者の一部とも繋がっている」

 

 淡々と語られる三人それぞれが、王都でも一目置かれる人物ばかり。

 そんな話を聞いて、ネアは自然と背筋を伸ばす。

 とはいえ、田舎の村で育った身としては、説明されてもさっぱりではあるが

 

 「……そんなすごい人たちも出るんだ」

 「だから言っている。軽い気持ちで出るものではないと」

 

 ガルドはそう言いながらも、ほんの少しだけ口調を緩めた。

 

 「だが、もしもこの三人と刃を交えても脱落せずにいられるなら、それだけで名が立つ。無茶はするな」

 

 それだけ言い残すと、彼は背を向け、再び部下のもとへ歩いていった。

 その後ろ姿を見送りながら、ネアは無意識に腰の剣へと手を添える。

 

 「……強者揃い、か。面白くなりそうね」

 

 隣に立つレセルの声は、どこか楽しげだった。

 

 「レセルは、なんだか楽しそう」

 「だって、あなたの見せ場が増えるもの」

 「むしろレセルの見せ場が増えそうだけど」

 

 ネアは苦笑を浮かべながら、狩猟祭の広場をもう一度見渡した。

 この王都で、名の知られぬ大勢の者たちが、同じ戦場に立つ。

 その熱気は、確かに祭りの始まりを告げていた。

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