愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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43話 空の観客 地上の戦場

 狩猟祭の開始を告げる号砲が鳴り響く。

 鐘の音と歓声が王都全域を包み、地上が沸き立つ。

 空では、十数頭のワイバーンがゆるやかに旋回していた。

 鞍にまたがる兵士たちは、風を切りながら眼下の戦場を監視している。

 

 「おい、見ろよ。始まったぞ」

 「見てるさ。……ほら、あれ」

 

 声をかけ合った二人の兵士は、腰にぶら下げた望遠鏡を構える。

 黒い塗装が施された筒状のその装置は、錬金術師と職人たちが何年もかけて作り上げた試作品。

 素材は選び抜かれており、とても量産できる代物ではない。

 この狩猟祭のために、わずか数本だけが支給されている。

 

 「うわ……すげぇ。あれ、たぶん西区の方だ。炎が上がってる」

 「誰か火属性の魔法を使いすぎたんだな。おっと、あっちじゃ水魔法が使える消火部隊が降下していく」

 

 視界の端で、別のワイバーンが翼をたたみ、滑るように降下する。

 背に乗る兵士が両手を広げると、青白い光が迸り、燃え上がる屋根に水の奔流が叩きつけられた。

 蒸気が立ちこめ、わずかながら空まで届く。

 

 「こっちは空の仕事だからいいが……地上は地獄みたいだな」

 「まあ、下にいる奴らが盛り上げてくれないと、俺たちの出番もないし」

 

 肩の力の抜けた口調。

 ワイバーンの手綱を緩めながら、兵士の一人がにやりと笑う。

 

 「なあ、お前はどこが優勝すると思う?」

 「さあな。王国騎士団の連中は、あまりにもお堅いからつまらん。商会の傭兵は腕はいいが、雇い主を守るならともかく、こういう祭りじゃ期待できねぇ。……結局、証を奪い合って勝ち残る奴が勝者ってオチじゃないか?」

 「なるほど、“正々堂々”はこの祭りじゃ通用しねぇ、と」

 「まったく、サボりおって……貴様らッ!」

 

 鋭い声が風を裂いた。

 上空を飛ぶワイバーンの背から、鎧をきらめかせた人物が顔を出している。

 灰色の髪を束ね、背筋を伸ばした壮年の男性。

 

 「地べたを這いずり回る衛兵どもと違い、我らは空を守る選ばれし者だ! その誇りを忘れ、任務中に私語とは何事か!」

 「は、はいっ!」

 「も、申し訳ありませんっ! 隊長!」

 

 慌てて敬礼し、姿勢を正す二人。

 ワイバーンが小さく鳴き声を上げ、空気がぴんと張り詰めた。

 やがて隊長と呼ばれた人物が再び進路を戻すと、二人はほっと息を吐く。

 

 「……あの人、怒ると怖えよな」

 「これ以上は給金が下げられそうだ。ほら、さっさと仕事に戻るぞ」

 

 望遠鏡を構え直したその瞬間、下の方で何かが動いた。

 一人の兵士が眉を上げる。

 

 「ん……? おい、見ろよ。南側の路地、あれ……」

 「どれだ?」

 「茶色い髪の少女と、白い髪の少女、かな? 小型の魔物を連続で倒してる」

 

 視界の中で、影が舞う。

 茶色い髪の少女が剣を構え、軽やかに一匹目の魔物を斬り伏せる。

 続けざまに、白い髪の少女が身を翻し、二匹目を蹴り飛ばした。

 息の合った連携。

 動きに無駄がなく、見ていて妙に目を引く。

 

 「若さの割に……あの二人の実力、悪くないな。去年の祭りじゃ見かけなかったから、今回が初参加か」

 「まだ始まったばかりだ。新顔が目立つとしてもこれからだろ」

 

 遠い地上では、狩猟祭という名の戦いが幕を開けている。

 上空の兵士たちは、ただその光景を見つめながら、今日という“祭りの一日”を静かに記録していった。

 

 ◇◇◇

 

 剣を振るうたび、空気が切り裂かれ、砂塵が舞い上がる。

 狩猟祭の開始を告げる鐘の音は遠ざかり、王都の一角は完全に狩り場へと変わっていた。

 

 「左!」

 

 レセルの声に反応して、ネアは体を低く構える。

 背後から跳びかかってきた魔物の牙が、茶色い髪をかすめた。

 振り返りざま、長剣の刃が魔物の首筋をなぞり、そのまま勢いよく切り裂く。

 

 「……っ、危なっ!」

 「上出来よ。反応が早くなってるわね」

 「褒められても、心臓に悪いんだけど」

 

 短く息を整え、周囲を見渡す。

 割れた石畳の上には、魔物と参加者が入り乱れていた。

 鳥型の魔物が屋根の上を舞い、巨大な犬のようなものが通りを駆け抜ける。

 どこもかしこも、怒号と悲鳴と魔法の光に満ちている。

 

 「うわ……」

 

 その光景の中で、ネアは思わず足を止めた。

 近くの路地で、若い男性の参加者が大きい魔物の体当たりを受け、吹き飛ばされたのだ。

 衝撃で壁がひび割れ、男性はそのまま崩れ落ちるように地面に倒れ込む。

 

 「痛そう」

 「生きてはいるわ。でも、肋骨は折れてるかもね」

 「そんな分析いらないよ……」

 

 反射的に背筋が震える。

 確かに“命を落とす危険がある”とは聞いていたが、こうして目の前で見ると、危険があるどころではない。

 無事でいるだけでも一苦労。

 けれど、立ち止まっている時間はない。

 すぐに別の魔物が背後から飛びかかってくるので、ネアは再び剣を構え直す。

 

 「……でも、倒さないと!」

 「そう、その調子。恐怖を越えた先に、本当の強さがあるわ」

 

 レセルの声に導かれるように、ネアは走り出す。

 低く身を滑らせ、魔物の足を切り払い、反動で跳ねるように剣を振り上げた。

 切っ先が光を帯び、血飛沫と共に魔物が崩れ落ちる。

 

 「よし、他の人に取られる前に証を」

 

 息を整えつつ、背後を振り返ると、別の通りでも同じような光景が広がっていた。

 瓦礫を踏み越え、魔法を撃ち合い、叫び声が響く。

 どの参加者も本気だった。

 狩猟祭の優勝を狙う者もいれば、もはやただ生き残るために戦う者もいる。

 ──そして、自分もその中の一人。

 ネアは汗をぬぐいながら、遠くの空を見上げた。

 高空を旋回するワイバーンの影が、陽光を遮って通り過ぎていく。

 監視のための兵士たち。

 上から見れば、この地上はきっと、混沌と血にまみれた舞台に見えるのだろう。

 

 「ネア、気を抜かないで。次が来るわ」

 「うん、わかってる!」

 

 剣を構えたネアの前に、影が跳ねる。

 通りの先から、異様な地鳴りが近づいてきた。

 ネアが顔を上げると、粉塵を巻き上げながら大量の魔物が突進してくる。

 その奥には、笑っている人影があった。

 

 「あれ、逃げてる?」

 「……いいえ、もっと面倒なやつよ」

 

 レセルが低く呟いた瞬間、通りの角を抜けてきた青年らしき参加者がこちらへ駆けてくる。

 手には剣も盾もない。ただ全速力で走りながら、背後にいる魔物の群れを“誘導”していた。

 

 「おいおい……!」

 「ちょ、ちょっと!? こっち来てる!」

 「忙しいってのに引き連れてくんな!」

 

 青年はすれ違いざまに、参加者たちへ軽く笑いかける。

 

 「悪いなー! そっちは頼んだ!」

 「はあっ!?」

 

 その瞬間、通りいっぱいに獣の影がなだれ込む。

 牙と爪の群れが唸りを上げ、ネアとレセルを含めた参加者たちを取り囲んだ。

 

 「くっ……!」

 「来るわよ、構えて!」

 

 魔物の一体が飛びかかる。

 ネアは地を蹴り、頭上をかすめる顎を避けつつ斬り返した。

 肉を裂く音と同時に、背後でレセルの蹴りが炸裂し、別の個体が壁に叩きつけられる。

 数分にわたる混戦。

 血飛沫と咆哮、そして砕ける石。

 通りのあちこちに倒れた参加者が転がり、うめき声を上げていた。

 

 「なんというか……ひどい有り様」

 

 息を荒げながら周囲を見渡す。

 誰も死んではいないが、明らかに戦闘不能な者たちが数名。

 魔物の巨体の下敷きになった男性が這い出し、震える手で地を掴んでいた。

 

 「ネア、気を取られないで。まだ終わってない」

 「わかってる!」

 

 魔物の群れを切り払い、最後の一匹に剣を突き刺し、最後はレセルが仕留める。

 荒い息を吐きながら剣を下ろしたその瞬間、上空から風を切る音が降りてきた。

 

 「ワイバーン……大きい……」

 「動けない者を回収する。もし棄権したい者がいるならこの場で申し出るように」

 

 影が地面を横切り、鎧姿の兵士がロープを垂らす。

 次々と脱落者を回収し、安全な外縁へと運んでいく。

 はためく翼が砂塵を巻き上げ、倒れた参加者たちの衣服を揺らす。

 

 「すぐ動けるようにしてるんだ」

 「救助も“見せ物”の一部よ。空から拾い上げる光景は、観客が喜ぶ」

 

 その言葉に、ネアは言葉を失った。

 離れたところにある観客席のざわめきが、波のように広がっていく。

 まるで、誰かの不幸さえも娯楽に変えるかのような、熱狂の渦。

 そして、さっきの“策士”の姿はもうどこにもなかった。

 魔物を他人に押しつけ、倒されたあとの証だけをかすめ取って去っていく。

 それがこの祭りにおける“立ち回り”なのだろう。

 

 「……狩猟祭って、魔物との戦いよりも、参加者との駆け引きのほうが怖いね。まさか魔物を引き連れて他の参加者にぶつけるなんて」

 「ええ。でも、あなたにはあなたの戦い方がある。焦らないでいいの」

 「うん。まだ始まって少ししか経ってないし」

 

 ネアは小さく頷き、剣の柄を握り直した。

 風の向こうで、また新たな咆哮が上がる。

 戦いは、まだほんの序章にすぎなかった。

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