愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり 作:パッタリ
路地を抜けた瞬間、鼻を刺すような臭いが漂ってきた。
霧のようなものが立ちこめ、視界の奥で閃光が弾ける。
「魔法だ……誰か戦ってる」
「気をつけて。空気が淀んでるわ、普通の戦闘じゃない」
次の瞬間、前方から声が飛んできた。
「そこの二人! いいから手を貸して!」
怒鳴るような声。
見ると、通りの中央で派手なローブを羽織った少女が、杖を両手に構えていた。
腰までの銀髪に、焦げた裾。
魔法使いらしい格好だが、顔には疲労の色が濃い。
「なにが起きてるの!?」
「見りゃわかるでしょ! 胞子まみれよ、もうっ!」
「えっと、胞子まみれと言われても」
「ああもう、今の説明でわからないとか田舎から来たわけ!?」
すると少女の背後──建物の合間から、ぬめった音を立てて“それ”が現れた。
巨大なキノコのような魔物。
傘の裏から灰色の煙を噴き出し、ずるずると足を引きずりながら前進している。
大きさは人間の大人の二倍ほど。それが複数。
傘の縁がわずかに震えるたび、灰色の胞子が雪のように舞った。
「うわ……なにあれ」
「中型の魔物で、でかい歩くキノコ。胞子を吸えば、毒か麻痺。運が悪けりゃ両方。そこそこの数がいるから、普通なら焼きキノコにするのが手っ取り早いけど……」
少女は周囲の建物を指さす。
そこにはまだ人影があり、避難が間に合っていない。
参加者ではない元々の住人が、建物の中にいるのだ。
「ここで火を使えば、街区ごと炙り焼きよ。さっき別の連中がキノコを倒すためにそれやって、火災を消火しに来たワイバーン乗りの兵士に怒られてたわ」
「じゃあ、どうするの?」
「広場に誘い出して一気に焼く。問題は、そこまで押し出す戦力が足りないこと!」
怒鳴るように説明する少女。
その周囲では、他の参加者が盾で胞子を払いながら必死に後退している。
そろそろ見切りをつけて、逃げ出しそうな雰囲気だった。
ネアはすぐに剣を抜いた。
「……わかった。私たちも手伝う!」
「あら、積極的じゃないの」
「放ってはおけないでしょ」
少女が目を見開く。
「助かる! 私、ミリア。火は私がやるから、あんたたちは広場まで誘導して!」
「了解!」
剣を構え、ネアは煙の中へと飛び込んだ。
白く霞む視界の中で、巨大な傘がわずかに揺れる。
その度に空気が重くなり、喉の奥が焼けるように痛んだ。
「ごほっ……」
「吸いすぎないように。息を短く、呼吸を切るの」
「わ、わかってる!」
キノコの魔物は振り下ろすように傘を揺らし、胞子がぶわっと散る。
ネアは胞子が濃い部分を避けながら、剣で足下を切りつけた。
ずしりと鈍い感触。
確かな手応えがあるが、キノコは生き物というよりも岩塊のように硬い。
「くっ……!」
「耐久力が高いわね。けど、動きを止められれば十分」
レセルが横から踏み込み、勢いをつけて歩くキノコを蹴り飛ばす。
ぐらりと体勢を崩した魔物は、通りの中央にのしかかるように倒れ込んだ。
「今よ、こっちへ引っ張って!」
ミリアの声。
他の参加者がロープを投げ、魔物の脚に絡ませる。
数人がかりで引っ張ると、ずるずると広場の方へと滑っていく。
ネアは剣で胞子を払いつつ後方を守る。
息を吸うたびに喉が刺すように痛むが、足を止める暇はなかった。
やがて、通りの先に広がる開けた空間として南広場が見えてくる。
ミリアが杖を掲げ、詠唱を始めた。
「燃えよ、紅蓮の炎!」
眩い閃光。
次の瞬間、地面を這うように炎が走り、魔物を包み込む。
キノコの傘が燃え上がり、胞子が一瞬にして蒸発した。
そのあとは連続する小さな爆音と、焦げた臭い。
焼けたキノコの体が弾けて音を出していた。
「……やった……?」
「ええ。こんがりと焼き上がってるわね。いい連携だったわ」
ミリアは杖を突き、息を吐く。
「はあ……助かった。ありがと、そこの剣の子。あんたたちが来なきゃ、火事になること覚悟で燃やしてた」
「ううん、こっちも勉強になったよ」
笑い合う三人の周囲には、まだ煙が立ちこめている。
だが、祭りの喧噪は止むことなく続く。
新たな悲鳴、別の爆音。
戦いは、まだ王都のあちこちで続いていた。
「ふぅ……ようやく冷めてきた」
ネアは手にした金属製の証に軽く息を吹きかけつつ、袋に入れる。
焼け跡から回収されて少し経ったそれは、まだじんわりと熱を帯びている。
指先に伝わる温もりが、さっきまでの戦いを物語っていた。
「この証……思ってたよりも重い」
「焼きキノコのおまけ付きだしね。まあ、小さいのよりでかい魔物のが、証も大きく重くなる」
ミリアは苦笑しながら杖を肩に担ぎ、汗ばんだ額をぬぐった。
周囲では、まだ小さな炎が地面のあちこちで燻っている。
参加者たちは回収したそれぞれの証を確認し、得点の確認をしていた。
「ねえ、あんたたち」
「うん?」
「この狩猟祭、どこまで狙ってる?」
ミリアの問いに、ネアは瞬きをした。
「どこまでって……どういう意味?」
「優勝まで狙うのか、それとも“ほどほど”でやめるかってこと」
杖の先で地面をつつきながら、ミリアは肩をすくめる。
「優勝すれば、望みの物がなんでも手に入る。さすがに王位とかは無理だろうけどね。でも、ある程度の得点を稼げば賞金が出るし、貴族や商人に目をつけられるチャンスもある」
「へえ……そんなに?」
「そりゃあそう。命懸けの見世物だもの。血を流すなら、それなりの見返りがないと」
言いながら、ミリアは腰の袋から小瓶を取り出し、喉を潤す。
風が吹き抜け、焼け焦げた胞子の匂いが漂った。
その中で、ミリアはふと口元を歪めた。
「……それにさ」
「ん?」
「女神教の、王都の教会にいる司教様も、こっそり参加してるって話、聞いた?」
「えっ? 王都の司教様って……えっと、リュミナ……なんとかさん?」
「リュミナ・リーシェル=ヴェルネ=グラナード」
ミリアは即答した。
その長ったらしい名前を、まるで詠唱のように淀みなく言い切る。
「……すらすら言えるのすごいね」
「あの人、魔法学校での先輩だったからね。見た目通りの年齢だけど、あれで中身は大人顔負け。頭の回転が速すぎて、授業中に教師がたじたじになってたくらい」
「……想像つくかも」
ミリアはくすっと笑い、歩くキノコから回収した証を手のひらに転がした。
「さてと、冷めたしさよなら。もっと稼げる場所に行く」
「もう行くの?」
「この祭り、止まってるやつから脱落してく。あんたも気をつけて。……あ、さっきの広場、炎で少し焦げてるから歩くとき注意」
軽く手を振って、ミリアは軽やかに去っていった。
その背中が角を曲がって見えなくなるまで、ネアはぽかんと立ち尽くしていた。
「……あの人、たぶんすごい人だよね。私とあまり変わらないのに、強力な魔法をあっさりと使ってたし」
「ええ、強いだけじゃなく、情報も掴んでる」
ネアは手の中の証を見つめる。
まだわずかに残る熱が、胸の奥の高鳴りと重なっている気がした。
──この祭り、ただの狩りじゃ終わらない。
そう直感しながら、レセルと共に再び歩き出す。
◇◇◇
戦いの喧騒が遠のき、かすかな煙が漂っていた。
激しい戦闘によるものか、大通りの一部が崩れ落ち、石畳が割れてむき出しの地面が残る。
休憩がてらネアは適当な場所に座ると、深く息を吐いた。
「……この辺りの戦いはすでに終わった、のかな」
「そうみたいね。少し休みましょうか」
レセルはそう言いながら軽やかに歩く。
白い髪を揺らしながら、焼けた土を踏みしめる足取りには、疲労の影は一切なかった。
ネアはその姿を見上げ、ふと眉を寄せた。
「ねえ、さっきあんな勢いで蹴ったりしてたけど……足、大丈夫なの?」
「足?」
レセルは小首をかしげ、それから近くに落ちていた短いナイフを拾い上げた。
刃先を指で確かめるように撫でると、そのまま自分の手の甲に軽く当てる。
「ちょっ、なにして──」
金属音が響いた。
刃が跳ね返され、かすり傷ひとつ残らない。
レセルは平然としたまま、微笑を浮かべた。
「ね? 改めて言うけど、頑丈なのよ、わたし」
その言い方はまるで、いたずらを見せびらかす子どものようだった。
「だから胞子も効かなかった。魔力も毒も、わたしの“造り”には届かないの」
「……いきなり目の前でナイフを手に当てるのは、ちょっと怖い」
ネアが苦笑混じりに言うと、レセルはくすりと笑った。
「怖がることなんてないわ。この体は、あなたに触れるためにあるんだから」
そう言って、そっとネアの頭を撫でた。
指先が髪を梳くように動く。
剣だった頃にはなかった、やわらかい体温。
それが頭皮をなぞるたび、くすぐったさとわずかな安心感が同時にこみ上げてくる。
「……ほんと、慣れない」
「ふふ。慣れてもらうわ。だって、わたしは今、人の姿なんだもの」
レセルの微笑みは、火の粉の残る空気の中でもひどく穏やかだった。
ネアもつられて笑みをこぼし、少しだけ肩の力を抜く。
こうして見ると、祭りの喧騒の中でも、この時間だけは不思議と静かに感じられた。