愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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44話 胞子まみれな場所

 路地を抜けた瞬間、鼻を刺すような臭いが漂ってきた。

 霧のようなものが立ちこめ、視界の奥で閃光が弾ける。

 

 「魔法だ……誰か戦ってる」

 「気をつけて。空気が淀んでるわ、普通の戦闘じゃない」

 

 次の瞬間、前方から声が飛んできた。

 

 「そこの二人! いいから手を貸して!」

 

 怒鳴るような声。

 見ると、通りの中央で派手なローブを羽織った少女が、杖を両手に構えていた。

 腰までの銀髪に、焦げた裾。

 魔法使いらしい格好だが、顔には疲労の色が濃い。

 

 「なにが起きてるの!?」

 「見りゃわかるでしょ! 胞子まみれよ、もうっ!」

 「えっと、胞子まみれと言われても」

 「ああもう、今の説明でわからないとか田舎から来たわけ!?」

 

 すると少女の背後──建物の合間から、ぬめった音を立てて“それ”が現れた。

 巨大なキノコのような魔物。

 傘の裏から灰色の煙を噴き出し、ずるずると足を引きずりながら前進している。

 大きさは人間の大人の二倍ほど。それが複数。

 傘の縁がわずかに震えるたび、灰色の胞子が雪のように舞った。

 

 「うわ……なにあれ」

 「中型の魔物で、でかい歩くキノコ。胞子を吸えば、毒か麻痺。運が悪けりゃ両方。そこそこの数がいるから、普通なら焼きキノコにするのが手っ取り早いけど……」

 

 少女は周囲の建物を指さす。

 そこにはまだ人影があり、避難が間に合っていない。

 参加者ではない元々の住人が、建物の中にいるのだ。

 

 「ここで火を使えば、街区ごと炙り焼きよ。さっき別の連中がキノコを倒すためにそれやって、火災を消火しに来たワイバーン乗りの兵士に怒られてたわ」

 「じゃあ、どうするの?」

 「広場に誘い出して一気に焼く。問題は、そこまで押し出す戦力が足りないこと!」

 

 怒鳴るように説明する少女。

 その周囲では、他の参加者が盾で胞子を払いながら必死に後退している。

 そろそろ見切りをつけて、逃げ出しそうな雰囲気だった。

 ネアはすぐに剣を抜いた。

 

 「……わかった。私たちも手伝う!」

 「あら、積極的じゃないの」

 「放ってはおけないでしょ」

 

 少女が目を見開く。

 

 「助かる! 私、ミリア。火は私がやるから、あんたたちは広場まで誘導して!」

 「了解!」

 

 剣を構え、ネアは煙の中へと飛び込んだ。

 白く霞む視界の中で、巨大な傘がわずかに揺れる。

 その度に空気が重くなり、喉の奥が焼けるように痛んだ。

 

 「ごほっ……」

 「吸いすぎないように。息を短く、呼吸を切るの」

 「わ、わかってる!」

 

 キノコの魔物は振り下ろすように傘を揺らし、胞子がぶわっと散る。

 ネアは胞子が濃い部分を避けながら、剣で足下を切りつけた。

 ずしりと鈍い感触。

 確かな手応えがあるが、キノコは生き物というよりも岩塊のように硬い。

 

 「くっ……!」

 「耐久力が高いわね。けど、動きを止められれば十分」

 

 レセルが横から踏み込み、勢いをつけて歩くキノコを蹴り飛ばす。

 ぐらりと体勢を崩した魔物は、通りの中央にのしかかるように倒れ込んだ。

 

 「今よ、こっちへ引っ張って!」

 

 ミリアの声。

 他の参加者がロープを投げ、魔物の脚に絡ませる。

 数人がかりで引っ張ると、ずるずると広場の方へと滑っていく。

 ネアは剣で胞子を払いつつ後方を守る。

 息を吸うたびに喉が刺すように痛むが、足を止める暇はなかった。

 やがて、通りの先に広がる開けた空間として南広場が見えてくる。

 ミリアが杖を掲げ、詠唱を始めた。

 

 「燃えよ、紅蓮の炎!」

 

 眩い閃光。

 次の瞬間、地面を這うように炎が走り、魔物を包み込む。

 キノコの傘が燃え上がり、胞子が一瞬にして蒸発した。

 そのあとは連続する小さな爆音と、焦げた臭い。

 焼けたキノコの体が弾けて音を出していた。

 

 「……やった……?」

 「ええ。こんがりと焼き上がってるわね。いい連携だったわ」

 

 ミリアは杖を突き、息を吐く。

 

 「はあ……助かった。ありがと、そこの剣の子。あんたたちが来なきゃ、火事になること覚悟で燃やしてた」

 「ううん、こっちも勉強になったよ」

 

 笑い合う三人の周囲には、まだ煙が立ちこめている。

 だが、祭りの喧噪は止むことなく続く。

 新たな悲鳴、別の爆音。

 戦いは、まだ王都のあちこちで続いていた。

 

 「ふぅ……ようやく冷めてきた」

 

 ネアは手にした金属製の証に軽く息を吹きかけつつ、袋に入れる。

 焼け跡から回収されて少し経ったそれは、まだじんわりと熱を帯びている。

 指先に伝わる温もりが、さっきまでの戦いを物語っていた。

 

 「この証……思ってたよりも重い」

 「焼きキノコのおまけ付きだしね。まあ、小さいのよりでかい魔物のが、証も大きく重くなる」

 

 ミリアは苦笑しながら杖を肩に担ぎ、汗ばんだ額をぬぐった。

 周囲では、まだ小さな炎が地面のあちこちで燻っている。

 参加者たちは回収したそれぞれの証を確認し、得点の確認をしていた。

 

 「ねえ、あんたたち」

 「うん?」

 「この狩猟祭、どこまで狙ってる?」

 

 ミリアの問いに、ネアは瞬きをした。

 

 「どこまでって……どういう意味?」

 「優勝まで狙うのか、それとも“ほどほど”でやめるかってこと」

 

 杖の先で地面をつつきながら、ミリアは肩をすくめる。

 

 「優勝すれば、望みの物がなんでも手に入る。さすがに王位とかは無理だろうけどね。でも、ある程度の得点を稼げば賞金が出るし、貴族や商人に目をつけられるチャンスもある」

 「へえ……そんなに?」

 「そりゃあそう。命懸けの見世物だもの。血を流すなら、それなりの見返りがないと」

 

 言いながら、ミリアは腰の袋から小瓶を取り出し、喉を潤す。

 風が吹き抜け、焼け焦げた胞子の匂いが漂った。

 その中で、ミリアはふと口元を歪めた。

 

 「……それにさ」

 「ん?」

 「女神教の、王都の教会にいる司教様も、こっそり参加してるって話、聞いた?」

 「えっ? 王都の司教様って……えっと、リュミナ……なんとかさん?」

 「リュミナ・リーシェル=ヴェルネ=グラナード」

 

 ミリアは即答した。

 その長ったらしい名前を、まるで詠唱のように淀みなく言い切る。

 

 「……すらすら言えるのすごいね」

 「あの人、魔法学校での先輩だったからね。見た目通りの年齢だけど、あれで中身は大人顔負け。頭の回転が速すぎて、授業中に教師がたじたじになってたくらい」

 「……想像つくかも」

 

 ミリアはくすっと笑い、歩くキノコから回収した証を手のひらに転がした。

 

 「さてと、冷めたしさよなら。もっと稼げる場所に行く」

 「もう行くの?」

 「この祭り、止まってるやつから脱落してく。あんたも気をつけて。……あ、さっきの広場、炎で少し焦げてるから歩くとき注意」

 

 軽く手を振って、ミリアは軽やかに去っていった。

 その背中が角を曲がって見えなくなるまで、ネアはぽかんと立ち尽くしていた。

 

 「……あの人、たぶんすごい人だよね。私とあまり変わらないのに、強力な魔法をあっさりと使ってたし」

 「ええ、強いだけじゃなく、情報も掴んでる」

 

 ネアは手の中の証を見つめる。

 まだわずかに残る熱が、胸の奥の高鳴りと重なっている気がした。

 ──この祭り、ただの狩りじゃ終わらない。

 そう直感しながら、レセルと共に再び歩き出す。

 

 ◇◇◇

 

 戦いの喧騒が遠のき、かすかな煙が漂っていた。

 激しい戦闘によるものか、大通りの一部が崩れ落ち、石畳が割れてむき出しの地面が残る。

 休憩がてらネアは適当な場所に座ると、深く息を吐いた。

 

 「……この辺りの戦いはすでに終わった、のかな」

 「そうみたいね。少し休みましょうか」

 

 レセルはそう言いながら軽やかに歩く。

 白い髪を揺らしながら、焼けた土を踏みしめる足取りには、疲労の影は一切なかった。

 ネアはその姿を見上げ、ふと眉を寄せた。

 

 「ねえ、さっきあんな勢いで蹴ったりしてたけど……足、大丈夫なの?」

 「足?」

 

 レセルは小首をかしげ、それから近くに落ちていた短いナイフを拾い上げた。

 刃先を指で確かめるように撫でると、そのまま自分の手の甲に軽く当てる。

 

 「ちょっ、なにして──」

 

 金属音が響いた。

 刃が跳ね返され、かすり傷ひとつ残らない。

 レセルは平然としたまま、微笑を浮かべた。

 

 「ね? 改めて言うけど、頑丈なのよ、わたし」

 

 その言い方はまるで、いたずらを見せびらかす子どものようだった。

 

 「だから胞子も効かなかった。魔力も毒も、わたしの“造り”には届かないの」

 「……いきなり目の前でナイフを手に当てるのは、ちょっと怖い」

 

 ネアが苦笑混じりに言うと、レセルはくすりと笑った。

 

 「怖がることなんてないわ。この体は、あなたに触れるためにあるんだから」

 

 そう言って、そっとネアの頭を撫でた。

 指先が髪を梳くように動く。

 剣だった頃にはなかった、やわらかい体温。

 それが頭皮をなぞるたび、くすぐったさとわずかな安心感が同時にこみ上げてくる。

 

 「……ほんと、慣れない」

 「ふふ。慣れてもらうわ。だって、わたしは今、人の姿なんだもの」

 

 レセルの微笑みは、火の粉の残る空気の中でもひどく穏やかだった。

 ネアもつられて笑みをこぼし、少しだけ肩の力を抜く。

 こうして見ると、祭りの喧騒の中でも、この時間だけは不思議と静かに感じられた。

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