愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり 作:パッタリ
少しすると足音が聞こえ、勢いよく扉が開かれる。
「……無事でなによりです、司教様」
入ってきたのはレティスだった。
神聖な気配をまといながらも、その顔にはわずかな困惑が浮かんでいる。
彼女の視線の先には、泣きじゃくるミリアと、それを抱きしめて頭を撫でているリュミナの姿。
倉庫の中心で二人は静かに寄り添っていた。
「……司教様、これは……?」
困惑混じりの問いかけに、リュミナはふと顔を上げる。
けれど、答えようとはせず、ただ優しくミリアの背を撫で続けた。
「遮断されていて中に入れず、あなた方の気配も途絶えていて……」
レティスが言葉を探すように眉をひそめる。
ネアは壁際に立ちながら、気まずそうに苦笑した。
「えっと……まあ、いろいろ……?」
語るにはあまりにも複雑で、説明しても信じてもらえそうにない。
レティスは小さく息を吐き、短く頷く。
「……そうですか。では、あえて深くは尋ねません」
視線をミリアへと向ける。
「この娘の処遇は、どうなさるおつもりですか」
リュミナは抱きしめたまま、少しだけ目を細めた。
「彼女のことは、しばらく私が面倒を見ます。責任は私に」
「……承知しました。司教様がそうお決めになったのであれば、従います」
レティスは静かに頭を下げた。
倉庫の外では、遠くでまだ祭りの音が続いていた。
だがこの場所だけは、まるで別の世界のように静まり返っている。
泣き疲れて眠るようにリュミナの胸に顔を埋めるミリア。
その髪を撫でながら、リュミナはただ小さく祈るように呟いた。
「どうか……もう、誰もこの闇に飲まれませんように」
その祈りの言葉を最後に、
長く続いた夜の戦いは、静かに幕を閉じた。
◇◇◇
ひとまず終わりを迎えた狩猟祭だが、まだ本当の意味では終わっていない。
広場のあちこちで、脱落せずにいた参加者たちが、得点となる“証”を提出している。
兵士や記録係が慌ただしく動き回り、積み上げられた証を一つずつ数えていく光景は、まるで戦場の後片付けのようだった。
「思ってたより、ずいぶんと時間がかかるんだね」
列を抜けたあと、ネアは肩の力を抜きながら呟く。
レセルは人の姿で隣に立ち、少し笑って答えた。
「仕方ないわ。あれだけの人数が参加したんだもの。しかも、途中で奪い合いもあったでしょう? 二重記録や虚偽申告もあるはずよ」
「そう言われると……確かに」
会場の端では、各地から集まった衛兵が、証の真贋を見極めるために一つずつ魔法で照らしていた。
夜の空気は少し冷たく、鉄と血と煙の匂いがまだ残っている。
どこか遠くでは、片付けを終えた観客たちの笑い声と、屋台の火の爆ぜる音が混じっていた。
ネアは受付で渡された木札を見下ろす。
そこには“確認待ち”の印が刻まれている。
結果が出るまでは、ただ待つしかない。
「でも、上位数名だけは早くわかるらしいわ」
「そうなの?」
「ええ。あの掲示板を見て」
レセルが指差した先の掲示板には、すでに数名の名前が貼り出されていた。
──エドラン・フォルト。
──レティス・ノール。
──ザブド・バーンズ。
──ミリア・エイムズ。
そして最後に──ネア。
「……私の名前がある」
驚きと実感のない声で、ネアは呟いた。
「当然よ。あれだけの戦いをしたんだから」
「でも、こうして上位なのを実際に見ると……」
実感が湧かず、ネアはただ掲示板を見つめ続ける。
周囲では歓声やため息が入り混じり、さながら結果発表前夜のような空気だった。
「上位まではいかないけど、賞金が貰える程度に活躍した者は、また別の掲示板に貼り出されてるみたいよ。最終結果の発表は明日の朝らしいわね」
「じゃあ、今日は休めるんだ」
「ええ。簡単なものだけど宿も用意されてるって」
レセルの言葉通り、参加者たちは会場近くの宿へと案内されていった。
それぞれの部屋には、簡素ながら清潔な寝台と洗面台、灯り用のランタンが備えられている。
戦いの熱気が消え、静けさが戻ると、疲労が一気に押し寄せた。
「……なんだか夢みたい」
ベッドに腰を下ろしながら、ネアはぽつりと呟く。
レセルはその隣に腰かけ、優しく微笑んだ。
「夢じゃないわ。ちゃんとあなたが掴んだ結果よ」
「うん……そうだね」
それでも、胸の奥にはほんの少しだけざらつくものが残っていた。
この祭りの裏で、あの倉庫で起きたこと──ミリアの涙やリュミナの抱擁は、外の誰も知らない。
(あれが“勝ち負け”で測れる出来事じゃないのは、わかってる)
けれど、嫌でも祭りの勝者は決まる。
明日の朝になれば、王国中がその名前を口にするのだ。優勝者の名を。
ネアは寝台に横たわり、ぼんやりと天井を見上げた。
レセルは静かに灯りを落とし、同じベッドの上で寄り添うように座る。
「おやすみ、ネア」
「うん……おやすみ、レセル」
窓の外では、まだ遠くで歓声が続いていた。
けれど部屋の中は穏やかで、外の喧騒からは程遠い静寂が満ちていた。
そして夜が明ければ、王都テルディの狩猟祭は、本当の意味で幕を下ろす。
◇◇◇
朝の光が、薄く安っぽいカーテンを通して差し込んでくる。
まだ頭がぼんやりしているネアの頬に、ふわりと柔らかな感触が触れた。
「ん……?」
ゆっくり目を開けると、レセルの白い髪が視界を覆っている。
彼女は微笑みながら、ネアの頬に軽くキスをしていた。
「おはよう。優勝者候補の朝は、丁寧に起こさないとね」
「……っ、ちょ、ちょっと!」
顔が一瞬で熱くなる。
抱かれながら頭を撫でられる──完全に子ども扱いだった。
「やめて、恥ずかしいってば……!」
抵抗しようとした矢先、扉を叩く音が響いた。
「狩猟祭の参加者、ネア殿。お迎えに上がりました」
慌てて跳ね起きるネア。
レセルはくすくすと笑いながら髪を整えてくる。
「さ、起きて起きて。兵士が待ってるわ」
案内されたのは、宿の隣に急ごしらえで設けられた浴場だった。
昨日の泥と血の匂いを落とすため、上位の参加者が入ることになっているらしい。
「同行者の入浴も許可されています。ただし、入浴後は別行動でお願いします」
兵士の説明にネアは頷き、案内された女性用の方へと向かう。
浴場の中は、朝の光に満ちた湯気で白く霞んでいた。
中にいたのは、レティス、ミリア、そしてレセル。
湯気の向こうで、エルフの聖騎士がネアに声をかける。
「あなたと一緒にいる方……その人は?」
「えっと……」
一瞬だけ迷うネア。だが、隠す理由ももう薄れていた。
「私の、剣です」
静かな一言に、レティスは目を細めて頷いた。
「……なるほど。魔剣ですか。司教様からは、何を聞いても黙っておくよう言われています」
それ以上は追及せず、手際よく髪を洗い流していく。
そのあと、隣にいたミリアがぽつりと話しかけてきた。
「私ね、しばらくは教会でお世話になることになったの」
「そう……なの?」
「うん。リュミナ先輩が、見習いとして一からやり直せって。魔神の力は……まだ残ってるけど、封印の処置を受けるわ」
その表情には、どこか吹っ切れたような明るさがあった。
ネアは頷きながら、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……そっか。頑張って」
「うん、次は正しいやり方でね」
湯に浸かりながら息を吐くネアの背に、いきなり腕が回される。
「ちょ、レセル!?」
「洗ってあげるわ。愛のスキンシップ」
「スキンシップってレベルじゃないでしょ!?」
背中から抱きつかれ、髪や耳を撫でられ、さらに耳元でささやかれる。
「だって、あなたの全部を綺麗にしたいの」
「……もう、そういうこと真顔で言わないで……!」
真っ赤になって抗議するネアに、レセルは楽しそうに笑った。
土などで汚れていた衣服は、外で待機していた女性兵士が魔法で洗い、熱風で乾かしてくれていた。
「洗い立てです、どうぞ」
渡された服は温かく、どこか柔らかな香りがした。
そして数十分後。
広場に集められた参加者たちの前で、宰相が現れると朗々と声を上げた。
「今年の狩猟祭における優勝者を発表する! 最も多くの得点を稼いだのは──ネア! 二位とは数点の差であった」
歓声が一斉に上がる。
ネアは一瞬だけ固まると、レセルの方へ振り向いた。
「……本当に、優勝しちゃった」
「当然の結果よ。あなたが一番輝いてたもの」
準優勝は、エドラン、レティス、ミリアの三名が同点。
ザブドの名は呼ばれなかったが、彼はすでに人混みの中に姿を消していた。
その背に、どこか満足そうな気配だけを残して。
この日、優勝を果たした少女──ネアの名は、初参加ということもあって王都に新たな伝説として刻まれることになった。