愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり 作:パッタリ
昼前、宿の窓を開けて街路を見下ろしたネアは、普段よりも人通りが多いことに気づいた。
行き交う人々が皆、同じ方向──南門の方へ足を向けている。
「なんだろ……?」
部屋を出て、鍵をかけ、階段を下りる。
宿の出入口まで来ると、女将が腰に手を当てて笑っていた。
「おや、見に行くのかい? 外国の大商団が来るってさ。そうそう見られるもんじゃないよ」
「外国……?」
「そうさ。海を渡って王都に向かう途中だってね。馬車の数も護衛の数も桁違いだよ」
ネアは礼を言い、南門の方へ急いだ。
すでに門の前は人だかりになっており、子どもが塀の上によじ登って見物している。
やがて、門をくぐって入ってきたのは、何十台もの大きな荷馬車と、その周囲を固める鎧姿の護衛たち。
馬の蹄が石畳を打ち、鈴の音と車輪の軋む音が重なって響く。
『ふふ、見事なものね』
背中の剣から、どこか楽しげ声が小さく漏れる。
布で巻かれたレセルは、外からはただの大きな荷物に見える。
「……あれ全部、商団の馬車?」
『ええ。王都でも目立つ規模よ。あの護衛たち、鎧も武器も上質だわ』
通り沿いの人々は興奮気味に手を振ったり、商団員に話しかけたりしている。
荷馬車の幌には異国の紋章が染め抜かれ、ところどころには見慣れぬ装飾品が下がっていた。
『こういう商団は、品物だけじゃなく情報も運ぶの。政治、戦争、商売の噂とか……ね』
ネアはその言葉を胸に留め、通りの奥へと進む商団の列を目で追った。
商団の列が街の中心部に差しかかると、見物人は少しずつ散っていき、代わりに商人らしい男女や、豪奢な服を着た貴族風の人々が集まり始めた。
広場の一角には、即席の取引所のように布を敷いたテーブルが並び、商団の代表らしき人物が座っている。
「へー、いろいろ扱ってる。もう少し近づけないかな」
ネアも人混みに紛れ、少し距離を取って様子をうかがった。
目の前で交渉が行われているのは、ほどほどに長い剣──いや、ただの剣ではない。
鞘の表面には淡く光る魔法陣が刻まれており、空気そのものがわずかに震えている。
『……あれは、魔剣ね。しかもかなり古いもの』
布の中から、レセルは言う。
興味を引かれたのか、声にはわずかな熱が混じっていた。
「魔剣って、普通に市場で取引するようなものなの?」
『いいえ。どこの国も本来は王家や軍が厳しく管理しているはずよ。だけど、こういう大商団は特別。国境を越えるたびに検査はあるけど、金とコネがあれば通れる』
交渉の席では、金貨の入った袋がいくつも積まれ、それを前にして双方が頷き合っている。
途中、野次馬の中にいる近くの男性たちが、小声でやりとりしているのが耳に入った。
「……ああいうの、正式な証明書がないと持ち込めないはずだろ。あの数、絶対証明書なしのが混ざってるだろ」
「だからこそ高く売れるんだろうよ。密輸だって噂もあるが、誰も口には出さない」
「関われば首が飛ぶからな。おー、怖い怖い」
こっそり聞いていたネアは眉をひそめた。
王都へ向かうだけの商団だと思っていたが、その裏にはもっと複雑な事情があるらしい。
『面白いでしょ? こういう場所は、表と裏が、紙一重なの』
レセルの声は楽しげだったが、その奥には警戒も感じられた。
ネアは視線を取引の場から外し、再び商団の列を目で追った。
豪奢な馬車の中には、まだ見ぬ品や人が潜んでいるに違いない。
そんな予感が胸をかすめる。
「人が増えてきたし、場所を変える」
『そうね。スリとかも増えそうだし』
人混みから少し離れた路地に入り、ネアは背負っていた布を直しながら歩いた。
周囲の喧騒が遠ざかると、レセルがどこか考え込むような様子で呟く。
『……うーん、あれだけ堂々と魔剣を売っているけど、正式な許可証を持っていたとは思えないわ』
「やっぱり密輸なの?」
『可能性は高いわね。国境の検査は厳しいけど、商団の規模が大きければ買収も容易いし、検査官だって命は惜しいもの。とはいえ……これといった証拠がないから、あくまでも予想でしかないけれど』
ネアは唇を引き結び、さっき見た魔剣の光を思い出した。
王家や軍が管理していると聞く品が、金貨の山と引き換えに街中で渡っていく。
それが当たり前のように行われていることに、軽い眩暈を覚えた。
「そういうのって、取り締まられたりしないの?」
『取り締まるわ、表向きはね。でも裏では“見なかったことにする”のが大人のやり方。……それに、魔剣や魔具は戦争や交易の駆け引きにも使われる。必要とあれば、どんな手段でも手に入れようとするのが人』
通りの先で、数人の男女が低い声で談笑していた。
話の断片が耳に届く。
「……東辺りの国じゃ、魔剣や魔具の所持に許可がいるらしいよ」
「その分、裏での値段は跳ね上がる。売れば一財産を築けるぜ」
「へへ、危ない橋は渡るもんだ」
「とはいえ、信頼できる相手じゃないとねえ」
ネアは聞こえなかったふりをすると、その場から離れる。
布越しに感じるレセルの存在は妙に頼もしく思えた。
『あなたが今までいた村とは違って、この街や王都には“裏”があるわ。……知らずに踏み込めば、あっという間に飲み込まれる』
その声音は甘く優しいが、底には鋭い警告があった。
昼下がりの陽光が石畳を照らし、遠くで鐘の音が響く中、ネアは知らない世界の広さと怖さを、少しだけ実感していた。
「裏、か」
商団の列からさらに距離を取ったところで、ネアはふっと笑う。
それは愉快というよりも、皮肉めいた笑みだった。
「……裏があるのは、街や王都だけじゃないよ。私がいた村にもあった」
『あら、そうなの?』
「うん。……私がいた村は、周りの村とかに隠れて、私を禁呪の生贄に捧げようとしてたんだから」
レセルの声がわずかに低くなる。
『……禁呪? どんな術を?』
「詳しくは知らない。でも“若返るためのもの”だって聞いた。誰かが村の偉い人に持ちかけたらしい」
『若返り……欲の深さがよくわかるわね』
「もう、過ぎたことだよ」
ネアは肩をすくめ、視線を遠くへ投げた。
石畳の向こうで、商団の荷車がゆっくりと動き続けている。
その様子を見ながら、淡々と続けた。
「吸血鬼が村を襲った時……むしろ助かったと思ったくらい。あのままだったら、たぶん今ごろ私は生きてない」
『……皮肉なものね。人に殺されかけて、魔に救われるなんて。より正確には、その魔にも狙われて、わたしが助けたけれど』
布越しに感じるレセルの存在が、少しだけ近づく。
『でも、あなたは生き残った。わたしと出会ったことで』
「そうだね。だから、まあ……結果オーライってことにしとく」
『それじゃ、わたしとあなたの出会いを記念して、お祝いでもしましょうか? ふふふ』
わざと軽い口調で言うレセルは、小さく笑った。
夕方、街の空が朱に染まる頃。
ネアは宿に戻る途中、とある露店の前で足を止めた。
屋台には色とりどりの甘い焼き菓子が並んでいる。
シナモンやハチミツの香りが漂い、つい手を伸ばしてしまいそうになる。
『それ、買いましょう』
「お祝いって、これのこと?」
『ええ。高価な宝石もいいけど、こういうのは“今”しか味わえないから』
ネアは少し笑い、二つの焼き菓子を買った。
宿に着くと、レセルはすぐに人の姿となり、窓際の椅子に腰を下ろす。
金のような夕陽が、長く白い髪を照らし、赤い瞳に柔らかな光を宿していた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……ふふ、こうして一緒に食べる機会を増やしていきたいわ」
レセルは小さくちぎった焼き菓子を口に運び、満足そうに目を細める。
ネアも一口かじると、甘さと温かさが口いっぱいに広がった。
「ねえ、ネア」
「ん?」
「あなたがわたしと出会ってくれて、本当に嬉しいの」
その声音はいつになく静かで、甘やかで、心の奥にじんわり染み込むようだった。
ネアは少しだけ照れながらも、残りの焼き菓子を口に放り込み、わざと軽く返す。
「……じゃあ、これからも使い手として剣の面倒を見るから、感謝してよ?」
「もちろん。あなたはわたしの主だもの」
外の喧騒が遠ざかり、部屋には甘い香りと、二人だけの静かな時間が流れていく。