愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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6話 商団到着の知らせ

 昼前、宿の窓を開けて街路を見下ろしたネアは、普段よりも人通りが多いことに気づいた。

 行き交う人々が皆、同じ方向──南門の方へ足を向けている。

 

 「なんだろ……?」

 

 部屋を出て、鍵をかけ、階段を下りる。

 宿の出入口まで来ると、女将が腰に手を当てて笑っていた。

 

 「おや、見に行くのかい? 外国の大商団が来るってさ。そうそう見られるもんじゃないよ」

 「外国……?」

 「そうさ。海を渡って王都に向かう途中だってね。馬車の数も護衛の数も桁違いだよ」

 

 ネアは礼を言い、南門の方へ急いだ。

 すでに門の前は人だかりになっており、子どもが塀の上によじ登って見物している。

 やがて、門をくぐって入ってきたのは、何十台もの大きな荷馬車と、その周囲を固める鎧姿の護衛たち。

 馬の蹄が石畳を打ち、鈴の音と車輪の軋む音が重なって響く。

 

 『ふふ、見事なものね』

 

 背中の剣から、どこか楽しげ声が小さく漏れる。

 布で巻かれたレセルは、外からはただの大きな荷物に見える。

 

 「……あれ全部、商団の馬車?」

 『ええ。王都でも目立つ規模よ。あの護衛たち、鎧も武器も上質だわ』

 

 通り沿いの人々は興奮気味に手を振ったり、商団員に話しかけたりしている。

 荷馬車の幌には異国の紋章が染め抜かれ、ところどころには見慣れぬ装飾品が下がっていた。

 

 『こういう商団は、品物だけじゃなく情報も運ぶの。政治、戦争、商売の噂とか……ね』

 

 ネアはその言葉を胸に留め、通りの奥へと進む商団の列を目で追った。

 商団の列が街の中心部に差しかかると、見物人は少しずつ散っていき、代わりに商人らしい男女や、豪奢な服を着た貴族風の人々が集まり始めた。

 広場の一角には、即席の取引所のように布を敷いたテーブルが並び、商団の代表らしき人物が座っている。

 

 「へー、いろいろ扱ってる。もう少し近づけないかな」

 

 ネアも人混みに紛れ、少し距離を取って様子をうかがった。

 目の前で交渉が行われているのは、ほどほどに長い剣──いや、ただの剣ではない。

 鞘の表面には淡く光る魔法陣が刻まれており、空気そのものがわずかに震えている。

 

 『……あれは、魔剣ね。しかもかなり古いもの』

 

 布の中から、レセルは言う。

 興味を引かれたのか、声にはわずかな熱が混じっていた。

 

 「魔剣って、普通に市場で取引するようなものなの?」

 『いいえ。どこの国も本来は王家や軍が厳しく管理しているはずよ。だけど、こういう大商団は特別。国境を越えるたびに検査はあるけど、金とコネがあれば通れる』

 

 交渉の席では、金貨の入った袋がいくつも積まれ、それを前にして双方が頷き合っている。

 途中、野次馬の中にいる近くの男性たちが、小声でやりとりしているのが耳に入った。

 

 「……ああいうの、正式な証明書がないと持ち込めないはずだろ。あの数、絶対証明書なしのが混ざってるだろ」

 「だからこそ高く売れるんだろうよ。密輸だって噂もあるが、誰も口には出さない」

 「関われば首が飛ぶからな。おー、怖い怖い」

 

 こっそり聞いていたネアは眉をひそめた。

 王都へ向かうだけの商団だと思っていたが、その裏にはもっと複雑な事情があるらしい。

 

 『面白いでしょ? こういう場所は、表と裏が、紙一重なの』

 

 レセルの声は楽しげだったが、その奥には警戒も感じられた。

 ネアは視線を取引の場から外し、再び商団の列を目で追った。

 豪奢な馬車の中には、まだ見ぬ品や人が潜んでいるに違いない。

 そんな予感が胸をかすめる。

 

 「人が増えてきたし、場所を変える」

 『そうね。スリとかも増えそうだし』

 

 人混みから少し離れた路地に入り、ネアは背負っていた布を直しながら歩いた。

 周囲の喧騒が遠ざかると、レセルがどこか考え込むような様子で呟く。

 

 『……うーん、あれだけ堂々と魔剣を売っているけど、正式な許可証を持っていたとは思えないわ』

 「やっぱり密輸なの?」

 『可能性は高いわね。国境の検査は厳しいけど、商団の規模が大きければ買収も容易いし、検査官だって命は惜しいもの。とはいえ……これといった証拠がないから、あくまでも予想でしかないけれど』

 

 ネアは唇を引き結び、さっき見た魔剣の光を思い出した。

 王家や軍が管理していると聞く品が、金貨の山と引き換えに街中で渡っていく。

 それが当たり前のように行われていることに、軽い眩暈を覚えた。

 

 「そういうのって、取り締まられたりしないの?」

 『取り締まるわ、表向きはね。でも裏では“見なかったことにする”のが大人のやり方。……それに、魔剣や魔具は戦争や交易の駆け引きにも使われる。必要とあれば、どんな手段でも手に入れようとするのが人』

 

 通りの先で、数人の男女が低い声で談笑していた。

 話の断片が耳に届く。

 

 「……東辺りの国じゃ、魔剣や魔具の所持に許可がいるらしいよ」

 「その分、裏での値段は跳ね上がる。売れば一財産を築けるぜ」

 「へへ、危ない橋は渡るもんだ」

 「とはいえ、信頼できる相手じゃないとねえ」

 

 ネアは聞こえなかったふりをすると、その場から離れる。

 布越しに感じるレセルの存在は妙に頼もしく思えた。

 

 『あなたが今までいた村とは違って、この街や王都には“裏”があるわ。……知らずに踏み込めば、あっという間に飲み込まれる』

 

 その声音は甘く優しいが、底には鋭い警告があった。

 昼下がりの陽光が石畳を照らし、遠くで鐘の音が響く中、ネアは知らない世界の広さと怖さを、少しだけ実感していた。

 

 「裏、か」

 

 商団の列からさらに距離を取ったところで、ネアはふっと笑う。

 それは愉快というよりも、皮肉めいた笑みだった。

 

 「……裏があるのは、街や王都だけじゃないよ。私がいた村にもあった」

 『あら、そうなの?』

 「うん。……私がいた村は、周りの村とかに隠れて、私を禁呪の生贄に捧げようとしてたんだから」

 

 レセルの声がわずかに低くなる。

 

 『……禁呪? どんな術を?』

 「詳しくは知らない。でも“若返るためのもの”だって聞いた。誰かが村の偉い人に持ちかけたらしい」

 『若返り……欲の深さがよくわかるわね』

 「もう、過ぎたことだよ」

 

 ネアは肩をすくめ、視線を遠くへ投げた。

 石畳の向こうで、商団の荷車がゆっくりと動き続けている。

 その様子を見ながら、淡々と続けた。

 

 「吸血鬼が村を襲った時……むしろ助かったと思ったくらい。あのままだったら、たぶん今ごろ私は生きてない」

 『……皮肉なものね。人に殺されかけて、魔に救われるなんて。より正確には、その魔にも狙われて、わたしが助けたけれど』

 

 布越しに感じるレセルの存在が、少しだけ近づく。

 

 『でも、あなたは生き残った。わたしと出会ったことで』

 「そうだね。だから、まあ……結果オーライってことにしとく」

 『それじゃ、わたしとあなたの出会いを記念して、お祝いでもしましょうか? ふふふ』

 

 わざと軽い口調で言うレセルは、小さく笑った。

 夕方、街の空が朱に染まる頃。

 ネアは宿に戻る途中、とある露店の前で足を止めた。

 屋台には色とりどりの甘い焼き菓子が並んでいる。

 シナモンやハチミツの香りが漂い、つい手を伸ばしてしまいそうになる。

 

 『それ、買いましょう』

 「お祝いって、これのこと?」

 『ええ。高価な宝石もいいけど、こういうのは“今”しか味わえないから』

 

 ネアは少し笑い、二つの焼き菓子を買った。

 宿に着くと、レセルはすぐに人の姿となり、窓際の椅子に腰を下ろす。

 金のような夕陽が、長く白い髪を照らし、赤い瞳に柔らかな光を宿していた。

 

 「はい、どうぞ」

 「ありがとう……ふふ、こうして一緒に食べる機会を増やしていきたいわ」

 

 レセルは小さくちぎった焼き菓子を口に運び、満足そうに目を細める。

 ネアも一口かじると、甘さと温かさが口いっぱいに広がった。

 

 「ねえ、ネア」

 「ん?」

 「あなたがわたしと出会ってくれて、本当に嬉しいの」

 

 その声音はいつになく静かで、甘やかで、心の奥にじんわり染み込むようだった。

 ネアは少しだけ照れながらも、残りの焼き菓子を口に放り込み、わざと軽く返す。

 

 「……じゃあ、これからも使い手として剣の面倒を見るから、感謝してよ?」

「もちろん。あなたはわたしの主だもの」

 

 外の喧騒が遠ざかり、部屋には甘い香りと、二人だけの静かな時間が流れていく。

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