愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり 作:パッタリ
王都にある貴族街では、最近になって一つの話題が広まりつつあった。
「宰相直属の小部隊、ブランシュ隊。いやはや、姓のない村人が姓を手に入れるとは」
「隊長は、あの狩猟祭の優勝者だとか」
「吸血鬼を討った少女だろう? しかも魔剣を使うときた」
大半は暇つぶしの噂話。
だが、中には興味を示す貴族もいた。
なにせ、宰相の直轄、そして二人の魔剣使いが在籍している。
魔剣使いがいる部隊はそれなりにあるが、部隊三人のうち二人という割合は前例がない。
その日、王都にある訓練場の一角で、そんな注目の中心となっている二人が姿を現した。
ネアとリュナ。
片方は子どもで片方は大人。
ただし今回は、どちらも魔剣を持たない。
剣の腕を直接確認したいという提案を、リュナがしたため。
「魔物相手の腕前は、狩猟祭で見た。あとは、人相手にどこまでやれるか。それが知りたい」
訓練用の木剣を持ち、リュナは軽く構えを取る。
陽光を受け、短く切られた黒髪が揺れる。
瞳は深い黒、どこか試すような笑みを宿している。
対するネアは、伸びてきた長い茶髪を後ろで束ね、静かに息を整える。
琥珀色に近い茶色の瞳が、まっすぐに相手を捉える。
剣を抜かぬままでも、その気配は研ぎ澄まされた刃のようだった。
「……でも、なんだか余計な観客いない?」
訓練場の壁際に視線を向け、ネアは小声で言う。
確かに、明らかに訓練生ではない服装の者たちが、あちこちに散っている。
変装しているが、立ち居振る舞いはどう見ても貴族。
「バゼム・グラニエって人だけどさ、上の貴族にも顔が利くんだよ」
リュナが笑う。
「私はそのグラニエ家お抱えの魔剣使い。で、そんな私が、狩猟祭で優勝して閉会式で魔剣を人の姿にした子の部下になったんだよ? そりゃ見に来るでしょ、変装してでも」
「うわぁ……余計な注目だ」
「まあ、派手にやれば評判にもなる。悪くないはず」
軽口を交わした瞬間、空気が一変した。
リュナが足を滑らせるように踏み込み、木剣を一閃。
「っ──!」
ネアは受け止めると、弾き返す。
乾いた音が訓練場に響く。
リュナは経験豊富だ。
フェイントを巧みに織り交ぜ、間合いを崩そうとする。
だが、ネアの剣筋は素直で速く、正確だった。
「やるじゃない……!」
「そっちもね!」
剣と剣がぶつかり、木の破片が飛ぶ。
最初はリュナが押していた。
けれど、数合を交わすごとに形勢が逆転していく。
ネアの動きが、見違えるほど冴えていったのだ。
重心の揺らぎ、呼吸の間──戦闘のたびに吸収し、即座に修正していく。
経験で勝るリュナが、いつの間にか防戦一方になっていた。
「あーあ……これ、私が教わる側じゃん」
苦笑しつつ呟いたリュナは、最後に剣を軽く回すと構えを解く。
「降参。これ以上やると、私の体がもたない」
「えっ、まだ──」
「うん、わかってる。君はまだ本気を出してない」
その言葉のあと、訓練場の空気が和らぐ。
遠くで見物していた貴族たちは、興味深そうにひそひそとささやき合った。
「やはり本物だ……」
「宰相が目をかけるだけはある」
リュナは木剣を地面に突き、にっと笑う。
「才能、ってやつだねえ。大人として子どもに負けるのは複雑な部分があるけど、認めるよ、隊長」
ネアは息を整えながら、その笑みに照れくさそうに返した。
「……ありがとう。まだまだ練習するけどね」
陽光の中、二人の影が並ぶ。
ブランシュ隊の名は、この日を境にほんの少しだけ、王都の中で重みを増した。
◇◇◇
訓練場の片隅。
陽光を受けて白い石畳がまぶしく光る中、二つの魔剣──いや、一人と一本が並んで模擬戦を眺めていた。
少女の姿をしたレセルは、膝の上で手を組みながら微笑を浮かべている。
隣には、鞘に収まったヴァニティア。
わずかに鞘から出ているその刀身は黒く、やや近寄りがたい気配を漂わせていた。
『ま、やるもんだな。あの二人』
ヴァニティアの低い声が響く。
「当然よ。ネアはわたしの使い手なんだから」
レセルは目を細め、どこか誇らしげに答えた。
『ふん。使い手、ねぇ……。お前、今までにもどれくらいかは知らんが振るわれてきたろ? それでも、あの娘だけが特別か?』
レセルは少しだけ間を置き、空を見上げた。
長く白い髪が風に揺れ、少しばかり陽光を反射する。
「……そうね。これまでわたしを扱った者はそれなりにいたわ。でも、本当の意味で“使い手”になれたのは、ネアだけ」
その声は穏やかで、けれどどこか危うい熱を帯びていた。
「彼女だけが、剣であるわたしの声を聞けた、触れても拒否反応がなかった。他の誰も、できなかったことよ」
『へぇ、ずいぶん入れ込んでるな。もし、俺がネアの魔剣になってたら、どうしてた?』
レセルの笑みが、すっと冷たく変わる。
静かに、しかし迷いなく言い放った。
「叩き折るわ」
風が止まったかのような沈黙。
ヴァニティアが小さく笑いを漏らす。
『ははは。怖ぇな……さすがに愛が重い。でもまあ、筋は通ってる。大事な大事な使い手を取られたくないってか』
レセルは淡々と答える。
「わたしの使い手は──わたし以外の魔剣の使い手になってはいけないの」
その声には、柔らかい響きの奥に、底の見えない独占欲が潜んでいた。
ヴァニティアは少しの沈黙のあと、ふと何かを思いついたように言う。
『じゃあ、もしその使い手自身が、他の魔剣を望んだら?』
レセルはゆっくりとヴァニティアを見た。
赤い瞳が、淡い光を帯びる。
そして微笑んだ。
「簡単よ。わたし以外は必要ないって、体にわからせるだけ。苦痛でも、快楽でも、使えるものはなんでも使う。人の姿だからこそ、できることは多い」
その言葉の甘さと恐ろしさに、ヴァニティアは乾いた笑いを漏らした。
『……とんでもないな。だけど、いい。そういう執着、嫌いじゃない。意思のある魔剣のくせに物分かりがいいのはダメだ。使い手を自分だけのものにし、支配するくらいでないと』
レセルは何も返さず、ただ再び模擬戦の場に視線を戻した。
その目には、戦うネアの姿しか映っていなかった。
◇◇◇
夕方、訓練の熱気が落ち着いたころ。
ブランシュ隊の宿舎にある小さな浴場から、湯気が静かに立ちのぼっていた。
湯に浸かったネアは、ほっと息を吐く。
模擬戦の疲労がじんわりと体から抜けていくようだった。
「……ふぅ、やっと一息つける」
隣ではリュナが、肩までお湯に沈めながら軽く伸びをする。
その腕や背には、無数の細い傷跡があった。
斜めに走るもの、焼け焦げたような跡、うっすらと白く残る古傷。
「……そんなに、傷があるんだ……」
思わずネアが呟くと、リュナは片目を細めて笑った。
「ん? ああ、これね。傭兵やってた頃の勲章みたいなものだよ。剣とか槍ならまだマシ。……魔法でやられると、肉がえぐれたり焼けたりするからねぇ」
軽く言っているが、その言葉の端々に、戦場の現実がにじんでいた。
ネアは湯の中で手を握りしめる。
「魔法は、そんなに危ない?」
「そりゃ、生まれつきの“しょぼい魔法”なら可愛いもんよ。でもさ、学んで覚える“本物の魔法”ってのは別物。安定した威力も効果もあって……当たると、こう」
リュナは自分のお腹の傷を指でなぞって見せた。
冗談めかしているが、その傷の深さは一目でかつて重傷とわかるものだった。
「……触りたいなら、触る?」
「えっ」
リュナが肩をすくめ、わざとらしく色っぽい笑みを浮かべる。
「お姉さんの戦いの記録だよ? 手で確かめてみる?」
「い、いや、そういうのはさすがに」
慌てるネアに対し、リュナは湯船の中で少しずつ距離を詰める。
「ほらほら、怖がらなくていいって。お姉さんが優しくしてあげるからさ」
「──なにをしてるの?」
その瞬間、背後から静かな声が降ってきた。
ばしゃっ、とお湯がリュナの頭にかけられる。
「うわっ!? 熱っ……!」
「人の使い手に、変なちょっかい出さないで」
湯気の中、レセルが湯桶を持ったまま、涼しい顔で立っていた。
白い髪が湯気に濡れ、赤い瞳がわずかに光る。
「レセル、今のって」
「当然のことをしただけよ。お湯をかけただけで済ませたことに、むしろ感謝してほしいくらいだわ」
リュナは顔を拭きながら、呆れ半分に笑う。
「はいはい、わかりましたよ。怖い嫉妬だね」
「好きに解釈して」
レセルはそっけなく言い残し、湯の中にすっと腰を沈める。
ネアは苦笑しながら二人を見比べた。
レセルはなにも言わず、わざと湯をばしゃばしゃと波立たせる。
その静かな音が、どこか心地よく響く。
戦いのあとの湯気の中、ブランシュ隊の夜は、少しだけ賑やかに更けていった。