愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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65話 図書館で過ごす時間

 王都の午後は、ある程度穏やかだった。

 窓から差し込む陽光の中、ネアは分厚い本をめくる。

 今いる場所は王立図書館。高い天井と静寂に満ちた空間。

 革表紙の匂いと紙のざらつきが、初めて来たのにどこか懐かしさを誘った。

 

 「こういう時間、久しぶりかも」

 「落ち着いて本を読めるのは、平和の証よ。どれくらい平和が続くかはわからないけど」

 

 レセルは隣で椅子に座り、ページを覗き込む。

 今日は人の姿のまま。

 白い髪をゆるく結び、指先で紙をなぞる仕草は、まるで学者のようだった。

 ネアが開いているのは、王国竜史と題された本。

 そこには、王国がどのようにしてワイバーンを運用しているかが細かく記されていた。

 

 「……ワイバーンは、翼竜とも呼ばれてる種類の竜」

 「ええ。竜の中でも、人が扱えるのはあの種を含めて片手で数えられるほど」

 

 読み進めるうちに、いくつかの興味深い記述が見つかった。

 

 王都から遠く離れた山岳地帯で、卵の孵化と育成が行われること。

 幼体の段階では非常に気性が荒く、熟練した調教師が数年かけて馴らすこと。

 ある程度成長した個体は王都へ送られ、専用の厩舎で飼育・訓練されること。

 

 さらに続く文章を見てネアは目を見開いた。

 

 「王国全体で、三百頭……?」

 「文献に書かれているのをそのまま信じるなら、それが空の戦力のすべて」

 「三百……国全体でそれって、すごく貴重なんじゃ」

 「もちろん。だから、一つの部隊……それもたった数人しかいないところに一頭が専属になるなんて、異例中の異例ね」

 

 ネアはゆっくりページを閉じた。

 

 「……つまり、私たちの部隊にワイバーンを付けたのは……宰相の考え、なんだろうね」

 

 レセルが首をかしげる。

 

 「考え?」

 「うん。私たちにわざと注目を集めさせるため。少人数の隊に貴重な飛竜を割り当てれば、それだけで話題になるし目立つ。貴族たちにも、宰相が期待している部隊って印象を与えられる」

 

 そう言いながら、ネアは苦笑した。

 政治の舞台で、自分の存在が一つの“駒”として動かされている感覚が、少しだけ背筋を冷やした。

 静かな間をおいて、レセルが問いかける。

 

 「──ねえ、ネア。あなたは、これからどうしたいの?」

 

 ネアは視線を上げる。

 レセルの赤い瞳が、まっすぐに自分を映していた。

 

 「出世を目指す? それとも、今みたいに自由に動ける立場を維持して、旅行みたいに各地を巡りたい?」

 

 ネアはしばらく考え込み、本を閉じると膝の上に置いた。

 

 「……まだ、よくわからない。でも、どこかで“知りたい”って気持ちはあるかも」

 「知りたい?」

 「うん。この国のこと。人のこと。それに……魔剣のことも」

 

 レセルは静かに微笑んだ。

 その笑みには、誇らしさと、ほんの少しの切なさが混じっていた。

 

 「なら、いいわ。あなたが望む限り、わたしはどこまでも一緒に行く」

 

 窓の外では、王都の空を一頭のワイバーンが横切った。

 その影が窓越しに二人の上を過ぎる。

 紙の匂いと羽ばたく音が、穏やかな午後に溶けていく。

 

 「あ、そうだ」

 

 レセルと並んで机に積み上げた本の山を見つめながら、ネアは小さく呟いた。

 

 「せっかくだから、ワイバーンだけじゃなくて、王国の歴史も見てみよう」

 

 レセルは微笑んで頷く。

 

 「いい考えね。知っておくことは、力になるわ」

 

 ネアは王国史の分厚い本を手に取った。

 金文字で刻まれたタイトルには“ベルフ王国年代記”とある。

 ページをめくると、整然とした文字が並んでいた。

 

 この国の名はベルフ王国。

 ヴンド大陸中央部に位置し、広い平原を持つ中規模の国。

 隣国には、商業の国ソーティ、そして豊かな鉱山を持つ国ギルガ。

 三国の国境は山脈と河川に分けられ、かつては幾度も争いが絶えなかった。

 

 「……昔は、小規模な戦争が何度もあったみたい」

 「勝ったり負けたり、ね」

 

 レセルはページを覗き込みながら呟く。

 文献には、数十年前までの戦争の記録が簡潔にまとめられていた。

 勝利しては賠償金を取り、敗北しては支払う。

 そうして互いに疲弊し、結果的に「戦うより貿易のほうが得だ」という結論に至ったらしい。

 

 「……つまり、出費がかさんだから戦争をやめる気になった、ってこと?」

 「ええ。倹約の結果、ようやく訪れた平和のようね」

 

 レセルの言葉に、ネアは苦笑した。

 その時、ふとある疑問が頭をよぎる。

 

 「ねえ、レセル。ベルフ王国の中では女神教と魔神教があるけど……他の国ではどうなってるんだろう?」

 「そういえば、そういう話は聞いたことないわ。わたしは剣として長く放浪していたけど」

 

 ネアは机の上の本を一冊ずつめくるが、宗教に関する項目はどれも簡略的だった。

 信仰事情:各国に女神教の施設あり。一部の地域では信仰の対立が散発的に起こっている。

 そんな文がある程度。

 

 「……細かいことまでは書いてないか」

 「宗教の勢力図は、時期によっても変わるもの。でも、確かに気になるわね」

 

 ネアは立ち上がり、借りた本を丁寧に重ねてまとめた。

 

 「こういうの、リュミナさんなら詳しいかも。司教だし、女神教全体の動きも知ってそう」

 

 レセルが笑みを浮かべる。

 

 「いい考えね。それじゃあ、行きましょうか」

 

 ネアは図書館の受付に向かい、部隊の証を差し出す。実質的に隊長としての証でもある。

 係員は書類を確認し、軽く会釈して言った。

 

 「ブランシュ隊の隊長殿。この権限なら、王国史資料室の本も持ち出し可能です」

 

 ネアは少し驚いたように瞬きをする。

 

 「便利だね……隊長って、こんなところでも扱いが違う」

 「立場って、不思議なものでしょ?」

 

 レセルがくすりと笑う。

 

 「少し前まで、ありふれた旅人だった。もしそのままの立場だったなら、図書館はあなたに本を貸し出してはくれなかったでしょうね」

 「うん。だからこそ今のうちに、できることをしよう」

 

 積み上げた本を抱え、二人は図書館をあとにした。

 外の空気は少し冷たく、夕方が近づいていることを示す鐘が遠くで鳴っている。

 次の目的地は、女神教の大教会。

 司教リュミナのもとで、また新しい知識と出会い、疑問を解消するために。

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