愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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66話 王国と周辺の国々

 女神教の大教会の中は、いつもより静かだった。

 昼下がりの光が彩色ガラスを透かし、床に淡い模様を描いている。

 ネアとレセルが足を踏み入れると、奥の部屋から声が聞こえた。

 

 「そこ、句読点の位置が違います。はい、やり直し」

 「は、はいっ!」

 

 覗くと、机を挟んで向かい合う二人の姿が見えた。

 淡く青い髪を丁寧にまとめたリュミナと、必死に筆を走らせるミリア。

 ミリアは振り向くと、照れたように笑った。

 

 「わっ、ネアか。……今は、ちょっと真面目にやってる。いつもふざけてると、先輩に愛想を尽かされちゃうから」

 「あのね、あなたが余計なことを言ったりしなければ、愛想を尽かすことはないの」

 

 リュミナが淡々と返す。

 その声音は柔らかいが、背筋が自然と伸びるような威厳を帯びていた。

 ネアは軽く笑いながら、本題を切り出した。

 

 「ちょうどよかったです。リュミナさんに聞きたいことがあって。他の国では、女神教とか魔神教って、どうなってるんですか?」

 

 リュミナは手元の書類を整え、静かに立ち上がる。

 

 「あら、そこに関心を持ちますか」

 「少し調べものをしてて。ベルフの歴史を読んだら、他の国のことも知りたくなっちゃって」

 

 リュミナは頷き、近くの棚から一枚の地図を取り出した。

 広げると、それはヴンド大陸中央部を描いた古い地図。

 ベルフ王国の名の周りに、ソーティ、ギルガといった国が記されていた。

 

 「まず、このベルフ王国ですが、ここでは女神教が主流です。王国の法や教育の一部にも組み込まれています。魔神教は……こそこそと動きながら、じわじわと信徒を増やしています。忌避されていながらも、地下で息を潜めつつ動いている者は多い。……狩猟祭の時のように」

 

 暗躍していた魔神教の女性を思い返し、ネアは頷きながら聞き入る。

 

 「次に、商業国家ソーティ。ここでは表立って魔神教徒だと名乗っても、これといって咎められはしません。ただ、信者の数はごく少数。金と契約を重んじる国のため、信仰より実利という考えが主流なのが影響しています」

 「……なるほど。商人の国っぽい」

 「そして、ギルガ王国。鉱山と鍛冶の国ですね。ここにも魔神教の信徒はいるものの、主に職人階級に限られています。女神教よりも古い“火と鉄の祈り”を信仰していた土地柄だから、信仰が混ざり合って曖昧になっているのが大きい」

 

 そこまで語ったあと、リュミナは少しだけ表情を曇らせた。

 

 「ただ、本気で魔神を復活させようとしている勢力が、どの国にどれくらい存在するのか。それだけは、女神教の方でも掴みきれていません」

 

 静かで落ち着いた声。

 それは、事実を述べるというよりも、危険の輪郭をなぞるような響きだった。

 

 「……つまり、どこにでも、少しずつ根を伸ばしてるってこと?」

 「ええ。各国の大地の下で、じわじわと」

 

 近くで話を聞いていたミリアは筆を置き、小さく背筋を伸ばす。

 

 「だから、女神教の司教であるリュミナ先輩は気を抜けず、いつも疲れたような顔をしているんですよ。……あ、でも、ネア、そんなに深刻な顔をしないでよ? まだ何も起きてないし、起こさせるつもりもないから!」

 「うん。ミリアの頑張りに期待しておく」

 

 ネアは微笑み返した。

 するとレセルが横から小声でささやく。

 

 「でも、こうして地図を見ながら話を聞くと、世界って思ったより広いのね」

 「うん……。きっと、知らないことがまだいっぱいあるんだろうな」

 

 リュミナはそんな二人を見て、わずかに口元を緩めた。

 

 「調べるのはいいことです。でも、真実を知るほどに、知ってしまった情報の重みで動けなくなることもある。そのことを覚えておいてください」

 

 その言葉は静かに胸に残った。

 教会の鐘が鳴り、陽光が色のついたガラスの模様を床に散らす。

 ネアは借りた本を抱きしめながら、世界を知る旅が、今また一歩進んだのを感じていた。

 

 ◇◇◇

 

 教会を出ると、外はすでに夕方近くになっていた。

 陽は傾き、街路を黄金色に染めている。

 借りた本を抱えたまま歩くネアの前に、一人の人物が姿を現した。

 

 「ブランシュ隊隊長、ネア・ブランシュ殿ですね」

 

 淡い青の制服を着た文官。

 宰相の配下である印章を胸に付けている。

 彼は丁寧に一礼すると、封蝋付きの書簡を差し出した。

 

 「宰相閣下より、任務の通達です」

 

 ネアはレセルと目を合わせ、静かにそれを受け取ると、次の仕事があるので失礼しますと言って、彼はさっさとどこかへ行ってしまう。

 開封すると、見覚えのある筆跡で文章が記されていた。

 

 商業で有名なソーティとの国境付近に、トラヴァスという街があるので、そこへ向かうように。

 詳細は、現地にいる騎士団から聞くこと。

 これは今後を見据えた“経験のための任務”である。

 なお、行きたくないのであれば拒否しても構わない。

 

 「え? 拒否してもいい?」

 

 中身を読みながら、ネアは思わず眉をひそめる。

 

 「部隊に対する命令でそんなこと言う?」

 

 レセルが呆れたように覗き込み、肩をすくめる。

 

 「行くのも行かないのも自由なんて、裏があるに決まってるわ。経験を積ませたいという言葉が曖昧ね。その街がソーティとの国境にあるということは、商人の行き来が多い場所のはず」

 「ええと、トラヴァスという街は、ソーティとの国境にある表向きは平和な場所」

 

 レセルが言葉を継ぐ。

 

 「けれど裏では、何かが動いているかもしれない」

 

 ネアは書簡を握りしめた。

 宰相の筆跡は丁寧で、どこにもおかしい部分はない。偽造の可能性は低いわけだ。

 けれどその丁寧すぎる書き方が、逆に何かを隠しているようにも思えた。

 あるいは、何かを隠してることをあからさまにすることで、何かを伝えようとしているのではないか?

 

 「私たちを、なぜわざわざ送り込むのかな」

 

 ぽつりと呟くネアに、レセルが静かに答える。

 

 「おそらく、王都から遠い現地の様子を“外部の目”に見せたいのよ。宰相直属の部隊なら、貴族や軍のしがらみを超えて報告できる」

 「でも、それってつまり……」

 「都合の悪いことを暴かせたい、ってことね」

 

 重く沈む空気の中で、レセルだけが小さく笑った。

 

 「面白いじゃない。行けば何かが見える。行かなければ、何もわからない」

 「そうだね。王都にいるよりは、この街に行って任務こなした方が出世も期待できるだろうし」

 

 ネアは深く息を吸い込み、ゆっくりと頷いた。

 

 「よし、行こう。ブランシュ隊として」

 

 夕陽が沈み、街の屋根を赤く染める。

 風が吹くとネアの茶色い髪が揺れた。

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