愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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7話 裏通りの魔物

 石畳を踏みしめて鍛冶屋へ向かう。

 通りには朝市の屋台が並び、食欲を刺激する香りが漂い、ついそちらに向かいそうになる。

 ネアは背中の包みを軽く叩きながら、少し浮き足立っていた。

 今日は、注文していた鞘の受け取り日だ。

 鍛冶屋の店先では、分厚い腕をした店主が炉の火を弄っている最中だった。

 

 「おお、来たな。ほら、出来とるぞ」

 

 差し出されたのは、黒革と金具で作られた立派な鞘。

 口金には簡素な彫り込みがあり、全体がしっかりと補強されている。

 ネアは布を解き、レセルをそっと抜き出す。

 鍛冶屋の視線が剣身をちらりと舐め、職人らしい唸り声を上げた。

 

 「寸法を図った時も思ったが、こいつは……ずいぶん古い剣だ。なのに刃こぼれ一つない。大事にするんだぞ」

 「はい」

 

 ネアは頷き、少し離れたところで鞘にレセルを収める。

 吸い込まれるようにぴたりと収まり、軽く腰に吊るしてみると、見た目にもぐっと様になった。

 

 『……ふふ、悪くないわ。わたしのために作ったものだと思うと、嬉しくなる』

 

 耳元に甘い声が響く。

 レセルはいつもより柔らかい声で、少し照れているようにも聞こえた。

 

 「うん。これでようやく一人前っぽくなったかも」

 『そうね。……それに、あなたがわたしを持ち歩く姿が、より絵になるわ』

 

 残りの支払いを済ませ、鍛冶屋をあとにする。

 腰に下がる鞘が歩くたびに揺れ、金具が小さく鳴った。

 通りの人々の視線が一瞬だけ腰の剣に向かうと、ネアは少し背筋を伸ばし、胸を張る。

 

 「さて、このあとどうする?」

 『昼前に戻れば、宿で少し休めるわ。ただ……』

 「ただ?」

 『新しい鞘のお披露目に、人通りの少ない道をただ歩くのはちょっと退屈ね。どうせ人の少ないところを歩くなら、裏通りでも回って、珍しい店を探してみない?』

 「まあ、いいんじゃない」

 『そこは元気に頷いてほしいのだけれど?』

 「えー、そう言われても困る」

 

 軽口を叩き合いながら、ネアは人混みを避け、裏通りへと足を向けた。

 

 「近くに露店とかは……」

 

 人通りがまばらな裏通りを歩いていると、遠くから怒号と金属のぶつかる音が響いてきた。

 ネアは足を止め、音のする方へ視線を向ける。

 路地の奥で、数人の人々が慌ただしく叫びながら駆け回っているのが見えた。

 

 「……何かあった?」

 『これは……金属の檻が破損したような音ね。何かが逃げ出したのかも』

 

 角を曲がると、そこは商団の荷馬車が並ぶ裏の搬入口だった。

 鎖が外れた鉄製の檻が地面に転がり、木箱や麻袋が散乱している。

 その近くでは、毛並みの荒い四足の獣らしき存在が背を丸め、唸り声を上げていた。

 

 「グルルルル……!」

 

 獅子や熊が混ざったような外見をしていて、瞳は赤く濁り、涎を垂らしながら地面を掻きむしっている。

 背丈は人間の大人ほどもあり、明らかに普通の野生動物ではない。

 

 『いくつもの動物が混ざったような姿……あれは魔物よ。どこかで捕まえてきたみたいね。しかも、相当荒れてる』

 「どうしてこんな街中で……」

 『あの商団が運び込んだ、密輸品の一部でしょう。檻が壊れたのは事故か、それとも』

 

 その時、荷馬車の影から二つの影が現れた。

 革鎧を着た細身の男性と、短髪で軽装の女性。

 二人とも二十代半ばほどで、息を潜めるように馬車の積み荷へ近づいていく。

 

 「盗むの、やめた方がいいんじゃない?」

 「おいおい、こんな美味しい事故、見逃すわけにゃいかねえだろ」

 「はぁ……兄貴、急いでよ。街の衛兵や商団の護衛が来る前に」

 「わーってるって。お、こっちは高く売れそうな品物が──」

 

 しかし、男性が箱に手をかけた瞬間、ガタッと小さな音が鳴り、魔物の耳がぴくりと動いた。

 唸り声が一段と深くなり、魔物は荷馬車を回り込んで兄妹に向かって突進していく。

 

 「やべやべやべ、ミスった!」

 「兄貴さあ……何やってんの!」

 

 慌てて飛び退く二人。しかし、魔物は止まらず、鋭い爪で木箱を粉砕しながら距離を詰めてくる。

 その迫力に、周囲の商団員は恐怖に凍りつき、誰も手を出せない。

 

 「そこの嬢ちゃん、どいてくれ! というか逃げろ!」

 『……ネア、どうする?』

 「戦わないと誰か死ぬかも」

 『そうね。でも今回は、あなたが自分の力でやってみなさい。あの兄妹、少しは戦えるみたいだし』

 「えっ?」

 『危なくなれば、わたしが代わりに動く。だから……信じてやってみなさい』

 

 ネアは息を吸い込み、腰の鞘からレセルを抜いた。

 刃が光を反射し、空気がわずかに震える。

 

 「私が経験を積むために?」

 『ええ。わたしという剣の使い手として、あなた自身の実力を高めるのは大事でしょう? ほら……もう来るわ』

 

 次の瞬間、魔物が咆哮を上げ、一気に飛びかかってきた。

 魔物が迫る瞬間、ネアは地面を蹴り、横に飛んで爪を避けた。風圧だけで頬が切れ、鈍い痛みが走る。

 同時に、兄妹の妹の方が短剣を抜き、魔物の横腹を狙って突き込んだ。

 金属が肉に沈み、黒い血が飛び散る。

 

 「くそっ、硬い!」

 「後ろに回れ!」

 

 兄は叫ぶと同時に、腰から投げ縄を取り出して魔物の首に引っかけようとする。

 だが、魔物は素早く首を振って縄を弾き飛ばした。

 

 『魔物の注意が逸れた。足元を狙って。そう簡単には避けられないから』

 「わかった!」

 

 ネアは足首を狙って低く踏み込み、レセルを振り抜いた。

 肉を斬り、刃が骨に触れ、魔物が苦痛の唸りを上げる。

 

 「ガアァッッ!!」

 

 隙を突いて、兄妹が左右から攻め込む。

 妹は鋭く刃を振るい、兄は短い槍で突きを連続して放った。

 三人の連携が少しずつ形になり、獅子や熊が混ざったような魔物は、後退を余儀なくされる。

 だが、次の瞬間、太く頑丈な前足が地面を叩き、石片が飛び散った。

 その破片がネアの脇腹をかすめ、息が詰まる。

 

 『まだ平気? そろそろ代わる?』

 「……大丈夫!」

 

 痛みを押し殺し、ネアは再び構えを取る。

 

 「兄貴、正面抑えて! 一秒か二秒でいいから!」

 「あれを止めろってか!? ああくそっ、任せろ!」

 

 盗人兄妹の兄が落ちている盾を拾って突進を受け止める間に、ネアと妹が左右から同時に斬りかかった。刃が深く入り、魔物が悲鳴を上げてよろめく。

 

 『今よ、仕留めて!』

 

 ネアは渾身の力でレセルを振り下ろし、毛皮に守られた首筋を断ち切った。

 重い音を立てて魔物は崩れ落ち、黒い血が石畳を染める。

 短い沈黙のあと、妹が肩で息をしながら笑った。

 

 「やるじゃん、あんた」

 「……そっちこそ」

 

 兄は槍を引き抜きながら、苦笑いで頭をかいた。

 

 「いやー、ちょっと積み荷を覗いただけなんだが……まさか魔物に絡まれるとはな」

 「兄貴さあ……だから言ったじゃん、こういう時は慎重にって」

 

 そのやり取りに、ネアは思わず口元を緩めた。

 ただの厄介な盗人かと思えば、意外にも頼りになる戦力だったらしい。

 

 「──あらあら。ずいぶん派手にやってくれたわねぇ」

 

 息を整える間もなく、背後から落ち着いた女性の声が響いた。

 振り向くと、豪奢な緋色のドレスをまとった妙齢の女性が、数人の屈強な護衛を従えて立っていた。

 黒髪を高く結い上げ、金の耳飾りが陽光を反射する。

 商団の幹部に違いないその女性は、足元にいる魔物の死骸を一瞥すると、ゆっくりと微笑んだ。

 

 「三人のうち、二人ほど混乱に乗じる不届き者がいたけど、おかげで死者は出ず、被害は最小限で済んだ。……助かった、と言っておくべきかしら」

 「別にお礼はいらないです。偶然居合わせただけで」

 

 そう答えるネアに、女性は小さく肩をすくめる。

 

 「偶然、ね。まあ、理由はどうあれ……こういうことはあまり表沙汰にしない方がいい。そうでしょう?」

 

 その場に控えていた護衛が、ずしりと重い袋を差し出す。硬貨の鈍い音が耳に届いた。

 

 「これは、あなたたち三人に対する“感謝の気持ち”よ。……ついでに忠告。ここで見たことや聞いたことを、他の誰かに言いふらしたりしないこと」

 

 その声色は優しく、笑顔のままなのに、どこか背筋を冷やすような圧があった。

 感謝の気持ちというのは表向きだけ。

 実際には口止め以外の何物でもない。

 兄妹は顔を見合わせ、兄が先に袋を受け取る。

 

 「へいへい、わかってますよ。な?」

 「うん。お金持ちを敵に回すことはしない。……情けないけど」

 

 妹は口を尖らせつつも、視線を逸らす。

 ネアは袋を受け取らずに、じっと女性を見返した。

 

 「あら、どうしたの? おちびちゃん」

 「事故を見てる人はそこそこいます」

 「あなたが心配することではないわ。死者が出なかったから、街を黙らせることは簡単。……口が軽い者を永遠に黙らせることも、ね」

 

 少しだけ、幹部である女性の視線が鋭くなる。

 

 『……ここは受け取っておきなさい。いらない敵を作るより賢いわ』

 

 レセルのささやきにネアは小さくため息をつき、お金の詰まった袋を手に取った。

 それを確認した女性は満足げに頷くと、護衛を伴い、この場から去っていく。

 

 「なあ、嬢ちゃん」

 

 その時、声をかけられ、気安く肩を叩かれる。

 

 「はい?」

 「さっきは助かった。小柄なのに結構やるじゃねえか」

 「兄貴がもっと慎重だったらこんな苦労はなかったのに」

 「う、うるせー」

 

 長居はせずに別れると、ネアは人気のない路地へと入った。

 

 『……面白い、いえ、愉快な人たちね』

 「事故に便乗して盗もうとしてた盗人でしょ?」

 『でも、腕は悪くない。ああいう者は使い道がある』

 

 ネアは遠くにある兄妹の背中を見ながら、無意識に袋を握りしめた。

 この街で何が動いているのか、ますますわからなくなっていく。

 そしてそれが、きっと自分の身にも関わってくる。そんな予感が、胸をかすめた。

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