愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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76話 異国にある支部

 朝。

 レセルの独占欲を正面から浴びることになったネアだが、今は剣のレセルを腰に下げ、いつものように魔神教の拠点へ向かった。

 中に入ると、空気が妙にぴりついている。

 通路を行き交う信徒たちは、どこか落ち着きがなく、書類を抱えたまま小声で言い争っていた。

 奥の部屋にいたジェーンは、いつもの笑みを見せず、机に指をトントンと叩いていた。

 その仕草からは、苛立ちがにじみ出ている。

 

 『普段とは様子が違うわね』

 

 ネアは様子をうかがいながら、近くの者に声をかけた。

 

 「ジェーンさん、なんだか……機嫌が悪い?」

 「しっ……声を落として。でかい支部で何かあったらしいんだ」

 「何かって?」

 「詳しくは知らねえけど、内部の奴ら同士で揉めたとか、情報が漏れたとか……とにかく上が荒れてる」

 

 そのささやきを耳にした瞬間、ジェーンはゆっくり顔を向ける。

 

 「ネア」

 「あ、はい」

 「聞いたでしょ? ちょうど使い物になる人手がいるの。ついてきなさい」

 

 語気こそ冷静だが、歩くたびに靴音が苛立ちを刻む。

 ネアはレセルの小声を聞く。

 

 『妙な気配。感情が尖ってる。よっぽどのことがあったのかしら』

 

 奥の廊下を抜けると、重厚な扉の先に、広い部屋があった。

 床一面に複雑な線が刻まれている。それは魔法陣。

 淡い蒼光が脈動し、魔力の流れが肌を撫でる。

 

 「これ、なんの魔法ですか?」

 「転移よ。遠くの支部に一瞬で移動できるもの。ただ、一度使えばそのあと数日間も調整が必要で、同時に使えるのは数人だけ」

 

 ネアは円の外縁を見回しながら、慎重に尋ねる。

 

 「どこへ行くんです?」

 「徒歩なら一ヶ月はかかる場所よ」

 

 ジェーンは短く答え、黒い外套を翻す。

 

 「滞在はどのくらいになりますか?」

 「最短でその日、最長で一週間。安心なさい、ナランという騎士様を通じて、あなたの部隊には知らせておくわ」

 

 ネアはわずかに息を呑む。

 

(ナランの名前が出るってことは……やっぱり繋がってるんだ)

 

 レセルの声が耳に届く。

 

 『嫌な予感がする。けど、行くんでしょ?』

 「……うん」

 

 ネアは静かに頷いた。

 

 「準備はできています。行きます」

 「いい返事ね。では、転移魔法陣の中心へ」

 

 移動すると、淡い光が強くなり、足元から風が巻き上がる。

 空気がひっくり返るような衝撃の中、視界が一瞬、白に染まった。

 

 「うっ……到着、した?」

 

 光が弾けるような感覚のあと、ネアの視界がゆっくりと戻っていく。

 空気が乾いている。

 鼻をくすぐるのは、砂と土、それに香辛料のような匂い。

 

 「……ここが、転移先?」

 「そう。サブアラにある支部よ」

 

 ジェーンが無造作に答える。

 目の前には、巨大な建物がそびえていた。

 城塞のような厚い壁と、高く伸びた塔。

 門の前には次々と人が行き来しているが、その格好は王国とはまるで違う。

 薄い布を巻いた民族衣装、金属の飾り、独特の模様の入った外套。

 ネアがきょろきょろと周囲を見渡すと、レセルが小声でささやいた。

 

 『サブアラの者ね。ここから南東の荒野一帯に広がる国。草原と乾いた砂地ばかりで、交易で生きてる人たちよ』

 (交易の国、か……)

 

 足元の砂を踏みしめながら、ネアはその活気に圧倒されていた。

 人の多さも、話し声の混じり具合も、王都とは方向性が違う。

 異国の市場に紛れ込んだゆえの、未知の感覚。

 

 「こっちよ」

 

 ジェーンの声が飛ぶ。ネアは慌ててついていった。

 建物の奥に進むにつれ、ざわめきが大きくなっていく。

 何かが壊れたような焦げ臭い匂い。

 そして、騒然とした人の群れ。

 広い空間に出ると、そこは半ば崩れた倉庫だった。

 壁は焦げつき、床には木片と鉄の破片が散らばっている。

 怒号と報告の声が入り混じり、緊張が肌に張りついた。

 

 「まったく、くだらない連中だこと」

 

 どういう意味かネアが視線で尋ねると、肩をすくめながら続きを語っていく

 

 「力を求めて入ってきた者の中に、倉庫に特別な何かがあると思い込んで盗みに走った間抜けがいたの」

 

 そう言うとネアを置いて信徒の一人に近づき、目録を受け取って中身を読んでいく途中、彼女の指は止まる。

 

 「……これでは、魔神の復活が遠ざかる。やれやれ、しばらくは依り代で我慢か。ちっ……」

 

 その声は、とても小さな独り言。

 普通なら聞こえないが、ネアの耳に届いた。繋がりの強まったレセルが勝手に聴覚を強化してくれたからだ。

 

 (依り代……?)

 

 ネアは小さく首をかしげる。

 

 「復活はともかく、依り代って……何の?」

 『やっぱり、あの女……魔神教の信徒の中でも異質ね。独自の思惑がありそう』

 

 レセルの声は冷たかった。

 

 『依り代ってのは、普通に考えるなら魔神の器と考えていい。もしかすると他の意味合いがあるかもしれないけど。まあつまり──この地で何かを宿すつもりなんでしょう』

 

 魔神か、あるいはそれに近い何かを、依り代となる者に宿すのかもしれない。

 それを聞いたネアの背筋に、冷たい汗が流れる。

 その時、男性が駆け込んできた。

 

 「ジェーン様! 盗人どもは西の交易路に逃げたとの報告が!」

 「そう」

 

 ジェーンは面倒そうにフードをしたまま髪をかき上げる。

 

 「追跡部隊を編成しなさい。……私も行く」

 「あなたが、ですか?」

 「当たり前でしょ。重要なものを盗まれたのだから」

 

 そのまま振り返り、ネアを見据えた。

 

 「あなたも来なさい。どうせ暇してるでしょう?」

 「……わかりました」

 

 ネアは軽く頷く。

 

 『気をつけて。あいつの言う重要なものって、ろくな代物じゃない』

 

 こうしてネアは、ジェーン率いる追跡部隊の一員として出発することになった。

 サブアラ支部の裏手にある広い厩舎では、

砂色の鱗を持つ大型の生物が、鋭い目を光らせていた。

 四肢は強靭、背中には鞍が据えられ、首元には黒い革の手綱。

 翼はないが、筋肉の塊のような竜がいた。

 

 「これは……」

 『ドレイクね。ワイバーンが翼竜と呼ばれてるけど、こっちは走竜と呼ばれてたりする』

 

 ワイバーンと似た爬虫類の姿だが、空を飛ぶための翼がなく、その分だけ全身が走るための力に満ちている。

 

 「ワイバーンじゃないんですね」

 「その方が数を揃えられるし、地上追跡には向いてるのよ。馬よりは高いけど」

 

 ジェーンは淡々と答え、手際よく鞍にまたがる。

 ネアが隣に乗り込むと、ドレイクは鼻を鳴らし、地面を掘るように爪を鳴らした。

 

 「しっかり掴まってなさい。落ちたら拾わないから」

 

 そう言うと同時に軽く手綱を引くと、ドレイクは爆発的な加速で砂地を駆け出した。

 風が横から叩きつける。

 乾いた砂が頬に刺さるように跳ねる。

 地面を蹴るたび、鼓動のような震動が腰に伝わってきた。

 

 「うぅ、ワイバーンとは別の意味できついかも」

 

 ネアは息を切らしながら、前を見る。

 視界には、サブアラの荒野が延々と続いていた。

 低い草と乾いた土、ところどころに岩の塊。

 緑は少なく、陽光だけが容赦なく降り注ぐ。

 

 「魔神教って……思っていたより大変そう」

 

 ネアはぽつりと呟く。

 ジェーンは肩を揺らし、笑いともため息ともつかない声を漏らす。

 

 「あら、当然でしょう? 組織なんてものは、どこだって結局は人の集まりでしかない。面倒事、欲、裏切り、慣習、派閥──あなたがいた王国も、同じでしょう?」

 「まあ……確かに」

 

 否定はできず、レセルは鞘の中で小さくささやく。

 

 『この女、自分のいる組織を含めて、全部が道具って思ってる感じがする』

 

 数時間も走ると、乾いた風の匂いが変わり、足元の砂に乱れが生じはじめる。

 

 「この辺りね」

 

 ジェーンは速度を落とす。

 ドレイクが鼻をくんくんと鳴らした。

 砂の上には、荷物を引きずった跡、足跡、そして──数人分の血が乾いてできた黒い染み。

 

 「ここが逃げた連中の通った道」

 

 ジェーンは鞍から降り、目を細める。

 

 「ふむ、潜んでるか。……出てきなさい!」

 

 その言葉と同時に、周囲の岩陰や草の影から、複数の気配が動いた。

 ざっ、と砂が舞う。

 ネアが剣に手を添えるより早く、ジェーンの口元がわずかに歪み、魔法で先制攻撃を仕掛けた。

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