愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり 作:パッタリ
翌日。
宿屋の部屋にある机に、昨日受け取った袋を広げる。
どさり、と重い音を立てて金貨や銀貨が転がり、淡い光を反射した。
「うわ……思ったより、すごい量」
数えてみると、王都まで旅しても不自由しないくらいのまとまったお金。
田舎の村娘からすれば、これまで見たこともないような大金。
指先が少し震えているのに気づき、ネアは慌てて袋を押さえ込む。
『どう? これは夢じゃないわよ』
レセルの声はいつもより落ち着いていて、それでいて、少しからかうような響きがあった。
「夢ならいいのにって思うよ。……だって、こんな大金、持って歩くの怖い」
『当然よ。お金は人を狂わせる。立派な剣よりもね。あなた自身を狙う者も増えるでしょう』
「わざわざ脅さなくてもいいのに……」
苦笑しながら、金貨を一枚ひっくり返す。
陽の光を浴びてきらめくそれは、美しいはずなのに、どこか冷たく見えた。
「でも、これだけあれば……王都に行っても大丈夫、だよね」
『ええ。宿代も食費も、しばらくは心配いらない。そうなると、移動手段を探すのが先決ね』
ネアは袋の口を固く結び、腰に下げた小袋へとしまい込んだ。
胸の奥に、期待と不安が入り交じったざわめきが残る。
初めての大金は、嬉しさよりも緊張を運んでくるものだと知った。
昼前、ネアは宿を出て、街の大通りを歩く。
王都までの移動手段を探そうと馬車宿の掲示板を覗き込んでいると、不意に背後から声をかけられる。
「おっと、昨日の嬢ちゃんじゃねえか」
振り返ると、革鎧を着崩した赤褐色の髪の男性──昨日一緒に魔物を倒した盗人兄妹の兄が、にやりと笑って立っていた。
その横には、スカーフで赤褐色の髪をまとめた妹が腕を組み、不機嫌そうに兄を睨んでいる。
「兄貴、声でかいってば。……あんた、宿はこっちだったんだ」
「うん」
ネアが答えると、兄は興味深そうに首を傾げた。
「嬢ちゃんも王都に行くのか?」
「えっ……どうして」
「顔見りゃわかる。掲示板にかじりついてたろ?」
図星を突かれ、ネアは思わず視線を逸らす。
妹がため息をつきながら言葉を足した。
「実はあたしたちも王都に行く。……ほら、あの商団のお偉いさんから“口止め料”をもらったでしょ? 街に長居するの、正直ちょっと怖いからさ」
「あー、それはわかる」
「秘密を知ったあたしらを取り込むか排除するか……。どちらにせよ、商団からの厄介事が来そうだし」
ネアは同意するように小さく頷いた。
あの女商人の笑顔を思い出すだけで、背筋が冷たくなる。
敵味方のどちらになろうとも、恐ろしいことだけは確か。
「うーん……ならさ、二人と一緒に行ってもいいかな?」
思い切って口にすると、兄妹は一瞬だけ顔を見合わせる。何か相談しあうように。
わずかに間があって──兄が肩をすくめ、軽い調子で答えた。
「別にいいんじゃねえの。道中の人手は多い方が楽だしな」
「……そうだね。変なことしないなら、歓迎する」
妹の目は鋭かったが、拒絶はしてこない。
ネアは胸をなで下ろし、思わず笑みをこぼす。
「ありがとう」
「ただし、すぐ出発ってわけじゃないぜ」
兄が指を立てて付け加えた。
「俺たちは夕方に馬車で出る予定だ。それまでに準備とか、やり残したこととか、済ませとけよ」
「うん、わかった」
「待ち合わせ場所は、門を出てすぐの街道。遅れたら置いていく」
そう言い合って別れると、ネアは宿へ戻りながら胸の奥で期待が高まっていくのを感じた。
思った以上に早く、王都への道が開けたのだ。
◇◇◇
盗人兄妹と別れたあと、ネアはひとまず宿へ戻り、荷物を整理した。
王都までの道のりは長い。だからこそ、今のうちに旅の装備を整えておきたい。
『荷物は、多すぎても少なすぎてもダメ』
「わかってるって」
昼下がりの市場は活気にあふれていた。
魚を並べる店、干し肉や保存食を山と積む屋台、旅人向けの道具を扱う露店。
石畳の通りを歩くだけで、香辛料や果物の匂いが混ざり合い、鼻をくすぐる。
『保存食は必須ね。あと、水袋を新しくした方がいいわ』
「うん。……あ、これ可愛い」
目を引いたのは、色のついた糸で模様を縫い込んだ小袋だった。旅に直接役立つものではないけれど、手に取ると妙に心が躍る。
少し迷った末に購入すると、レセルは小さく笑った。
『そういう無駄遣い、嫌いじゃないわよ』
「む、無駄遣いって……」
そのあとも、鍋や木の匙、地図を扱う露店などを回り、必要な品を揃えていく。
ふと立ち寄った古道具屋では、見慣れない形の小さな笛を見つけた。
試しに吹くと、鳥の鳴き声に似た甲高い音が響き、周囲の子どもたちが「もう一回!」と拍手する。
「……なんか、旅に出るんだって実感してきた」
『楽しそうね。まるで遠足前夜の子どもみたい』
「ちょっと、それはひどくない?」
『あら、あなたはまだまだ子どもでしょ?』
互いに軽口を叩き合いながら歩くうちに、ネアは街の外れにある小さな公園へ足を向けていた。
木陰に腰を下ろし、手に入れたばかりの干し果物を口にする。
甘酸っぱさが広がり、ほんの少しだけ緊張が解けた。
『王都へ行けば、もっと多くの人、多くの出来事に出会うでしょうね』
「……楽しみ半分、不安半分。緊張してきた」
『なら、その不安をわたしで埋めなさい。あなたが折れそうになったら、わたしを支えにして立てばいい』
レセルの声音は、どこか甘やかで心地よく、それでいて力強い。
ネアは木漏れ日を見上げ、少しだけ笑った。
「うん。……頼りにしてる」
そうして買い物と小さな寄り道を終える頃には、太陽は西に傾き始めていた。
夕刻の約束した時間に向けて、兄妹と合流するために歩き出す。
「二人は……あそこか」
夕暮れの鐘が鳴り響く中、ネアは街のすぐ外にある、指定された街道の外れへと向かった。
街を囲む城壁に面した道端には、すでに二頭立ての馬車が止められている。
幌のかかったその馬車は意外と大きく、積み荷もそこそこ。
木箱や袋がぎっしりと積まれており、荷物を動かせば幌の内部で寝泊まりすることもできそうだった。
「おー、遅れずに来たな!」
手を振ったのは、昨日も一緒に戦った兄の方だ。少し着崩した服装はそのままで、妙に明るい笑顔を浮かべている。
「準備はもういいのか?」
「ええ。待たせてないですか?」
「こっちは積み込みが終わったとこだ。ちょうどいい」
妹の方は短めの髪をスカーフでまとめ、幌の中から顔を出す。彼女は兄よりずっときちんとした印象で、荷物を整理する手を止めずにネアへ軽く頷いた。
『……この馬、妙ね。ただの馬じゃないわ』
「えっ? どういうこと?」
『気づかなくていいわ。いずれわかる時が来る』
レセルの声に、ネアは驚き混じりに馬を見つめた。毛並みもよく、落ち着いた動きの立派な馬にしか見えない。
けれど……この兄妹、ただの盗人にしてはずいぶんと立派な馬車と積み荷を持っている。
昨日の一件で貰ったお金だけでは、とても用意できないはず。
「そういや、名乗ってなかったな」
兄が荷台に腰を下ろし、片手を軽く挙げる。
「俺はカイラン。で、こっちが妹のリサナだ」
「……よろしく」
妹ことリサナはちらりと視線を寄こし、短く言葉を添える。
「ネアです」
「よし、じゃあネア。王都まで三日の短い旅だ、気楽にいこうぜ」
「ええと……よろしくお願いします」
カイランは軽い調子で笑い、リサナはため息交じりに兄を見やった。
そのやり取りを見て、ネアはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
夕焼けに照らされた馬車の幌が揺れる。
これからの旅路が、いったいどんなものになるのか。
期待と不安が入り混じる中で、ネアは歩みを進めた。