愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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81話 王都に広がる影

 ネアは昨日の疲れを残しつつも、ユニス、リュナ、そして人の姿のレセルと四人で、宿舎の食堂にて朝食を囲んでいた。

 

 「昨日は……本当にいろいろあったようで羨ましい。お姉さん、その場に居合わせたかったな」

 『俺も戦いたかった。もう使い手を操ることはできないからな。ずっと鞘の中にいるしかないから退屈だ』

 

 リュナがパンをちぎりながら言うと、戦いがないので出番のない魔剣ヴァニティアも同意するように続ける。

 ユニスはため息をつく。

 

 「あまり無茶はしないでほしい。この部隊は、隊長ありきの部隊だから」

 「わたしのおかげで無事に戻れたのよ。心配ないわ」

 

 レセルは涼しい顔でスープを飲む。

 ネアは苦笑しつつも、昨日の戦いを思い返した。

 魔神の眷属だったジェーンを倒し、そのあとはシャーラと出会い、砂の中を泳ぐ魔物の討伐。

 なかなかに大変な一日だった。特に、ドレイクに長く乗ったせいか、お尻がまだ少しだけ痛い。

 食後、剣に戻ったレセルを持って外に出ると、朝の市場においてシャーラが現地の商人と壮絶な言い争いをしていた。

 

 「こちらの区画は昨日、しっかりとこちらが予約したはずですわよ?!」

 「いやいや、そっちはうちの組合が先だ。地元の商人が優先だからな」

 

 尻尾を逆立てながら交渉するシャーラに、ネアは肩をすくめた。

 

 (……あの人、今日も全力だ)

 

 まだ約束の時間には早いが、ネアは一人で騎士団本部へ向かうことにした。

 

 ◇◇◇

 

 「どうぞ」

 

 執務室に入ると、ナランは机に並べた書類に目を通していた。

 だがネアを見ると、耳をぴくりと動かし、柔らかく笑う。

 

 「私が言った時間より早いですね。……サブアラ支部での滞在はどうでした?」

 「ほとんど滞在してないので、言えることがないです。あえて何かを言うなら、国が違うといろいろ違う、としか」

 「まあ、そんなところでしょうね。一日だけでも泊まれたらまた別ですが」

 

 ナランは肩をすくめ、椅子を回してネアに向き直る。

 

 「さて、長話といきたいところですが、本題に入りましょう」

 

 声色がわずかに低くなる。

 

 「王都の方で、魔神教にこっそり繋がっている貴族が……かなり増えているらしいのです」

 「どれくらいですか?」

 「大まかに、四割ほど」

 「えっ……そんなに?」

 「ええ。表向きは女神教を支持しながらも、裏では魔神教へ資金や情報を流している者が多い。まあ、この辺りはすでに耳にしたことがあるでしょう」

 

 ナランの猫の尻尾が静かに揺れる。

 

 「もし、このまま増え続けたらどうなると思いますか?」

 

 ネアは考え込みながら慎重に答える。

 

 「王都の中で、争いが起きる……?」

 「もっとひどくなります」

 

 ナランの視線は鋭かった。

 

 「女神教と魔神教の物理的な争いが王都内部で起こり、都市は荒れます。最悪の場合──」

 

 言葉を小さく区切り、続ける。

 

 「どちらかを選んだ貴族たちによる、大規模な内戦に発展する可能性がある」

 

 ネアの背筋が冷えた。

 それは国が割れるということであり、どれだけの被害が出るか想像もつかない。

 

 「あなたの部隊が動き始めたのも、その予兆があるからです。王都の混乱に備えた、外部の力として」

 「ブランシュ隊が……?」

 「ええ。あなた達はまだ小さな部隊ですが、宰相直轄。貴族たちに左右されない“しがらみのない目”として期待されている」

 

 その声は真剣そのものだった。

 ナランは机の上にある書類をそっと閉じ、ネアを真正面から見つめた。

 

 「……ここで、いろいろ見てきたでしょう? 経験は十分に積むことができた。宰相閣下は、そろそろブランシュ隊が王都へ戻ることを望んでいます」

 「戻る……んですね」

 「ええ。ここでの観察はもう十分だということでしょう。……それと、言っておくべきことがあります」

 

 ナランは小さく息をつき、声を潜めた。

 

 「私が宰相閣下とこっそり繋がっている、宰相派の者だということを」

 

 その言葉にネアは目を見張る。

 

 「宰相派……ってことは、国王派とかもあったり?」

 

 これについて、ナランは皮肉げに笑った。

 猫の耳がぴくりと動く。

 

 「王族の方々は……女神教に骨抜きにされていますから。派閥というほどの力は、もう残っていませんよ」

 「骨抜き……?」

 「そのうち、いやでも理解できるでしょう。今ここで説明するよりも、実際に見た方が早い」

 

 どう骨抜きにされているかについては曖昧に濁し、これ以上は語らなかった。

 ネアは視線を落とし、しばらく口を閉ざす。

 そして、小さく息を吐いた。

 

 「……すぐに王都へ戻るのは、少し……」

 

 ナランの瞳がほんのわずかに鋭くなる。

 

 「何か……あちらの支部で“普通ではないこと”がありましたか?」

 

 察しが早い。

 猫の獣人としての鋭さか、単に経験か。

 ネアは隠しきれないと悟り、正直に話すことを決める。

 

 「……シャーラっていう、狐の獣人の商人がいて。その人と……魔神教の本部へ行くことになってて」

 

 魔神教の本部へ行くという言葉が出た瞬間、ナランの表情が完全に変わった。

 耳がぴんと立ち、尻尾が強張り、瞳は驚きと緊張に揺れる。

 

 「……その者との繋がりは、想像以上に重要です」

 

 低く押し殺した声だった。

 

 「向かうのは……あなた一人で? それとも部隊全員?」

 「今は、私とシャーラさんだけです」

 

 即答すると、ナランは立ち上がった。

 冷静さを装っているが、つま先はわずかに床を叩いている。

 

 「……急ぎ、宰相閣下にお伺いを立てなくてはなりません。魔神教の本部へ入る者を見逃せるはずがありませんから」

 「えっ……?」

 「いいえ、あなたを止めるわけではありません。その行動が、今後の王都での情勢にどれほど影響するか。宰相閣下は、必ず判断したいでしょうから」

 

 そう言うなり、ナランは執務室の扉を勢いよく開けた。

 

 「あなたはここで待っていてください。……すぐに戻ります」

 

 緊張を含んだ声を残し、猫の獣人にして街を統治する騎士は、静かに、しかし急ぎ足で廊下を駆けていった。

 残されたネアは、剣であるレセルを見る。

 

 『思ったより、事態は大きいみたいね』

 「うん……どうなるんだろう……」

 

 静まり返った執務室で、ネアは胸の奥の不安を押し込めるように手を握りしめた。

 

 ◇◇◇

 

 一方その頃、ナランは騎士団本部の地下へと向かっていた。

 普段は使われていない物置。

 鍵の配置は乱雑で、掃除は最低限しかされてないのか埃は少し存在している。

 棚を動かし、床板を外すと、そこにひっそりと刻まれた魔法陣が姿を現す。

 

 「……記録上、この街には転移魔法陣はない。しかし、実際にはここにある」

 

 ナランは苦笑した。

 だが表情はすぐに消え、真剣な様子に戻る。

 光の輪が淡く輝き、静かに音もなくナランの姿を飲み込んだ。

 

 「到着、か」

 

 視界が変わる。

 瞬きをしたあとは、王都にある城の一室に立っていた。

 風が吹いてカーテンが揺れる静かな部屋。

 そこに佇む男性は、王国の宰相。

 彼は地図と様々な書状が広がる机から顔を上げた。

 

 「わざわざ伝令ではなく、転移をしてきた。それほど急ぐ必要のある報告を聞こう」

 

 声は低く、無駄がない。

 ナランは膝をつき、淡々と伝えた。

 

 「……ブランシュ隊の隊長ネア。彼女は魔神教の本部へ潜入する予定です。導いているのは、サブアラの若き商人にして、狐の耳と尻尾を持つ獣人のシャーラ」

 

 手短な報告が終わると、宰相は短く息を吐き、わずかに目を細めた。

 

 「……なるほど」

 

 それだけで、状況の重さと価値を理解したらしい。

 

 「閉会式の時は驚かされたが、思いもよらぬ掘り出し物かな?」

 

 呟く声はわずかに愉快そうだった。

 だが感情はすぐ霧のように消え、宰相は淡々と続ける。

 

 「もし彼女が無事に戻り、なんらかの結果を持ち帰ることができたのなら……」

 

 地図の一点、王都の中央に指を置いた。

 

 「さらなる立場を与えた方がいいかもしれない。外部の目として、より力を持つべきだ」

 

 ナランは驚かず、ただ静かに頭を下げた。

 

 「お任せいたします」

 「我々は手を出さない。ただ、彼女が戻るまで、王都を荒らさせぬよう貴族を抑えるだけだ」

 

 宰相は窓の外から見える王都の景色に目を細める。

 

 「魔神教も、女神教も、方向性は違えど国を蝕み始めている。対処せずとも済むくらい、細々と活動してくれたら楽なのだが」

 

 その言葉からは、二つの信仰を快く思っていないことがよくわかる。

 こうしてネアの選択は、知らぬ間に王都の未来へ深く関わり始めていた。

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