愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

9 / 120
9話 馬車で進む道中

 整備された街道を、二頭立ての馬車がゆっくりと進む。

 城壁を抜けてからしばらくは農地や牧草地が広がっていたが、今は道の両脇に背の高い木々が連なり、街の喧騒はもう遠い。

 

 「……もう戻れないんだね」

 

 荷台の端に腰を下ろしたネアが、遠ざかる街を振り返りながら呟く。

 馬車を操る御者台にはカイランが座り、その隣では妹のリサナが膝を抱えていた。

 

 「怖気づいたか?」

 

 カイランが笑い混じりに言葉を投げる。

 

 「別に。ちょっと実感が湧いただけ」

 「まあ、街を出りゃ誰だってそうだ。例え帰る場所があってもな」

 

 軽口を叩きながらも、手綱を操る仕草は慣れていて無駄がない。

 ネアは近くの幌を見やり、その次はぎっしり詰まった荷物へ目をやった。

 木箱、袋、見慣れない道具のようなもの。

 ただの盗人兄妹にしては持ちすぎな荷物。

 

 『……油断しちゃダメよ』

 

 背中に隠したレセルの声が、ひときわ低く響く。

 ネアは小さく頷き、聞こえないふりをして荷台に座り直した。

 街道は予想以上に静かだった。

 時々、行き交う旅人の一団や馬車などもあったが、数は少なく、誰もが急ぎ足で通り過ぎていく。

 

 「王都までは、三日って言ってたよね」

 

 ネアが尋ねると、御者台のカイランが頷く。

 

 「ああ。道中に村や宿場もあるが、泊まるかどうかは荷物と馬の調子次第だな。あとは天候もか」

 「馬車の旅って、思ったより大変そう」

 「ま、のんびり構えときゃいいさ。大変なのは馬と俺だ」

 

 リサナが横目で兄を睨み、ぼそりと呟く。

 

 「はいはい、兄貴は口だけは軽いんだから」

 

 そのやり取りに、ネアは思わず笑みをこぼした。

 少しだけ緊張が解けていく。

 初めての旅路は、まだ始まったばかり。

 

 ◇◇◇

 

 昼を少し過ぎた頃。

 馬車は森の中へ入り、木陰が濃くなった。

 鳥の声も減り、どこか張り詰めた空気が漂い始める。

 

 「……静かすぎる」

 

 御者台のカイランは呟き、手綱を握る手を強める。

 リサナも眉をひそめ、荷台の後ろへ目をやった。

 ガサッ、と茂みが揺れる。

 次の瞬間、大きな獣が飛び出してきた。

 それは灰色の毛並みに長い牙を持つ、オオカミのような魔物。

 

 「グルルルル……!」

 

 馬がいななき、馬車が揺れる。

 ネアは反射的に剣に手を伸ばしたが、それより先にカイランが叫んだ。

 

 「リサナ、クロスボウだ!」

 「わかってる!」

 

 リサナが荷の隅から素早くクロスボウを引き出し、矢と一緒に兄へ手渡す。

 カイランは御者台に立ち上がり、魔物へ狙いを定めた。

 

 ──シュッ。

 

 矢が放たれ、魔物の肩へ突き刺さる。

 しかし、ネアの目を驚かせたのは矢そのものだった。

 命中した矢はすぐ崩れていき、土色の欠片となっていく。

 

 「え……土?」

 

 魔物が怯んだ隙に、カイランがもう一本、指先で空をなぞるようにして矢を作り出す。

 手に集まった土がみるみる細長く伸び、あっという間に矢の形となった。

 それをクロスボウへ装填し、再び射抜く。

 今度は首元に命中。

 魔物は悲鳴を上げ、森の奥へと逃げ去った。

 

 「ふう……こいつは牙の鋭い魔物のようだが、数は少なそうで助かった」

 

 カイランが息を吐き、クロスボウを肩に担ぐ。

 荷台にいるネアは、驚きに目を丸くしていた。

 

 「今の……魔法?」

 「おう。俺の魔法は“土を好きな形に変える”ってやつだ。便利だろ? ま、大きさや時間とかに制限あるんだが」

 

 土の欠片が矢の残骸となって地面に散らばっている。

 それは普通の矢とは違い、形を保てなくなれば土へ戻ってしまうようだった。

 

 「さて、早めに出ないとな。俺たちが魔物を相手にしても金にならねえ」

 

 森を抜けた街道に再び陽が差し込み、馬車はのんびりと進み始めた。

 その段階になってようやく、カイランはクロスボウを荷へ戻し、御者台で軽く伸びをする。

 

 「ところでどうだ、俺の魔法。ちょっとカッコよかったろ?」

 「え、いやまあ……便利だとは思う」

 

 突然質問を振られてネアは苦笑しつつも、土から矢を作り出す様子を思い返していた。

 必要な時に必要な道具を用意できるのは、耐久性に問題があるとしても、かなり便利。

 

 「でも、形を維持できるのは長くて数分だからな。そこまで頑丈じゃないから崩れやすいし、使い方を考えないと大した武器にはならない」

 

 そう言いながら、カイランは肩をすくめる。

 

 「兄貴のは応用力があるからまだマシ。あたしの魔法は、使いどころが限られてる」

 

 リサナはそう言うと手をかざし、指先に小さな火を灯した。

 ほんの数秒、ろうそく程度の火が揺らめき、すぐに消える。

 

 「火起こしくらいには使えるけど、戦闘じゃ役に立たない。火の出る時間がもう少し長ければ別なんだけど」

 「でも便利だよ。野営の時とか、灯りとか」

 

 ネアが慌ててフォローすると、リサナは少し目を細め、わずかに微笑んだ。

 

 「で、嬢ちゃんは?」

 

 カイランが振り返り、にやりと笑う。

 次はそっちの番だ、とでも言いたげな様子で。

 

 「誰もが生まれつき持つ魔法。その内容を一人だけまだ言ってないだろ?」

 「そんな大したものじゃないよ。……私は、水を弾くだけ」

 「へえ? 水を弾く?」

 「うん。水滴とか雨を避けられる。それだけ」

 

 リサナが少し考えるように言葉を探し、やがて小さく頷いた。

 

 「でも、旅じゃ便利だと思う。濡れないって、意外と助かるよ」

 「そうそう。ずぶ濡れになって風邪ひくよりはマシだ」

 

 カイランも笑って頷く。

 三人の会話が続くうちに、馬車の上は不思議な温かさに包まれていった。

 誰もが生まれつき一つだけ持つ魔法。

 それは人によっては戦う力となり、あるいは生活の中で少しばかり役立つ。

 

 『……魔法には個人差がある。けれど、魔法だけが全部じゃない』

 

 鞘の中からレセルの声が不意に届く。

 ネアは思わず返事をしかけたが、すぐに続く言葉で口をつぐむ。

 

 『今は黙ってて。怪しまれると厄介よ。人の姿になってないわたしの声は、他人には聞こえないんだから』

 

 レセルという魔剣の声は、ネアにしか届かない。

 カイランもリサナも、彼女の声など聞こえていない様子で、街道の先を眺めていた。

 ネアは小さく息を吐き、荷台の板に背を預けた。

 自分だけが聞くことのできる声と、隣で笑う兄妹。

 その間にある見えない境界を、初めて強く意識した瞬間だった。

 

 「おい、あれを見ろ」

 

 しばらくすると、御者台のカイランが街道脇を指差す。

 背の高い草の奥、苔むした石の根元に、わかりにくいが一本の短剣が突き刺さっていた。

 刃は鈍く光を反射し、柄は半ば土に埋もれているのに、なぜか錆びていない。

 

 「……ただの剣には見えないな」

 

 カイランは馬車を止め、近づいていく。

 

 「魔剣かもしれん。抜けたら儲けもんだ」

 

 深呼吸のあと柄を握り、力を込めた。

 だが、短剣はびくともしない。

 

 「ちっ、ダメか……。リサナ、お前も試せ」

 「えー、やだよ、こういうの気味悪い」

 

 兄に促され妹であるリサナは渋々引き抜こうとするも、やはり抜けなかった。

 

 「……私もちょっと試したい」

 「おう、いけいけ」

 

 ネアはレセルが収まった腰の鞘を外し、近くに置いて短剣へ手を伸ばした。

 柄は冷たく、妙に重い。

 全身で力を込めても、まるで大地と一体になっているかのように動かない。

 

 「うーん、やっぱりダメか……」

 「まあ、こればかりはな。だから、あの商団みたいに、魔剣を売ってくれるところは需要があるわけだ」

 「兄貴、早く馬車に戻るよ。魔剣を引き抜こうとする者を狙った泥棒がいないとも限らない」

 

 馬車に戻ろうとしたその瞬間、鞘の中からレセルの声が響いた。

 

 『──ネア。そんなものに触れる必要はないわ』

 

 声は普段より低く、わずかに嫉妬の色が混じっている。

 

 『あれは、使い手の資格がなければ決して抜けない。魔剣の中には、人の手を渡り歩いて使い手を探すものもいれば、意地でもそこから動かない頑固者もいるの。……わたしは前者で、あの剣は後者ね。どれだけでも待ち続ける気なんでしょう』

 

 ネアは思わず短剣の方を振り返る。

 草に半ば埋もれたそれは、寂しげに沈黙を保っていた。

 レセルが小さくため息をつく。

 

 『いいこと? わたしがいるのに、他の魔剣なんかに構う必要はないの。……わかるわよね?』

 

 ネアは苦笑しつつ立ち上がり、レセルの収まった鞘を拾い上げ、軽く引き抜く。

 その刃は、短剣とは違って温かい光を宿しているように感じられた。

 

 「……うん。わかってるよ」

 

 馬車は再び街道を進み始める。

 草むらに残された短剣は、誰にも抜かれぬまま、静かにそこに存在し続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。