愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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90話 泥棒たちの帰還と次なる嵐

 空を渡る風は冷たかった。

 疲れきったネアたちにとっては、それはきついものがある。

 リセラ聖教国からベルフ王国へ向かう空飛ぶ船は、決して快適ではなかった。

 揺れ、寒さ、乾いた空気。

 そして何より、ネアの体に走る、限界を越えた反動による全身の痛み

 

 「……っ、あ……」

 

 動くたびに痛みで息が漏れる。

 立つことすら困難で、ユニスとリュナが両側から支えないと歩けないほど。

 

 「まだ無理しないで。馬車が来るまで、もう少しだから」

 「ちょっと歩幅合わせて。転んだら余計に痛いよ」

 「う、うん……ごめん……」

 

 王都近郊にある空飛ぶ船専用の船着き場を離れ、階段をなんとか下り終えると、王都行きの馬車が待っていた。

 馬車の振動すらつらいが、それでも歩くよりはマシだった。

 

 ◇◇◇

 

 王都テルディが近づく頃、都市の外れにある馬車停留所に、ひときわ存在感のある人物が待っていた。

 それは王国の宰相。

 お忍びで来たのか目立たない格好をしているが、鋭い眼差しはそのまま。

 

 「戻ったか、ブランシュ隊の諸君……いや、今回は“個人としての行動”だったな」

 

 宰相はほんのわずかに安堵したような表情を見せ、それから本題へ入った。

 

 「さて、結果は?」

 

 計画を考えたシャーラが前へ歩み出る。

 いつもの調子の良さは欠片もなく、魂の抜けたような声で報告を始めた。

 

 「……戦争資金は……奪いましたわ」

 

 宰相の眉がぴくりと動く。

 

 「ほう。それは確かに大きな功績だ」

 

 シャーラは続けた。

 

 「ですが……ええ、その……回収は不能となりましたわ。場所を指定せず転移させたため……今どこにあるかわかりませんの」

 「…………」

 

 宰相は目を瞬かせ、それからゆっくりとネアたちを見る。

 

 「つまり、魔神教の戦争資金は、敵も味方も手を出せない場所へ消えたわけだな?」

 

 シャーラは涙目で頷いた。

 

 「うぅ……はい……」

 

 宰相はしばし沈黙する。

 そして、わずかに笑った。

 

 「結果としては……大成功と言っていい」

 「えっ?」

 

 リュナとユニスが同時に声を漏らす。

 宰相は静かに言った。

 

 「資金そのものを奪うことが目的ではなかった。魔神教が戦争をするための資金がなくなることが重要だった」

 

 そしてシャーラへ向き直る。

 

 「よくやってくれた。消えた資金は……どこかで誰かが見つければ、それもまた興味深い結果になるだろう。報酬には期待してくれたまえ」

 

 シャーラは肩を落とし、乾いた笑いを漏らした。

 

 「う、嬉しいのか悔しいのか、わかりませんわぁ……」

 「生きていればそういうこともある」

 

 宰相は軽く頷くと、次にネアを見た。

 

 「さて、敵の命はどれくらい取った?」

 

 ネアは痛みに顔を歪めながらも語る。

 

 「……誰も死なせませんでした。立ち去る時に強い人と戦うことになっても、なんとか剣を弾き飛ばして、逃げました」

 「私がそれを拾い、地下の壁に深く突き刺してやったんです。抜こうとしても抜けないので、あとは楽々と去るだけ」

 

 えっへんといった様子で付け加えるリュナ。

 宰相は満足げに目を細めた。

 

 「そうか、ありがたいことだ。よく帰ってきてくれた」

 

 全員が肩の力を抜いた。

 そのあとは、宰相と共に王城へ。

 城内で応急処置を受けたあと、ネアはまだ痛む体を引きずりながら、宰相のいる執務室へと向かった。

 その途中、近くの部屋からシャーラの叫び声が聞こえる。

 

 「違いますの!? 本当に違いますのよ!? 今回の件でかかった費用を立て替えてくれるというので、わたくしはつい過大な請求をしましたけれど、それはもう大義に基づいた、いえっ、違いますわ!? あっ、そこの書類は持って行かないで! それは経費ですのーーー!!」

 

 騎士のどこか呆れたような声が返ってくる。

 

 「経費にしては酒代が多すぎるだろう。あと、この“交際費”は何だ?」

 「現地におけるビジネスのための必要経費ですのよ!? ああっ、それは触らないでぇぇぇ!!」

 (……前よりは、元気出てきてる気がする)

 

 王国からお金をせびろうとしたが、精査されて思うようにいかないシャーラ。

 そのことにネアは苦笑しつつ、宰相の部屋の扉を叩いた。

 

 「入りなさい」

 

 静かな声が聞こえてくる。

 ネアが中に入ると、宰相は机の上の書類に印を押しながら、ちらりと視線だけを向けた。

 

 「……座っていい。まだ痛むだろう」

 「はい……」

 

 椅子に座ると、体の節々がじんわりと痛んだ。

 宰相はペンを置き、改めてネアに向き直る。

 

 「改めて、よく戻ってきてくれた。女神と魔神、二つの信仰が関わるお金を取りに行くという計画。普通ならば、誰かしら死んでいてもおかしくはなかった」

 

 ネアは首を横に振った。

 

 「私だけの力じゃありません。ユニスたちも、シャーラさんも。……レセルも」

 「わかっているよ」

 

 宰相は軽く笑う。そして本題に入った。

 

 「さて、今回の結果について、正式な評価を伝える」

 

 静かに、しかしながら重い声。

 

 「戦争資金の消失──これは魔神教にとって致命的だ。再び同じ規模を揃えるには、十数年はかかるだろう」

 

 ネアはごくりと唾を飲む。

 宰相は淡々と続ける。

 

 「そして資金が消えたことで、魔神教と繋がっている女神教側の一部とも責任の押し付け合いが始まる。互いが疑い合い、派閥は崩れ、組織の基盤は大きく揺らぐ。……ゆえに致命的なのだ」

 「……そんなに……?」

 「そんなに、だ。お金の問題というのは、恐ろしいのだよ」

 

 ペン先で机を軽く叩きながら、宰相は視線をネアへ向ける。

 

 「王都の派閥争いも、これで一斉に流動化するだろう。今までは水面下で動いていた魔神教寄りの貴族たちが、これから次々と正体を露わにする。焦りは、潜む余裕を奪う」

 

 ネアは思わず背筋が冷えた。

 

 (……戦争は避けたけど、国全体が揺れるようなことに……)

 

 宰相は、ネアのその反応すら想定していたかのように微笑んだ。

 

 「だからこそ、だ」

 

 言葉に力が宿る。

 

 「ネア・ブランシュ。君には、これまで以上に大きな役割を担ってもらうことになるだろう」

 「……大きな、役割……?」

 「君はすでに、王国の命運に関わる一手を打ってしまった。戻れんよ、もう」

 

 ネアは息を詰まらせる。

 宰相は静かに、しかし確信をもって続けた。

 

 「君は、ただの隊長ではなくなる。近い将来……国の軸を支える存在になる。それだけの地位を用意する」

 

 言葉の重みは、痛む体以上に、ネアの胸へ深く沈んだ。

 そして宰相との面会が終わると、ブランシュ隊の全員が、王城の一室に呼び集められた。

 そこでは淡々と、しかし確かな意味をもって褒賞が読み上げられる。

 

 「隊長ネア──金貨二百枚、並びに位階の昇格。加えて、今後、より大きな戦力を預けることが検討されている」

 「……っ」

 

 ユニスとリュナが、ネアの横で小さく歓声を上げる。

 

 「副官ユニス──金貨百枚と位階の調整。家督の安定に関わる恩賞を別途用意」

 「隊士リュナ──金貨百枚。加えて、傭兵時代に関わった罪状の取り消し」

 

 読み上げる文官の声は冷静だったが、その内容は破格だった。

 そしてもう一人、問題の者がいるが、彼女は部屋の隅で泣いていた。

 

 「お金ぇぇ……! わたくしの山ぁぁぁ……!! 誰か、せめて場所だけでも教えてくださいましぃぃぃ……!!」

 

 文官は困ったような様子でネアを見るが、どうにもできないことを視線で伝えると、改めて語り始める。

 

 「最後に、シャーラ。今回の計画の発案、及び協力の成果により、金貨三百枚と、王都における“優先的な営業許可証”を授与する」

 「えっ……優先的な営業許可証ですって!? こ、これは……っ!」

 

 シャーラは涙を拭いながら叫んだ。

 

 「特権を得た状態で王都で商売できるなんて……! わたくしの未来、いえ、商人としての生が……まだ続けられますわあああっ!」

 

 ついさっきまで部屋の隅で泣いていた者とは思えないほどの復活ぶりだった。

 リュナは吹き出し、ユニスは呆れ、ネアは笑うも痛みに顔をしかめる。

 

 (う……全身痛い……笑うと響く……)

 

 痛みに耐えながら、ネアは褒賞を受け取った。

 

 ◇◇◇

 

 その夜、王城の客室。

 治療を受けたとはいえ、体の痛みはまだひどく、ネアはベッドで横になっていた。

 

 「……はぁ……まだ痛い……」

 『仕方ないわ、肉体に負荷をかけ過ぎたんだから』

 

 レセルは人の姿になると、ネアの隣に腰を下ろした。

 白い髪の少女の姿は、夜の灯りに溶け、淡い光を吸い込むように美しい。

 レセルはネアの額をそっと撫でた。

 

 「痛み、少し軽くしてあげるわ。あなたの体、壊れたらわたしが困るもの」

 「……ごめん。もう少し上手くやれたら良かったのに」

 「謝る必要はないわ。あれ以上のやり方なんて、なかったもの」

 

 柔らかい声。

 けれどネアが目をそらすと、レセルは身を屈め、覗き込むように顔を寄せてきた。

 

 「……ねえ、わかってる? あなたが限界を越えて戦えるのは、わたしがいるからなのよ。痛むのも当然。でも、早く治す方法はあるわ』

 「え……?」

 

 レセルの指がネアの頬に触れる。

 体温より少しだけ冷たい指先。それが流れるように首筋へ滑る。

 

 「わたしと“触れ合う”ほど、あなたの魔力の巡りは良くなる。それだけ痛みも早く引くわ。……ね?」

 

 そんな理屈があるのかはわからない。

 でもレセルの目は真剣で、どこか熱があった。

 ネアが困惑していると、レセルの顔が近づき、鼻先が触れ合いそうになる。

 

 「ねえ、ネア。……大丈夫よ。わたしに任せて」

 

 そのまま軽く唇が触れた。

 短い、けれど逃げられないキス。

 痛みがふっと軽くなるような、不思議な感覚がネアの体を走る。

 ネアが戸惑って目を見開くと、レセルは満足げに微笑む。

 

 「ほら、少し楽になったでしょ? これ、もっと続けてあげてもいいのよ?」

 「……っ、もう……レセル……!」

 

 顔が熱くなる。

 痛みより恥ずかしさで頭がくらくらする。

 レセルは優雅に髪をかき上げると、ささやいた。

 

 「心配しないで。あなたの痛みも、苦しみも、全部……わたしが奪ってあげるから」

 

 その瞳は嬉しそうで、そして少し病的な独占欲がくすぶっている。

 

 「今夜は、ずっと側にいるわ。あなたが眠れるまで──いえ、眠れなくなるまで、ね」

 

 その声音があまりにも甘く、艶やかで、ネアの背筋が思わず震えた。

 レセルは毛布の端に手を添え、ゆっくりと潜り込んでくる。

 

 「治療は……まだ始まったばかりよ」

 

 王都の静かな夜の中、部屋の扉が固く閉じられる。

 灯りが消えるのは、それからだいぶ遅くなってからだった。

 

 ◇◇◇

 

 リセラ聖教国──深夜の大聖堂。

 昼間の騒ぎが嘘のように、石造りの廊下は静まり返っていた。

 教皇誘拐事件は、表向きは英雄的な救出劇として先ほど収束した。だが……。

 

 「また、無茶をされたのですね、聖下」

 

 ひどく疲れている女性の声が、静かな廊下に響く。

 

 「だって仕方ないでしょう? 魔神教と裏で繋がる者を炙り出すには、私自身を利用した事件が一番効き目あるの」

 「しかし、自作自演の誘拐劇というのは……」

 「黙りなさい」

 

 あの日、ネアに「三日後に人がいなくなる」と予告した少女。

 彼女はこの国の至高の権威、聖下と呼ばれる者だった。

 歳相応の無邪気さを見せつつも、少女は地図を広げた机の前に立つ。

 各国が彩られた地図の上に、白い指が静かに滑る。

 

 「さて、魔神教の資金が消え、内部の協力者も焦りを見せている。次は……どこを突こうかしら」

 

 指先が止まった先は、ベルフ王国。

 

 「ふふ。動くわね、きっと。あの泥棒さんたちの国も」

 

 女性はまた頭を抱えた。

 

 「聖下……どうかご自愛を……どうか自重というものを」

 「やぁよ。自分のことは自分が一番、正しく使えるもの。女神の意思を広めるためでもある。そもそも、私以外の候補を選べばよかったでしょ?」

 「魔神教との繋がりが確実にないのは、あなた様だけでしたので……」

 

 少女は小さく鼻歌を歌いながら、窓辺へ歩く。

 聖都の夜景が、宝石のように瞬いていた。

 

 「世界は変わり始めてる。止めようとしても止められない。なら、変える側にならないとね?」

 

 少女の視線の先には、遠く離れたベルフ王国。ネアたちの国が、確かにあった。

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