愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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4章
91話 二人きりの時間


 王都の朝は、いつもより少しだけ騒がしい。

 貴族街にあるオルヴィク家の屋敷では、ユニスが次々と大量の書類へ署名し、貴族としての仕事をこなしていた。

 

 「午後には他の貴族や商人との会合が三つ。あとは……屋敷の再建後に雇い直す人員の調整も。忙しいけれど、王都をしばらく離れていたから仕方ない、か」

 

 淡々と現状確認し、軽くため息をつくユニスに、ネアは少しだけ背筋を伸ばす。

 

 「あ、私はちょっとバゼム様のところに戻るね。いろいろ話さないといけないことあるし」

 

 そしてリュナはというと、肩をすくめながら告げる姿はどこか困ったような様子。

 雇い主であるバゼムと、隊長であるネア、双方の不利益にならないよう立ち回る必要があるためだ。

 そんなわけで、ぽつんと暇になったネアは、隣で首をかしげている少女、もとい人の姿になっているレセルと顔を見合わせる。

 

 「……時間できちゃったね」

 「そうね。じゃあ、今日はわたしがあなたを独り占めできる日ってこと」

 

 その言い方があまりにも自然で、ネアは思わず苦笑する。

 茶色の髪が揺れ、同じ色の瞳がレセルを向く。

 対照的に、レセルの白い髪は陽光を吸ってやわらかく輝き、赤い瞳はいつもより少し楽しげだった。

 

 「独り占めって……デートみたいだよ、それ」

 「みたいじゃなくて、そういうものだとしたら?」

 

 さらっと言われ、ネアは何も言わずに肩をすくめた。

 屋敷を出たあと人の多い大通りを二人で歩く。

 露店からはパンの香り、焼ける肉の音、果物の甘い匂いが混ざり合って漂う。

 しばらく歩いたあと、ネアは目を輝かせた。

 

 「わ、あれ美味しそう。あ、こっちにも……」

 「好きなだけ買っていいわ。あなたが食べたいもの全部」

 

 レセルの言葉が妙に甘く、ネアは少しだけむず痒くなる。

 串焼きの肉、揚げ菓子、焼きたての丸パン。

 それらの中から少し買うと、市場の片隅にある石段に並んで腰かけ、買い食いをしながら人の流れを眺める。

 

 「……賑やかだなあ。数日前なのに、聖教国でのことが遠い昔に思える」

 「あなたが笑っているところを見るの、好きよ」

 

 不意にささやかれ、ネアは口にしていたパンを危うく落としそうになる。

 

 「いきなり過ぎる」

 「だから効果的なのよ」

 「はいはい……」

 

 しばらく黙って行き交う人々を見ていたネアは、ぽつりと呟いた。

 

 「ねえ、レセル……。いつか、私は大人になって……そのうちレセルより先に、死ぬんだよね」

 

 市場のざわめきが、急に遠くなる。

 ただの思いつきのように見えて、実は心の底にずっと沈んでいた不安。

 レセルは一瞬だけ目を細め、ネアをまっすぐに見つめた。

 

 「そうはならないわ」

 

 迷いもためらいも一切ない言葉だった。

 白い髪が風に揺れ、赤い瞳がやわらかく細められる。

 

 「安心して。あなたと私が“離ればなれになる未来”なんて、絶対に来ない」

 

 その笑みは、甘くて、どこか意味深で。

 ネアは胸の奥がきゅっと詰まった。

 

 「……ど、どういう……?」

 

 理由を聞こうとすると、レセルはすっと口元に指を当てる。

 

 「こんな人の多いところで話すことじゃないわ。他に誰もいない場所で、あなたに全部教える」

 「え……」

 「大丈夫。怖がらなくていいの。あなたが望むなら、わたしはどこまでもあなたの側にいるわ」

 

 赤い瞳が、ただネアだけを映していた。

 そのあと市場での買い食いを終え、ネアとレセルは近くの宿へ入った。

 高級ではないが、決して安くもない。

 静かで、清潔で、外の喧騒から切り離されたような落ち着いた部屋だった。

 扉を閉めた途端、レセルがぴたりとネアに寄り添う。

 肩に、腕に、体温が押し寄せてくる。

 

 「……ちょ、近いよ……?」

 「ここなら、誰にも聞かれない」

 

 レセルはいつもより小さな声でささやいた。

 その声音は甘く、冷たく、どちらともつかない。

 レセルの指が、ネアの髪をゆっくりと撫でる。

 茶色の髪をすくう動きが、どこかいやらしいくらいに丁寧だった。

 

 「魔剣と使い手の結びつきが強まるほど……使い手は、より同質の存在になるの」

 

 人差し指が、耳の後ろをそっとなぞる。

 

 「どういう、こと……?」

 「簡単よ。わたしの使い手である限り、あなたは老いて死ぬことはない」

 

 レセルがささやくたび、ネアの背を震えが走る。

 気づけばベッドの上に倒されていた。

 軽い力だった。抵抗できないほど強くはない。

 ただ、拒否する隙間を与えない速さだった。

 白い髪がふわりと揺れ、赤い瞳が真上から覗き込んでくる。

 

 「……レセル……?」

 「大丈夫。怖がらなくていいわ」

 

 その言葉とは裏腹に、表情はどこか狂気じみていた。

 けれど同時に、嬉しさを隠しきれない。

 

 「あなたはわたしの使い手。わたしの主。……ずっと、ずっと、わたしのもの」

 

 レセルの指先が頬から首筋へ滑り落ちる。

 触れるたびに、ネアの鼓動は跳ねた。

 レセルは微笑んだまま、首をかしげる。

 

 「ねえ、ネア。本来なら、こうされると……嫌悪が湧くのよ」

 「…………」

 「誰かに押し倒されて、勝手に触られたら。普通は体が拒むし、怒りだって湧く」

 

 赤い瞳が細められ、ネアに触れる手が頬を優しく包む。

 

 「なのに、あなたからは……一切感じないの。ふふふ」

 「……そりゃ、私はレセルと一緒にいるのは嫌じゃないし、使い手として一緒にいる覚悟はある。でも、からかう感じでいろいろしてくるのは勘弁してほしい」

 

 わずかな抗議に対し、レセルはくすっと笑う。

 

 「そういうところが可愛い」

 

 ネアの胸の上で、レセルの髪がさらりと揺れる。

 

 「安心して、ネア。あなたを苦しめることはしない。でも、遠ざかる気もない」

 

 しばらくの間、レセルはネアの胸元にぴったり貼りついたまま。

 白い髪がふわふわと広がり、ネアはくすぐったくて仕方がない。

 

 「……そろそろ、離れてくれない?」

 「嫌よ」

 

 即答だった。

 

 「なんで……」

 「くっつける時にくっつかないと。人の姿でこういうことができる機会は、他人の目がない時だけなんだから」

 「それにしたって……やりすぎ」

 「あなたが魅力的なのが悪いのよ」

 「うわ、私のせいにした」

 「事実だから」

 

 むしろ誇らしげに言うレセルに、ネアは呆れ半分、照れ半分でため息をつく。

 そんな風にべたべたしていた、その時。

 

 「た、助けてくれ! 誰かー!」

 

 外から、人混みを切り裂くような叫び声が聞こえてきた。

 二人は思わず動きを止める。

 

 「……なにか、聞こえなかった?」

 「せっかくの時間を邪魔するなんて、無粋ね」

 

 レセルは明らかに不機嫌となり、小さく息を吐いたかと思うと剣の姿へ戻った。

 

 『さっさと解決しましょう。声がしたのは窓の下辺りよ』

 

 ネアは苦笑しつつ、レセルを握り込んだ。

 

 「……はいはい。わかったよ」

 

 窓を少しだけ開け、下を覗く。

 衛兵たちが周囲を固め、その視線が集まる中心では、逃げ場を失った泥棒が一般人の男性を捕まえて刃物を突きつけていた。

 人質の命を優先しているのか兵は動けない。

 

 『あの状況なら、正面からじゃ難しいわね』

 「……でも、上は見てない。ちょっと強化をお願い」

 『わかったわ』

 

 ネアは深く息を吸った。

 魔剣であるレセルの力により、部分的に肉体が強化される。

 あまり強化しすぎると反動がきついため、跳躍と着地を補助する程度だ。

 窓の縁に足をかける。

 

 「いくよ、レセル」

 『ええ、ネア』

 

 落下していくと、風が一気に頬をなでる。

 泥棒は上に注意を向けていない。

 着地の瞬間、ネアは地面すれすれで体をひねり、そのまま滑り込むように泥棒の背後へ。

 

 「なにっ!?」

 

 驚く暇も与えず、ネアはレセルの柄で泥棒の手首を打ち、刃物をはたき落とした。

 同時に足を払うように蹴りを入れ、膝をつかせる。

 人質を引っ張り出しながら、ネアは泥棒の腕を背中に回して固定した。

 

 「大丈夫ですか!」

 「た、助かった……っ!」

 

 人質が自由になり、泥棒を衛兵に引き渡すと、周囲がどっと安堵の声を上げる。

 

 『ふう、バカがバカをしただけの一件が片付いたわね』

 

 なかなか辛辣な言葉であり、人混みから離れたあとネアは尋ねる。

 

 「……さっきまでくっついてたのを邪魔されたから怒ってる?」

 『もちろんよ。誰にも邪魔されたくなかったんだから』

 

 不機嫌ながらもどこか甘いレセルの声に、ネアは苦笑しながら肩をすくめた。

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