愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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92話 宰相からの呼び出し

 翌朝。

 オルヴィク家の屋敷には、焼きたてのパンの香りと、温かいスープの湯気が満ちていた。

 ネアは席につき、スプーンを手に取ろうとしたところで、小走りの足音が聞こえてきた。

 

 「失礼いたします。宰相閣下よりネア様宛ての書状が届いています」

 

 使用人が差し出した封筒は、封蝋でしっかりと閉じられている。

 

 「……宰相から?」

 

 ネアは首をかしげながら封を切る。

 中には、たった一行だけ。

 至急、王城へ来られたし

 簡潔にもほどがある内容だった。

 

 「ふーん? ずいぶんと急だけど」

 

 ユニスは食事を中断し、横から覗き込む。

 ネアは苦笑して肩をすくめる。

 

 「なんだろう? やっぱり出世……とか?」

 「他の話題は思いつかないし、そうであると考えた方がいいかもね。国としても、宰相個人としても、あなたを放っておく理由はないわけで」

 

 ユニスは淡々とした表情で言うが、その目にはわずかに冗談めいた光がある。

 

 「偉い地位に関わる話かもしれない。英雄、なんて肩書きも付くかも」

 「いやいや、それはさすがにないでしょ……背中がむず痒くなる……」

 

 やがて朝食を食べ終えると、ネアは席を立つ。

 ユニスも立ち上がるが、その後ろには分厚い書類の束がすでに用意されていた。

 

 「今日は……これらの署名と、三つの協議と、二つの訪問がある」

 「……寝る時間ある?」

 「あまりない」

 

 あっさり言うユニスに、ネアは言葉を失う。

 

 「無理しないでよ」

 「心配しなくても大丈夫。あと数日ほど何もなければ、なんとか処理は終わる。だから、もうしばらくは、ブランシュ隊の活動がないことを願ってる」

 

 そのまま淡く笑うと、背筋を伸ばした。

 

 「宰相の呼び出しだけど、気をつけて」

 「もちろん」

 

 扉の前まで歩き、二人は軽く手を振る。

 ユニスはオルヴィク家の当主として、溜まった仕事をこなし、ネアは宰相に会うために王城へ向かう。

 外へ出ると、空は澄んだ青。

 城へ続く石畳の道は、朝の活気で満ちている。

 ネアはレセルを腰に携えながら、ゆっくりと歩き出した。

 宰相が自分を指名して呼ぶ理由。

 その答えは、到着すればわかるとはいえ、どうしても考えてしまう。

 

 「……何の話なんだろうね」

 『あなたを手放す気がない人たちは多いから、覚悟しておきなさい』

 「それ、励まし……?」

 『だってねえ、王都に来てからいろいろやったでしょ?』

 

 無意味に不安を煽るレセルに苦笑しつつ、ネアは王城の白い塔を見上げた。

 王城の門をくぐった瞬間、ネアは違和感を覚えた。

 妙にざわついている。

 普段なら整然と並ぶはずの兵士たちも、今日は足早に行き交い、文官は書類の束を抱えて廊下を走っている。

 焦った声や短い指示が廊下のあちこちから飛び交い、落ち着く気配がまるでなかった。

 

 (……なんだか、様子がおかしい)

 

 そんな中、宰相の部下と思しき男性がネアに気づき、駆け寄ってきた。

 

 「ネア殿ですね。お待ちしておりました。宰相がお待ちです。こちらへどうぞ」

 

 丁寧だが、急いでいるのが明らかだ。

 ネアは歩きながら尋ねる。

 

 「……今日、なんだか慌ただしくないですか?」

 「ええ、まったくです。ここ数年で一番でしょうね」

 

 彼は深くため息をつき、声を少し落とした。

 

 「実は……リセラ聖教国から使者が突然来ることになりまして」

 「リセラ聖教国の……偉い人?」

 

 思わず聞き返すネアに、宰相の部下は渋い顔で頷いた。

 

 「はい。本来なら数週間前から通達があるはずの外交訪問が、昨日の夕方になって急に知らされまして。国王陛下も驚かれております」

 「そんな急に?」

 「ええ。理由もまるで不明でして……。だからこそ、城はこの有様なのです。狩猟祭は、事前に準備ができたのでここまでの騒ぎにはならなかったのですが」

 

 通された廊下の先でも、兵士たちが絨毯の端を直したり、文官が慌ただしく確認をしていた。

 ネアは眉を寄せる。

 

 (……何だろう。あの国からの使者ってだけでも緊張するのに、急すぎる……)

 

 宰相からの呼び出しと、この騒ぎ。

 きっと無関係ではない。

 

 「こちらです。宰相閣下がお待ちしております」

 

 案内役が足を止め、重厚な扉の前に立つ。

 ネアは無意識に息を整え、握ったレセルの柄をほんの少しだけ握り直す。

 

 「失礼します」

 

 中に入ってから扉が静かに閉じられると、部屋の奥で書類を睨んでいた宰相が顔を上げた。

 目の下にはうっすらと隈が存在しており、だいぶ疲れている様子。

 

 「……よく来てくれた。本来なら丁寧に迎えるべきなのだが、あいにく急な出来事のせいで忙しくてね」

 

 宰相は、苦い笑みを浮かべて椅子に背を預けた。

 

 「君に与える地位も、今のところは形だけのものとなる」

 「……え?」

 

 突然の言葉にネアは固まった。

 宰相は机の上にある一枚の書状を指で叩いた。

 

 「新設する騎士団があってね。そこの団長を、君に任せることにした」

 「わ、私が……団長……?」

 

 予想外の話にネアは言葉を失う。

 

 「団員はまだ決まっていない。名前についてもいくつか候補はあるが正式に決まってない。ひとまず、当面は名義だけの団長だと思ってくれて構わない。今は聖教国からの使者の対応が最優先だ」

 「……だから形だけなんですね」

 「そうだ。だが、形とはいえ、団長というのは立派な地位だ。そのため、簡易的ではあるが……今ここで受勲してもらう」

 

 宰相は立ち上がり、模範的な作法で勲章を授けた。

 ネアは戸惑いながらも、宰相から細かい作法を教えてもらいつつ膝をつき、礼をとる。

 簡易的な儀式が終わると、ネアは気になっていたことを口にした。

 

 「その……急に来る使者って、どんな方なんですか?」

 「まあ、気になるか」

 

 宰相はためらいがちに口をつぐみ、しばらくしてから低い声で答えた。

 

 「一部の者にしか知らされていないが……。数日後、リセラ聖教国から女神教の教皇が来られる」

 「きょ、教皇……?」

 「わかりやすく言うなら、一番偉い立場の者」

 

 驚きからネアは目を見開く。

 女神教は大陸のあちこちに広まっている。

 その頂点に立つ人物ということで、肩が強張る。

 

 「教皇は空飛ぶ船で来訪し、王城の中庭に直接降り立つ。だから城はこんな大騒ぎなのだよ」

 

 廊下の慌ただしさを思い出し、ネアはようやく納得した。

 

 「でも……どうして私が騎士団長なんですか?」

 

 宰相は苦笑し、書類を閉じる。

 

 「国王と教皇が直接顔を合わせる場では、同席する者の“格”が問題になる。君が部隊長のままでは、若干の不都合がある。あとはまあ、形ばかりの騎士団ならすぐに用意できるという事情もあるがね」

 「……そういうことならわかりますけど、でもそれにしたって急ぎすぎな気が」

 

 宰相はネアの言葉を遮り、意外なことを告げた。

 

 「最も重要なのは、君がどちらの信仰も持たない者だからだ」

 「……え?」

 

 どちらの信仰も持たない。

 それが理由と言われ、ネアは首をかしげる。

 

 「どういうことなんですか?」

 「魔神教はろくでもないが、女神教も負けず劣らず。この意味は当日になればわかるとも」

 

 宰相は、どこか諦めと困惑を混ぜた笑いを浮かべた。

 

 「とにかく、数日後に備えておきたまえ。君が鍵になる場面は来る」

 「……鍵って……」

 

 言い返す前に、宰相は次の書類に視線を移してしまった。

 ネアは勲章を握りしめながら頭を下げ、静かに部屋をあとにする。

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