愛が重すぎる魔剣の主となった、生贄少女の成り上がり   作:パッタリ

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97話 黄昏の剣騎士団、始動

 フェリシアとの謁見の翌朝。

 ネアがまだ寝癖を直しきれないまま城へ向かうと、宰相付きの文官が厚めの封筒を差し出してきた。

 

 「ネア団長。こちらが団員候補者のリストです」

 「えっ……もう?」

 「教皇来訪により、どの騎士団も動かしにくい状況でして。動かしやすい新設の騎士団。この戦力を早急に整える必要があると、宰相閣下は考えております」

 (いきなり現実的な話……!)

 

 封筒を開くと、三十名ほどの名前と簡易的な経歴が並んでいた。

 平民出身の若者。

 地方の元兵士。

 他の騎士団に入れなかった者。

 推薦を受けてきた、騎士の落ちこぼれ。

 家庭事情や借金のため、仕官先を探す者。

 特別優秀というより、特定の派閥に偏らない人材が揃っている。

 人の姿でいるレセルは、ひょいっと覗き込み、すぐに文句を言った。

 

 「この子はやめた方がいいわね、性格がひねくれてる顔してる」

 「文字しか見てないのにそういうこと言う?」

 「雰囲気よ、雰囲気」

 

 隣で副団長たるガルドが重い溜息をついた。

 

 「……レセル、もとい魔剣殿は、面接官には向かぬのではないか?」

 「向いてるわ。むしろわたしの嗅覚は正確よ?」

 「嗅覚で決めないでほしい……」

 

 ネアは頭を抱えつつも、ガルドと共に候補者を集めて実際に見てみることにした。

 翌日、訓練場には候補者が並んでいた。

 ガルドが前に出て、ぶっきらぼうに言う。

 

 「では、順に自己紹介と志望理由を述べよ。実技も行う。武器を持っている者は申告せよ」

 

 レセルはネアの後ろから小声で解説を始める。

 

 「あの黒髪の子、目が真面目すぎるから伸び悩むタイプね。隣の子は気弱だから後衛向き。あの女の子は良いわね、毅然とした目をしてる。こっちの男? ……パス、雰囲気が嫌い」

 「理由は?」

 「なんとなくわたしが嫌いだから」

 「さすがに基準が雑過ぎるでしょ……」

 

 ガルドは軽く咳払いして、こっそり耳打ちしてくる。

 

 「……とはいえ、魔剣としての判断は無視できん。直感的に危険かどうかを見る能力は、人間より遥かに上だ」

 「ほら見なさい、わたしは有能でしょう?」

 「それ、自分で言うの……」

 

 候補者たちは緊張しながらそれぞれ名乗り、剣や槍、弓などの扱いを披露していく。

 中にはギリギリ及第点という者もいたが、全体としては悪くない。

 

 (……なんだか、ほんとに騎士団っぽい……)

 

 胸の奥に不思議な実感が広がっていく。

 そんな中、ガルドが手を叩いた。

 

 「以上で本日の選抜は終了である。午後には採用者の名前を張り出す。解散!」

 

 候補者たちがぞろぞろと去っていく。

 ネアが息をついたところで、伝令が駆け込んだ。

 

 「ネア団長! ガルド副団長! 宰相閣下より急ぎの通達です!」

 

 宰相からということは、また状況が動いた?

 ネアは気を引き締めつつ尋ねる。

 

 「内容は?」

 

 伝令は息を整えると口を開く。

 

 「他の騎士団より、模擬戦の申し込みがありました」

 

 ネアとガルドが同時に固まる。

 

 「模擬戦……?」

 「おそらくは、探りだな」

 

 ガルドは険しい顔で答えた。

 

 「新設された黄昏の剣騎士団がどれほどの力を持つのか。誰が口を挟めるのか。あるいは……教皇と国王の庇護をどこまで受けているのか。それらの確認であろう」

 

 レセルがくくっと笑った。

 

 「つまり、お試しの喧嘩ね。いいわ、派手にやってあげましょう。あっちの騎士団が泣くぐらいに」

 「やめて。ほどほどにしよう。悪目立ちするから」

 

 ネアは必死に抑えるが、ガルドは真剣だ。

 

 「だがな、団長。これは避けられん。そして受ける以上は勝たねば、他の騎士団に舐められる。そもそも、二十に満たない年齢で騎士団の団長になっている時点で悪目立ちしている」

 「それは……だよね。わかった」

 

 模擬戦を受けることを確認すると、伝令は続ける。

 

 「対戦相手は、蒼盾騎士団とのことです」

 

 ガルドの眉がぴくりと跳ねた。

 

 「あそこは古い伝統を誇る、貴族派の強豪。……最初の相手にしては重いな」

 

 レセルは逆に嬉しそうだった。

 

 「つまり実力証明にうってつけってこと」

 

 ネアはお腹の奥がぐっと重くなっていくのを感じた。

 

 (逃げられないから、腹をくくるしかない)

 

 新設されたばかりの騎士団。

 団長のネア。副団長のガルド。

 そして人の姿になれる魔剣のレセル。

 その初仕事は、古い騎士団との模擬戦。

 

 「……団員の選抜についてだが」

 

 訓練場から戻る途中、ガルドが口を開いた。

 

 「どうするつもりだ? 今日の候補者だけでも、ある程度は形になるが」

 

 ネアは少し考え込んでから、素直に言った。

 

 「団員を誰にするかは、ガルドさんに任せたい。衛兵隊長としての実績もあるし……宰相が関わってリストを作ったなら、変な人は入ってないと思うから」

 「任せてよいのか?」

 「私より、ガルドさんの方が人を見る経験はあるでしょ?」

 

 そこで一拍置いて、言い添える。

 

 「それと、新しい団員を本格的に入れるのは模擬戦のあとに」

 

 ガルドが片眉を上げる。

 

 「ほう?」

 「団員同士の連携がまだできてないのに、いきなり模擬戦したら、相手騎士団との団同士の戦いになった時に絶対負ける。まずはガルドさんたちグリムロック隊と、私とレセルだけで動いた方が、まだマシだと思う」

 

 ガルドは腕を組み、しばらく考えたのち、ゆっくりと頷いた。

 

 「……悪くない判断であるな。今は“見せ方”が重要だ。中途半端な数で連携も取れぬなら、むしろ精鋭だけの方が印象は良い」

 「そうよ。中途半端な兵を増やすぐらいなら、私とネアだけで十分だわ」

 「いや、それは言いすぎ」

 

 軽口を挟むレセルにツッコミを入れつつ、方針は決まった。

 団員の本採用は模擬戦のあと。

 それまではグリムロック隊と、ネアとレセルで黄昏の剣騎士団を名乗る。

 

 ◇◇◇

 

 その日の夕刻。

 黄昏色に染まりかけた城の廊下で、ネアたちは思わぬ人物と出会う。

 正確には、女神教の紋章をつけた使者だ。

 

 「ネア・ブランシュ団長殿でお間違いありませんね?」

 

 丁寧な口調だが、目は鋭い。

 ネアが頷くと、使者は深々と頭を下げた。

 

 「教皇様より、ささやかな贈り物を預かっております。対戦相手である騎士団についての情報を、事前にお渡しせよとのこと」

 

 ネアとガルドの視線が交錯する。

 

 「……情報?」

 

 差し出された封筒には、蒼盾騎士団の構成や得意戦術、団長・副団長の癖などがぎっしりと記されていた。

 使者は淡く笑う。

 

 「女神教の情報網は、王国の治安維持にとっても有用である。それをお示ししたいのだと、教皇様は仰せでした」

 (つまり、女神教の力を見せておく、ってこと……?)

 

 今は剣の状態でいるレセルが、鞘の中で舌打ちする。

 

 『自慢ついでに貸しを作るってことね。厄介だわ』

 

 ガルドは封筒を受け取りながら、慎重な声で礼を述べた。

 

 「ご厚意、感謝する。教皇様によろしくお伝え願いたい」

 

 使者が去っていく背中を見届けると、ガルドは深く息を吐いた。

 

 「……団長。教皇が、そなたに興味を持っているのは間違いない」

 「それは、なんとなく……はい」

 

 フェリシアの銀の瞳を思い出し、ネアの背中に寒気が走る。

 ガルドは歩き出しながら、低く続けた。

 

 「基本的に、女神教は国と繋がっているがゆえに、そうそう大きな問題は起こさぬ。だが、“すべきこと” を決めた時には別だ」

 「別……?」

 「規則や法を意図して無視し、こちらの領分に土足で踏み込んでくる。王都の治安維持のため、女神教の者を牢に入れたことは、これまで何度もある」

 「えっ」

 

 想像していなかった言葉に、ネアは目を丸くする。

 

 「向こうは国と深く繋がっているし、支援者たる貴族もいる。その貴族を通じてすぐ解放するよう働きかけてくるのだ。“女神の教えのために、これぐらいは融通を” とかな」

 

 ガルドは苦々しく笑う。

 

 「だが、犯罪は犯罪だ。治安維持の責任者として、譲れぬ一線はある」

 

 堅物の言葉に聞こえる。

 だが、そのすぐあとで彼は肩をすくめた。

 

 「……とはいえ、こちらもすべてを杓子定規には扱えん。本当に善意で動いている者もいるし、女神教の協力で救われた者も多い。だからこそ、不本意ながら牢から出すこともある。ただ、一線を越えた時は、相手がどれほど偉かろうと牢に入れる」

 

 ネアは話を聞きながら、心の中で考える。

 

 (女神教って、もっと真面目で、清く正しく、みたいなイメージだったけど……実際は、国との繋がりがあって、よくない部分も多い)

 

 フェリシアのあの歪んだ清らかさも含めて、単純に善か悪かでは語れないものだと、少しだけ実感する。

 

 「団長」

 

 ガルドが真面目な声で呼びかけた。

 

 「教皇がそなたに興味を持っているということは、女神教との距離感には気をつけるべきだ」

 「……うん。気をつける」

 

 レセルが、ネアの腰のあたりで小さくささやく。

 

 『大丈夫よ。女神教でも魔神教でも、あなたに変なことをするなら、全部斬ればいい』

 「物騒な結論にしないでよ……」

 

 とはいえ、レセルの存在が心強いのも事実だった。

 

 (黄昏の剣騎士団の最初の相手は、蒼盾騎士団。それを、女神教の教皇もどこかから見ている……)

 

 そのすべてを思い描いて、ネアはそっと拳を握る。

 夕日が、黄昏の光が、城の窓から差し込んでいた。

 

 (負けるよりは、勝ちたい。団長としての最初だから)

 

 こうして、黄昏の剣騎士団としての最初の戦いに向けて、ネアたちは静かに準備を進めていく。

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