1.ファースト・ソーティ
日の沈む砂浜で目覚めて、手を貸せと言われて昨夜は海の上を初めて滑りながら得体のしれない人間サイズの敵と撃ち合った。正直、昨夜についてはこう表現するしかない。この廃墟に居るのは……運命の悪戯で提督"代行"になってしまった正体不明者と撤退戦を生き延びた者達、だけ。
大きなテントにて私の姉、ガングートを自称する少女が3人の少女の前で机を挟んで椅子に座る。書類を渡すと静かに受け取って開いた。
「……モンタナ級戦艦一番艦、モンタナ」
「大空に降り注ぐ曙光。私から宣告します。あなたも私も名誉を追う者となります」
モンタナと呼ばれた少女。頭部のバイザーが近未来感を主張している。
「えーっと……装甲空母、風花」
「……儂のような老いぼれ、役に立てるところがあると良い。ガングート殿、儂に目標をくだされ」
風花と呼ばれた氷の角が額から生える少女。ど、どうなってるの……?
「……装甲空母、初姫」
「早速出撃のご命令を。必ずや戦果を勝ち取り、ご期待に報いましょう!」
初姫と呼ばれる少女。3人の中では1番古参的な印象。
「3人とも、よろしくお願いする」
あまりにも濃いキャラに圧され、顔を引き攣らせたガングートと順番に握手する3人。
「とりあえずモンタナには建造ドックの瓦礫を退けてもらって、初姫は利根さんと偵察、風花は宿舎の再建作業に取りかかってもらう。セヴァストポリ、君は風花を手伝ってくれ。私は……モンタナを手伝う」
執務室を風花と言う少女と出る。ここは"日本"の"父島鎮守府"。海の上を歩く彼女たちの言う最前線の基地の1つで、昨夜まではそれなりの戦力があったらしい……が、近海、それも哨戒を掻い潜るように目の前から突如現れた奇襲により鎮守府の戦力は壊滅。撤退戦を生き延びた戦力は不幸にも少なく、帰ってくることができたのは正規空母"加賀"、重巡洋艦"利根"、そして駆逐艦"不知火"だけだった。当時、建造ドックでは新型艦を建造しており、幸い3名は無傷もしくは軽傷だったものの、残りの建造ドックは使用不能となってしまった。
「えーっと……ごめんなさい、貴女の名前は?」
「儂は……風花という。貴女は?」
「私は……セヴァストポリ。よろしく」
ここに流れ着く前のことは何も覚えていない。気が付いたら夜の燃える港に流れ着いていて、よく分からないなりに武器を操り、よく分からないなりに生き延びていた。
「ガングート殿とは姉妹なのか?」
「どうにも、そうみたい。」
「そうみたい?」
「何も覚えてないの……そう、何も……」
「そうか、すまない」
宿舎に辿り着いた。いや、これはもう宿舎ではない。宿舎跡だ。
「とりあえず瓦礫を退けるべきだろう」
「ん?小人……?」
2頭身サイズのヘルメットを被った小人が人間が扱うサイズの重機を複数体で動かして瓦礫の撤去を行っていた。慣れているのかとても手際が良い。もう1/3は撤去されている。小人がこっちを向いた。咄嗟に敬礼する。隣の風花も敬礼していた。すると小人の一人が驚いた様子で固まり、小人全員に伝播していく。もっとも、数秒後には全員が重機を降りるなり見事な敬礼を返してくれた。
敬礼の辞め時がわからない。今か?今なのか?ゆっくりと手を下ろすと、小人達も安心した様子で手を下ろした。
「おはようございます。セヴァストポリさん、風花さん」
小人が喋った。それも聞こえる音量で。
「おはよう、ございます?」
反応は風花の方が早かった。
「おはようございます。貴女達のことは何と呼べば?」
「そうですね……妖精さん、と前は呼ばれていました」
「では、そのように」
妖精さん、は私達"艦娘"なる存在のいる場所に現れるらしく昨夜の強襲で大部分が居なくなってしまったものの、彼女たちのように一部は残って作業を続けているらしい。
「風花さん、セヴァストポリさん、資材を運んで来てくれますか?」
「了解した」
「わかりました」
資材置き場へのすぐ近くに看板が立てられていた。
「これ……か」
看板にコンクリート、鉄骨、その他様々な物資の集積所であることが示されている。鉄骨を何本か持って戻ると既に地面を均し、基礎を打っていた。
「ありがとうございます、そこに置いておいてください。総員!作業再開!」
あっという間にバラック小屋が組み上がっていく。今夜は屋根の無い住まいじゃなさそうだ。
風花と指揮テントに帰るとぐったりしたガングート、顔を赤くしたモンタナ、戸惑う初姫、というよくわからない構図になっていた。ガングートのか細い声曰く、加賀さんと不知火ちゃんは食堂跡で食事をとっているとか。利根さんは物見櫓で監視の続きらしい。
「提督があと1週間で着任するらしい。それまでは……私達がここを維持しないといけない」
ガングートの発言に、ぎょっとした表情で顔を見るモンタナ。何があったのやら……。
「ガングート、お言葉ですが我々にアドミラルは……」
「異論は認めない。モンタナ、提督が1週間以内に着任する予定だから準備するように。以上、各自休憩……食事はそこだ」
ガングートが指差す先には寸胴鍋が3つ、大きな皿が複数枚、そしてスプーンが並んでいた。蓋を取るとカレールー、スープ、白飯だった。
「となると……ガングート殿が提督殿の補助に回る、というのが自然……か」
風花が確認するようにボソッと呟いた。カレーライスの盛られた皿片手に。
「となるとモンタナはどうするのかしら?」
「本人の前でその話、する?」
「あっ……」
「同情するわ……モンタナ」
空母同士のトークに私とモンタナが入って行ってめちゃくちゃになる。
「いがみ合いは辞めるように」
ガングートが介入するとモンタナが引き下がった。
「よろしい、モンタナ、君…………貴様は私の補助だ」
「……はい♡」
あの短時間で何があったのやら……。
加賀さん達3人の艦娘がバラックにやって来た。
「ガ……ガングート、これを」
「……確かに受け取った」
「ではこれにて……」
複数枚の書類を手渡すなり足早に去っていく3人。
「ふむ……なるほど」
「何が……えっ……」
書類をガングートから渡されたモンタナが首を傾げる。
「ちょっと行ってくるよ」
モンタナに書類を見せてもらう。とても丁寧な日本語の字で書いてあってとても読みやすい。
「貴官が本当にガングートであるかどうか確かめたい……?」
内容は少し理解し難い。
1時間位経っただろうか、ガングートが帰ってきた。それも加賀さんに肩を貸して。
「ただいま。ふぅ……」
ガングートがベンチに加賀さんを横たわらせる。
「ごめんなさい……」
「良いんだ、加賀」
そしてガングートがボソッと呟いた。
「確かに私は貴様の知るガングートではない」
静かに頷く加賀さん。
「すまない」
そう言ってガングートはバラックを歩いて出ていった。
居た堪れなくて散歩に出かけると、夕陽に染まる埠頭に座ったガングートの姿が見える。右手にはキセル、左手には双眼鏡。紫煙が空へと延びていた。
「来たか、セヴァストポリ」
振り返ること無く私の存在を言い当てる。
「……姉さん」
「座れ」
座るよう言われたので隣に腰掛けて脚を投げ出す。知らない姉の顔は少し疲れているように見えた。
「何から話をすれば良いか……」
呼び出された訳ではなく、ふらっと訪れただけ……と思っているのは自分だけなのかもしれない。
「貴様は仲間を信じるか?」
「えっ?」
「加賀に言われたよ、加賀達の知るガングートと私は違うとな」
違和感の原因はつまり……。
「セヴァストポリ、貴様にも話しておこう。確かに私はガングートではない。しかし、貴様らの敵ではない、これは私の命を掛けてでも保証しよう」
「……」
「私がここに辿り着く前、オリジナルのガングートが在籍していた。加賀達は彼女を知っているし、彼女は……そうだな、貴様をよく知っている。姉だからな」
オリジナルのガングート……彼女が私の……姉?
「そして彼女は昨夜、沈んだ。敵襲によって、な」
「……では、姉さんは……」
「彼女はもう見えない。貴様にとって私は姉に成り代わった誰か、だろうな」
「そんな……」
情報量が多過ぎる……昨夜初めて出会った貴女は、実姉を模倣したものに過ぎなくて実姉はもう……嘘……そんな……。
「よっこいしょ」
右に居た影が消えた。下を見ると"姉"が艤装を広げて着水している。
「少し食料を探してくる。セヴァストポリ、君はバラックに帰ると良い……夜は冷えるからな」
そう言って"姉"は海を滑っていった。
日が落ちて月が昇って夜も深くなり、すべてが寝静まった頃。サーチライトと哨戒機が静かに周りを警戒している。私は眠れない。"姉"の空いた簡易ベッドが気になってしょうがない。日が落ちて月が昇っても帰ってこなかった。それだけではない、海が異様に凪いでいる。何かがおかしい。
何もかもが寝静まった夜。あまりの眠れなさにバラックの前で立っていると、星空が綺麗なことに気付く。あの日見た星空も綺麗だったけれど、これも悪くない。
「セヴァストポリさん、ちょっと良いかしら」
「ふぇっ?加賀さん?」
後ろから声を掛けてきたのは少し離れた宿舎に居るはずの加賀さんだった。
「これが明日の予定表なのだけれど目を通してくれる?」
渡された紙には様々なことが書いてあった。
曰く。
06:00 総員起こし
08:00 訓練開始
12:00 訓練終了
14:30 海上訓練開始
17:00 訓練終了
20:00 夜戦訓練開始
22:00 夜戦訓練終了
24:00 消灯
……これで回るのだろうか?
「確認できたかしら?」
「ええ」
「それじゃあよろしくお願いするわ」
そして続けて。
「ガングートは遅くなるらしいの……夜間哨戒に出てるみたいね……だから、そう、うん、単刀直入に言うわ、彼女を警戒して。彼女の旧友としてこんな事を言いたくはなかったのだけれど……」
ブツブツと何かを言いながら去っていく加賀さん。"姉なるもの"を警戒せよ、と。その背中は寂しかった。
おやすみ、姉さん。