翌朝。起こされる前に、夜明け前に自然と目が覚めた。バラックの外に出てみると何かボロボロの加賀さんの服を着せた白い等身大の人形のようなものを背負った姉が通り過ぎるところだった。
「おはよう、セヴァストポリ」
「おはよう……それは?」
「これか?そうだな……加賀が1番知ってるんじゃないか?おや、噂をすれば……」
「……!」
バラックの向こうからやってくるなり、咄嗟に和弓を構える加賀さん。どうやら私が起きるよりも前から練習をしていたらしい。
「ガングート、"シンカイセイカン"を連れてくるなんてどういう了解?」
「この娘の母親にここへ連れて行ってくれと頼まれてな……この娘の名前はヒサエ、母親の名前はトサ、というらしいのだが……」
明確に加賀さんの眉がピクリ、と動いた。
「ヒサエ……ふざけないで頂戴。あの子は死産だった……ガングート、もう一度聞くわ、それは何?」
明らかに殺意のこもった目で姉を見る加賀さんと、そしてそれを静かに、にこやかに見返す姉。
「……加賀、彼女は君の姪だ。書簡もある」
姉がコートの内ポケットに手を入れようとした瞬間、右肩に矢が刺さる。撃たれた姉は尚も笑っていた。
「加賀、ヒサエちゃんに矢が当たったらどうする」
もう一本、矢が刺さっても抜こうとしない動じもしない姉。そして更にもう一本、弓に矢を番えた加賀さんが弦を引こうとした時、その"シンカイセイカン"がもぞもぞと動いた。そして……。
「加賀お姉ちゃん……待ってぇ……」
シンカイセイカンは明確にそう言った。加賀さんの動きが止まる。
「ヒサエ……?」
ゆっくりとシンカイセイカンの顔が持ち上がり、加賀さんを見ると……。
「加賀お姉ちゃん……?」
双方共に今にも泣きそうな顔をしていた。
「ヒサエ……!」
姉の止血をしながら落ち着いた加賀さんの話を聞く。矢が深々と刺さっていてメモを取ったりする余裕は無さそうだけれど。
「ガングート……その……」
「……あまり気に病むな。仲間……仲間?いや、仲間か……仲間から撃たれることは昔からよくあったものだし」
「……」
加賀さんの表情は相変わらず暗い。さらにガングートの爆弾発言でトドメが刺されたようだった。
「さて……ヒサエちゃん、加賀お姉ちゃんの事はどこまで覚えてるの?」
「土佐お母さんのお姉ちゃんで……水葬の時に私の名前を呼んでいました」
話を整理すると……加賀さんの姪である寿恵(ひさえ)は出産直後に死産と認定され、水葬に付された筈だった。これが加賀さんの認識。そして……当の寿恵ちゃんにとってはそうではなく……出産直後から今まで深海棲艦なる存在……まあ、敵か……になっても深海で生きていたという。今、深海棲艦達は穏健(ハト)派と過激(タカ)派に分かれて存在していて、土佐さんは深海ではハト派に所属しているらしい。寿恵ちゃんもハト派……なのだけれど、最近はタカ派が勢力を伸ばしていて派閥が押し込まれつつあるという。土佐さんは娘を逃がす為に一か八かでここに送り込んだ、ということなのだとか。
「さて、みんなを集めてご飯にしようか。加賀……加賀?」
「……えっ、あっ、はい」
「ありがとう、彼女の話を信じてくれて。それと……その……鏃はしっかり研いでおけ、刺さりが甘い」
「……」
私の姉は人の表情を曇らせるのが得意らしい。
朝ごはんはいつの間にか加賀さんと風花さん達が作っていたお味噌汁、鯨肉の竜田揚げ、白米だった。
「頂きます」
竜田揚げはカリッと、ふわっとしていてお味噌汁は濃すぎず薄すぎず……人生初の和食を私は楽しんでいた。
「作り方を覚えないと……」
周りを見てみるとまず、モンタナさんは加賀さんにメモを取りながら聞き込みをしていた。風花さんと初姫さんは微笑んでいて、不知火ちゃんは……あー……鋭い眼光を光らせている。利根さんは……あれ?居ない。
「利根ならさっき、物見櫓に上がっていったぞ」
姉さんが通りすがりに言う。
「墓標に供えるらしい」
「あっ……」
「そっとしておいてやれ」
「了解……」
片付けを免除され、代わりに寿恵ちゃんを医務室へと連れて行く係に任命された。
陸上で行う体力訓練はあまりにも過酷で参加する艦娘(広義的)達の殆どが倒れそうになっていた。
「なんで……機関銃を持って走らないと……」
初姫さんが軽機関銃を抱きしめたまま倒れたのを尻目に私はドイツ製の対戦車銃を担いで走り続ける。止まったら後ろで走る姉に殺される、そんな気がする。
「あと2000m!ほら動け動け動け!」
この人はどうして私よりも重い銃を持っているのにそんなに元気なんだろうか……!
「セヴァストポリ、あと1500m!」
「姉さん、先行って!」
「嫌だね!」
この鬼教官はマンツーマンでピッタリと離れないつもりらしい。
「よし、ゴール!セヴァストポリ、もう休んでいいぞ」
「はひー、はひー……」
涼しげな顔で立っている姉に畏怖を感じながら周りを見ると加賀さんと利根さんは特に苦しそうではないけれど……モンタナさんと不知火ちゃんが遅れている……。
「ゆっくりで良い!モンタナ、随伴!」
……あ、不知火ちゃんが倒れた。すかさずモンタナさんが彼女とその銃を背負って、なおも走り続けている。強いなぁ……。
体力づくりの長距離走から一転して洋上の射撃訓練はとても楽。動く標的も第一夜と比べればまるで止まって見える。
「空母組も楽しんでいるようだ、なぁ?セヴァストポリ」
「姉さん、私以外に話しかけないの?」
「うぐっ……気にしてるんだよ、姉として、な」
「そうですか。では、もっと他の人にも話しかけてください」
「うん……」
姉を引き剥がして他の人……加賀さんに押し付ける。姉は姉なりに気を遣ってくれているのは分かるけれど今は気が散る。
「ふぅ……」
加賀さんになんとか話しかけようとしている姉を見ると時には他の人を頼るべきだなと思う。
お昼をしっかりと食べて時間は午後の訓練に移る。私にべったりだった姉はいつの間にか加賀さんにべったりになっていた。そんな最中。深海棲艦は空気を読まない。いや、読める奴もいるらしいけれど……あの艦隊は慢心してしまったらしい。
「敵襲!敵襲じゃ!方位321!距離8.1(海里)!」
観測機を仕舞っていなかった利根さんがそう叫ぶと姉さんはすぐに艤装を展開して照準を付けた。他の人も私も艤装を展開する。
「方位321……距離8.1……総員、私から離れろ」
蜘蛛の子を散らすように散開する仲間たち。もちろん私も離れる。
「離れたな?1番3番斉射ッ!」
爆発と共に6発の曳光弾が砲塔から飛び出す。曳光弾は真っ直ぐにゴマ粒程度に見える目標へと向かっていき……。
「着弾じゃ!敵空母中破!敵戦艦轟沈!」
「2番4番斉射、1番3番SAP(半徹甲弾)再装填、2番4番はHE(榴弾)の準備」
「……ガングート、どうやら敵艦隊は壊滅したようじゃ。ほれ、見てみよ」
双眼鏡を渡された姉が覗くとおぉ……と声が漏れ聞こえる。
訳あってモンタナさんと訓練の続きをすることになった。
「よろしくね、セヴァストポリ」
「よろしくお願いします、モンタナさん」
握手を交わすと強い力で引き寄せられ、抱き留められる。
「今度、私のアドミラルについて教えて頂戴」
そう耳元で囁いたモンタナさんは顔を離すと微笑んで私から手を離した。私のアドミラル(提督)……?
「モンタナさんはアメリカの戦艦なんですね」
「そうだよー本来はもっと高性能なんだろうけどね……今の技術だとこれが限界」
スラロームを続けながら確実に戦艦を模した的に弾を撃ち込んでいくモンタナさんを私は尊敬しつつ、恐れてもいた。彼女の艤装には主砲カートリッジ(※)が1つしか挿入されていない。つまり初期状態の艤装の射撃能力でこれである、というわけで……。
私の艤装には38cm2連装砲のカートリッジが一つ刺さっていて、今のところ駆逐艦や巡洋艦程度なら難なく倒せる。狙って撃てばちゃんと当たる……素晴らしい……。
「ん?セヴァストポリ、頭を下げて!」
「えっ?」
無理やりモンタナさんに頭を抑えつけられると頭上を何かが轟音を立てつつ通過したのを聞いた。
「すまん!発艦ミスだ!」
橙色に染められた複葉機が緩く旋回して遠くを飛んでいく。
「あれは……多分、雷撃機だよ、うん」
「モンタナさんは物知りですね」
その言葉をモンタナさんはスルーして代わりに私の後ろを指差した。
「あそこに居る空母の誰かが失敗したんだと思う」
そこには4人の空母型艦娘が立っていた。左から……風花さん、初姫さん、加賀さん……そしてなぜ姉さんが空母の艤装を?
「久しく飛ばしていなかったからやってしまった!大丈夫か!?」
姉さんが寄ってくる。いつもの砲塔が着いた艤装ではなく右肩には空母達の甲板を模した艤装が取り付けられていた。手には古めかしい銃(注釈:設定上はウィンチェスターM1895)が鈍く光っていて周囲の弓や模型飛行機のような武器とはかなり様相が違っていた。ガチャと銃床下の金属環を下げると薬莢が飛び出て……ナイスキャッチ。
なぜ空母の艤装を付けているのか、なぜ雷撃機を飛ばせるのか、それは夜になっても朝になっても姉と加賀さんと利根さんにははぐらかされ、他の人達も首を捻って唸るばかりで誰も教えてくれなかった。というよりその3人を除いて誰にも分からないようだった。
追記:
(※):モンタナの史実装備であるMK7 16inch三連装主砲(M)や、雷撃機であるR-5T等の装備はデータカートリッジに変換されて艤装に装着される。モンタナが実装されている戦艦少女では主砲のフィッティング等を考慮しなくて良いため基本的には主砲を積めるだけ積み、あれば徹甲効果をもたらす徹甲弾を1つ、主砲の代わりに積む、というスタイルが好まれる……がFCSの関係でレーダーを積むケースもある。今のところ父島基地に属する全ユニットがそうである。