魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜   作:ろくさん

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第10話 女王と貧乏人

 

少し気後れしながらも、みりあ達はもう一度配信をしながらプアーズ討伐を試みていた。

 

今回のプアーズは、承認欲求をこじらせたネットユーザーの怨念から生まれた『コメント・カイト』。無数のLANケーブルを醜悪に束ねた凧(たこ)のような姿で、その尻尾からは、誹謗中傷の言葉が書かれたコメントの紙片を、カミソリのように飛ばしてくる。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

『ヘタクソ』『見ててイライラする』『消えろ』

悪意の刃が、二人の衣装を、そして心を、じりじりと切り刻んでいく。

 

スマホの画面に表示される視聴者数は、開始早々『7人』。

コメント欄は、ほとんど動かない。たまに書き込まれるのは、プアーズの攻撃を煽るような、心無い言葉だけ。

 

「くっ…このままだとジリ貧だよ…!」

マギアリエルは焦る。プアーズの攻撃は地味だが、確実に二人の集中力を削いでいた。長期戦になれば、それだけ魔法コストがかさむ。

かといって、派手な魔法を使えば、一瞬で赤字に転落してしまう。

 

ジレンマに陥り、動きが鈍った二人を見て、視聴者たちは露骨に興味を失っていく。

スマホ画面の隅に表示された、人の形をしたアイコンの横の数字が、一つ、また一つと、無慈悲に減っていく。

 

視聴者数:5人

視聴者数:4-人

視聴者数:2人

 

数字が一つ減るたびに、みりあの心臓が、まるで万力で締め付けられるように痛んだ。

見捨てられる。誰にも、注目されない。

それは、貧しさとはまた違う、冷たい孤独の味だった。

 

「みりあちゃん、しっかり!」

マギラティオが、励ますように叫ぶ。

しかし、その声が届くよりも早く、残酷な現実が、二人に突きつけられた。

 

視聴者数:0人

 

ゼロ。

その数字が、まるで死刑宣告のように、みりあの目に焼き付いた。

世界から、完全に拒絶されたような感覚。

糸が切れたように、マギアリエルの膝が、ガクリと折れた。

 

「…もう、無理だよ…」

戦う意味も、お金も、そして見てくれる人さえも、全てを失った。

その絶望の淵で、彼女は気づかなかった。

夜空のどこかで、別の、圧倒的な輝きを放つ『配信』が、まさに今、始まろうとしていたことに。

世界から見捨てられた、静寂の戦場。

その静寂を破ったのは、どこからともなく流れ始めた、アップテンポで挑発的なユーロビートだった。錆びついた鉄骨が、重低音にビリビリと震える。

廃倉庫の壁に、巨大なプロジェクションマッピングのように、華やかな配信画面が映し出された。そこには、数万という驚異的な視聴者数と、滝のように流れる高額スパチャの通知が表示されていた。

 

『女王降臨!』

『待ってました! モネータ様!』

『今夜も俺たちを痺れさせてくれ!』

 

コメント欄の熱狂が、現実世界にまで響いてくるようだった。

その配信画面の中心で、一人の少女が、まるでファッションショーのランウェイを歩くかのように、ゆっくりと姿を現した。

 

「――お遊びは、そこまでよ」

 

夜の闇を切り裂く、冷たくも美しい声。

そこに立っていたのは、夜のネオンと欲望を一身に浴びて輝く、妖艶な魔法少女だった。

黒と紫を基調とした、光沢のあるレザーとエナメル素材のタイトなミニドレス。胸元や背中が大胆に開かれ、ボンデージファッションを思わせるベルトが、その完璧なボディラインをさらに強調している。腰には、本物の一万円札(に見える魔力体)で作られた分厚いベルト。紫色の網タイツに包まれた長い脚は、ピンヒールのロングブーツで、恐ろしいほどの威圧感を放っていた。

 

濡れたような艶を持つ、深い紫色のストレートロングヘア。その瞳は、冷たいネオンパープルに爛々と輝き、その中心には、トランプのスペード(♠)を模した紋様が浮かんでいる。

 

超人気魔法少女配信者、『マギモネータ』。

彼女の登場に、プアーズさえも動きを止め、ただ圧倒されていた。

 

「まったく…こんな雑魚相手に、いつまで手間取ってるの? 観てるこっちが恥ずかしさで死にそうだわ」

マギモネータは、みりあたちを値踏みするように一瞥すると、嘲るように鼻で笑った。

彼女は、まるでダンスを踊るかのように、軽やかなステップでプアーズとの距離を詰める。

 

「さあ、ショータイムよ。私の稼ぎの邪魔をしないでくれるかしら」

彼女が指を鳴らすと、その手に黒い金属でできた巨大なコインを模した一対の武器――『チャクラム・オブ・リヴェンジ』が出現した。

 

マギモネータの戦いは、まさに圧巻だった。

プアーズが放つ悪意のコメント紙片を、彼女は最小限の動きで全て見切り、バレエのように回転しながら回避する。その全ての動きが、計算され尽くしたカメラアピールになっていた。

チャクラムをブーメランのように投げ、プアーズの動きを封じると、彼女は配信画面の向こうの視聴者に向かって、妖しく微笑んでみせる。

 

「みんな、お待たせ。今夜のクライマックスよ」

 

その瞬間、スパチャの嵐が吹き荒れる。中でもひときわ巨大な、虹色に輝く通知が画面を支配した。

【カイザー 様より 100,000円のスーパーチャットです!】

『今夜の君は、最高に輝いているぜ』

 

マギモネータは、ピタリと動きを止めた。そして、配信用のカメラ(それは、コウモリの翼を持つ小さなドローンだった)に向き直ると、それまでの冷徹な表情を崩し、蠱惑的な笑みを浮かべる。

 

「カイザーさん、10万円の特大投資、感謝するわ。…あなただけに、特別なサービス」

 

彼女はそう囁くと、人差し指をそっと自分の唇に当て、カメラに向かって、艶然(えんぜん)と投げキッスをしてみせた。

その瞬間、コメント欄は沸騰した。

『うおおおおおおおお! 神サービス!』

『カイザーになりてぇ…』

『俺の全財産を捧げます!』

 

マギモネータは、その熱狂を一瞥すると、満足げに頷いた。そして、次の瞬間には、再び絶対零度の女王の顔に戻っていた。

「さて、対価に見合うだけの絶望を、プレゼントしてあげる」

 

彼女の身体から、黒紫色の魔力が溢れ出す。それは、みりあたちの魔法とは比べ物にならないほど、濃密で、強力なものだった。

「メレトリクス・ディール!」

 

必殺技の名が告げられると同時に、二つのチャクラムが恐ろしい速度で回転しながらプアーズに襲いかかる。

断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、コメント・カイトは光の塵となって消滅した。

戦闘時間は、わずか30秒。

 

呆然と見つめるみりあとまりんの前に、マギモネータはゆっくりと歩み寄る。

そして、泥と絵の具に汚れたみりあの衣装を、ゴミでも見るかのような目で見下ろし、冷たく言い放った。

 

「…貧乏人は、見ているだけで不愉快ね。市場から、とっとと消えなさい」

 

それだけを言い残し、彼女は闇の中へと姿を消した。

後には、静寂と、圧倒的な敗北感だけが残された。

 

みりあは、恐る恐る自分のスマホを拾い上げる。

配信画面には、無慈悲な文字が、ただ静かに浮かんでいた。

 

『0 VIEWERS』

 

「…ぅぁ」

プツリ、と。

羽川みりあの心の中で、何かが切れる音がした。

 

 

――『0 VIEWERS』

あの日以来、その無慈悲な数字が、羽川みりあの瞼の裏に焼き付いて離れなかった。

世界から、誰からも必要とされていないという、冷たい烙印。それは、これまで彼女が経験してきたどんな貧しさよりも、鋭く、深く、心を抉った。

 

みりあは、自室のベッドの上で、薄い掛け布団を頭までかぶり、まるで繭に閉じこもる蛹のように、完全に無気力となっていた。

スマホの電源は、あの日からずっと切ったままだ。ミスター・リッチからの通知も、プアーズの出現も、もうどうでもよかった。

『市場から、とっとと消えなさい』

あの女王――マギモネータの言葉が、呪いのように耳の奥で反響する。音が、遠い。世界が、まるで薄い膜を一枚隔てた向こう側にあるように、ひどく現実感を失っていた。

 

「みりあちゃん、ご飯できたよ。少しでも食べないと…」

 

部屋のドアの向こうから、まりんの心配そうな声が聞こえる。彼女はここ数日、学校が終わると毎日みりあの家に通い、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。しかし、その優しさすら、今のささくれ立ったみりあの心には、チクチクと痛かった。

(…まりんのせいじゃない。全部、私が弱いから…)

応える気力すら湧いてこない。ただ、掛け布団の闇の中で、固く、目を閉じるだけだった。

 

その、淀んだ静寂を破ったのは、部屋の隅でポテチを齧っていた、ピンク色の毛玉の、あまりにも無遠慮な声だった。

 

「いつまでメソメソしてるんだにゅ。ハッキリ言って、時間の無駄。非生産的の極みだにゅ」

「…うるさい」

「事実は事実だにゅ。君たちは、完膚なきまでに叩きのめされた。ビジネスの世界では、日常茶飯事だにゅ」

マギたんは、油のついた前足でタブレットを操作し、一つの配信アーカイブを再生した。画面に映し出されたのは、あの日のマギモネータの、圧巻のショータイムだった。攻撃的なユーロビートが、静かな部屋に虚しく響く。

 

「敗北から学ぶことこそ、成功への近道だにゅ。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。孫子の兵法にもそう書いてあるにゅ。なぜ彼女は勝ち、君たちは負けたのか。その原因を分析し、次の戦略に活かす。それがプロの仕事だにゅ」

「…何が言いたいのよ」

「『市場調査(マーケティング)』の時間だにゅ。なぜ彼女はあれほど強く、なぜあれほど大金を稼げるのか。その秘密を探り、我々のビジネスモデルに組み込むのにゅ」

 

マギたんの、どこまでもビジネスライクな言葉。それが、不思議と、みりあの心の奥底で、忘れかけていた感情に火をつけた。

そうだ。なぜ、あんなにも違うのか。同じ魔法少女のはずなのに、あの圧倒的な力の差は、潤沢な資金力の差は、一体どこから生まれてくるというのか。

 

「…調べる」

 

みりあは、ゆっくりと、まるで錆びついたブリキの人形のように、ベッドから身を起こした。光の入らない部屋の中で、その瞳だけが、暗く、冷たい決意に燃えていた。

「あいつのこと、徹底的に調べるんだ…」

 

 

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