魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜 作:ろくさん
少し気後れしながらも、みりあ達はもう一度配信をしながらプアーズ討伐を試みていた。
今回のプアーズは、承認欲求をこじらせたネットユーザーの怨念から生まれた『コメント・カイト』。無数のLANケーブルを醜悪に束ねた凧(たこ)のような姿で、その尻尾からは、誹謗中傷の言葉が書かれたコメントの紙片を、カミソリのように飛ばしてくる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
『ヘタクソ』『見ててイライラする』『消えろ』
悪意の刃が、二人の衣装を、そして心を、じりじりと切り刻んでいく。
スマホの画面に表示される視聴者数は、開始早々『7人』。
コメント欄は、ほとんど動かない。たまに書き込まれるのは、プアーズの攻撃を煽るような、心無い言葉だけ。
「くっ…このままだとジリ貧だよ…!」
マギアリエルは焦る。プアーズの攻撃は地味だが、確実に二人の集中力を削いでいた。長期戦になれば、それだけ魔法コストがかさむ。
かといって、派手な魔法を使えば、一瞬で赤字に転落してしまう。
ジレンマに陥り、動きが鈍った二人を見て、視聴者たちは露骨に興味を失っていく。
スマホ画面の隅に表示された、人の形をしたアイコンの横の数字が、一つ、また一つと、無慈悲に減っていく。
視聴者数:5人
視聴者数:4-人
視聴者数:2人
数字が一つ減るたびに、みりあの心臓が、まるで万力で締め付けられるように痛んだ。
見捨てられる。誰にも、注目されない。
それは、貧しさとはまた違う、冷たい孤独の味だった。
「みりあちゃん、しっかり!」
マギラティオが、励ますように叫ぶ。
しかし、その声が届くよりも早く、残酷な現実が、二人に突きつけられた。
視聴者数:0人
ゼロ。
その数字が、まるで死刑宣告のように、みりあの目に焼き付いた。
世界から、完全に拒絶されたような感覚。
糸が切れたように、マギアリエルの膝が、ガクリと折れた。
「…もう、無理だよ…」
戦う意味も、お金も、そして見てくれる人さえも、全てを失った。
その絶望の淵で、彼女は気づかなかった。
夜空のどこかで、別の、圧倒的な輝きを放つ『配信』が、まさに今、始まろうとしていたことに。
世界から見捨てられた、静寂の戦場。
その静寂を破ったのは、どこからともなく流れ始めた、アップテンポで挑発的なユーロビートだった。錆びついた鉄骨が、重低音にビリビリと震える。
廃倉庫の壁に、巨大なプロジェクションマッピングのように、華やかな配信画面が映し出された。そこには、数万という驚異的な視聴者数と、滝のように流れる高額スパチャの通知が表示されていた。
『女王降臨!』
『待ってました! モネータ様!』
『今夜も俺たちを痺れさせてくれ!』
コメント欄の熱狂が、現実世界にまで響いてくるようだった。
その配信画面の中心で、一人の少女が、まるでファッションショーのランウェイを歩くかのように、ゆっくりと姿を現した。
「――お遊びは、そこまでよ」
夜の闇を切り裂く、冷たくも美しい声。
そこに立っていたのは、夜のネオンと欲望を一身に浴びて輝く、妖艶な魔法少女だった。
黒と紫を基調とした、光沢のあるレザーとエナメル素材のタイトなミニドレス。胸元や背中が大胆に開かれ、ボンデージファッションを思わせるベルトが、その完璧なボディラインをさらに強調している。腰には、本物の一万円札(に見える魔力体)で作られた分厚いベルト。紫色の網タイツに包まれた長い脚は、ピンヒールのロングブーツで、恐ろしいほどの威圧感を放っていた。
濡れたような艶を持つ、深い紫色のストレートロングヘア。その瞳は、冷たいネオンパープルに爛々と輝き、その中心には、トランプのスペード(♠)を模した紋様が浮かんでいる。
超人気魔法少女配信者、『マギモネータ』。
彼女の登場に、プアーズさえも動きを止め、ただ圧倒されていた。
「まったく…こんな雑魚相手に、いつまで手間取ってるの? 観てるこっちが恥ずかしさで死にそうだわ」
マギモネータは、みりあたちを値踏みするように一瞥すると、嘲るように鼻で笑った。
彼女は、まるでダンスを踊るかのように、軽やかなステップでプアーズとの距離を詰める。
「さあ、ショータイムよ。私の稼ぎの邪魔をしないでくれるかしら」
彼女が指を鳴らすと、その手に黒い金属でできた巨大なコインを模した一対の武器――『チャクラム・オブ・リヴェンジ』が出現した。
マギモネータの戦いは、まさに圧巻だった。
プアーズが放つ悪意のコメント紙片を、彼女は最小限の動きで全て見切り、バレエのように回転しながら回避する。その全ての動きが、計算され尽くしたカメラアピールになっていた。
チャクラムをブーメランのように投げ、プアーズの動きを封じると、彼女は配信画面の向こうの視聴者に向かって、妖しく微笑んでみせる。
「みんな、お待たせ。今夜のクライマックスよ」
その瞬間、スパチャの嵐が吹き荒れる。中でもひときわ巨大な、虹色に輝く通知が画面を支配した。
【カイザー 様より 100,000円のスーパーチャットです!】
『今夜の君は、最高に輝いているぜ』
マギモネータは、ピタリと動きを止めた。そして、配信用のカメラ(それは、コウモリの翼を持つ小さなドローンだった)に向き直ると、それまでの冷徹な表情を崩し、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「カイザーさん、10万円の特大投資、感謝するわ。…あなただけに、特別なサービス」
彼女はそう囁くと、人差し指をそっと自分の唇に当て、カメラに向かって、艶然(えんぜん)と投げキッスをしてみせた。
その瞬間、コメント欄は沸騰した。
『うおおおおおおおお! 神サービス!』
『カイザーになりてぇ…』
『俺の全財産を捧げます!』
マギモネータは、その熱狂を一瞥すると、満足げに頷いた。そして、次の瞬間には、再び絶対零度の女王の顔に戻っていた。
「さて、対価に見合うだけの絶望を、プレゼントしてあげる」
彼女の身体から、黒紫色の魔力が溢れ出す。それは、みりあたちの魔法とは比べ物にならないほど、濃密で、強力なものだった。
「メレトリクス・ディール!」
必殺技の名が告げられると同時に、二つのチャクラムが恐ろしい速度で回転しながらプアーズに襲いかかる。
断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、コメント・カイトは光の塵となって消滅した。
戦闘時間は、わずか30秒。
呆然と見つめるみりあとまりんの前に、マギモネータはゆっくりと歩み寄る。
そして、泥と絵の具に汚れたみりあの衣装を、ゴミでも見るかのような目で見下ろし、冷たく言い放った。
「…貧乏人は、見ているだけで不愉快ね。市場から、とっとと消えなさい」
それだけを言い残し、彼女は闇の中へと姿を消した。
後には、静寂と、圧倒的な敗北感だけが残された。
みりあは、恐る恐る自分のスマホを拾い上げる。
配信画面には、無慈悲な文字が、ただ静かに浮かんでいた。
『0 VIEWERS』
「…ぅぁ」
プツリ、と。
羽川みりあの心の中で、何かが切れる音がした。
――『0 VIEWERS』
あの日以来、その無慈悲な数字が、羽川みりあの瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
世界から、誰からも必要とされていないという、冷たい烙印。それは、これまで彼女が経験してきたどんな貧しさよりも、鋭く、深く、心を抉った。
みりあは、自室のベッドの上で、薄い掛け布団を頭までかぶり、まるで繭に閉じこもる蛹のように、完全に無気力となっていた。
スマホの電源は、あの日からずっと切ったままだ。ミスター・リッチからの通知も、プアーズの出現も、もうどうでもよかった。
『市場から、とっとと消えなさい』
あの女王――マギモネータの言葉が、呪いのように耳の奥で反響する。音が、遠い。世界が、まるで薄い膜を一枚隔てた向こう側にあるように、ひどく現実感を失っていた。
「みりあちゃん、ご飯できたよ。少しでも食べないと…」
部屋のドアの向こうから、まりんの心配そうな声が聞こえる。彼女はここ数日、学校が終わると毎日みりあの家に通い、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。しかし、その優しさすら、今のささくれ立ったみりあの心には、チクチクと痛かった。
(…まりんのせいじゃない。全部、私が弱いから…)
応える気力すら湧いてこない。ただ、掛け布団の闇の中で、固く、目を閉じるだけだった。
その、淀んだ静寂を破ったのは、部屋の隅でポテチを齧っていた、ピンク色の毛玉の、あまりにも無遠慮な声だった。
「いつまでメソメソしてるんだにゅ。ハッキリ言って、時間の無駄。非生産的の極みだにゅ」
「…うるさい」
「事実は事実だにゅ。君たちは、完膚なきまでに叩きのめされた。ビジネスの世界では、日常茶飯事だにゅ」
マギたんは、油のついた前足でタブレットを操作し、一つの配信アーカイブを再生した。画面に映し出されたのは、あの日のマギモネータの、圧巻のショータイムだった。攻撃的なユーロビートが、静かな部屋に虚しく響く。
「敗北から学ぶことこそ、成功への近道だにゅ。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。孫子の兵法にもそう書いてあるにゅ。なぜ彼女は勝ち、君たちは負けたのか。その原因を分析し、次の戦略に活かす。それがプロの仕事だにゅ」
「…何が言いたいのよ」
「『市場調査(マーケティング)』の時間だにゅ。なぜ彼女はあれほど強く、なぜあれほど大金を稼げるのか。その秘密を探り、我々のビジネスモデルに組み込むのにゅ」
マギたんの、どこまでもビジネスライクな言葉。それが、不思議と、みりあの心の奥底で、忘れかけていた感情に火をつけた。
そうだ。なぜ、あんなにも違うのか。同じ魔法少女のはずなのに、あの圧倒的な力の差は、潤沢な資金力の差は、一体どこから生まれてくるというのか。
「…調べる」
みりあは、ゆっくりと、まるで錆びついたブリキの人形のように、ベッドから身を起こした。光の入らない部屋の中で、その瞳だけが、暗く、冷たい決意に燃えていた。
「あいつのこと、徹底的に調べるんだ…」