魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜   作:ろくさん

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第11話 彼女の(秘)私生活

 

週末の昼下がり。

みりあとまりんは、電車に揺られ、都心へと向かっていた。私服姿の二人は、休日を楽しむ他の乗客たちの中で、どこか浮いているように見えた。

「でも、どこに行けば会えるんだろう…」

「マギたんの情報だと、彼女、港区にある『聖ルミナス女学院高等部』の生徒らしいわ。まずは、学校の近くから探ってみましょう」

 

電車を降り、二人がたどり着いたのは、高級住宅街にそびえ立つ、白亜の城のような学舎だった。

高いレンガの塀、蔦の絡まる重厚なアイアンゲート。その向こうには、手入れの行き届いた芝生の庭が広がり、シックな濃紺のブレザーに、銀糸が織り込まれたチェックスカートを身につけた、気品あふれる生徒たちが談笑している。

自分たちの、少し着古した制服とは、あまりにも違う世界。

 

「うわぁ…」

まりんが、思わず声を漏らす。

みりあは、門の前で立ち尽くした。中に入る勇気など、到底湧いてこない。

(ここに、あの人が…)

自分たちとは、住む世界が違う。その、あまりにも残酷な事実を、目の前に突きつけられた気分だった。

「…だめだね、みりあちゃん。私たちじゃ、浮いちゃってすぐバレちゃうよ。作戦変更!」

まりんが、みりあの腕を引っ張り、その場を後にする。

 

「学生なら、きっと学校の近くで遊んだりしてるはずだよ! ファストフードとか、フードコートとか探してみよ!」

まりんの提案に、みりあも頷く。

しかし、二人がいくら歩き回っても、そんな店は見当たらない。あるのは、ショーウィンドウに宝石のような洋菓子が並ぶパティスリーや、完全予約制のレストラン、そして、会員制のスポーツクラブだけ。

 

その代わり、二人の目に留まったのは、蔦の絡まるレンガ造りの壁に、金の筆記体で店名が書かれた、一軒の瀟洒なカフェだった。

聖ルミナス女学院の生徒たちが、吸い込まれるように、そのアンティークな木製のドアを開けていく。

 

「…すごい、オシャレなお店…」

「きっと、ああいうところで、おしゃべりしてるんだよ」

女子中学生としての純粋な好奇心が、恐怖と劣等感を上回った。

「…ちょっとだけ、入ってみない?」

みりあの提案に、まりんも、こくりと頷いた。

 

カラン、とドアベルが上品な音を立てる。

店内は、外の喧騒が嘘のような、静かで落ち着いた空間だった。薄暗い照明、壁一面の本棚、そして、静かに流れるクラシック音楽。空気を満たすのは、焙煎されたコーヒー豆の香ばしい匂いと、焼き菓子の甘い香り。

ベルベット張りの椅子に腰かけた生徒たちは、自分たちとは全く違う、上品な言葉遣いで、夏休みの別荘の話や、海外旅行の計画について、楽しそうに語らっていた。

 

完全に、気圧されてしまった。

店員に案内されるまま、小さなテーブル席に着いた二人は、恐る恐る、革張りのメニューを開いた。

 

「「…………」」

 

そこに並んでいたのは、天文学的な数字だった。

『ブレンドコーヒー … ¥1,200』

『季節のフルーツタルト … ¥1,800』

 

(いっせん…にひゃくえん…!? もやしが40袋も買える…!)

みりあの頭の中のそろばんが、火花を散らしてショートする。

まりんも、隣で、小さな悲鳴を押し殺したように、口に手を当てて固まっていた。

「…みりあちゃん、出よっか…」

「…うん…」

二人は、誰にも気づかれぬよう、そっと席を立つと、「すみません、急用を思い出したので…」と店員に小声で告げ、逃げるように店を後にした。

 

そして、日が暮れる頃。二人は、マギたんが示したもう一つの活動拠点――日本最大の歓楽街の入り口に立っていた。

 

赤、青、黄、緑。色とりどりのネオンサインが、まだ薄暗い空にけばけばしい光を放ち、客引きの男たちの甘い声、飲食店の呼び込み、そして酔客たちの嬌声が混じり合って、カオスなBGMを奏でている。焼肉の香ばしい匂い、むせ返るような香水の匂い、そして、ドブの淀んだ匂い。あらゆる匂いがごちゃ混ぜになった空気が、二人の肺を重く満たした。

場違いな二人の姿に、道行く人々が、好奇と、わずかな軽蔑が入り混じった、無遠慮な視線を投げかけていた。

 

「う…すごい人の数…」

まりんが、不安そうにみりあの制服の袖を固く掴む。

その時だった。

「ねえ、そこの可愛いお嬢さんたち! ちょっとだけ、お話しない?」

派手な金髪の、ホスト風の男が、馴れ馴れしく二人の前に立ちはだかった。

「えっ…」

「俺、芸能事務所のスカウトやってるんだけど、二人とも、すごい原石だよ! ちょっとそこのカフェでお茶でもしながら、詳しい話…」

男が、まりんの肩に手を伸ばした、その瞬間。

 

「――失礼します」

みりあが、氷のように冷たい声で男を制し、まりんの腕を強く引いた。

「行こ、まりん!」

「う、うん!」

二人は、人混みをかき分けるようにして、その場から逃げ出した。

 

息を切らし、路地裏の自販機の明かりの下で、ようやく足を止める。

「…怖かった…」

「大丈夫?」

「うん…みりあちゃんがいてくれて、よかった」

まりんの言葉に、みりあは何も言わず、ただ、強く、固く、拳を握りしめた。

(ここが、あの人の戦場…)

 

そして、数十分後。大通りの向かい側にある、黒服の男たちが入り口に立つ、会員制と書かれた高級カラケラウンジの前で、その姿を発-見した。

 

赤、青、黄、緑。色とりどりのネオンサインが、まだ薄暗い空にけばけばしい光を放ち、客引きの男たちの甘い声、飲食店の呼び込み、そして酔客たちの嬌声が混じり合って、カオスなBGMを奏でている。焼肉の香ばしい匂い、むせ返るような香水の匂い、そして、ドブの淀んだ匂い。あらゆる匂いがごちゃ混ぜになった空気が、二人の肺を重く満たした。

場違いな制服姿の二人に、道行く人々が、好奇と、わずかな軽蔑が入り混じった、無遠慮な視線を投げかけていた。

 

「本当に、こんなところにいるのかな…」

まりんが、不安そうにみりあの制服の袖を固く掴む。

「マギたんの情報によれば、彼女の主な活動拠点(シマ)はこの辺りらしいわ。お金の匂いがするところに、あの人は現れるはずよ」

 

二人は、人混みに紛れながら、息を殺してターゲットを探す。

そして、数十分後。大通りの向かい側にある、黒服の男たちが入り口に立つ、会員制と書かれた高級カラケラウンジの前で、その姿を発見した。

 

鬼道院るな。

彼女は、学校で見かける時とは全く違う、鋭利な刃物のようなオーラをまとっていた。

髪は完璧に巻かれ、身体のラインが露わになる、タイトな黒いミニワンピース。その肩には、有名ブランドの、クロコダイル革の小さなバッグがかけられている。その隣には、見るからに裕福そうな、しかし、腹の底が見えない下卑た笑みを浮かべた中年男性が、まるで自分の所有物であるかのように、彼女の腰に手を回していた。

るなは、その男に、完璧な、心のこもっていない愛想笑いを向けながら、慣れた様子で店の重厚な扉の向こうへと消えていった。

 

「…やっぱり、ああいうことをして…」

まりんが、軽蔑と嫌悪の入り混じった声で呟く。

みりあは、何も言わなかった。ただ、唇を強く噛みしめ、その光景を、自分たちの惨めな現実と、目の前の圧倒的な「プロ」の姿を、脳裏に焼き付けていた。

 

鬼道院るなの私生活を垣間見てから数日後。

みりあとまりんは、固唾をのんで、みりあの部屋のタブレットの画面を見つめていた。カーテンが閉め切られ、昼間とは思えないほど薄暗い部屋の中で、配信開始を告げるカウントダウンの数字だけが、二人の緊張した顔を青白く照らし出している。

マギたんが、「これが一番手っ取り早いにゅ」と、マギモネータの公式チャンネルを開いたのだ。

 

そして、カウントがゼロになった瞬間。

画面は、まばゆい閃光と、鼓膜を直接殴りつけるような攻撃的なダンスミュージックに支配された。

そこは、CGで作られた、ラスベガスのカジノホテルの最上階を思わせる、悪趣味なほどにゴージャスな空間だった。床には深紅の絨毯が敷かれ、窓の外には100万ドルの夜景(もちろんCGだ)が広がる。その中央、黒曜石で作られたかのような玉座に、女王マギモネータが、脚を組んで君臨していた。

 

「――っ!」

二人は、息をのんだ。

先日、廃倉庫で見た時よりも、さらに露出度が高く、挑発的な衣装。

上半身は、胸の谷間を強調する、ほとんど下着のような黒いレザーのビスチェ。その縁には、銀色のスパイクが、危険な輝きを放っている。スカートは、腰骨のあたりから、何枚もの半透明の黒い布が垂れ下がっているだけで、紫色の網タイツに包まれた脚線美が、惜しげもなく晒されていた。

 

カメラのアングルは、意図的に彼女の身体のラインを舐めるように動き、視聴者の欲望を、的確に、そして執拗に煽っていた。

 

『女王! 今夜も美しい!』

『その足で踏んでください! お願いします!』

 

狂信的なファンたちの熱狂的なコメントが、画面の右側を滝のように流れていく。

 

「さあ、愚民ども。今夜も私という存在に、お前たちのくだらない欲望(おかね)を捧げるがいいわ」

マギモネータは、マイクを通して、吐息交じりの声で囁く。それは、戦闘前の魔法少女の言葉とは思えなかった。

 

プアーズが出現し、戦闘が始まっても、そのスタンスは変わらない。

彼女は、敵の攻撃をギリギリでかわすたびに、配信用のドローンカメラに向かって妖しくウインクをしたり、わざとスカートの裾を翻して太ももをチラつかせたりする。

そのたびに、画面はスパチャの嵐で埋め尽くされた。金色のコインがシャワーのように降り注ぐ派手なエフェクトが、画面を埋め尽くす。

 

「10万円のスパチャ、感謝するわ。…ご褒美に、ちょっとだけ、いいもの見せてあげる」

マギモネータは、わざと敵の攻撃を受けてドレスの肩紐を一本切らせ、整った鎖骨を大胆に晒してみせた。それは、もはや戦闘ではなく、完全に計算され尽くした、危険なショーだった。

 

「ひどい…」

まりんが、顔を真っ赤にして俯いた。その耳まで、羞恥と怒りで染まっている。

「戦いを…人の心を弄んで、お金儲けの道具にしてる…! こんなの、魔法少女じゃないよ…!」

その声は、怒りと、そして深い悲しみに震えていた。

 

しかし、みりあは、画面から目を離すことができなかった。

確かに、下品だと思った。えげつない、とも思った。

だが、それと同時に、彼女の頭の中のそろばんが、恐怖するほどの速度で、冷静に利益を弾き出していたのだ。

(…すごい。たった数分の戦闘で、スパチャだけで数十万円…。プアーズ討伐の基本報酬を合わせたら、一体いくらに…? 経費は、あの必殺技一発だけ…。なんて、費用対効果…)

 

マギモネータの強さ。その源泉は、圧倒的な資金力。

そして、その資金の源泉は、自らの身体と尊厳を切り売りして、視聴者の欲望を的確に満たす、この冷徹なまでの『ビジネス』だったのだ。

 

「…あんなことまで、しないと…」

みりあの口から、乾いた声が漏れた。

「あそこまでしないと、私たちは、彼女に勝てないの…?」

 

画面の中の女王は、勝利の余韻に浸りながら、まるでみりあの問いに答えるかのように、カメラの向こう側を射抜くような視線で、冷たく微笑んでいた。

その笑顔は、みりあには、自分たちの甘さを、貧しさを、そして、その存在価値の全てを、嘲笑っている

 

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