魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜   作:ろくさん

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第12話 最低な夜に乾杯を

 

平日の朝。

東京の喧騒から少しだけ離れた、デザイナーズマンションの一室。鬼道院るなの朝は、アラーム音ではなく、ニューヨーク市場の取引終了を告げる経済ニュースアプリの通知音で始まる。

 

部屋は、彼女の派手な外見とは裏腹に、驚くほど生活感がなかった。

白と黒を基調としたミニマルな空間。家具は最低限。クローゼットの中には、流行の最先端を行くブランドの服が隙間なく並んでいるが、それらは全て、これから始まる「仕事」で彼女を高く見せるための『武装』だ。本棚に漫画はなく、代わりに金融やマーケティングの専門書が並んでいる。

朝食は、冷蔵庫から取り出した栄養ゼリー。それを機械的に摂取しながら、窓の外に広がる灰色の都会の景色を、無感情に見下ろす。

 

鏡の前に座ると、彼女はゆっくりと、もう一人の自分を作り上げていく。

入念なスキンケアの後、何種類もの化粧品を巧みに使いこなし、完璧な「鬼道院るな」という仮面を装着していく。つけまつげと跳ね上げたアイラインで、強い意志と他者を寄せ付けない雰囲気を演出し、甘く危険な香りの香水を、手首に一吹きする。

鏡に映るのは、隙のない笑顔を浮かべた、美しくも冷たい『商品』としての自分だった。

 

その、鏡に映る自分の肩口から、ゆらり、と黒い影が滲み出した。

それはやがて、トランプのジョーカーのような、歪んだ笑顔を浮かべたピエロの姿を成していく。

 

「くふふ、今夜もいい女の完成だノン」

るなのサポート妖精、フラたんだった。

 

「…うるさいわね。仕事の準備中は話しかけないで」

るなは、鏡から視線を外さずに、冷たく言い放つ。

「つれないノンねぇ。今夜のターゲットはIT企業の社長、吉田だノン? あの男はチョロいから、うまくやればブランド物のバッグくらいは簡単に貢がせられるノン。効率よく稼ぐチャンスだノンよ」

「わかってるわよ、そんなこと。あんたに言われなくても」

 

フラたんは、るなの周りをゆらゆらと飛び回りながら、さらに囁きかける。

「あの貧乏魔法少女たちも、今頃はバイト代の計算でもしてるのかノン? くふふ、可愛いノンねぇ。努力と友情が報われるなんて、おとぎ話だけなのにノン」

「…余計なこと言わないで」

るなの声が、ほんの少しだけ、低くなった。フラたんの言葉が、彼女の心の奥底にある、古傷に触れたからだ。

「はいはいだノン。さあ、今夜も稼いでもらうノンよ。金こそが正義、金こそが全てだノン!」

 

フラたんの下卑た笑い声を背中で聞き流し、るなは最後の仕上げに、血のように赤いルージュを引いた。

もう、鏡の中には、彼女自身の弱い心など、どこにも映ってはいなかった。

 

夜。高級カラオケラウンジの個室。

革張りのソファが、紫色の間接照明にぬめりと光っている。るなは、IT企業の社長だという常連客、吉田の隣に座り、巧みな話術と完璧な愛想笑いで彼を楽しませていた。

 

「るなちゃんは本当にいい子だねぇ。話も面白いし、聞き上手だし。これ、今日の服に似合うと思って」

吉田が差し出した有名ブランドの紙袋を、るなは子猫のように瞳を輝かせ、満面の笑みで受け取る。

(よし、これで今月の目標額クリア。このバッグ、明日売れば30万にはなるか…)

心の中は、冷徹な計算のみ。吉田がカラオケで歌う、音程の外れたラブソングを、完璧な相槌と手拍子で盛り上げる。それが彼女の仕事であり、戦場だった。

 

しかし、酒が進むにつれ、吉田は勘違いを始める。

自分が払った金で、るなの時間だけでなく、心まで買った気になっていたのだ。彼は歌い終わったマイクを乱暴に置くと、るなの肩に馴れ馴れしく手を回し、アルコールの匂いがする息を吹きかけながら、顔を近づけてきた。

 

「なぁ、るなちゃん。今日はこの後、朝まで付き合ってくれるだろ?」

 

その瞬間、るなの完璧な笑顔が、能面のようにすっと消えた。

絶対零度の瞳が、吉田を射抜く。

「吉田さん。私たちの契約に、そういうサービスは含まれていませんが」

 

予期せぬ拒絶にプライドを傷つけられた吉田は、みるみる顔を赤黒く変化させ、逆上した。

「なんだと! 金さえ払えばいいんだろうが!」

彼は財布から出した札束を、テーブルに叩きつける。その歪んだ独占欲と、踏みにじられた自尊心。それが、部屋の澱んだ空気と混じり合い、黒いオーラとなって立ち上るのが、るなには見えた。

 

吉田が「もう来ねえよ!」と捨て台詞を吐いて部屋を出て行った後。

彼の残した高級ブランデーのボトルから、どろりとしたコールタールのような影が溢れ出し、実体化した。

それは、ブランドバッグのロゴが刻まれた革の翼と、金の鎖でできた触手を持つ、悪魔のようなプアーズ――『シハイヨク・インキュバス』だった。

 

「…本当に、反吐が出る」

 

るなは、汚物でも見るかのような目でプアーズを一瞥すると、一人、静かに呟いた。

音もなく立ち上がり、部屋の内側から鍵をかける。ここは完全防音の個室。誰にも邪魔は入らない。絶好の『駆除』現場だった。

 

「キャッシュ・コンバート! フィル・ザ・ビル!」

 

変身の光さえ、どこか冷たい。

現れたマギモネータは、そのネオンパープルの瞳で、静かに敵を観察する。

インキュバスは、金の鎖でできた触手を、鞭のようにしならせ、マギモネータを拘束しようと襲いかかってきた。

 

「下劣な欲望の塊が…私に触れるな」

 

マギモネータは、その汚らわしい攻撃を、嘲笑うかのように最小限の動きで全てかわす。ステップを踏むでもなく、跳躍するでもない。ただ、身体をわずかに傾け、反らすだけで、全ての攻撃は虚空を切る。

これは彼女にとって「救済」や「討伐」ではない。ただの、非効率なバグを処理する『害虫駆除』だ。

 

インキュバスは、吉田の歪んだ欲望を反映し、さらに卑劣な攻撃を仕掛けてくる。ブランドバッグのロゴを幻影として飛ばし、マギモネータの視覚を惑わそうとする。

しかし、そんな小細工が、この夜の女王に通じるはずもなかった。

 

「…目障りよ」

 

マギモネータは、相手の精神を直接攻撃する魔法を放つ。

「ヴァイス・ショット」

消費コスト10,000円。非合法な活動で得た金を対価とする、精神汚染の光弾。

それを浴びたインキュバスは、自分が貢いだ金で、るなが他の男と楽しそうに笑い合う幻影を見せられ、苦悶の叫びを上げた。

 

動きが止まった、ほんの一瞬の隙。

マギモネータは、冷ややかに、そして絶対的な捕食者として言い放つ。

「私に触れる対価は、高くつくわよ」

 

必殺の『チャクラム・オブ・リヴェンジ』が、寸分の狂いもなくインキュバスの核を切り裂く。

プアーズは、汚れた金塊のような黒い飛沫を散らしながら、悲鳴さえ上げられずに、跡形もなく消滅した。

戦闘時間は、わずか1分。完璧すぎるほどの、コスト管理だった。

 

変身を解いたるなは、乱れた髪を無表情で直すと、テーブルの上に散らばった札束を、一枚、また一枚と、丁寧に拾い集める。そして、吉田が残していった高級ブランデーをグラスに注ぎ、誰にともなく、そっと掲げた。

 

「…最低な夜に乾杯」

 

そのネオンパープルの瞳には、勝利の昂揚も、達成感もない。

ただ、深い、深い孤独と、明日もまたこの戦いを続けなければならないという、静かな覚悟の色だけが、ゆらりと揺めいていた。

 

その、孤独な祝杯の空気を、下卑た声が台無しにした。

「くふふ、お見事だノン。…でも、実にもったいないノンねぇ」

るなの背後の空間から、歪んだ笑顔のピエロ、フラたんが姿を現す。

 

「何が?」

「あの男(吉田)と一晩お泊まりしてやれば、バッグどころか、車の一台でも買ってもらえたかもしれないのにノン。感情的になって大事な金蔓(かねづる)を逃すなんて、非効率の極みだノン!」

フラたんは、テーブルの札束をいやらしく撫でながら、るなを責め立てる。

 

しかし、るなは表情一つ変えなかった。

彼女は、グラスに残っていたブランデーを静かに飲み干すと、氷がグラスに当たる、カラン、という乾いた音を響かせた。

 

「勘違いしないで。私は『商品』であって、『奴隷』じゃない。価値を決め、提供するサービスを決めるのは、私よ」

その声は、氷のように冷たかった。

「あんたは黙って、次の投資先(カモ)でも探してなさい」

 

その絶対的な女王の言葉に、フラたんは一瞬だけ気圧されたように黙り込む。そして、次の瞬間には、いつもの歪んだ笑顔に戻っていた。

「くふふ…さすがだノン。それでこそ、ボクの最高のパートナーだノン…」

 

スマホに届いた、ミスター・リッチからの通知。

そこには、彼女の完璧な仕事ぶりを称賛する、過去最高益の収支報告が記されていた。

 

【プアーズ『シハイヨク・インキュバス』討伐任務報告書】

 

基本報酬: +40,000円

 

特別ボーナス(完全隠密・超速討伐): +50,000円

 

特別ボーナス(低コスト達成率Sランク): +30,000円

 

魔法消費コスト: -15,000円

 

収支合計: +105,000円 (単独任務における最高益)

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