魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜   作:ろくさん

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第13話 対価に見合うもの

 

マギモネータの配信を見てからというもの、羽川みりあの部屋には、以前にも増して重苦しい空気が漂っていた。

まりんは、あからさまに不快感を示していた。

「あんなの、魔法少女じゃないよ。人の心を弄んで…」

しかし、みりあは複雑な表情で黙り込むことが多くなった。まりんが抱くような純粋な怒りや嫌悪とは別に、彼女の頭の中では、あの女王の冷徹なまでの『ビジネスモデル』が、否定しきれない合理性をもって渦巻いていたからだ。

(でも、事実として、彼女は結果を出している…)

 

マギモネータの配信を見てからというもの、羽川みりあの部屋には、以前にも増して重苦しい空気が漂っていた。

まりんは、あからさまに不快感を示していた。

「あんなの、魔法少女じゃないよ。人の心を弄んで…」

しかし、みりあは複雑な表情で黙り込むことが多くなった。まりんが抱くような純粋な怒りや嫌悪とは別に、彼女の頭の中では、あの女王の冷徹なまでの『ビジネスモデル』が、否定しきれない合理性をもって渦巻いていたからだ。

 

(でも、事実として、彼女は結果を出している…)

 

その夜、まりんが帰り、部屋に一人になったみりあは、ベッドの上で膝を抱えていた。

窓から差し込む月明かりが、彼女の悩ましげな横顔を青白く照らし出す。

彼女は、意を決したように自分のスマホを手に取ると、震える指で検索窓に文字を打ち込んだ。

 

『配信 映え 衣装』

『セクシー でも 中学生』

 

検索結果として表示されたのは、みりあがこれまで自分の人生で全く縁のなかった、レースとフリルとリボンで飾られた、布面積の少ない下着や部屋着の数々だった。シルクやサテンの光沢が、スマホの画面越しにぬめりを帯びて見える。

(こ、こんなのを…着るの…?)

いつもセールのワゴンで買った、実用性第一のコットン下着を愛用しているみりあにとって、それは異世界の文化だった。しかし、マギモネータの姿と、滝のように流れるスパチャの奔流が、脳裏にちらついて離れない。

 

みりあは、そっとスマホを置くと、壁にかかった、少し埃をかぶった姿見の前に立った。

そして、おそるおそる、記憶の中のマギモネータのポーズを真似てみる。

片足を少し前に出し、腰に手を当て、首をこてんと傾ける。

鏡に映ったのは、妖艶な女王などではなく、ただ着慣れない服を着せられた、ぎこちない中学生の姿だけだった。

 

(だ、ダメだ…全然セクシーじゃない…)

今度は、人差し指をそっと自分の唇に当ててみる。上目遣いを意識してみる。

しかし、どうやっても様にならない。自分の身体の線の細さや、あどけなさが、かえって惨めさを助長するようだった。

 

「――ぷっ…」

静寂を破ったのは、部屋の隅で丸くなっていたはずのマギたんの、吹き出すような笑い声だった。

「な、なによ!」

「いやぁ…あまりにもヒドイもんだから、つい笑ってしまったにゅ。みりあ、君には色気がミジンコほども無いにゅ」

 

マギたんは、呆れ果てた様子でやれやれと首を振る。

「そんなギクシャクしたポーズで、誰がスパチャを投げるというんだにゅ。話にならないにゅ」

「う、うるさいわね! やろうとしただけマシでしょ!」

「甘い! 覚悟が足りないのにゅ!」

 

マギたんは、ビシッとみりあを指さした。

「いいかい? ファンサービスっていうのはな、もっとこう、直接的なんだにゅ! 例えば、敵の攻撃で派手に転んでにゅ…パンチラくらいしないとダメにゅ! 視聴者様への最低限の礼儀だにゅ!」

 

「さ、最低よ、このエロ毛玉っ!!」

みりあは、顔を真っ赤にして、近くにあった枕をマギたんに全力で投げつけた。

 

気まずい沈黙の中、二人のスマホが、まるでその空気を断ち切るかのように、けたたましい警告音を鳴らした。

ミスター・リッチからの、新たなプアーズの出現通知だった。

 

指定された現場は、平日の夜更けのオフィス街。

ガラス張りの高層ビルが、まるで墓標のように整然と立ち並び、人気のないアスファルトの道を、信号機だけが虚しく照らしている。週末の歓楽街とは対照的な、無機質で、感情のない空間だった。

 

その一角、ビルの公開空地に設置されたブロンズのオブジェの影で、一人のサラリーマンが、力なくうずくまっていた。

「時間がない…休みもない…俺の人生、全部会社に吸い取られていく…」

彼の足元に散らばるのは、栄養ドリンクの空き瓶と、びっしりと書き込まれた手帳。その絶望的な呟きに呼応するように、彼の影が、まるで生き物のように蠢き始めた。

 

影は、周囲の時間を歪ませながら、具体的な形を成していく。

それは、無数の腕時計の文字盤が溶けて絡み合った、不定形の身体を持っていた。そこかしこから、千切れたネクタイや折れた万年筆が、まるで骨のように突き出している。顔があるべき場所には、長針と短針が狂ったように高速回転する、巨大なアナログ時計が浮かんでいた。

 

プアーズ『タイム・イズ・マネー』。

自分の時間を切り売りし、その対価に心をすり減らし続けた男の、悲痛な叫びが生み出した時間泥棒だった。

 

「キャッシュ・コンバート! アーン・アウト!」

「コネクト・ハート! シェイク・アップ!」

 

無機質なオフィス街に、二人の魔法少女が舞い降りる。ゴールドとシルバーを基調としたマギアリエルの豪奢なドレスも、桜色のフリルが舞うマギラティオの可憐な衣装も、この殺風景な場所では、あまりにも場違いに見えた。

 

プアーズは、狂った時計の顔を二人に向ける。その瞬間、カチリ、と世界から音が消えた。

「え…?」

目の前で、街灯の光が凍りつき、風に舞っていたコンビニのレシートが、空中でぴたりと静止する。

世界から、時間が止められたのだ。

 

マギアリエルとマギラティオだけが、その静止した世界で動くことを許されていた。

しかし、プアーズの姿はどこにもない。

「どこへ…!?」

みりあが叫んだ、その時だった。

 

「――そこだにゅ!」

どこからか、マギたんの緊迫した声が響く。

ハッと後ろを振り返ると、そこには時間が止められる直前の位置に、腕を振り上げたプアーズの姿があった。

そして、次の瞬間、世界の時間が、再び動き出す。

 

ドゴォッ!

マギアリエルは、見えない何かから、強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされた。

敵は、時間を止めている間に移動し、攻撃を仕掛けてきていたのだ。

あまりにも、厄介すぎる能力だった。

 

「くっ…!」

受け身を取り、なんとか体勢を立て直すマギアリエル。

しかし、タイム・イズ・マネーの攻撃は、それだけでは終わらなかった。

 

今度は、世界の動きが、異常な速度で加速し始める。

車のヘッドライトがレーザー光線のように尾を引き、ビルの電光掲示板の文字が目にも留まらぬ速さで流れていく。

「早送り…!?」

 

その加速した世界の中で、プアーズだけが通常の速度で動いていた。相対的に、それは神速の動きに見えた。

「速すぎて、狙いが定まらない…!」

マギラティオが放った光の魔法は、ことごとく虚空を切り、無駄なコストだけが消費されていく。

 

「こうなったら!」

マギアリエルは、広範囲を攻撃できる中級魔法『ペイオフ・ショット』を放とうと、杖を構える。

しかし、その脳裏に、マギモネータの言葉がフラッシュバックした。

『こんな雑魚相手に、いつまで手間取ってるの?』

 

(ダメだ…! こんな序盤で高コストの魔法を使っていたら、また赤字になる…! あの人なら、きっともっと効率よく…!)

 

その一瞬の躊躇が、命取りになった。

プアーズは、マギアリエルの思考の隙を突くように、再び時間を停止させる。

そして、動きが止まった彼女の目の前に移動すると、時間の流れが戻ると同時に、溶けた時計の腕を、鞭のように叩きつけた。

 

「きゃあっ!」

金色のドレスに、黒い染みのようなダメージが刻まれる。

「みりあちゃん!」

マギラティオが、咄嗟に回復魔法をかけるが、その間にもプアーズは時間を操り、二人を翻弄し続けた。

 

戦闘は、完全に泥沼化していた。

時間を止められ、攻撃をくらい、回復する。早送りされ、攻撃を外し、また回復する。

その繰り返しで、二人の財布の中身は、まるで砂時計の砂のように、着実に、しかし容赦なく減っていった。

 

「もう…これしか…!」

追い詰められたみりあは、ついに覚悟を決める。

彼女は、まりんの回復魔法で稼いだほんのわずかな時間で、自分の持てる最大火力の必殺魔法の詠唱を開始した。

「まりん、動きを止めて! 一瞬でいい!」

「わかった!」

 

マギラティオもまた、残されたけなげな財産を全て注ぎ込み、プアーズの足元に絆の檻『コネクト・ケージ』を展開する。

ほんの一秒にも満たない、一瞬の拘束。

しかし、みりあにとっては、それで十分だった。

 

「エンゲージメント・ブレードッ!!」

 

特大の黄金の剣が、時間の歪みごと、プアーズを両断する。

断末魔の代わりに、けたたましいアラーム音を鳴り響かせ、タイム・イズ・マネーは光の粒子となって消滅した。

 

地面には、力なくうずくまるサラリーマンの姿だけが残されていた。

疲労困憊の二人に、追い打ちをかけるように、ミスター・リッチからの冷徹な通知が届く。

 

【プアーズ『タイム・イズ・マネー』討伐任務報告書】

 

基本報酬: +40,000円

 

総消費コスト: -48,000円

 

収支合計: -8,000円

 

またしても、赤字。

「…あぅあぅぁ〜…」

みりあは、汚れたドレスのまま、アスファルトの上にへなへなと座り込んだ。

彼女は、力なく横たわるサラリーマンを見た。そして、自分の手を見た。

魔法を使った代償に、現実のお金が消えていく。それは、まるで、サラリーマンが自分の時間を切り売りしているのと同じではないか。

 

「…私たちの時間も、こうして削られてるのかな…」

 

ぽつりと漏れた、みりあの呟き。

その声は、オフィス街の冷たいアスファルトに吸い込まれ、誰に届くでもなく、消えていった。

お金とは何か。働くとは何か。そして、自分たちの戦いの対価に、本当に見合うものは、一体何なのだろうか。

答えの出ない問いが、重く、みりあの心にのしかかっていた。

 

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