魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜   作:ろくさん

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第14話 お金で守ったもの、守れなかったもの

 

マギモネータの圧倒的な存在感は、二人の心に濃い影を落としていた。

みりあは、コスト計算と「効率」という言葉に、以前にも増して囚われるようになった。まりんは、るなのやり方への反発からか、「心の価値」をより強く信じようとしていた。

同じ場所で戦いながらも、二人の視線は、微妙に違う方向を向いている。その連携の綻びは、まるで時限爆弾のように、静かに時を刻んでいた。

 

その夜、プアーズが出現したのは、再開発の波から取り残された、巨大な立体駐車場だった。

コンクリートが剥き出しの壁、等間隔に並ぶ太い柱、そして床に散らばるガラスの破片。全ての音が不気味に反響する、無機質な迷宮。天井の非常灯だけが、薄気味悪い緑色の光で、静まり返った空間を照らしている。

 

その最上階、月明かりが差し込む吹き抜けのスペースに、それはいた。

 

これまでのプアーズとは、明らかに格が違う。

売れないバンドマンの夢への嫉妬、リストラされた中年男性の社会への憎悪、恋に破れた少女の自己嫌悪。複数の、種類の違う強力な負の感情が混ざり合い、一つの醜悪な形を成した怪物――『デスペア・キマイラ』。

その身体は、見る角度によって、泣き叫ぶ女の顔にも、怒りに歪む男の顔にも見えた。

 

「…やるしかない」

「うん…!」

ぎこちない決意と共に、二人は変身する。

だが、キマイラは、これまでの敵のように単調な攻撃はしてこなかった。

嫉妬の感情が、拘束力の高い粘着弾となり、憎悪の感情が、コンクリートの柱をも砕く重い一撃となる。そして、自己嫌悪の感情が、こちらの精神を蝕む悪意の波動を放ってくるのだ。

 

「きゃっ!」

粘着弾に片足を捕らわれたマギアリエルに、憎悪の鉄拳が迫る。

「させない!」

マギラティオが『コネクト・シールド』を割り込ませ、ギリギリで防ぐ。しかし、その防御の隙を突いて、精神攻撃の波動がマギラティオを襲った。

「――っ!」

一瞬、動きが鈍る。その脳裏に、「本当に自分はみりあの役に立っているのだろうか」という、心の奥底に押し込めていた不安がよぎったのだ。

 

「まりん!」

マギアリエルが、今度はマギラティオを庇う。

完全に、後手に回っていた。二人の連携は噛み合わず、ただお互いを庇い合い、じりじりと消耗していくだけ。魔法コストだけが、無情に積み重なっていく。

 

そして、ついに最悪の瞬間が訪れた。

キマイラが、その全ての負の感情を凝縮させた、極太の破壊光線を放ったのだ。

逃げ場はない。二人分の防御魔法を展開するほどの資金も、時間も残されていなかった。

 

(…ダメだ)

 

みりあが、死を覚悟して、ぎゅっと目を閉じた、その時。

 

「――いつまで、そんな非効率な馴れ合いを演じているつもり?」

 

夜空を切り裂いて、氷のように冷たい声が響いた。

破壊光線の先に、黒紫色の影が舞い降りる。

ピンヒールのロングブーツが、コンクリートの床に、コツン、と冷たい音を立てた。

その背中には、金貨を鎖で繋いだような、みりあのそれとは対照的な、漆黒のマントが揺れている。

 

「マギ…モネータ…!」

「雑魚が二匹いても、所詮は雑魚。見ているだけで、こちらの投資効率が下がるわ」

 

女王は、絶望の化身であるキマイラを、まるで路傍の石でも見るかのように一瞥すると、心底うんざりしたように、ため息をついた。

 

「どきなさい。五分で終わらせる」

 

マギモネータは、有無を言わせぬ覇気を放ち、単身キマイラへと躍り出た。

その戦い方は、みりあたちのそれとは次元が違った。まるで、精密機械と感情論の戦い。彼女の動きには、恐怖や焦りといった感情のノイズが一切存在しない。ただ、冷徹なまでの最適解を、最短時間で実行していくのみ。

 

憎悪の感情が生み出した、コンクリートを砕く剛腕の連撃。マギモネータはそれを、バレエダンサーのように軽やかなステップでいなし、最小限の動きで回避していく。回避と同時に、その巨腕を駆け上がり、敵の懐深くに潜り込む。

 

嫉妬の感情が、拘束力の高い粘着弾を周囲に撒き散らす。しかし、それが放たれるよりも早く、マギモネータは発生源である肩口の泣き顔を、投擲したチャクラムで的確に破壊していた。一切の無駄がない。全ての動きが、敵の機能を停止させるという一点のためだけに、完璧に計算され尽くしていた。

 

だが、デスペア・キマイラもまた、複数の絶望が融合した、これまでで最強の敵だった。

物理攻撃が通用しないと悟るや、その戦術を切り替える。自己嫌悪の感情が生み出す、指向性を持った精神攻撃の波動。それを、ただ一人、マギモネータだけに集中させたのだ。

 

「――っ!」

 

刹那、マギモネータの完璧な動きが、コンマ数秒だけ鈍った。

その鉄の仮面の裏で、どんな悪夢がよぎったのか。それは、誰にも分からない。ただ、ほんの一瞬だけ、彼女のネオンパープルの瞳が、深い苦痛の色に揺らめいたのを、みりあは見逃さなかった。

 

好機。

その、ほんのわずかな隙を、キマイラは見逃さなかった。

残る全ての負の感情を振り絞り、三人を同時に葬り去ろうと、周囲一帯を巻き込む自爆攻撃の予備動作に入る。

ゴゴゴゴゴゴ…!

コンクリートの床に亀裂が走り、凄まじいエネルギーが、まるでブラックホールのように、怪物の身体の中心に渦を巻いていく。空間そのものが、絶望の重さに軋みを上げていた。

 

「まずい! 吹き飛ばされる!」

マギラティオが叫ぶ。

絶体絶命。その、時間が引き伸ばされたような感覚の中で、三人の魔法少女は、一瞬だけ、同じものを見た。

それは、あまりにもか細い、勝機という名の蜘蛛の糸。

 

「まりん、バリア!」

みりあの絶叫が、轟音の中で響いた。

「あの女を、守るの!?」

「いいから、早く!」

 

親友の、なりふり構わぬ必死の形相。まりんは一瞬ためらう。しかし、その瞳の奥にある覚悟を信じ、最後の力を振り絞った。

「コネクト・シールド!」

桜色の光の盾が、精神攻撃で動きの鈍っているマギモネータの前に、滑り込むように展開される。

 

その盾が、自爆の衝撃波の第一波を受け、ガラスのように砕け散った、コンマ数秒。

マギアリエルは、自分の全財産を、そして未来を賭ける覚悟で、黄金の光線を放った。

「ペイオフ・ショット!」

 

だが、その狙いは、敵の中心核ではない。キマイラの巨体が立つ、ひび割れたコンクリートの床、その一点だった。

黄金の光が炸裂し、凄まじい衝撃で床が崩落する。足場を失ったキマイラの巨体が、下の階層へと、無防備な背中を晒しながら落下していく。

 

「――もらったわ」

 

落下する絶望の塊。マギモネータが、その一瞬の好機を逃すはずもなかった。

回復した彼女は、自らも奈落へと身を躍らせる。その姿は、獲物を追う、美しき猛禽。

「メレトリクス・ディール!」

黒紫色の閃光が、落下するキマイラの核を、寸分の狂いもなく貫いた。

 

凄まじい爆音と衝撃。

煙が晴れた後、そこには、巨大なクレーターと化した立体駐車場と、月明かりの下、ボロボロになって佇む三人の魔法少女の姿だけが残されていた。

 

「…なぜ、私を庇った」

マギモネータが、低い声で問う。その完璧な衣装のあちこちが破れ、白い肌が覗いていた。

「別に…あなたのためじゃない。そうするのが、一番効率的だと思っただけよ」

みりあは、精一杯の強がりで答えた。

 

「ふん、くだらない」

マギモネータが背を向け、去ろうとする。その時だった。

「待って!」

まりんが、傷ついた身体を引きずりながら、彼女に問いかけた。

 

「どうして、あなたはそんな戦い方をするの!? 身体を張ってまで、心をすり減らしてまで…どうして、そんなにお金が必要なの!?」

 

純粋な、あまりにも真っ直ぐな問い。

その言葉にマギモネータの足がぴたりと止まった。

彼女は、ゆっくりと振り返る。そのネオンパープルの瞳には、いつも宿っているはずの冷徹な光はなく、深い底なしの闇が広がっていた。

 

「…綺麗事ね」

彼女は、吐き捨てるように言った。

「あんたみたいなお花畑の頭じゃ、到底理解できないでしょうね」

 

そして、彼女は、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、ぽつり、ぽつりと、言葉を紡いだ。

 

「…昔、私にもいたのよ。たった一人だけ、信じられる友達が…」

「…え…」

「そいつが、病気になった。手術すれば助かる、簡単な病気だった。…ただ、金が、なかった」

 

その声は、乾いていた。感情というものが、全て抜け落ちてしまったかのように。

 

「私が、汚い仕事をして、必死で金を集めている間に…あいつは死んだわ。金がなかったから、ただ、それだけで」

 

マギモネータは、自嘲するように、ふっと笑った。

その笑顔は、みりあがこれまで見た、どんな悲しい顔よりも、痛々しく見えた。

 

「金がなきゃ、親友一人、救えないのよ。…この、クソみたいな世界ではね」

 

それだけを言い残し、彼女は今度こそ、闇の中へと姿を消した。

 

後には、ただ、呆然と立ち尽くす二人だけが残された。

まりんは、彼女の悲痛な言葉に、返す言葉を見つけられずにいた。

そして、みりあは――。

 

(お金で、家族を幸せにしたい…)

 

その、自分の戦う理由が、ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚に、ただ、打ちのめされていた。

お金があっても、守れないものがある。

そして、お金がなかったせいで、守れなかった者がいる。

 

 

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