魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜 作:ろくさん
マギモネータとの共闘、そして彼女が背負う過去の断片に触れてから数日。
羽川みりあと雪代まりんの間には、以前とは質の違う、重たい沈黙が流れていた。
それは、ただの気まずさではない。それぞれが「お金」と「正義」という、あまりにも根源的な問いを抱え、その答えを見つけられずにいる苦しみだった。みりあは、るなの圧倒的な「正しさ」を否定しきれず、まりんは、彼女の深い「悲しみ」を拭う術を持たない。二人の友情は、初めて、共通の答えを持てない壁に突き当たっていた。
その、出口のないトンネルを彷徨う二人のスマホに、ある日、ミスター・リッチから一斉通知が届いた。
それは、これまでのビジネスの常識を根底から覆す、あまりにも一方的で、冷徹な市場介入の宣告だった。
『【重要】市場変動に関する事前告知。明日0時より72時間限定で、全魔法少女の魔法行使コストに"変動相場制"を試験導入する。市場の流動性に対する各員の適応能力を査定する。健闘を祈る』
「へ、変動相場制…?」
経済ニュースでしか聞いたことのない言葉に、みりあは眉をひそめる。
その隣で、いつの間にか現れたマギたんが、ポテチの袋を抱えながら、やれやれといった様子で解説を始めた。
「大変だにゅ! つまり、魔法の値段が、株価みたいにリアルタイムで上がったり下がったりするってことだにゅ! 今まで100円だった魔法が、次の瞬間には1,000円になるかもしれないし、逆に10円になるかもしれない。地獄の始まりだにゅ!」
「そ、そんな無茶苦茶な…! 戦いの最中に、値段が変わるなんて!」
「無茶苦茶じゃないにゅ。市場(マーケット)とは常に動くもの。クライアント様は、君たちの市場への対応能力…つまり、どれだけ目まぐるしい変化の中で利益を出せるか、その『商人』としての資質をテストしたいのにゅよ」
さらに、追い打ちをかけるように、ミスター・リッチから新たなサービスが提示される。
『魔法信託(マジック・トラスト)』
内容:手持ちの資金の一部を預ける(投資する)ことで、変動相場制期間中の戦闘成果に応じて利息(リターン)が得られる。
注意:投資した資金は、72時間の期間中、引き出すことはできない。ハイリスク・ハイリターンな案件を成功させるほど、利率は飛躍的に上昇する。
「は、働かなくても…お金が、増える…!?」
みりあの目が、¥マークに変わった。先日の赤字で、風前の灯火となった預金通帳の残高が、脳裏をよぎる。虎の子の貯金を、ここに投資すべきか否か。それは、彼女のなけなしの全財産を賭けた、人生最大の決断だった。
父の手術代。家のローン。日々の食費。その全てが、天秤の上で、激しく揺れ動いていた。
「なんだか、怖いよ…。ギャンブルみたい…」
まりんが、不安げな表情でみりあの袖を引く。
その頃、豪華な自室で同じ通知を受け取った鬼道院るなは、そのスマホの画面を一瞥すると、何の躊躇もなく、自分の資産の大半を『魔法信託』へとつぎ込んでいた。
「市場ってのは、臆病者から金を奪い、勇気ある者に富を与えるためにあるのよ」
彼女は、窓の外に広がる宝石箱のような都会の夜景を見下ろし、グラスに注いだ高級そうな水を一口飲むと、不敵に微笑んだ。
翌日。新たなプアーズが出現した。
現場は、かつて好景気に沸いた巨大な商業施設の跡地。今はもうガラスは割れ、壁には蔦が絡み、バブルの夢の残骸だけが、虚しく広がっている。床に散らばるガラス片が、西陽を浴びて、まるで涙の粒のようにきらきらと輝いていた。
その中央、吹き抜けになった広場に、それはいた。
巨大なスライム。しかし、その体はただの粘液ではなく、虹色の光を放つ、美しいシャボン玉の集合体だった。きらきらと輝き、生まれては弾けて消えるその姿は、一見すると無害で、儚くさえ見える。
プアーズ『バブル・スライム』。
一瞬の夢に全てを賭け、そして弾けて消えた人々の、甘く、そして虚しい欲望の集合体だった。
そして、そのプアーズは、周囲の空間そのものを歪める、特殊な波動を放っていた。
みりあのスマホの画面に表示された、魔法コストの数字が、まるで故障した株価ボードのように、目まぐるしく上下し始める。
【ペイオフ・ショット】
現在コスト:¥52,800 (↑)
現在コスト:¥89,100 (↑↑)
現在コスト:¥12,400 (↓↓)
「うそ…! 1万円の魔法が、9万近くに高騰してる…!」
かと思えば、次の瞬間には1万円台に暴落する。あまりにも不安定で、悪意に満ちた市場。
その混乱の戦場に、三人の魔法少女が、それぞれの思惑を胸に、同時に舞い降りた。
コスト表示に翻弄され、血の気の引いた顔でスマホを睨みつける、マギアリエル。
目の前の怪物よりも、その不安定な状況そのものに、純粋な恐怖を感じている、マギラティオ。
そして、圧倒的な資金力を背景に、この混沌の市場すら支配しようと、全てを見下すように君臨する、女王、マギモネータ。
三者三様の、運命のゴングが、今、鳴った。
戦いは、混沌を極めた。
バブル・スライムが放つ虹色の波動は、魔法コストを強制的にインフレ/デフレさせる。
インフレ状態の時、魔法は凄まじい勢いで高騰する。100円の『スモール・コイン・ショット』が1,000円に跳ね上がり、マギアリエルの金色の衣装の輝きが、心なしかくすんで見える。金の価値が暴落したかのように、その光沢は鈍く、重々しくなる。
逆にデフレ状態の時、魔法コストは暴落する。10万円の必殺技が1万円で撃てる、まさに「タイムセール」状態。その瞬間、マギアリエルのドレスは、眩いばかりの黄金の輝きを放った。
「今だ! デフレ! 撃てぇっ!」
しかし、みりあが叫んでも、その時にはもう市場は反転し、インフレの渦に飲み込まれている。スマホのコスト表示に一喜一憂するあまり、彼女は全く戦いに集中できていなかった。
「今じゃない、まだだ、今だ!…って、遅いぃぃぃ!」
その姿は、魔法少女というより、モニターに張り付いて絶叫する、負け組のデイトレーダーそのものだった。
一方、マギモネータの戦い方は、冷徹なまでに計算され尽くしていた。
インフレでコストが高騰している時、彼女は一切攻撃をせず、最小限の防御魔法だけで、あえて敵の攻撃を受け流す。まるで、市場の嵐が過ぎ去るのを待つ、熟練の投資家のように。そのネオンパープルの瞳は、敵ではなく、常に市場全体の流れ、その先の未来を読んでいた。
そして、デフレの「タイムセール」に切り替わる、ほんのコンマ数秒の兆候を捉える。
「――好機(かい)ね」
彼女は、魔法信託で得た莫大な利息を元手に、暴落したコストの最強必殺魔法『メレトリクス・ディール』を、何の躊躇もなく叩き込む!
その戦い方は、市場の波を完璧に乗りこなす、圧巻のパフォーマンスだった。ミスター・リッチからも『見事なコスト管理だ。君のポートフォリオは現在プラス20%の含み益を計上している』と、賞賛の通知がリアルタイムで届いていた。
その中で、ただ一人、まりんだけが市場を無視していた。
「私が信じるのは、お金の値段じゃない! 人の想いの価値だもん!」
彼女は、インフレで天文学的な金額に跳ね上がったコストも一切無視し、ただ、仲間を守りたいという想いだけで、防御魔法を展開し続ける。しかし、その無謀な戦い方は、彼女のけなげな財布を、急速にすり減らしていった。桜色のドレスの輝きが、見る見るうちに弱々しくなっていく。
追い詰められたバブル・スライムは、街の中心部で自爆しようと、その虹色の身体に、凄まじいエネルギーを溜め始める。
それを止めるには、超高額な必殺魔法を叩き込むしかない。
だが、運悪く、魔法コストは史上最悪の大インフレ状態に突入していた。スマホの画面には、天文学的な数字が、赤い警告色で点滅している。
「む、無理だよ…! こんなの撃ったら、自己破産しちゃう…!」
絶望するみりあの前で、まりんが、静かに、しかし毅然として前に出た。
「みりあちゃん、聞いて。私のお母さんが言ってた。『お店っていうのは、お金を稼ぐ場所じゃない。お客さんの"ありがとう"を、貯金する場所なんだ』って」
彼女は、優しく、しかし力強く微笑んだ。
「私の"投資"は、お金じゃない。商店街のみんな、助けてきた人たち、そして、みりあちゃんとの思い出…私の全財産!」
まりんは、天文学的な金額に膨れ上がったコストを一切無視した。
ただ、守りたいという想いだけで、最大防御魔法『コネクト・シールド・マキシマム』を展開する。
その瞬間、まりんの財布は完全に空になり、光と共に、彼女の変身が解けてしまった。
桜色のドレスが光の粒子となって消え、後には、傷だらけの制服姿で、それでも必死に空に手を伸ばす、一人の少女の姿だけが残されていた。
それは、ミスター・リッチの経済システムにとって、「測定不能な価値(プライスレス)」という、完全なバグだった。
そのバグに、市場はパニックを起こす。
バブル・スライムが生み出していたインフレが、強制的に崩壊(クラッシュ)したのだ!
全ての魔法コストが、一瞬だけ「1円」に暴落する。
「まりん…! あなたの"投資"、絶対に無駄にはしない!」
涙を流しながら、みりあは、財布に残っていたけなげな数百円を握りしめる。そして、たった1円になった必殺魔法に、自分の全ての想いを込めて叫んだ。
「エンゲージメント・ブレードッ!!」
黄金の斬撃が、バブルの夢を、綺麗に切り裂いた。
戦いの後、二人の手元に残った報酬は、わずかだった。
しかし、ミスター・リッチから、異例の通知が届く。
『マギラティオの行動により、当市場に"信用"という新たな価値が創出されたことを確認した。これを特別配当金として、両名に分配する』
それは、失った分を補うには十分な金額だった。
みりあは、自分の部屋に戻ると、家計簿に、新しい項目を書き加えた。
『まりんとの友情:プライスレス』
お金では測れない価値があることを、彼女はまた一つ学んだ。