魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜   作:ろくさん

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第21話 心に届け、私たちの値札(こえ)

 

夜のコンビナートを支配していたのは、炎の赤と、煙の黒。

そして今、その二色を塗りつぶすように、第三の色が、世界を侵食し始めていた。

血のように深く、禍々しい、絶望の深紅。

 

「――殺す」

 

鬼道院るな――いや、親友を救えなかった罪悪感(ギルティ)に魂を喰われた怪物は、その憎悪に濡れた深紅の瞳を、ゆっくりと、みりあとまりんへと向けた。

彼女から噴き出す、制御不能の黒紫色のオーラは、周囲の鉄骨を軋ませ、アスファルトをひび割れさせる。それはもはや魔力ではない。ただ、世界の一切を拒絶し、破壊せんとする、純粋な負の感情の奔流だった。

 

「るなさん…!」

まりんの悲痛な叫びも、もう届かない。

目の前にいるのは、自分たちが知っている、あの孤高で美しかった女王ではない。ただ、心の傷口から血を流し続け、痛みに耐えきれず、獣のように唸り声を上げる、一人の、傷ついた少女の亡霊だった。

 

みりあは、ボロボロの身体に鞭打ち、まりんの前に立つ。その黄金の瞳には、恐怖も、絶望もなかった。ただ、これから自分が成すべきことを見据える、凪いだ、深い覚悟の色だけが宿っていた。

 

「まりん、聞いて」

その声は、驚くほどに、静かだった。

「これは、討伐じゃない。…救済よ」

「…うん…!」

まりんもまた、涙を拭い、強く頷く。

 

「彼女の攻撃は、全部、心の叫びだ。だから、私たちは、絶対に攻撃魔法を使わない」

「うん…!」

「私たちの全財産を、彼女の心に届かせるためだけに使う。たとえ、この戦いが終わって、私たちに一円も残らなくても」

「うん…! わかってる!」

 

二人の魔法少女は、視線を交わした。

そこに、もう迷いはなかった。

これは、ビジネスではない。これは、赤字とか、黒字とか、そんなちっぽけな話ではない。

これは、一人の友達を、地獄の底から救い出すための、あまりにも無謀で、尊い戦いなのだ。

 

「グルルルル…アアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

獣の咆哮と共に、暴走したマギモネータが動いた。

その動きは、以前の洗練されたものではない。ただ、憎悪と苦痛に突き動げられる、予測不能な破壊の化身。

彼女の背後から、血に濡れたような赤い鎖が、無数に射出される。それは、コンクリートの床をいとも容易く穿ち、爆発的な勢いで二人へと襲いかかった。

 

「マネー・バリア!」

「コネクト・シールド!」

 

黄金の盾と、桜色の盾。二つの防御魔法が、同時に展開される。

ガギィィィンッ! ドゴォォォンッ!

凄まじい衝撃。それは、これまで受けてきたどんな攻撃よりも、重く、鋭く、そして、悲しかった。まるで、マギモネータ自身の魂の重さが、そのまま物理的な質量となって、二人を打ちのめしているかのようだった。

 

バリアには、瞬く間に無数の亀裂が入る。その亀裂から、るなの悲しみが、憎しみが、黒い霧となって流れ込んでくる。

二人の財布から、諭吉が、一葉が、光の粒子となって虚しく蒸発していく。ただ、耐えるだけで、けなげな貯金が、ごうごうと燃え盛る炎のように消えていくのだ。

 

「消えろ…! 私の前から、消えろぉっ!」

マギモネータは、獣のように叫びながら、さらに攻撃を繰り出す。

地面から、後悔の結晶のような黒い礫(つぶて)が、無数に突き出し、二人の足場を奪う。空からは、憎悪の茨が、雨のように降り注ぐ。

 

 

その戦場から少し離れた、半壊した柱の瓦礫の上。まるで、地獄のコロッセオの特等席に陣取る観客のように、二匹の妖精が、その光景を眺めていた。

 

「おい、フラたん! どういうことだにゅ、これは! 契約違反も甚だしいにゅ!」

ピンク色の毛玉、マギたんが、怒りでその全身の毛を逆立てながら叫ぶ。

「魔法少女同士を戦わせるなんて、聞いてないにゅ! これじゃあ、どっちが勝っても損害しか生まない! 共倒れだにゅ! なんて非効率な!」

 

その隣で、歪んだ笑顔のピエロ、フラたんは、うっとりと、恍惚の表情で、その惨状を見つめていた。

「くふふふ…最高じゃないかノン…! これだよ、これが見たかったんだノン!」

「最高なわけがあるか、この外道!」

「お前には分からないのんよ、マギたん。お前がチマチマ稼いでるはした金なんぞより、よっぽど価値がある。魂が、砕け散る瞬間の、この輝き! 苦痛と絶望に歪む、あの美しい顔! これこそが、至高のエンターテイメントだノン!」

フラたんは、狂喜に身をよじらせながら、エクスタシーに満ちた声で叫んだ。

 

「お前の『商品』は、完全に制御不能じゃないか!」

「制御? 馬鹿を言うなノン。これが、彼女の本当の姿。ボクが、丹精込めて育て上げた、最高の『作品』だノンよ! さあ、あの綺麗事の魔法少女たちが、いつまで耐えられるか…見ものだノン!」

 

その、赤い絶望の嵐の中を、みりあとまりんは、ただ、ひたすらに耐え続けた。

攻撃はしない。ただ、防御魔法を張り、回復魔法をかけ、一歩、また一歩と、ゆっくりと、しかし確実に、マギモネータとの距離を詰めていく。

 

「なんで…! なんで反撃してこない…!」

マギモネータの攻撃に、戸惑いの色が混じり始める。

「戦えよ! 私を、壊せよ! 楽にしてくれよぉっ!」

その叫びは、もはや悲鳴に近かった。

 

「戦わない!」

みりあは、バリアの向こう側から、叫び返した。

「私たちは、あなたを壊しに来たんじゃない! 助けに来たの!」

「助けるだと…? ふざけるな…! 金にもならないことに、命を張るな! お前たちも、貧乏になるだけだぞ…!」

 

その言葉に、みりあは、ふっと、本当に、本当に、穏やかに微笑んだ。

それは、彼女が魔法少女になってから、初めて見せた、心からの笑顔だったかもしれない。

 

「友達を助けるのに、損得なんて、関係ないでしょう?」

 

その、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも愚直で、あまりにも、眩しすぎる言葉。

それが、マギモネータが幾重にも張り巡らせていた心の壁…「金がなければ何も守れない」という、血を吐くような努力で作り上げた、たった一つの信念を、正面から、木っ端微塵に打ち砕いた。

 

「――ぁ…」

 

マギモネータの猛攻が、ぴたりと止んだ。

みりあの、あまりにも真っ直ぐで、愚直な言葉。それが、彼女が幾重にも張り巡らせていた心の壁…「金がなければ何も守れない」という、血を吐くような努力で作り上げた、たった一つの信念を、正面から、木っ端微塵に打ち砕いたのだ。

その、ほんの一瞬生まれた隙。それは、二人にとって、十分すぎるほどの、最後の好機だった。

 

「…まりん」

「…うん」

 

もう、言葉はいらなかった。視線を交わしただけで、二人の覚悟は、一つになる。

みりあは、その手に握りしめていた杖『ワンド・オブ・クレジット』を、まりんは、心の支えであったはずの杖『スタッフ・オブ・チアーズ』を、そっと、コンクリートの床に置いた。

攻撃魔法を撃つためではない。これから成すことに、武器は必要ないからだ。

 

二人は、それぞれの腰にある、けなげな財布に手を添える。

そして、その中身の全てを、自分たちの未来の全てを、最後の魔法のために、解き放った。

 

「「私たちの、全財産(すべて)を、あなたに!」」

 

がま口財布から、ポーチから、黄金の光と桜色の光が、奔流となって溢れ出す。それは、攻撃的な魔力ではない。これまで二人が稼いできた、けなげなバイト代。プアーズを倒して得た、なけなしの報酬。その、一つ一つのお金に込められた、汗と、涙と、想いの全て。

その光は、二人の身体を包み込むと、武器の形ではなく、ただ、温かい、どこまでも優しいオーラへと変わっていった。

 

「やめて…」

マギモネータが、か細い声で呟く。

「こっちに来ないで…私に、触らないで…!」

彼女は、後ずさる。その瞳には、先程までの狂気はなく、ただ、怯える子供のような色が浮かんでいた。

 

しかし、二人は止まらない。

ボロボロの身体を引きずり、一歩、また一歩と、ゆっくりと、しかし確実に、彼女との距離を詰めていく。

マギモネータの身体から、拒絶するように、再び憎悪の茨が、後悔の礫が、嵐のように吹き荒れる。

 

だが、みりあとまりんは、もう防御魔法を展開しない。

その身に、無数の切り傷を刻みながら、破れたドレスをさらに引き裂かれながら、その痛みの嵐の中を、ただ、まっすぐに歩いていく。

彼女の痛みを、その身で、受け止めるために。

 

そして、ついに、三人の距離がゼロになった。

みりあは、正面から。まりんは、そっと背後から。

逃げ場を失った、傷だらけの女王の身体を、二人は、自分たちの全てを込めて、強く、強く、抱きしめた。

 

「プライスレス・ハグ」

 

それは、魔法というには、あまりにも無防備で、不器用な技だった。

しかし、その瞬間、マギモネータの魂に、二人の心の奔流が、直接流れ込んでいった。

 

まりんの心からは、スナック来夢の温かい光景が。常連客たちの屈託のない笑い声、母の優しい歌声、カウンター越しに交わされる、何気ない「ありがとう」の温もり。お金では買えない、『居場所』の価値が。

 

みりあの心からは、羽川家の食卓の風景が。スーパーの特売品で作った、決して豪華ではないけれど、温かい夕食の匂い。自分のことを案じてくれる、母の優しい手。無理をしないでほしいと願う、父の不器用な笑顔。お金よりも、ずっと守りたかった、『家族』の価値が。

 

その、あまりにも温かく、あまりにも眩しい光が、るなの心の奥底に凍りついていた、孤独と絶望の氷を、ゆっくりと、しかし確実に、溶かしていく。

 

「あ…あ…」

 

彼女の身体を縛り付けていた、血に濡れたような赤い鎖が、ガラスのように砕け散る。

肌に浮かび上がっていた、茨のような黒い紋様が、涙の雫のように流れ落ちて消えていく。

狂気に濡れた深紅の瞳から、憎悪の色が抜け落ち、元の、傷つきやすいネオンパープルの瞳へと戻っていく。そこから、堰を切ったように、大粒の涙が、止めどなく、止めどなく、溢れ出した。

 

「う…あ…ああ…あああああ…っ!」

 

それは、言葉にならない、魂の嗚咽。

親友を失ったあの日から、ずっと一人で泣くことすらできなかった、少女の、初めての涙だった。

マギモネータの変身が解け、鬼道院るなは、ただの傷ついた少女に戻ると、二人の腕の中で、子供のように、声を上げて泣きじゃくった。

 

戦いは、終わった。

夜が明け始め、コンビナートの向こうから、再生を告げるかのような、優しい朝日が差し込み始める。

三人の変身は、完全に解けていた。後には、傷だらけになり、制服もボロボロになった、三人の女子中学生の姿だけが残されている。

 

ピロリン♪

静寂の中で、みりあのスマホが、最後の通知を告げた。

震える手で画面を見ると、そこには、ミスター・リッチからの、冷徹な、しかし、どこか滑稽にすら見える、最終報告が記されていた。

 

【災害級プアーズ『ギルティ・タイラント』鎮圧任務報告書】

 

基本報酬(災害鎮圧): +1,000,000円 (共同撃破)

 

総消費コスト: -3,852,400円

 

収支合計: -2,852,400円 (※自己破産)

 

にひゃくはちじゅうごまんにせんよんひゃくえん、の、大赤字。

その、絶望的な数字を見て、みりあは。

 

「…ふふっ」

 

静かに、笑った。

そして、腕の中で眠るように泣き疲れたるなの頭を、そっと撫でた。

お金は、全て失った。

でも、私たちは、勝ったのだ。

お金では、絶対に買うことのできない、たった一つの宝物を、この手で、守り抜いたのだから。

 

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