魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜   作:ろくさん

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第23話 最後の値決め

 

世界から、価値が消えていく。

それは、まるで世界の彩度とコントラストが、絶対的な『ゼロ』へと収束していくような、緩やかで、抗いようのない終焉だった。

鉄の匂いも、潮の香りも、熱さも、冷たさも、全ての意味が均一化され、ただの情報の羅列へと成り下がっていく。

 

「だめだ…! 私のシステムでは、この現象は定義できない…! 『無』という概念は、利益を生み出さない、ただのバグだ…!」

狼狽するミスター・リッチの絶叫が、価値を失った空間に虚しく響く。

 

その、世界の支配者の悲鳴を聞いて、一匹の毛玉が、ピーンと耳を立てた。

みりあの足元で、恐怖に震えていたはずのマギたん。彼の小さな脳みそが、この世界の終焉を、自分にとって、あまりにも都合のいい情報へと、瞬時に変換したのだ。

 

「…ほにゅ?」

マギたんのつぶらな瞳が、きょとんと大きく見開かれる。そして、次の瞬間。

 

「と、徳政令だにゅぅぅぅぅっ!? 助かったにゅぅぅぅぅっ!!」

 

マギたんは、瓦礫の上をぴょんぴょんと跳ね回り、狂喜乱舞する。

「借金が、あのマイナス285万が、チャラになったにゅ! もう取り立てに怯えなくていいにゅ! 毛皮を剥がされなくて済むにゅ! やったにゅ! やったにゅー!」

 

その、あまりにも場違いな狂喜を、冷ややかに見下ろす影があった。

近くの鉄骨の上に、いつの間にか、歪んだ笑顔のピエロ、フラたんが、ゆらりと姿を現していた。

 

「くふふ…この期に及んで、まだカネの話かノン。本当に、救いようのない毛玉だノンねぇ」

「な、なんだとぉ! お前には分からんだろうが、これは一大事だにゅ! 借金からの解放! 自由の始まりだにゅ!」

「だから救いようがないと言っているんだノンよ」

 

フラたんは、心底呆れ果てたように、やれやれと肩をすくめた。

「いいかい、毛玉。これは、お前の借金が『ゼロになった』んじゃない。『円』という価値そのものが、この世界から消滅したんだノン。お前の借金も、ボクの儲けも、あの女が稼いだはした金も、全てが等しく『無意味』になった。ただそれだけだノン」

「む、むいみ…?」

「そうさノン。お前が心配していた、そのプリチーな毛皮も、今や何の価値もないガラクタだノン。誰も買やしないノンよ。くふふふふ!」

 

フラたんの下卑た嘲笑。マギたんの、意味が分からず固まる顔。

その、低レベルなやり取りは、しかし、今の羽川みりあの耳には、もう届いていなかった。

 

彼女は、不思議なほどに穏やかだった。

隣で気を失っているるなの冷たい手を、両手でそっと包み込む。そして、不安げに自分を見つめるまりんに、力強く頷いてみせた。

 

(お金は、もうない)

(でも、ゼロじゃない)

 

みりあの胸の中心、心臓がある場所から、小さな、しかし消えることのない金色の光が、温かく灯る。

父の手術の成功を祈る、この気持ち。

母の疲れた肩を、楽にさせてあげたいと願う、この想い。

何よりも、目の前にいる、このかけがえのない親友たちを、絶対に失いたくないという、この覚悟。

それは、どんな大金にも換算できない、羽川みりあという人間の、根幹を成す『価値』そのものだった。

 

「…行くよ、まりん」

「うん…!」

 

まりんの胸からも、商店街の人々の笑顔、母との思い出、そしてみりあへの友情が編み込まれた、どこまでも温かい桜色の光が灯る。

二つの光は、色を失ったこの世界で、まるで原初の星のように、あまりにも鮮やかに輝いていた。

 

「な…なんだ、その光は…? 私のシステムが、未知の価値…『TP(トラストポイント)』を観測している…? 再起動、急げ…!」

ミスター・リッチが叫ぶ。

 

だが、もう、彼の許可も、彼のシステムも、必要ない。

少女たちは、自分たち自身の価値を対価に、最後の変身を遂げる。

 

みりあは、天を仰いだ。その瞳には、天頂で全てを喰らおうとする『虚無市場』が、はっきりと映っていた。

「お金(コスト)じゃない! 私の全て(かち)を、この想いを対価に!」

彼女の絶叫に、胸の金色の光が呼応する。

 

「――『家族への愛(ファミリー・クレジット)』! キャッシュ・コンバート!」

 

それは、もはや金銭を変換する呪文ではなかった。

黄金の光が、彼女の身体を包み込む。現れたのは、これまでの豪華絢爛なドレスとは全く違う、気高く、そして慈愛に満ちた姿だった。

ドレスは、磨き上げられた金塊ではなく、まるで夕陽の光をそのまま織り上げたかのような、温かいゴールドのシルクでできている。胸元には、家族の絆を象徴するかのように、三つの小さな宝石が、心臓のように優しく明滅していた。背中には、金貨のマントではなく、大切なものを守るための、純白のヴェールが、穏やかに揺れている。

その姿は、富の象徴ではなく、愛の守護者そのものだった。

 

 

隣で、まりんもまた、強く、そして優しく、その想いを叫ぶ。

「思い出(メモリー)じゃない! 今、ここにある、この繋がりを対価に!」

桜色の光が、奔流となって彼女の身体を包む。

 

「――『仲間との絆(コネクト・ハート)』! シェイク・アップ!」

 

現れたマギラティオの姿もまた、以前のそれとは一線を画していた。

ドレスにあしらわれた無数のリボンは、一本一本が、彼女がこれまで繋いできた人々の想いを象徴するかのように、淡い虹色の光を放っている。スカートのフリルは、桜の花びらから、決して枯れることのない、常緑樹の葉のモチーフへと変わっていた。その手に握られた杖からは、カクテルグラスの代わりに、決して尽きることのない温かい光を注ぐ、聖杯のような輝きが放たれている。

その姿は、刹那的な声援(エール)の結晶ではなく、永遠の絆の集合体だった。

 

新たな力をその身に宿した二人の魔法少女は、そっと、るなの身体を横たえると、真の敵――『虚無市場』へと、対峙した。

その、天頂に空いた『無』の穴から、第一波の攻撃が、音もなく、放たれる。

それは、光線でも、衝撃波でもない。

ただ、『意味を奪う、無色の霧』だった。

 

霧に触れた、コンビナートの鉄骨が、一瞬にしてその存在意義を失い、ただの原子の塊となって、砂のように崩れ落ちていく。

霧が、地面を覆う。アスファルトは、「道を舗装する」という価値を忘れ、ただの黒い砂利へと還っていく。

あまりにも静かで、あまりにも、絶対的な、終焉の力。

 

「――来なさい!」

 

マギアリエルは、その終焉の霧の前に、毅然として立ちはだかった。

彼女は、杖を構えない。ただ、両腕を広げ、自らの身体を盾にする。

「マネー・バリアじゃない…! 私の家族が、私を信じてくれる、この想いの盾! 『ファミリー・シールド』!」

 

彼女の身体から、夕陽のような温かい光が放たれ、無色の霧を真正面から受け止める。

ジュウウウウウッ、と、世界そのものが蒸発するような、凄まじい音が鳴り響いた。

『守る』という、あまりにも純粋な家族の愛の価値を、絶対的な虚無は、まだ、消し去ることができないでいる。

 

「すごい…これが、お金じゃない、本当の『価値』の力…!」

マギラティオが、息をのむ。

「まだよ! 私たちだけで、世界を元に戻す!」

マギアリエルが叫ぶ。

 

心そのものの光に照らし出された二人の姿は、灰色に褪せていく世界に残された、最後の価値の砦だった。

世界の魂の値段を決める、最後の戦いが、今、始まったのだ。

 

マギアリエルの『ファミリー・シールド』は、確かに虚無の侵食を防いでいた。

だが、それは、あまりにもか細い防衛線だった。世界の終わりという絶対的な濁流を、たった一枚の板で、必死に堰き止めているようなもの。

ジュウウウウウッ、と。

夕陽色の光の盾に、無色の亀裂が走る。その亀裂から、概念を消し去る霧が、じわり、じわりと、この世界に漏れ出してくる。

 

「くっ…! きりがない…!」

マギアリエルは、歯を食いしばる。防御するだけで、彼女の『家族への愛』という名の魔力(コスト)は、凄まじい勢いで削られていた。このままでは、ジリ貧だ。

 

「私が、攻撃する!」

マギラティオが、一歩前に出る。その聖杯のような杖の先端に、彼女がこれまで繋いできた、全ての絆の輝きが、桜色の光となって収束していく。

「この想い、ゼロになんてさせない! コネクト・アロー!」

放たれた光の矢は、天頂に空いた『無』の穴――虚無市場の心臓部へと、一直線に突き進む。

 

しかし。

桜色の光が、虚無に触れた瞬間、まるで黒い紙にインクが吸い込まれるように、音もなく、意味を失って霧散してしまった。

「そん…な…」

マギラティオの顔に、絶望の色が浮かぶ。

絆も、友情も、この絶対的な『無』の前では、届きすらしなかったのだ。

 

防戦一方のみりあ。攻撃の通じないまりん。

世界の終焉を前に、二人の少女の心が、再び絶望の灰色に染まりかけた、その時だった。

 

「――うるさい」

 

か細く、しかし、凛とした声が、二人の背後から響いた。

ハッと振り返ると、そこに、いつの間にか、鬼道院るなが、静かに立ち上がっていた。

そのネオンパープルの瞳には、もう狂気も、絶望もない。ただ、全てを受け入れたかのような、静かで、深い覚悟の色だけが、宿っていた。

 

「あんたたちのそのキラキラした光…眩しくて、反吐が出るほど、むかつくのよ」

るなは、ふらつく足で、一歩、また一歩と、二人の隣へと歩みを進める。

「でも…温かいのね。…忘れていたわ。あいつの手も、こんな風に、温かかった…」

彼女の瞳に、涙の膜が張る。しかし、それは、もう絶望の涙ではなかった。

 

みりあとまりんの光が、るなの凍てついていた心に、最後の種火を灯したのだ。

(ごめんね…まゆ)

心の中で、たった一人、守れなかった親友の名を呼ぶ。

(あんたの思い出まで、こんな『無』になんて、絶対にさせてやらない)

(だから、見てて。これが、私の――)

 

るなの、ボロボロになった制服の胸元から、白銀の光が、激しく溢れ出した。

「――『贖罪の覚悟(リデンプション・プライド)』! キャッシュ・コンバート!」

 

それは、彼女が、自分の罪と過去を全て背負い、それでも未来のために戦うと決めた、魂の絶叫。

白銀の光が、天を衝く柱となって、るなの身体を包み込む。

彼女を縛り付けていた、黒紫色の魔力の残滓が、光の中で浄化され、ガラスのように砕け散っていく。

現れたのは、もはや夜の女王ではない。

 

その身を包むのは、レザーのドレスではなく、罪を洗い流すかのように純白で、しかし、どんな攻撃も通さない鋼の意志を感じさせる、白銀の騎士甲冑。腰に巻かれていた万札のベルトは、自らを戒めるかのように、銀の鎖でできた、質素だが気品のあるベルトへと変わっている。その瞳は、もはやネオンパープルではない。犯した罪の紫色を、より気高く昇華させた、アメジストのような、澄んだ紫色に輝いていた。

 

「私は、マギモネータではない。過去の亡霊は、もう捨てた」

彼女は、その手に、白銀に輝く、巨大な断罪の剣を握りしめる。

「我が名は、マギアルゲントゥム。…ただの、罪人よ」

 

新たな魔法少女の誕生。その姿に、ミスター・リッチが、驚愕と、そして歓喜の入り混じった声で叫んだ。

「観測ッ! 新たなTPの発生を確認! カテゴリーは…『贖罪』! システム、再起動完了! 市場価値、再定義を開始する!」

 

マギアルゲントゥムは、みりあとまりんの前に立つ。

「どきなさい。道は、私が斬り開く」

「るなさん…!」

「感傷に浸るのは、後。…生きて、帰れたらね」

彼女は、そう言うと、断罪の剣を構え、虚無の霧へと、単身、突撃した。

 

「シルバー・パージ!」

白銀の斬撃が、無色の霧を切り裂く。

虚無は、その、あまりにも強固な『個』の意志を、消し去ることができない。霧は、悲鳴を上げるように、左右に分かれた。

 

道が、できた。

「今よ!」

「うん!」

みりあとまりんが、マギアルゲントゥムの両脇を固める。

黄金の守護者、マギアリエル。

桜色の支援者、マギラティオ。

そして、白銀の断罪者、マギアルゲントゥム。

 

三人の少女が、それぞれの価値を、それぞれの想いを胸に、一つになる。

「「「私たちの『価値』で、この世界を、取り戻す!!」」」

三色の光が、一つに混じり合い、世界の全てを塗りつぶすほどの、巨大な創世の光の奔流となった。

その光は、天頂の『無』の穴へと向かい、失われた世界の価値を、再定義するために、突き進んでいく。

 

【現在の市場価値】

(通貨単位:TP / トラストポイント)

 

獲得資産(世界の希望): +100,000,000 TP

 

消費コスト(まりんの絆): -1,200,000 TP

 

消費コスト(るなの覚悟): -1,500,000 TP

 

消費コスト(みりあの愛): -2,000,000 TP

 

ミスター・リッチのシステムが、歓喜の悲鳴を上げるように、新たな価値の誕生を、世界に告げていた。

 

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