魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜   作:ろくさん

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第6話 夢の不労所得?

 

あれから一週間。

羽川家には、気まずい沈黙と、湿布の匂いが充満していた。

まりんの腕の傷は、幸いにも数日で塞がった。しかし、みりあの心に深く刻まれた罪悪感という傷は、膿(う)むばかりだった。

 

「…ごめん、まりん」

「ううん、もう気にしてないよ」

 

食卓で、学校の廊下で、帰り道で。みりあが蚊の鳴くような声で謝罪し、まりんが無理に作った笑顔で応える。そんなやり取りが、日に何度も繰り返された。二人の間には、これまでなかった薄いガラスのような壁ができてしまっていた。

 

そして、その微妙な空気を一切読まず、羽川家のリビングを我が物顔で占領しているのが、新入りの同居人だった。

 

「ほにゅ〜! このポテチ、うすしお味で最高だにゅ! みりあ、おかわり!」

「…うちには、そんな余裕ありません」

「ケチケチするなだにゅ! 経営者は、どーんと構えなきゃダメだにゅ!」

 

テレビの前で寝そべり、ポテトチップスの袋を抱えているピンク色の毛玉――経営サポート妖精、マギたん。彼はあの日以来、当然のようにみりあの部屋に住み着き、食費や光熱費などお構いなしに、自堕落な生活を謳歌していた。

その姿は、まるで実家暮らしの無職の兄のようで、みりあのストレスゲージを日々着実に上昇させていた。

 

「そもそも、あんたが来てから一週間、何のサポートもしてないじゃない! プアーズも出てこないし!」

「焦りは禁物だにゅ。市場(マーケット)が動くまで待つのも、優秀な投資家の資質だにゅよ」

 

そう言って、マギたんはリモコンを器用に操作し、ワイドショーにチャンネルを合わせた。

『――続いてのニュースです。本日未明、サマージャンボ宝くじの一等7億円の当たりくじが、都内の宝くじ売り場から出たことが分かりました。当選者はいまだ名乗り出ておらず、億万長者の誕生に、街は沸いています』

 

「ななおくえん…」

みりあの口から、魂が抜けたような声が漏れた。

(ななおくえん…あれば、お父さんの手術代も、家のローンも、まりんに負わせた借金も、全部…)

虚な目でテレビを見つめるみりあの隣で、マギたんの耳がピクリと動いた。

 

その日の放課後。

みりあとまりんは、重い足取りでパトロールに出ていた。まりんが「気分転換になるかも」と誘ってくれたのだが、会話は途切れがちだった。

 

「…あのさ、みりあちゃん」

「な、なに?」

「この前のこと、本当に気にしてないからね。私が勝手にやったことだし。だから…」

 

だから、そんな顔しないで。

まりんがそう言いかけた、その時だった。

二人のスマホが、けたたましい警告音を鳴らす。ミスター・リッチからのプアーズ出現通知だ。

 

指定された場所は、駅前の宝くじ売り場の裏手にある、薄暗い路地裏だった。

そこには、一人の男性がぐったりと座り込んでいる。手には、大量のハズレくじ。その傍らで、アスファルトの染みから、どろりとした欲望の塊が湧き出ていた。

 

「一攫千金…億万長者…俺の夢…」

男のうわ言に呼応するように、プアーズはその姿を形成していく。

 

それは、巨大な豚の貯金箱だった。

陶器のようにテカテカと光るピンク色の身体。背中にはコインの投入口があり、足は福引のガラポンでできている。そして、その全身には、無数のハズレくじが鱗のようにびっしりと張り付いていた。

プアーズ『ドリーム・ピッグ』。

「楽して大金持ちになりたい」という、人間の根源的で、あまりにも無邪気な欲望が生み出した怪物だった。

 

「まりん、行くよ」

「…うん!」

 

みりあは、恐怖を振り払うように叫んだ。

「キャッシュ・コンバート! アーン・アウト!」

「コネクト・ハート! シェイク・アップ!」

 

二人の魔法少女が、欲望渦巻く路地裏に舞い降りる。

しかし、今回の敵は、これまでとは明らかに様子が違った。

ドリーム・ピッグは、ギョロリとした目で二人を見るなり、その鼻をくんくんと動かし始めたのだ。まるで、何かを探すかのように。

 

そして、その目は、一点に釘付けになった。

マギアリエルの腰に提げられた、がま口財布。

マギラティオのドレスのポケットに仕舞われた、小さなポーチ。

 

ブヒィィィィッ!

 

甲高い鳴き声と共に、ドリーム・ピッグが猛然と二人に向かって突進してきた。その狙いは、魔法少女本人ではない。

彼女たちの――『財布』、ただ一点だった。

 

「きゃっ!?」

「な、なにこいつ!?」

 

ドリーム・ピッグの狙いが自分たちの財布だと気づき、二人は反射的に距離を取る。

プアーズは、ギョロリとした目で二人を値踏みするように見つめると、今度はその大きな鼻から、掃除機のように息を吸い込み始めた。

 

ゴオオオオオッ!

 

凄まじい吸引力。路地裏のゴミや小石が、猛烈な勢いでプアーズの鼻へと吸い込まれていく。

そして、その引力は、マギアリエルの財布からも容赦なく小銭を奪い取った。

 

チャリン、チャリン、チャリン!

「ああっ! 私のなけなしのお金がぁっ!」

がま口の口金が緩んでいたのか、数枚の100円玉と10円玉が吸い寄せられ、あっという間にプアーズの腹の中へと消えていく。

 

「くっ…このブタ野郎!」

マギアリエルは、財布を固く押さえながら、牽制のために『スモール・コイン・ショット』を放つ。

しかし、光弾はドリーム・ピッグのテカテカした陶器の身体に当たると、カキン、と音を立てて弾かれてしまった。物理攻撃がほとんど効かないのだ。

 

「みりあちゃん、こいつ、お金そのものに反応してるんだ! 私たちの魔力の源を直接狙ってるんだよ!」

「わかってる! でも、どうすれば…!」

 

焦る二人に、プアーズはさらなる追い打ちをかける。

今度は、背中のコイン投入口から、スロットマシンのように目まぐるしく回転する絵柄を覗かせた。そして、三つの絵柄が『777』で揃った瞬間――!

 

ピュンッ!

ガラポンでできた足から、目にも留まらぬ速さで小さな金の玉が射出された。

それは正確に、マギラティオが防御のために構えた杖『スタッフ・オブ・チアーズ』を弾き飛ばし、その隙を突いて彼女のドレスのポケットにしまわれたポーチをかすめ取っていった。

 

「あっ、私のポーチが!」

ポーチは放物線を描いて飛び、ドリーム・ピッグの口の中へと吸い込まれる。

中には、なけなしのバイト代と、まりんが大切にしている商店街のスタンプカードが入っていた。

 

「返してっ!」

マギラティオは、敵の懐に飛び込み、ポーチを取り返そうとする。しかし、ドリーム・ピッグのぬるりとした身体に阻まれ、逆にその短い手で突き飛ばされてしまった。

 

その光景に、みりあの脳裏に、あの日の悪夢が蘇る。

まりんが、自分のせいで傷ついた、あの光景が。

 

(また…また私のせいで、まりんが…!)

震える身体に、叱咤する。

(しっかりしろ、羽川みりあ! あんたは経営者でしょ! 損失は、ここで取り返す!)

 

マギアリエルは、深呼吸を一つすると、杖を強く握りしめた。

「まりん! こいつの気を引いて! 一点に集中させる!」

「え…? うん、わかった!」

 

マギラティオは、弾き飛ばされた杖を拾い上げると、プアーズの注意を引くために、キラキラと輝く光の魔法を周囲に乱舞させる。その派手な光に、ドリーム・ピッグの意識が完全に引きつけられた。

 

その隙に、マギアリエルは全神経を集中させる。

(こいつの弱点は、欲望の塊である腹の中…! でも、硬い装甲を貫くには、大金が必要…。でも、お金を使えば赤字になる…!)

葛藤。しかし、もう彼女は、あの日の彼女ではなかった。

 

(違う…! 今考えるべきは、損失じゃない! 投資よ!)

彼女は、自分の財布から、一枚だけ残っていた一万円札を取り出した。

(これは、まりんの笑顔を取り戻すための、必要経費(とうし)…!)

 

「ペイオフ・ショット!!」

 

消費コスト10,000円。

放たれた黄金の光線は、これまでとは比べ物にならないほどの輝きと密度を宿していた。

それは、硬い陶器の装甲をいとも容易く貫き、ドリーム・ピッグの腹の中で輝きを放つ。

 

ブヒィィィィィィィッ!!

 

断末魔の叫びと共に、プアーズの身体が内側から崩壊していく。その身体からは、吸い込んだ小銭や、まりんのポーチが、キラキラと輝きながらこぼれ落ちた。

 

戦いが終わり、二人は息を切らしながら、路地裏に座り込んだ。

まりんのポーチは、無事に戻ってきた。

しかし、みりあのスマホに届いた通知は、またしても彼女を現実に引き戻した。

 

【プアーズ『ドリーム・ピッグ』討伐任務報告書】

 

基本報酬: +25,000円

 

器物損壊ペナルティ: -3,000円

 

総消費コスト: -21,500円

 

収支合計: +500円

 

「ごひゃくえん…」

命がけで戦って、得られた利益は、たったのワンコイン。

「でも、黒字だよ! よかったね、みりあちゃん!」

まりんが、心から嬉しそうに笑う。その笑顔に、みりあは頷きながらも、心の奥底で、どす黒い感情が渦巻くのを感じていた。

 

(ダメだ…このままじゃ。いつまで経っても、ラットレースから抜け出せない)

 

家に帰ると、マギたんが相変わらずポテチを頬張りながら、二人に声をかけた。

「おつかれだにゅ。収支はトントンだったみたいだにゅね」

「…うるさい」

 

「もっと効率よく、ドカンと稼ぐ方法があるにゅ?」

マギたんが、まるで悪魔のように囁く。

その言葉に、みりあは、はっと顔を上げた。

 

「…あるの? そんな方法が」

「あるともだにゅ」

 

マギたんは、ニヤリと笑うと、テレビの画面を指さした。

そこには、派手なテロップと共に、歌い踊るアイドルの姿が映し出されていた。

 

「大流行だにゅ!今、この世界で一番、短時間で、効率よくお金を集める方法…それは――」

 

「――『配信』だにゅ!」

 

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