魔法少女マギアリエル 〜魔法少女は個人事業主?〜 作:ろくさん
「は、配信んん!?」
羽川みりあの素っ頓狂な声が、六畳一間の子供部屋に響き渡った。
部屋の主の経済状況を反映してか、本棚には古本屋で買った漫画が数冊、勉強机のライトはチカチカと明滅を繰り返している。そんな、お世辞にも華やかとは言えない空間で、ピンク色の毛玉――マギたんは、得意げに胸を張っていた。
「その通りだにゅ! 今、この世界で最も効率よく資金調達(マネタイズ)する方法…それが『ライブ配信』にゅ!」
マギたんは、どこからともなく取り出したタブレットの画面を二人に見せつける。
そこには、キラキラした衣装を身にまとった少女たちが、歌ったり、ゲームをしたりしながら、画面に次々と表示される高額な『スパチャ(スーパーチャット)』に満面の笑みで応える映像が流れていた。
「いいかい? プアーズとの戦闘をライブ配信するのにゅ。名付けて、『魔法少女チャンネル』! 戦闘のスリルと、魔法少女のかわいさを同時に提供する、画期的なエンターテイメントだにゅ!」
「そ、そんなの…戦ってる姿を人に見せるなんて、恥ずかしいよ!」
まりんが、顔を真っ赤にして抗議する。
「それに、危ないじゃない! 戦いに集中できなくて、怪我でもしたら…」
「甘い! 甘いんだにゅ、まりん!」
マギたんは、小さな前足でビシッとまりんを指さした。
「君たちは、赤字という名の巨大な敵とも戦っているんだにゅ! なりふり構っている場合じゃないのにゅよ! スパチャが一個飛んでくれば、100円の魔法が何発撃てると思ってるんだにゅ!?」
ぐっ、と二人が言葉に詰まる。
確かに、彼の言う通りだった。先日のマイナス13万円という赤字は、今も重く二人の肩にのしかかっている。背に腹は代えられない。
「…わ、わかったわよ…やればいいんでしょ、やれば!」
みりあが、ヤケクソ気味に叫んだ。その瞳の奥には、恥じらいよりも、スパチャという名の札束がギラギラと燃え盛っていた。
こうして、二人の魔法少女の、無謀な挑戦が始まった。
プロデューサー兼カメラマンはもちろんマギたん。彼は、家の押し入れから引っ張り出してきたスマホ用の三脚に、みりあのスマホをガムテープでぐるぐる巻きに固定し、即席の撮影機材を作り上げた。照明は、勉強机のライトの前に、これまた台所から拝借したアルミホイルを広げただけの、涙ぐましいレフ板だ。
「いいかい? 配信中の基本は、常にカメラを意識することだにゅ!」
マギたんは、教官のようにビシバシと指示を飛ばす。
「変身バンクは、いつもより三割増しでブリッコするにゅ! 必殺技を撃つ前には、必ず決め台詞と決めポーズを入れる! そして何より大事なのが…」
マギたんは、そこで一度言葉を切ると、悪魔的な笑みを浮かべた。
「スパチャが飛んできたら、戦闘中でも必ず『〇〇さん、スパチャありがとうにゅ!』と、感謝を叫ぶこと! これ、鉄則だにゅ!」
「うぅ…なんだか、先が思いやられるよ…」
まりんが頭を抱える。
そんな彼女たちの不安を乗せて、運命のプアーズ出現通知が、高らかに鳴り響いたのだった。
現場は、街の芸術家たちが作品を展示している、落書きだらけのガード下。
そこに現れたプアーズは、売れない画家の絶望から生まれた『ラクガキ・ワーム』。地面に描かれた落書きが意思を持ったかのように蠢き、ヘドロのような絵の具をまき散らしている、比較的御しやすい敵だった。
「よし、絶好の配信デビュー戦だにゅ! 二人とも、準備はいいかにゅ?」
「…覚悟、決めます」
「やるしかないよね…」
マギたんが、スマホの配信開始ボタンをタップする。画面に『LIVE』の文字が灯り、視聴者数が『3』と表示された。
「視聴者3人! 上々の滑り出しだにゅ! さあ行け、魔法少女! 世界と、自分たちの財布のために!」
「キャッシュ・コンバート! アーン・アウト!」
「コネクト・ハート! シェイク・アップ!」
いつもよりワンテンポ遅れて、どこかぎこちない変身。
マギアリエルは、マギたんの指示通り、カメラに向かってぎこちなくウインクしてみせるが、その顔は引きつっていた。
画面のコメント欄に、『お?新しい魔法少女か?なんか動きが変だけどw』という最初のコメントが流れる。
「さ、行くよまりん!」
「う、うん!」
マギアリエルがラクガキ・ワームに走り寄る。しかし、その手には杖だけでなく、自分のスマホが固定された三脚――もとい、自撮り棒が握られていた。マギたん曰く、「臨場感あふれる一人称視点(POV)で、視聴者の心を掴むのにゅ!」とのことだった。
片手で杖を振り、もう片方の手で自撮り棒を構え、必死に自分の顔と敵が画角に収まるよう調整する。その姿は、魔法少女というよりは、危険な現場で体を張る、駆け出しの迷惑系Youtuberに近かった。
「せいやっ!」
放った魔法は、明後日の方向に飛んでいく。
コメント欄が『ど下手www』『棒、邪魔そう』と、少しずつ賑わいを見せ始めた。視聴者数は『8人』に増えている。
「くっ…!」
焦るマギアリエルの足元に、ワームが吐き出した粘着質の絵の具が絡みつく。
「わっ!?」
バランスを崩して、みりあは派手に転んでしまった。純白のフリルスカートが、泥と絵の具で汚れていく。
『こけたwww』
『いいぞもっとやれ』
『パンツ見えそう』
心無いコメントの奔流。視聴者数は『12人』。
恥ずかしさと悔しさに、マギアリエルの顔が真っ赤に染まる。
その時だった。
ポーン♪ という軽快な音と共に、画面に虹色の通知が表示された。
【山田太郎 様より 500円のスーパーチャットです!】
『がんばれー!』
「――っ!!」
マギアリエルの動きが、ぴたりと止まった。
ごひゃくえん。それは、はした金かもしれない。しかし、今の彼女にとっては、どんな高価な宝石よりも眩しく、尊い輝きに見えた。
「や、山田太郎さん…! は、初めてのスパチャ…ありがとうございますっっ!!」
マギアリエルは、戦闘中であることも忘れ、カメラに向かって深々と頭を下げた。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
その、あまりにも必死で、あまりにも切実な姿。それは、視聴者の心を奇妙な形で揺さぶった。
ポーン♪【田中花子 様より 1,000円】『今日の晩飯代にしてくれ』
ポーン♪【名無し 様より 300円】『なんか見てられんw』
次々と表示されるスパチャ通知。
「た、田中花子さん、名無しさん、ありがとうございます! このご恩は、一生忘れません…!」
完全に戦闘を放棄し、スパチャへの感謝を叫び続けるマギアリエル。
「みりあちゃん、危ない!」
マギラティオが、背後から迫るワームの攻撃をギリギリで防ぐ。
しかし、マギアリエルは、もはや金の亡者と化していた。
「み、皆さん! よろしければ、チャンネル登録と高評価、お願いしますっ! も、もしよろしければ、次のスパチャで、私たちの明日の食費が救われます!」
その、あまりのガツガツした態度に、それまで同情的だった視聴者たちも、さすがに少しずつ引き始めていた。
コメント欄の流れが、ピタリと止まる。
「え…あ…?」
反応がなくなったことに戸惑うマギアリエルに、ラクガキ・ワームの最大攻撃が襲いかかる。
「みりあちゃん!」
マギラティオが、身を挺して彼女を庇う。二人はもつれ合うようにして、地面に倒れ込んだ。
最終的に、二人の連携とは名ばかりのドタバタ劇の末、なんとかプアーズを倒すことはできた。
しかし、配信終了後のスマホ画面には、なんとも言えない結果だけが残されていた。
【魔法少女チャンネル 初配信レポート】
視聴者数(最終): 12人
高評価: 3
低評価: 15
スパチャ合計: +3,800円
「さんぜんはっぴゃくえん…」
命と尊厳を切り売りして得た、あまりにもささやかな収入。
疲労困憊の二人は、汚れた衣装のまま、落書きだらけのコンクリートの上に、へなへなと座り込むことしかできなかった。
空には、物悲しい月が浮かんでいた。
その静寂を破ったのは、近くのゴミ箱の影から聞こえた、カサコソという音だった。
「……話にならないにゅ」
呆れ果てた声と共に、マギたんが姿を現す。その手には、まるで敏腕プロデューサーのように、配信のログが表示されたタブレットが握られていた。
「なによ…」
「今から緊急反省会を始めるにゅ。まず、君たちの戦いには、エンターテイメント性が皆無! ズブの素人だにゅ!」
マギたんは、小さな前足でタブレットを叩きながら、容赦なくダメ出しを始めた。
「カメラワークはなってない! 必死すぎて痛々しい! 何より、ファンサービスという概念が、致命的に欠落しているにゅ!」
「ファンサービス…?」
「そうにゅ! 視聴者が求めているのは、ただ敵を倒すだけの映像じゃないのにゅ! ハラハラドキドキする展開! 思わず応援したくなる健気さ! そして…」
マギたんは、そこで一度言葉を切ると、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「視聴者が一番見たいもの…それは『ハプニング』だにゅ!」
「ハプニング?」
「例えば、敵の攻撃でスカートがチラリと捲れるとか…! そういうのを『ご褒美』として提供することで、視聴者の射幸心を煽り、スパチャへと繋げるのにゅ!」
「「最低っ!!」」
「何を言うにゅ!スパチャは貪欲に求める物にゅ。ホントは戦闘本編の後に感想配信をして、更に集金するとこにゅ!由緒正しき方法にゅ!」
みりあとまりんの怒声が、夜のガード下に綺麗にハモった。
「そんなこと、絶対にやらないから!」
「私たちはお金のために戦ってるけど、見世物じゃない!」
二人の剣幕に、マギたんはやれやれといった様子でため息をついた。
「だから素人は困るにゅ…。まあいいにゅ。本物の『プロ』の仕事がどういうものか、そのうち思い知るがいいにゅ…」
その言葉が、新たな嵐の到来を告げていることを、この時の二人は、まだ知らなかった。