雨が止んだ第3新東京市の空に第四の使徒が浮かんでいた。赤い触手が鞭のように街を切り裂く。天使の輪が不気味に輝いた。NERVの警報が響く中でシンジは一服している。煙を吐きながらモニターを見つめた。
「なんて、切れ味だ。あれなら魚を捌ける」
変な視点から考えている。レイとの寄り添いがぼんやり頭に浮かんだ。あの空っぽな温もり。今は無関係だ。これは死ぬための出撃である。ここで行動できる戦力は彼と初号機しかなかった。人類の希望だなんだと言われるが大人のエゴに付き合わされている。ゲンドウの声が冷たく響いた。
「初号機の出撃準備だ」
ミサトが作戦を急ぎ足で伝える。前回の使徒戦が緊急すぎた故に準備のじもなかった。今回はシミュレーターによる訓練やエヴァの専用装備などの土台が整えられている。素手でお淑やかに殴り合うような上品は知らなかった。いかに文明の利器で殴りつけるか。ATフィールドを突破する手段を確立した以上は強気に出るべきだった。
「シンジ君。まずガトリング砲で制圧します。ATフィールドを固定してから接近戦を挑みます。 サポートは適切に行うから…」
正直言って、シンジには欠片も響いていない。中学生の男子へ詰め込むには過剰だった。そもそも、乗り気でないことは明白である。彼以外に初号機を動かせる者がいない以上は詰め込まざるを得なかった。大人たちは使徒を倒して世界を人類を守ることに精一杯である。よく理解したいが本人のメンタルは隅に追いやられた。ただでさえ、孤独で空虚な少年である。
「了解」
すべて機械的だった。皮肉なことに正解である。ただ言うことを聞いて動けば百点満点を与えらえた。大人の言うことを聞いていれば勝利できる。なんて楽な仕事なんだ。反抗の気持ちはあれど実行は今でない。プラグスーツに身を包んでエントリープラグに沈んだ。訓練で幾度となく繰り返してきた動きを思い出す。
「吸いたいなぁ」
LCLの感触がベイプの渇望を刺激した。シンクロテストのトラウマがフラッシュバックする。捨てられた幼少期や母の消失、父からの「用済み」の言葉がよみがえってきた。そこに怒りはない。ただ悲しみがあって空虚なボイドがあるだけだった。考えることを放棄して人形と変わることが生き方である。もちろん、最後に手段は残しているがTPOを弁えていた。
「今度こそ、死ねるかもな」
シンクロが始まる。いつものように高い数値を示した。電磁カタパルトに移動して作戦を開始する地点へ上昇する。地上では使徒に対して通常兵器による飽和攻撃が行われた。すべてATフィールドにより無力化されているが、防御にリソースを割かせることはでき、エヴァが待ち伏せする時間を稼ぐ。この程度の弾薬の消費は人類滅亡を回避できるならば必要経費と割り切れた。
初号機は街の外縁部でポジションを取る。ガトリング砲を構えた。劣化ウラン弾という強力な弾丸を込めている。それを猛烈な速度で投射した。どれだけ頑丈な鉄筋コンクリートを穴だらけに変え、装甲は複合装甲ですら紙のごとく裂き、自然の岩盤もくり抜く。いかに使徒でもATフィールドを展開することで精一杯のはず、そこに生じたすきをついて一気に接近し、弱点であるコアを破壊するのだ。
「今!」
「ふうっ!」
使徒が射線に入った瞬間にガトリング砲を正面に向ける。待ち伏せは成功した。トリガーを引いて弾幕を浴びせる。ロックオンは完了済みだ。コンピュータが最適な照準を提供してくれる。本当に引き金を引くだけでよかった。さすがの火力である。戦場を変えた兵器らしく火力と火力を注ぎ込んだ。
「バカ! 撃ちすぎ!」
「効果なし…」
使徒は瞬く間に劣化ウラン弾に包まれる。着弾時に生じた爆炎と砂塵により視界は一瞬にして悪化した。肉眼はもちろん光学も捕捉できない。ガトリング砲の威力は圧倒的であるが、あまりの投射量から視界を損なうため、撃ちっ放しは推奨されなかった。いわゆる、タップを用いて間隔を空けなければならない。
鞭が飛んできた。案の定というべき、ATフィールドを張って無力化すると、素早く反撃の一撃を叩き込む。鞭とは人類が生み出した最高の道具だ。その簡素からは想像できない。先端部は物理の力が加わって音速を超えた。鞭によっては音速突破のソニックブームを生み出す。それを使徒が使うとどうなるのかだ。
「うっ! がはっ!」
「パイロットの脈が不安定!」
「出血多量!」
「シンクロ率が急速に低下!」
シンジが反射的に言葉にならない言葉を発すると同時に吐血する。鞭とは音速のスピードを以て薙ぎ払うものだが、使徒は独自の観点を有しているのか、まさかの突き攻撃を仕掛けてきた。薙ぎ払いを予想して回避行動を採っている故に裏をかかれた格好である。胸部を2本の鞭で貫かれるとフィードバックのダメージがパイロットに反映された。
「作戦は中止! 距離をとって! 逃げて!」
「やられっ…ぱなしでやられるかよ」
「いうことを聞きなさい! 退却よ!」
「うるさい…いつも…俺を指示してぇ!」
想定外の連続に作戦中止と退却が命ぜられる。しかし、パイロットは現場の判断と言わんばかりだ。命令を拒んで軍規に反することを選択する。確かに現場でしか得られないことから独断専行が功を奏することは歴史に幾つか刻まれた。しかし、第三者的に見るから把握できることもある。パイロットの激情と本部の冷静が衝突したときに優先すべきはどちらだ。
「こいつで…仕留める!」
肩部に収納されている近接格闘専用のナイフを取り出す。アーミーナイフは最終手段だが威力はバカにできなかった。対象物の構造ごと切り裂くため防ぐことは不可能である。しかし、ナイフの有効距離はたかが知れていた。使徒は鞭というロングレンジの格闘を有する。どう考えても懐に入り込む前に貫かれるか薙ぎ払われるに決まっていた。
「退きなさい! これは命令です!」
「死にたいんだよぉぉぉぉ!」
魂の叫びである。雄たけびを挙げながら突貫を開始した。使徒は仮面が示すよう冷静沈着に鞭を振り上げる。2本だった鞭は4本に増えた。それぞれがトリッキーな動きを見せる。あっという間に音速に到達するとソニックブームを生じさせた。2本は薙ぎ払いを2本は突き刺しをと片方が防御されても片方が通用する。
「まずいっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
捨て身の攻撃だった。初号機は呼応して咆哮する。2本の薙ぎ払いは咄嗟に瓦礫を蹴り上げて初号機から標的をずらさせた。使徒の方が機械的な性質を利用した小技である。しかし、もう2本の突き刺しはカバーできなかった。1本は腹部を突き刺して血が込みあがる。これを懸命に堪えながらもう1本は左手で掴んで思いっきりに引き寄せた。超高温で手のひらが焼けるがアドレナリンから無視する。エヴァのフルパワーは使徒を上回った。コアが目の前まで迫る。
「これで終い!」
ナイフの一撃は致命的だった。コアに意趣返しと突き刺す。それだけで十分だった。構造を次々と破壊していき全体の崩壊を招致する。1秒もかからなかった。コアは爆発四散して液体があふれ出す。初号機の装甲や人工筋肉が濡れたが掃除は知らぬことだ。まさに辛勝を収める。初号機の装甲はボロボロでシンジの体は限界を迎えていた。LCLに血が混ざって不快感は頂点に達する。司令室でミサトが怒鳴った。
「シンジ君! 命令違反よ! 勝ったからよかったけど…」
「懲罰だ。矯正しろ」
「はい。お任せください」
自ら脱出できそうにない。回収班の到着を待った。負傷に関しては生命維持装置により生きることはできそう。
「生きてる。まだな」
続く