NERVの外へ。第三新東京市の夜の街を歩いた。雨上がりの路地裏をベイプ的なアレをくわえて放浪する。メンソールの煙を深く吸い込む。ゆっくり吐き出した。白い霧がネオンの光に溶けていく。メンソール強めを選んでよかった。頭がスカッとなる。喧騒の中で考えた。
「処分か。俺にとっては変わらない」
先の使徒戦において命令違反が認められる。遠距離攻撃を捨てた近接の格闘戦は博打だった。辛くも勝利を収めているが初号機の損傷は激しい。NERVは軍隊に準ずる組織である以上は命令違反を重く見ざるを得なかった。まだ子供だからという言い逃れは許されない。ミサトから詰問を受けたがのらりくらりと躱した。
バチン!
ビンタは強烈である。グーで殴られなかっただけマシかもしれない。頬に赤みが残っていた。大人の制裁とは口頭に始まり格闘に至る。大切なパイロットのため肉体的な制裁はビンタで収まったが謹慎処分が下された。しばらくは訓練すらできず、初号機に乗ることもできず、NERVの出入りも制限される。したがって、街を放浪することで暇をつぶした。
「ふぅ~」
機械の先端を叩く。不良みたいだ。どこか虚ろである。街の喧騒が遠く聞こえた。クラスメイトの声が頭に残る。煩わしい声だった。自分にとって人との繋がりは至上の無駄である。友達はいらなかった。これまで一人で生きている。これからも一人で生きていった。綾波レイは例外だがわからない。
廃墟の残る公園のベンチに座った。またメンソールを一口である。煙を吐きながら空を見上げた。雨は止んだかと思いきや再び降ってくる。傘は忘れてしまった。戦いの後は遠くに煙を上げている。回収班はサンプルの確保にいそしんだ。格闘戦で仕留めたことで良質なサンプルを得られると聞いたが関係ない。処分を軽くする要素にならなかった。
「また、生きてる。生きるってつらいな」
放浪は続く。一週間は出撃できない。訓練もできない。死ぬためのループが止まった。彼の心は止まらない。これを鎮めるために煙は不足が否めなかった。浪費はいただけない。お財布に余裕はあれど浪費は嫌った。意外にも堅実な側面を見せている。そういえば何も食べていなかったことを想いだした。
「こういう時は…あそこだな」
ベンチから腰を上げてカートリッジをゴミ箱に放り投げる。ナイスなコントロールだった。家に帰ることもできたが監視されているはず。放浪中も監視されているはず。それならば自分の好きなように過ごさせてもらった。心のザワザワが止まらない時は腹を一杯にするが吉と馴染みの店を目指す。都市部なだけはあって飯屋がチェーンから個人まで並んでいた。朝から次の朝まで人々の腹を満たす。この社会を嫌っている割に飯に関しては妥協がなかった。
シンジ君が目指したのは小さな小屋のような飯屋である。暖簾は綺麗を保っていた。雨に濡れた肉体で潜ることは申し訳なかったが今日だけは勘弁してほしい。放浪中に自ら濡れに行ったとは言えないので急に雨に降られたと言い訳を用意しておいた。そうして店に入ると威勢の良い声で迎えられる。
「いらっしゃいませぇ!」
(これだけは受け入れられる。この匂いは好きだ)
「券売機へどうぞぉ!」
「はいはい」
ラーメン屋だった。中学生の年齢相応にラーメンを好みとしている。ただのラーメンでなかった。店名が『幸福家』というので家系ラーメンとわかる。ガンガンに炊かれている豚骨のスープだ。このお店は人工豚骨調味100%で旨味を凝縮している。これに自家製の太麺をぶち込んだ。ホロホロな再生肉チャーシューと香り豊かな再生海苔、キャベツの組み合わせは黄金である。
第三新東京市に来てから何度も通っていた。ふらりと寄ってみたら大正解とわかる。暇があれば訪れた。中学生の飯にしては高価だが、基本給の高さと手当から高給取りであり、税金なども優遇されて貯金は多い。日常的な生きるための出費ならば制限もされなかった。
「ポチっと」
いつもの美味しいラーメンに再生肉チャーシューとキャベツを増量でカスタムし、かつ炭水化物の暴力と白飯を追加する。これが鉄板だった。使徒と戦うよりも激しいが満足感は他に代えがたい。肉体的な疲労を取り除いて心の渇きを潤すためにはちょうど良かった。食材が限定されて再生肉も不味い中では非常に上手に調理している。
もちろん、それは化学的な手が入った。豚骨も人工で化学をふんだんに織り込んでいる。炭水化物の暴力という前に化学の浸透を指摘できた。これが蓄積するとどうなるかは言うまでもない。しかし、この時代に生きるには微小過ぎて気にならなかった。セカンドインパクトにより半分の人々が消失する。使徒の連続出現からもわかる通りで長生きは期待できなかった。短くも図太い人生を送ろうではないか。そもそも論だ。シンジは長生きを希望していない。使徒と戦うためのエネルギーはもちろん、短い人生に一食と一食は無駄にできず、健康がどうとか大真面目に考えていられなかった。
「かため、こいめ、ふつうで」
「はいよぉ! かためぇ! こいめぇ! ふつうぅ!」
「かしこまりぃ!」
こうした喧騒は嫌いになれない。席について紙エプロンを着用した。スープのシミは洗濯が面倒なので心遣いがありがたい。セルフの水を嗜んで軽く喉を潤した。しかし、ガツンとした味を求める胃の渇きは収まらない。店内を見回すと男衆が黙々と啜っていた。各々の好みである。皮肉なことに、ここは正しく尊重しあう世界が構築されていた。そうしている内に「はい! おまちどおさまぁ!」と威勢よく美味しいラーメンとホカホカの白飯が届けられる。
「おあがりよぉ!」
「ありがとうございます」
「美味いラーメン食べてな。元気出せよ」
「え、はい」
ここの大人も嫌いになれなかった。化学をふんだんに使っている。それは美味い一杯を提供するため、嘗てのラーメン文化を起こすため、など日本人の食を起こそうと必死だった。シンジは同年代の中でも自炊は得意な方に該当する。しかし、ラーメンを自宅で作ろうとは思わなかった。第三新東京市に生きて働く者たちを満たす一杯に感銘を覚える。
「いただきます」
こういう時だけは素直だった。ぶっこいスープをレンゲですくって口へ運ぶ。すでに美味いことがわかっていたが改めて美味さを認識させられた。化学調味料がゴロゴロしているが、ここまで自然な豚骨を再現できるのか、職人の技が垣間見える。濃いめを注文していた。その濃厚さは有頂天に達する。割り箸を綺麗に割って太麺をつかんだ。ストレート系の太麵はスープと見事に絡んでいる。固めの仕上がりは見事だった。
「これだよ。これこれ」
美味い以外に表現のしようがない。麵だけ啜っても面白くなかった。ほうれん草をチビチビと楽しむがチャーシューに手を伸ばす。再生肉のチャーシューの時点で職人技が光った。これをホロホロにすることは店主の本気度がうかがえる。自分も再生肉を美味く調理することに長けているがレベルの差を教えられた。
「くぅ~染みる~」
再生海苔にスープを浸してビシャビシャにすると白飯に突っ込む。再生海苔で挟むように白飯をかっ込んだ。これぞゴミのような人生の中で得られる唯一の幸せである。謹慎処分が何だと言わんばかり、この一杯で豊かになった。心の渇きには濃厚なラーメンしかない。
「ごちそうさまでした」
「ありがとう~ございまーす!」
スープを一滴も残さず、白飯も一粒も残さず、完食して店を出た。
「メンソール…買わなきゃ」
続く