少女が失踪してから一日が経った。
まだ報告は行き届いておらず、知らぬ者が大半を占める中、それは行われた。
昼下がりの屋敷は閑散としていた。
それぞれ個性的な羽織を着た、おそらくその組織の中でも選ばれた人間たちは既に屋敷の中央広間の指定の場所に正座しており、彼らの横には特殊な鋼で作られた刀が置かれていた。
「皆様、お待たせ致しました」
皆その声にかっと目を見開き、次の瞬間敬意を払うように頭を垂れる。
雪を被ったような純白の銀髪─────神職の女性。
ほんの一瞬、その場にいる七人が緊張するほどの存在感。
神職は後ろに黒髪と銀髪の子供を控えさせており、彼女が皆の前にゆっくりと座ると、二人は神職の女性に倣うようにして集まった者達に頭を下げた。
「本日は緊急招集に応じていただき、心より感謝申し上げます。当主の“耀哉”は体調が芳しくなく、皆様の前に出ることが難しいと判断したので、本日はこの“産屋敷あまね”が代理を務めさせていただきます。お越しくださったのに皆様の前に出ることができない事、心よりお詫び申し上げます」
誰一人その事を咎める者はいなかった。
むしろ、体調不良の当主を気遣うように皆が信頼と尊敬の言葉を並べる。
「どうか顔を上げてくださいませ、あまね様。お館様は最後まで務めを果たそうと力を尽くしておられる。それなのに誰が責めることができましょうか」
慈悲深さのある声色。先陣の切り口を開いては、瞳孔のないその白眼から涙が流れ落ちる。
「我々“鬼殺隊”が鬼殺隊で在ることができるのは、お館様と産屋敷家の尽力があってこそです」
歴戦の猛者の証か、はたまた自傷趣味でもあるのか。傷跡まみれの獰猛な顔をしながらも丁寧な言葉遣いで自分の主を労った。
「僕は······お館様が生きてくださっているというだけでも、喜ばしく思います」
中性的な見た目。年齢はこの中でも最年少であろう少年が、静かにそう告げる。
「私も、お館様が今日も元気にいてくださるのであればそれだけで嬉しいです!」
背が高い三つ編み。表現し難いほどあられもない格好をしている女性は元気よく鼻を鳴らす。
「二人の言う通り。何があろうと我々は最後までお館様についていく所存です」
口元を隠し、首元に白い蛇を這わせている。虹彩異色症なのか右目の眼光を鋭くして隣にいる二人を見ながら同意する。
「一日でも長くその命の灯火燃やしてくださること、衷心より感謝申し上げます」
人々を安心させるような優しい笑み。しかしどこか不自然で、無理をしているのか、それでもそれを顔に出さぬように自分も周囲も欺きながら微笑んで万謝する。
「······」
口数が少ないのか、言葉が出てこないのか、どちらにしてもそんな性格だからなのか孤立しているように見える。しかし忠誠心は忘れてないのか、表情を変えずとも心の中で祈りを捧げている。
それぞれが己が主を労るような事を言い、最後には皆揃って畳に額をつけるくらい深く頭を下げた。
神職の女性、産屋敷あまねは列席者達を眺め渡し、その錚々たる顔ぶれにもう一度頭を下げる。
どこにあるのかは限られた者しか知らない、巧妙なやり方で安全地帯を築き上げているその場所で極秘会議が行われていた。
────柱合会議。
本来半年に一度しか行われない集いであったが、今回は緊急の案件のために急遽開かれた。
産屋敷あまねは愁うような表情で今回の会議の議題を話し出す。
「すでに御聞き及びとは思いますが······近頃、鬼の出没が著しく減少しており、討伐に向かった隊士が目撃情報のあった現場に向かっても鬼と全く遭遇せず、何日張り込んでも現れず、それ以降被害が出ていない状況が続いています。言葉だけ聞くとそれはとても良い報告だと思いますが、当主の耀哉様はこの状況を不自然に思っております。それで調べてみたところ、とある隊士が一体の鬼と対峙している中、
その事を言った瞬間、集められた者達が色めき立つのがわかった。
一番前に座っている盲目の男がすっと手を挙げた。
「鬼が、戦いの最中に雲隠れしたという事でしょうか?」
「俄には信じがたいですが、そう考えるべきでしょう」
正直、荒唐無稽な話だとこの場にいる誰もが思った。鬼は夜にしか出没しないとはいえ、縄張りを転々としているとは思えない。『鬼の始祖』は、何か明確な目的を持って全国各地に鬼を配置している。目的が達成されるまでその場から動く事を許さず、人を喰わせて力を付けさせて長生きさせている。命が惜しくて逃げ出したりなんかしたら、その始祖自らの手によって殺されるだろう。よって敵前逃亡も任務放棄も許されず、鬼殺隊の壊滅も目的としているため、接触したら必ず殺すように命じられているはずだ。それで戦いの最中、姿を消したりなんかしたら間違いなく殺される。
であれば、予期していなかったことが鬼側に起き、その姿を眩ませた、と考えたほうがいいのかもしれない。
無論、姿を消してこれ以上被害が出ないのであればそれは喜ばしいことだが、討伐していない鬼がまだ生きている可能性がある以上、安心はできない。
「その消えた鬼達の共通点、消えた鬼達がどこに潜伏しているのかについて、なにか情報は掴んでいるのでしょうか?」
「残念ながらそれについては不明です」
笑みを浮かべていた女性も流石にこれには動揺を隠せず、今ある情報から真実を導き出そうとするが、ほとんど情報不足ということで何も手掛かりは掴めなかった。鬼殺隊の情報網は伊達では無いことは明らかだ。隠や鎹鴉といった隠密と偵察に長けた者達を駆使して日々新たな情報を収集している。それなのに何もわからない。それを聞いて各々が何とも形容し難い表情を作り、眉を顰める。
とはいえ、だ。
鬼達がいなくなったという事実は事実。
中途半端な結果しか確定しなかったとしても、その真実だけは覆らない。
被害の減少。だがどうしてこのタイミングでそんな状況が起こったのかは誰にもわからない。だからこそ不気味だったのだ。何の前触れもなく消えるなんて、まさに超常現象。それだけでなく、消えた鬼共がまだもしどこかで生きているのだとすれば、今現在も鬼達はそこで人を喰い荒らしているに違いない。
最悪な事態を考慮し、視野を広く持たなければ。
万が一、この日本を出て外国の領域にまで手を伸ばしたのであれば、それはもう世界問題という規模に変わっていく。人知れずに倒してきた化物が世間に知られれば、今まで隠蔽してきた鬼殺隊の存在も危うくなる。国に協力を仰がず、そんな事を黙っていたとなれば、まず間違いなく非難されるだろう。
たとえ皆の安全の為と言い訳しても、国の存亡に関わる事を黙っていれば犯人隠避だの証拠隠滅だのと何かと理由をつけて責めてくる。何より、鬼を殺す手段としての日輪刀や鎹鴉などの独自の技術を独占していたとなれば、多数の政府公認者らが独占禁止法に抵触しているなんてことを言い出す。
これらはあくまで可能性なので被害妄想であることを祈るが、外部組織との干渉は避けたい。
できるだけ早く、鬼達が消えた原因を突き止めなくては。
「······お館様はどうお考えで?」
すると、今まで沈黙を守っていた左右非対称の羽織を着たボサボサのロン毛頭の男がそう質問してきた。
その言葉に皆がその男に注目し、珍しく自分から質問をしたことに大変驚いているようだった。
産屋敷あまねは、現当主の産屋敷耀哉の憶測を代弁する。
「可能性の域を出ませんが、耀哉様はこう考えております」
憶測であっても事態を重く見ている鬼殺隊のトップの考えが述べられる瞬間を、彼らは逸る心を抑えて待機していた。
しかし、それを聞いた者達全員が耳を疑った。
何とも根拠が曖昧で、古くから伝わる日本の伝承や妖怪譚の中でしか聞かない現象を言ったからだ。
─────神隠し。
しかし、
化物退治の総大将の勘は、数日後、世界を揺るがす事態に発展する。
□■□■□■
空の色が朱から濃紺へと変わっていく。
とうに西側の向こうへと落ちていく太陽を追うように、月が昇り始めていた。ここ最近は昼から夜へと変わっていく時間が早くなっているような気がする。気のせいかもしれないが、世界がまるで闇に呑み込まれているような、そんな予感がしてしまう。
結局、馬を使っても次の村にまで辿り着けないということがわかったリンクは野営をすることに決め、馬宿で預かってもらっていた愛馬の“エポナ”から降りると、手綱を掴んで野営ができそうな場所まで連れていく。草原はどこまでも広がっており、気温は急速に下がり始める。
かつてこの辺りには村が存在していたのかもしれない。だが何かの原因で放棄されたのだろう。それからどれくらい経ったかわからないが、自然はコツコツと積み上げてきた人の営みをあっという間に元の姿へと返すほどの大きな力を持っていることを思い知らされた。
リンクは野営ができそうな廃墟の建物を見つけると、エポナの手綱を近くの梢に巻き付け、ご褒美としてのニンジンを一本食べさせて宥める。ドアもない廃墟の建物の状態をチェックし、ここなら安全に過ごせそうだと感じたのか、今日はここに寝泊まりすることに決めた。
陽が沈んだことを確認して、背負っていた木箱を地面に下ろす。
陽が沈んだことを本能で察知したのか木箱の扉を内側から開け、少女が転がり出てくる。
リンクは少女の体が冷えないように薪を用意すると、火打ち石を近くに置いて砕いて火を灯し暖を取る。日中爽やかに感じた乾いた風は今や二人を凍えさせようとでもしているように感じて、少女はついぶるりと肩を震わせて声にならないくしゃみをする。
空腹しのぎに沸かしたフレッシュミルクにガンバリバチのハチミツを入れて飲むと、少しだけ身体が温まった。
カップがないので空きビンに入れたものを両手で包み込み少しずつ飲むリンクの傍らで、少女が寒がっているのに気付くと、彼はポーチから空きビンをもう一つ取り出すとそれに残りを入れ、フーフーと息を吹きかけて少々冷まし、少女に渡す。
しかし少女は興味も示さずにプイッと横を向いてしまうだけで、受け取ろうとしない。
やはり、魔物だからなのか味覚が違うのだろうか。
無理強いをさせるのは良くないとし、一先ずリンクはそれを仕舞うと少女を一度焚き火近くに運んで暖を取らせる。その間、代わりに温められるものはないかとポーチの中を探る。すると、赤チュチュゼリーに目が留まる。使えそうだと思ったリンクは一個取り出すと、近くの木の棒を拾ってきては特殊な右腕を発動し、棒の先端にくっつけて渡してみた。
少女は興味津々な目をしながら受け取り、特殊効果が付与された木の棒から発せられる熱で寒さを凌いでいた。
と、
グーッと、遠慮なくリンクの腹も鳴った。
主人がこんなに疲れ果てた時でも自分の仕事を全うする腹の虫の律儀さに、リンクはため息を吐く。
(はぁ······全く)
こんな時くらいサボればいいのに。そうしたら自分も空腹を忘れて心地よく眠れたのに。心の中で愚痴りつつ、リンクは渋々料理をすることにした。カプセルに入った携帯鍋を取り出して開けると、自動で適切な大きさにまで膨れ上がり、寒いのもあって今日は『サンサン山菜ミルクがゆ』を作ることにした。
『ハイラル米』と『フレッシュミルク』、そして『ヒダマリ草』。瘴気に蝕まれた身体を治癒する効能があって、栄養価も高く身体も良く温まる。さらに料理の手助けをしてもらうために捕まえていた『妖精』を最後に入れるために用意しておく。
ヒダマリ草をザク切りにし、ハイラル米を半合ほど用意して洗うと三◯分ほど吸わせておく。時間が経ったら携帯鍋に入れ、隠し味にヤギのバターと岩塩を入れて八分ほど炊く。水気を確認しつつ牛乳を追加し、煮込む。クタクタと煮込んだ後、最後にヒダマリ草を投入してサッと混ぜる。
そして仕上げに『妖精』を投入して回復量を増やしてもらおうと手に取ろうとした時、
置いておいたはずの『妖精入りビン』がどこにも見当たらなかった。
「あれ?」
確かにここに置いておいたはず。
消えた妖精を探して辺りを見回していると、
「ムー!!」
少女が『妖精』の入ったビンをめちゃくちゃキラキラとした眼差しで眺めていた。妖精を見るのが初めてなのか、好奇心丸出しで左右上下あらゆる方向から見ていた。光る球体に羽が生えた姿をしており、その幻想的な姿に目を奪われている。
「······ハハッ」
その様子を見て思わず笑ってしまうが、これでは料理は完成させられない。
「ごめん、それ返して」
「むぅ?」
少女から妖精を取り返すと、ビンの蓋を開けて鍋に投入しようとする。
「ムゥ!?」
それを見て驚愕の声を上げる少女。
すごい勢いで迫ってきてリンクの肩を掴むと、少女の指がギリギリ食い込んできた。
「痛い痛い痛い!? な、何!?」
「ムゥゥゥウウウウウウウッッッ!!」
ブンブンと首を勢いよく振ってリンクから強引に妖精を奪うと、涙目になりながらそれを自分の背中の後ろに隠した。
「······あー」
何となく察した。
少女が何を言いたいのかを。
おそらく食べられると思ったのだろう。ただ妖精の粉を調味料としてふりかけてもらうだけなのだが、一緒に調理すると勘違いされてしまったようだ。誤解を解くために説得してみても少女は絶対に渡さないとばかりに首を振ってばかりで、返してもらうことは叶わなかった。
仕方なく妖精は諦めて、お皿に移して『サンサン山菜ミルクがゆ』を完成させた。
料理を終えた途端に鍋は消え、リンクは妖精なしの粥を口の中にほうばった。
□■□■□■
星々の瞬きや月の光といったものに見守られながらリンクは眠っていた。
しかし少女は妖精にずっと夢中で、眠ることを忘れてずっと見ている。リンクの隣で鼻歌を唄いながら妖精と遊ぶ。
と、
「むぅ?」
妖精に夢中な中、不意に顔を横に向けた。
突然、視界の端に花弁を散らせて横を通り過ぎていく光が見えたのだ。少女はその光景を見て不思議に思い、持っていた妖精入りのビンを置くと、その光を追いかけて走り出した。廃墟だらけの中を進んでいく少女は確実にその光を捉え、見失わないようにどこまでも追っていく。
しばらく追いかけていると、光は一つの建物に入っていった。
少女は何も気にすることなく建物内に入っていくと、そこには不自然な場所に置かれた大きな石があった。
光はその下に吸い込まれていき、発光していた。
「ムー?」
少女は光の正体が何なのかどうしても気になり、石を持ち上げて光っているものが何のなのか確かめる。
ボン!! と。
急に辺りに音が響いたと思ったら、そこから謎の生き物が現れた。
「ウワッ! 見つかっタァ!」
「!?」
それは、木だった。
体が小さく迷彩のような体表を持ち、手足や頭部の突起は枝のようになっている。見つけられて喜んでいるのか、体を揺らすたびにコロコロという音を鳴している。
顔に付けた木の葉のような仮面が少女を捉えると、どこからともなく取り出したかなり臭う何かを渡してきて、楽しそうに告げる。
「またネェ〜!!」
「··········」
少女は。
それを見た瞬間、カッと見開いて、
「ムー!!」
□■□■□■
「ん··········うぅん··········」
リンクはうめき声を発しながら眠りから目を覚まし、軽く背筋を伸ばした。
まだ日は昇っていないことから中途覚醒したようで、あくびを一つして二度寝に入ろうとする。
と、そこに。
「ムフー♪」
なんていう声が聞こえてきてそちらに目を向けると、少女が何やら満足そうな笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。気のせいでなければ、彼女の顔の肌もどこかツヤツヤしている。なにかと頬擦りでもしたのだろうか。
寝惚けた頭でそれが少女だということに気付くまで数秒かかったが、もう一つあることに気付いた。
なんか声が聞こえる。
音源は少女の方。明らかに少女の声ではないことを察して、リンクは低い声色で訊ねる。
「··········何を隠してるんだ? より正確に言えばその腕の中に」
「む!?」
ギクリ、と少女はそっぽを向いた。
その瞬間、少女の腕の中から『ダ〜ズ〜ゲ〜デェ〜!?』という救助を求める半泣きの声が聞こえてきた。
「··········」
「··········」
ビュン!! と。
瞬間、少女がその場に残像を残すほどの速さで夜の中を駆けていく。
「あ!? コラ!!」
リンクは迷わなかった。
急いでその少女の身柄を捕らえるため、その後を追って全速力でダッシュする。
この独特な臭いといい、今の声といい、少女の腕の中に収まるほどのサイズ感といい。
今少女が何を抱えているのか全てを把握したリンクは、今回ばかりはその我儘を許さずに、嫌がる少女から急いで『森の妖精』を奪取する。