鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第八章

 

 

「すいませぇ〜ん! この簪をくださ〜い!!」

 

 

こぢんまりとした店舗は骨董品か土産物でも扱うような、暗い色合いの木材を内装のメインにしている。ウィンドウから差し込むオレンジ色の夕日と、洋灯の飾りをつけた電球がそれぞれ柔らかい光を店内に満たしていて、全体的に落ち着ける空間作りに気を配っているのが良く分かる。 

 

しかし、飾られているのは色とりどりの女性ものの飾り道具であり、その櫛や簪やら何やらの明るい色彩がいまいち落ち着いた店舗と嚙み合っていない。逆にわざと浮かせる事で、客に商品の印象を強く叩きつける狙いがあるのかもしれないが。

 

少年はそんな店に恥ずかしげもなく商品を物色していた。

 

全体的に黄色く、帯刀している刀も羽織も頭も黄色に染めた少年は、綺麗な女の子であればすぐに一目惚れしてしまう人格の持ち主。そんな中、彼は今一途に思っている『女の子』がいる。

 

現在、『その子』は人間ではない。

 

鬼。

 

この世界では『彼女』はそう呼ばれる類の化け物の一人だった。

 

しかし、愛に人間も化け物も関係ない。

 

惚れた女がいるのならば、最後まで愛すべし。それが彼の信念で、今はまだ片想いのはずなのに、古くから特別な意味を持つ贈り物とされている簪をその子にサプライズプレゼントするつもりらしい。

 

明らかに浮いている彼に周囲の視線が集中する事はない。他の客は友人と買い物に来ていた少女達が二人ほど、カウンターには何十年も前からセットで座っているような女店主兼髪飾り職人のおばあさんが一人。誰も彼の場違いさに気にしている様子もなく、女店主に至っては新聞を広げている。女の子だらけの店で珍しく入ってきた男程度では、騒ぎの内にも入らないようだ。

 

それとも単に影が薄いだけで気付かれてないのか。

 

何にしても少年は目的のものを買うと、日が暮れる前にお世話になっている『蝶屋敷』へと戻っていく。

 

懐に入れた『彼女』へのプレゼントを失くさないように気をつけながら。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

この数日で、市松模様の羽織を着た少年の心境には徐々に変化が生じていた。 

 

意気消沈の底から、焦燥感が湧き出してきているのだ。 

 

先日の任務、巨大な異形の鬼が死に際に発動させた『血鬼術』と呼ばれる類の異能に巻き込まれて一緒に何処かへと消えて行った、『妹』。

 

たった一人の妹が一晩で消えてしまうなんて、まるで神隠しみたいだと少年は考える。自慢の鼻を使っても跡を辿ることはできず、元からこの世にいなかったかのようにその姿を眩ませた妹を任務ついでに探し回るも、全く見つからない。

 

もしも彼が怪奇現象に精通していれば、どこかにそういう人が行方不明になる事件が多発しているという噂を聞くだけで即座に向かうだろう。

 

だから、こんな指令が入ってきたら彼は絶対に聞き逃さない。

 

 

カァァァァッ!!

 

伝令!! 伝令ィ!!

 

南南東ノ山二、鬼ガ潜ンデイルトノウワサアリ!!

 

ソコデハ何人モノ人間ガ、消エテイル!

 

見ツケ次第討ツノダ!!

 

悪鬼滅殺!! 悪鬼滅殺ウゥッ!!

 

心シテカカレェッ!!

 

 

「ッ!!」

 

 

窓辺に降り立った不思議な鴉の流暢な日本語に、少年は急いで刀を腰に納める。

 

そして。

 

いつもは背負っている木箱を持たず、少年は屋敷を飛び出して鬼を滅しに行く。

 

消えた『妹』の手がかりを掴むために。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「ふっふふん♪ ふっふふん♪ ふっふっふーん♪」

 

 

ご機嫌に鼻歌を歌いながらスキップまでして帰路に着く黄色い少年。

 

長期任務でずっと留守にしていたため同期にも可愛い女の子にも会えず、野郎だらけの集団に嫌気が差してストレスが溜まっていたところ、ようやく任務が終わって会いたかった絶賛片想い中の少女のことを思い浮かべると必然的に気分が高まり、そして会えると分かっただけでもう少年は天国にいるような感覚だった。

 

屋敷が見えてきて、買った簪を渡して今日こそは自分の想いを伝えよう。

 

などと思いながら屋敷の入り口の扉を開けようとした時、

 

バアンッ!! と。

 

内側から勢いよく開けられた扉が容赦なく黄色い少年の顔面を直撃する。

 

 

「ぶおッ!?」

 

 

その勢いに受け身さえ取れなかった少年は後方に吹き飛ばされ、

 

 

「ちょ!? おい!? 謝ってから行けぇぇぇええええ!?」

 

 

謝罪もせずに一気に地平線の彼方に消えていく少年に、黄色い少年は怒りを露わにして叫ぶ。だが聞く耳も持たず、そのまま姿は見えなくなった。

 

黄色い少年は、激痛が走る顔面を押さえながら立ち上がると、

 

 

「あ、帰ってきてたんですね」

 

「お帰りなさい」

 

「任務お疲れ様です」

 

 

この屋敷で働く三人の小さな少女達が、黄色い少年に声をかける。

 

 

「長期任務ご苦労様です」

 

「中で温かいご飯用意しています」

 

「その前にお風呂になさいますか?」

 

 

その三人の優しさに、黄色い少年は泣き出し、

 

 

「うわぁぁぁんッ!! きよちゃん! すみちゃん! なほちゃん!! あんの堅物デコ野郎ったら酷いの!! 帰ってきた途端に俺を吹っ飛ばしたくせにゴメンの一つもないんだよ!? 酷くないマジで!?」

 

「「「············」」」

 

 

泣きながら三人を抱き寄せる絵面はかなり危ない気がするが、彼女達は顔を見合わせると少し気持ちが沈んだようにして話し出す。

 

 

「仕方ないです············」

 

「あんな事があったら············」

 

「お辛いでしょうに············」

 

「あれ!? 三人ともよりにもよってアイツの味方するの!? それはそれでさらに酷くない!?」

 

 

冷たい対応にさらに泣き出す少年だが、すぐに気付く。

 

三人とも、聞こえる音が異常なのだ。

 

少年は耳がいい。よってその音で人が何の感情を抱いているのか分かってしまうのだ。この鼓動の速さからして、同情。三人のその尋常ではない感情を聞いて、黄色い少年も真剣な顔付きになって事情を聞く。

 

 

「············何? なんかあったの?」

 

「「「············」」」

 

 

三人は。

 

言ってもいいのかわからないという顔をするが、少年と彼は同期だし、それに力を合わせて『上弦の陸』を倒した仲だし、信用に値するとして黙っているように言われたことを話す。先ほど通達されたばかりで、ごく一部の一般隊士のみ開示されている情報。柱の皆も無論知っており、これが一般隊士にまで知れ渡ったら大騒ぎになる。

 

それを聞いて、

 

黄色い少年は思考が止まってたっぷり一分はフリーズするが、現実が追いついてくるに連れて。

 

わなわなと。

 

わなわなと、唇が異様に震えだす。

 

そして次の瞬間、

 

 

ハァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!???

 

 

汚い高音。

 

それを聞いた瞬間に少年はこの世の終わりだと言うくらいに絶叫し、任務から帰ってきたばかりだというのに休息する暇もなく、全ての優先事項が塗り替えられて奇行に走った。

 

 

「なんでそんな大事なこと黙ってたんだぁぁぁあああ!!! とんでもねぇ“炭治郎”だ!! 俺の大切な恋人が行方不明になるとか洒落になってねぇんだよぉ!! 俺も行くよ炭治郎!! 一人より二人の方が見つかる可能性高いでしょぉ!? 」

 

 

少年の叫び声で近所迷惑になることは日常茶飯事。それでも今日はいつもの倍くらいの声を出し、冗談抜きで空気が割れるほど辺り一体に響き渡った。少女三人は声が大きい、静かにしてください、騒がないでくださいと注意するが彼は無視した。

 

少年は市松模様の少年、“竈門炭治郎”の跡を追う為に自慢の足を遠慮なく存分に使って日が沈みそうな空の下を走り抜けていく。

 

そして雷光のような速度を出しながら、一方通行な恋の想い人である少女の名を叫ぶ。

 

 

今迎えにいくから待っててねぇぇぇええええッ!!!!??? 禰豆子ちゃぁぁあんんんんんんッ!!!!!!!!

 

 

男なら。

 

愛する女のために、たとえ全てを投げ出してでも探しに行かねばならぬ時がある。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「スゥ······スゥ······」

 

 

空は、穏やかな黄昏時を終えようとしていた。 

 

日中、頭上から降り注いでいた強い日差しもやわらぎ、刺すように鋭いものから包み込むような柔らかいものへと変わっていた。昼間は蒸し暑いこの一帯も夕暮れと共に気温が下がってくる。砂漠に住んでいないハイリア人でも過ごしやすい気温まで落ちてくると体が楽になるのを感じた。

 

ガラガラガラと、規則正しい音が繰り返されていた。 

 

寝転んだ体を揺する心地よい振動に眠気をかき立てられる。 

 

ガラガラガラガラ。 

 

屋根付き馬車の車輪が回り、荷台に乗った少女の体を運んでいく。寝転がった体勢のため、ひんやりとした大気が少女を撫でる。夜行性として生きることを強いられた体になってから自由になれる時間は限られてしまうが、そのまるで羽毛で頰をくすぐられているように、少しばかりくすぐったい気持ちになっていた。

 

少女が乗っていたのはリンクの愛馬であるエポナが牽く馬車だ。

 

馬車は今、『ゲルド地方』にある『ゲルドの街』を目指して進んでいた。

 

 

「しかし、よく眠ってるな。寝る子は育つとはいうが、それにしても寝過ぎじゃないか?」

 

「まあ、着くまでの間は寝かせておいてあげて」

 

 

その荷台には少女用の木箱くらいしか積まれておらず、広々とした荷台を少女と『もう一人の同行者』が占領している。手足を伸ばし、力を抜けるだけ抜いている。鉄を思わせる、堅そうな体は意志の強さを表現するように、眉は太く描かれている。口元にはいつものように表情を読まれぬように布で隠している。

 

ゲルド族。

 

女しか生まれない種族で、特徴的なのはその鍛え抜かれた肉体。

 

女だからとて舐められぬように鍛錬を欠かさず、そして常日頃から各地を旅しては素敵な結婚相手を探すために奮闘している。陽に焼けたたくましい体つきをしている。毎日魔物を相手に肉体を酷使しているのだろう。そんな彼女らであっても、流石にこの長旅は眠くなってしまったか。

 

しかしいつでも戦えるように、愛用の武器もまた体のすぐ横に置かれていた。 

 

人の身長ほどもある、巨大な槍。一般的に長槍と呼ばれる武器だ。ゲルドのように鮮やかな宝石を埋め込んで彩られ、その大きさと相まって存在感のある槍だった。造りは無骨であるものの、宝石の輝きを活かした構造になっており、女性にとって大切なファッションセンスにも気を配っているデザイン。

 

銘はゲルドの槍という、安易ながらもそれだけで強そうであった。 

 

何故そんな奴が一緒にいるのか、それは監視砦に急遽伝令役として送られて来て、依頼を頼まれたからだ。

 

ゲルドの長、“ルージュ”からの依頼。

 

先代の族長であった母親が急逝したため若くして族長になったものの、今では見違えるほど自信に満ち溢れており、族長として同胞たちを鼓舞したり励ましたりと芯の強い少女に成長している。

 

そして落雷を発生させる能力に目覚めたおかげで皆から崇められている。

 

そんな彼女からの依頼内容は“モルドラジーク”の討伐。

 

族長の彼女が力を貸して、落雷を発生させられればゲルド族だけでも対処できそうだが、どうやらリンクに頼らねばならぬほど討伐が難航しているらしい。それがリバーサイド馬宿で休んでいたところにペーンが速達でやってきて、平原外れの馬宿にいるゲルド族と合流して討伐に向かってほしいという依頼内容を聞かされた。

 

天変地異の後、ゲルドへ行く道は困難になり、砂漠に入るまでの道のりである進路には川が流れ、空からの遺物が道を塞ぎ、遠回りしなくては行けないようになってしまった。道のりは長く、今日中に着くのは難しいだろうと判断していると、草が密集して複雑に絡み合って丸まった塊がふわふわと浮かびながら転がってきた。

 

できれば砂漠の本当の入り口である、今はもう閉店したゲルドキャニオン馬宿まで行きたかったが、夜道は危険だ。夜は魔物達のホームグラウンド。視界が悪い中で襲われたりなんかしたら、こちらの命が危ない。

 

何よりここからは馬は使えない。

 

天変地異のせいで本来あったはずの道は消失し、今は山を登らねばならない。遠回り用に作られた橋は馬では通れない。

 

そして夜遅いのもあってこれ以上進むのは困難と感じたリンクは、ゲルドキャニオン入口まで着くと、荷台に乗っている少女を起こす。

 

 

「起きて、ここで一泊野営するよ」

 

「······むぅ?」

 

 

ごしごしと片手で目を擦りながら、少女は完全に起き上がる。

 

ここは調査隊達が空からの遺物を調査するために設置されたベースキャンプ。目的のゲルド砂漠はこの先にあり、ここからは馬は使えないから一度戻って馬宿出張所にエポナを預けに行こうとする。それまでは少女のことを、伝令役として遣いに出され、さらにはここの門番であるゲルド族のイルーネに見ててもらうようにお願いした。

 

 

「じゃあ、エポナを一旦預けにいくから、この子のこと見ててくれる?」

 

「あぁ、早く戻ってこいよ」

 

 

頷き、少女の前まで行くとしゃがんで頭を撫でる。

 

 

「すぐ戻ってくるから、ここで待ってて?」

 

「ムゥ」

 

 

少女は頭に置かれているリンクの手を掴んでもっと撫でるように促すが、今はお預けだ。エポナの手綱を持って来た道を少し戻っていくリンクを、少女はゲルド族と共に見送った。

 

少し寂しそうな少女に、イルーネは優しく声をかける。

 

 

「アイツのことが好きなんだな」

 

「ムー」

 

「こんな子供にまでモテるとは······罪な男だな」

 

 

少女はイルーネに手を繋がれ、設置されたキャンプの一つに案内される。

 

そこで待っているように言われ、彼女は調査隊に近況報告を聞きに行く。門番として、自分が留守にしている中何も問題がなかったか確認しなければ気が済まない体質らしい。

 

 

「······ムゥ」

 

 

少女は退屈だった。

 

寝過ぎて眠気がすっかり覚めてしまったのか、起きている間はやる事がなくてつまんなそうにしている。それで辺りを探索しようという考えになり、彼女は無断でキャンプから出ると復興建築用建材置き場が目に入って、遊び場にちょうど良さそうだとしてそこまで走っていく。

 

と、

 

 

「ボクが······支えますから」

 

「?」

 

 

小声が聞こえた。

 

よく見ないとわからなかったが、木材が置かれている裏側、そこにキノコ頭でヒョロリとした冴えない見た目の男性が、ぶつぶつと陰気臭く呟きながらその近くで大きな看板を支えていた。

 

そんな見えにくい場所でなんでそんな看板を持っているのか、少女はその男に近づいていくと、何をしているのか気になったのか彼のズボンを引っ張る。

 

 

「ちょっ!? コラ!! 引っ張るな!! 倒れちゃうだろう!?」

 

「ム!?」

 

 

と、怒鳴られたことで少女の目から涙が溢れ出し、それを見た男は慌てて謝る。

 

 

「あーあー!? ご、ゴメンゴメン!! 君を泣かせるつもりはなかったんだ!!」

 

「············むぅ」

 

 

不貞腐れながらも泣くのをやめると、男は看板が倒れないように支えながら少女に話しかける。

 

 

「ボクはかの有名なエノキダ社長から特別任務を任されていてね。宣伝のために各地で社長の凛々しいお姿が描かれたこの看板を設置しているんだ。けれど見ての通りこれすごく立てるのが難しくてね、他のところも行かなきゃいけないのにこれじゃどうしようもできなくて困ってるんだ」

 

 

そう言う男はため息を吐く。

 

看板には男と同じくキノコ頭をした中年の男性の顔が描かれており、文字は読めないが見るからに自立不可能な構造の結果、決して自立することのない看板を彼自身の手で支え続けなければならないという、極めて残念な状況となっている。

 

この場にいる調査隊の誰かに頼るという考えはないのだろうか?

 

それとも木材の裏にいるから気付かれていないのか。だとしたらどれだけこの男影が薄いんだろう。少女はつい憐れに思ってしまう。

 

しかし、その忠誠心。

 

それに感銘を受けた少女は男のズボンを引っ張ると、ない胸を叩いて鼻を鳴らす。

 

一瞬意図がわからなかったが少女が看板まで近付いていき、両手を使って支える姿勢を見せたことで彼女の考えを察した。

 

 

「何!? もしかして君が支えてくれるのか!? 」

 

「ムン!!」

 

「で、でも、君みたいな子供にエノキダ社長が支えられるか─────」

 

「ムン! ムン!!」

 

「そ、そうか······き、君を信じよう! よし、手を離すぞ!!」

 

「ムッ!!」

 

 

彼の手から看板を支える手が放される。

 

それを合図に、少女は一生懸命力を入れて看板が倒れないように支える。左右にグラグラ揺れる看板は支えにくいが、それでもとバランスを取って直立させる。

 

 

「す、すごい! た、立ってる!!」

 

 

小さな女の子の踏ん張りで看板は見事倒れずその場に直立する。

 

正直、こんな小さな女の子が支えられるとは思っていなかったから、万が一許されザル事になってしまったらと不安になったが余計な心配だったようだ。

 

 

「君はすごい力持ちだな!! エノキダ社長の看板を支えられるなんて!!」

 

「ムフン!!」

 

「これでもう僕が支える必要はないんだ!! バンザーイッ!!」

 

「ムーッ!!」

 

 

男は快哉の声を上げて喜び、盛大に盛り上がってはしゃぎまくる。喜びの舞とも言えるようにその場で何度もジャンプして、わかりやすいくらいに歓喜を表現している。

 

少女もつられるように彼と同じく歓喜のあまりバンザイをして、彼の踊りに共鳴してしまう。

 

·····でも、ちょっと待ってほしい。

 

果たしてこのまま終わって良いのだろうか?

 

今のやり取りに違和感を感じないかい?

 

その行動には誤算がある。決して見過ごしてはならないほどの、大きな誤算が。

 

そもそも、バンザーイの格好から考えてみよう。バンザーイの典型的な姿と言えば、両手を上に上げて快哉の感情を表現するのだが、それを少女もやっているとなると、必然的に少女の手は空に向かって伸びて元気を分け与えるようなポーズを取るわけである。

 

つまり、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

驚異的な少女は子供とは思えないほどの強靭な力を持ち、よって放された看板はロケットの如く空へ放り出される。

 

ついでに言うと、ここは川の上。

 

したがって看板は少女の後ろに落ちていくのだが、悲しくも彼女が立っていたのは崖際。

 

何が言いたいのかというと···············

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ギャアアアアアアッ!!??? 許されザル事が起きてしまったァァァァァアアアアアアアッッッ!!!!!???

 

 

汚い高音。

 

狂人のように絶叫したかと思えば、キノコ頭は自分の安全の身など気にも留めず、命よりも大事な社長が描かれた看板を追って飛込選手の如く入水姿勢を取りながら一緒に落ちていく。

 

 

エノキダ社長オォォォォォォォォォォォォッ!!!??

 

 

下から最愛の上司の名を呼ぶ声が木霊して聞こえてくる。

 

その後、ドボンという音と共に水飛沫が少女のいるところまで上がってきたのを見ると、彼は相当な速度で川に飛び込んだと思われる。

 

 

「············」

 

 

少女は、言葉が出なかった。

 

何が起こったのかを頭が理解するよりも先に、後ろから青年の声が聞こえてくる。

 

 

「あれ? ここにいたんだ」

 

 

リンクはエポナを預け終わったのか戻ってきていて、少女が指定のキャンプにいなかったので探しにきていた。木材置き場の裏は非常に見えにくく人も近寄らないためわかりにくいが、リンクの観察眼は飛び抜けており、その特技もあってか各地の祠や迷宮などの仕掛けの謎解きはお手のものである。

 

よって少女の居場所を難なく見つけられたリンクは、彼女の手を取ってキャンプに戻ろうとする。

 

 

「そんなとこいて落ちたりなんかしたら大変だよ。ほら、こっち来て」

 

「············ム!!」

 

 

そして少女が思考停止して現実逃避している間に一分は過ぎてしまった。リンクによって手を引かれてキャンプまで戻ろうとするが、少女は落ちた男のことが心配で彼になんとか伝えようとする。

 

 

「ムゥー!! ムゥー!!」

 

「ん? どうかした?」

 

「ムゥ!! ムゥ!!」

 

 

崖下にある川へと指差して人が落ちたことを教えようとするも、リンクにその意図は伝わらずに首を傾げるだけであった。川に何かあるのかと思って見てみてもそこには空の遺物の一部があるだけで、珍しいものはなかった。

 

 

「? 川に入って遊びたいの? 残念だけどここらの川は凄く深いし、それにここから入ったら二度と上がって来れなくなるからダメだよ。流されたら最後、ヒメガミ川まで登れそうな所はないし、最悪命を落とす危険があるから」

 

「ムゥゥゥウウウウ!?」

 

 

そんな危ないところにたった今落ちた人間がいるのですが!?

 

周囲にいる人達もなんで気付かないんだ! と目で訴えるも伝わらず、少女はそのまま危険な崖際から連れ出される。早く助けなきゃという意思を見せてもリンクには我儘を言っているようにしか見えず、子供が遊ぶところではないとして『めっ!!』と言って説教をしてくる始末。

 

最終的には誰にも落ちたことが伝わらず、少女は膝を抱え込むようにして座り込み、尊い命が散っていったことを悔やんだ。

 

ただ、ご心配なく。

 

数週間後、ハイラルの各地でエノキダ社長が描かれた看板を持ったキノコ頭が何人も目撃されるので、落ち込む必要はないよ。

 

 

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