鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第九章

 

 

べんっ!!

 

空間は一変する。

 

ドアも窓も、重力という概念すらない。全ての常識をなくした空間。平衡感覚が曖昧になり、上かと思えば下におり、立っていると思ったら落ちている。その特別な異能を持つものが愛用している『琵琶』の音が鳴らぬ限りは出入りもできない空間を中心に、『そいつ』は実験しながら招集出来る奴を全て招集する。

 

ビーカーや三角フラスコ、試験管の中にはあらゆる植物から採取した成分を混ぜ、調合した液体が満たされている。

 

無限、もはや果てがなさすぎてこの空間そのものが世界とも言える場所は、いつも闇に染まっていた。ただし、各地に配置されている無数の灯籠の光が、まるで夜空の星々のように瞬いている。

 

 

「············」

 

 

『それ』は、生命としては正しい行動をしている。

 

ただ、倫理観がおかしいのだ。

 

生き物とは、生きるために生まれ落ちたその瞬間から必ず何かを奪い続ける。

 

食物、関わり合う人々、家族ですら。

 

生きる限り屠り、殺し奪い続ける。

 

世界は、怒りと哀しみを産み続ける。

 

それで当然と言わんばかりに。

 

お互いが自身を正当化しようとしている。

 

 

だから、今さら命を奪ったくらいで誰も責めない。

死者は何も言わない。

 

何故ならば、生命というのは奪い合うようにできているのだから。

死者は怒らない。

 

何故ならば、生きるためには他生命からその命を摂取しなければならないのだから。

死者は哀しまない。

 

何故ならば、死んだ人間がその後どう思うかなど所詮は生きた人間の勝手な妄想なのだから。

死者は気にしない。

 

何故ならば、死んだらもう何も言えなくなるのだから、死んだ奴の意思なんてただのそいつの勝手な解釈なのだから。

死者は喋らない。

 

 

これから先、何をどんな風に生きていこうが、それは結局自己満足以外の何物でもない。生命は生きるためならば他の生命を踏み躙ってでもその命を燃やし続ける。

 

殺害、自己防衛、略奪、狩猟、伐採、戦争。

 

生きるためにいつだって繰り返してきたはずだ。

 

そして、これからも。

 

だから今さら自分が悪だと決めつけられる理由がわからない。

 

断言しよう、生命を大事にしない奴こそが『異常者』だということを。

 

生存こそが、我々生命を持つ者の本質ではないのか?

 

何故それが理解できないのか、全くもって理解できない。

 

 

(············たかだか人を喰ったぐらいで)

 

 

べんっ!!

 

彼がそう思った瞬間、タイミングを合わせたように琵琶の音が鳴ると正面に二つの人影が現れた。一人は死人の様な肌の色に紅梅色の短髪で罪人の証である刺青のような模様が全身に浮き出て鉄をも粉砕する拳を持つ鬼、もう一人は軽薄そうな性格で頭から血を被ったような七色の虹彩が特徴的な笑みが不気味な鬼だ。

 

現れた瞬間に膝を付いている事から、彼らの忠誠心がいかに強いかがわかる。

 

最も、それは恐怖や実力差から来る、支配と調教によって植え付けられた洗脳的な歪んだ忠誠心だ。

 

しかし、それを顔に出したり、考えただけでそれが偽りだとバレれば、たとえ彼らでも即座に死よりも恐ろしい苦痛を味わわされるだろう。よって彼らは思考までも歪んでおり、結果化け物という異質な存在でいられる。

 

 

「各地に配置した鬼が消えているのは知っているな?」

 

 

その問いに二匹は頭を下げながら答える。

 

 

「············はい」

 

「存じ上げております!」

 

 

刺青の男は畏怖から生まれた敬意からちゃんとした受け答えをするが、もう一人はどちらかというと神を崇めるようなそんな信仰心からくる敬意のように感じた。

 

『彼』は続ける。

 

 

「私の支配から外れたわけでも、逃げ入ったわけでもない。そして、死んだわけでもない············わかるのだ、私の血がまだ何処かで流れてるのを」

 

 

細胞というのには記憶が存在する。

 

免疫記憶は一度感染した病原体に対する記憶を持ち、再感染時に迅速な免疫応答を可能にし、細胞記憶は細胞が特定の遺伝子発現パターンを獲得し、それが細胞分裂によって次世代の細胞に受け継がれることで体の組織や器官の形成が秩序だって進み、神経細胞記憶は学習や経験によって変化し、その変化を記憶として保持できる等。

 

細胞の一つ一つにはその生き物の記憶が埋め込まれている。

 

『そいつ』の細胞は特殊で、分け与えた細胞から記憶を読んだり、分け与えた者の気配を感じたり、分け与えた者の状況を把握できたり、とにかく細胞一つで分け与えた者を支配することができる。

 

よって逃げることも裏切ることも不可能。

 

例外は勿論あるが、あれは極めて稀なケースだ。原因はわからないが、花札の耳飾りをつけた鬼狩りと一緒にいる鬼は人間の味方をし、協力して鬼達を葬っている。故にとっとと始末したいのだが、それが難航している。とても目障りな存在が、今も自分の血を分けた鬼を葬っていると考えるだけで怒りが湧いてくる。

 

だから彼は鬼達にこう命令している。

 

 

一、『その名を口外してはならぬ』

 

二、『花札の耳飾りをつけた鬼狩りと、それと一緒にいる鬼を消せ』

 

三、『青い彼岸花を探し出せ』

 

 

だが、そんな鬼達が今行方不明となっている。

 

逃げたり裏切ったりすれば、すぐに埋め込まれた細胞によって証拠隠滅のために始末される。

 

それがないことを考えると、

 

 

「恐れながら申し上げますが─────」

 

 

軽薄そうな鬼が笑って言う。

 

 

「今もまだ感じてらっしゃると言うことで、試しに一人ほど遠隔で殺してみるというのはいかがでしょう? そこから感じた気配を辿っていけば、自ずと消えた鬼達の居場所が掴め─────」

 

 

ダン!! と。

鈍い音共に、いきなり鬼の頭が上顎から先が全て消し飛ばされた。まるで舌でも切るように。

 

 

「···········貴様は私を愚弄するのか?」

 

 

意見することを赦さず『それ』から伸びてきた肉塊が鞭のようにしなり、容赦なくその鬼の頭を吹き飛ばした。

 

 

「私が何の考えもなくお前達を招集したと思うか?」

 

「··········」

 

「これは、大変失礼致しました」

 

 

吹き飛ばされた部分から血が溢れ出し、頭の形まで噴き出すとそれはすぐさま凝固して鬼の顔を形成した。

 

『彼』はこう言いたいのだ。

 

そんなこと既に試している、けれど何の成果もなかったからお前達をわざわざ呼んだのだ、と。

 

意見させなかったのは、自分の力の可能性は無限大だと証明したいのか、『それ』の隠された裏側の一面を悟られぬようにするためか。

 

何にせよ、自分から口にしないということはよほど自尊心が強いと見える。

 

空間が軋む。

 

彼の感情に呼応するように、世界が悲鳴を上げる。

 

 

「玉壺に半天狗、それに黒死牟までもが働いている中、お前達は何をしている? 青い彼岸花も見つけられず、産屋敷一族も目障りな鬼狩り共も未だに葬っていない。少しは私を喜ばせるという気概がないのか?」

 

「「··········」」

 

「どいつもこいつも使えん奴ばかりだ。見つけ出すというだけの簡単な事すら貴様らは成し遂げられない」

 

 

息を呑む。

 

唾液を呑み込む音すら不快にさせてしまうのではないかという恐怖。威圧だけで殺せる、『そいつ』は殺意を剥き出しにして命令する。

 

 

「確定した情報を入手し次第、私に知らせろ·········いいな?」

 

「··········御意」

 

「仰せのままに」

 

 

彼が告げると、ちょうどタイミングを計ったように琵琶の音が鳴り響いた。

 

一人きりになった空間の中、『そいつ』は呟いた。

 

 

「いらぬ手間ばかり増えていく·········くだらん」

 

 

鬼に埋め込んだ細胞から情報を入手できるはずなのだがそれができない。消える直前の情報が届かないのだ。何がどうしてこうなったのかわからない不可解さ。そんな状況に不快の絶頂な『そいつ』は無駄に増やした頭脳を使って考える。

 

 

(·········まさか私を出し抜く者がいるとでも言うのか?)

 

 

鬼である自分を凌駕するもの。

 

どこにいても感じ取れる鬼達を人知れずに何処かに消し去る奴がいるとでもいうのか。木っ端な鬼が一、二匹消えた所でどうでも良いが、しかしそれをやった者がいるとなると驚異のレベルが上がっていく。

 

とはいえ、それだけでこの自分を出し抜けることはできないだろう。

 

この力はそもそもそんな簡単に手に入るものではない。自分だってまだ模索中なのだ。仮に並みの実力者がいるとして、この自分を欺いて鬼どもを攫ったとしても、理屈抜きでそれを看過するほどの力がある。

 

すなわち。

 

つまり。

 

だから。

 

したがって。

 

この『鬼の王』を出し抜けるのは、同じ『領域』に立つ者だけ。

 

そんな存在が自分以外にもいるだなんて、あってはならぬことだ。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

それはかつて、岩や土と呼ばれるものだった。 

 

岩や土は、その見かけよりもはるかにもろい。永く日光と風に浸食され続けてきたであろうそれらの岩石は、人が触れただけで、その表面が剝げ落ちることさえあった。

 

風化現象である。 

 

容赦なく降り注ぐ強い陽光や、額から滴る汗を地面に落ちる前に蒸発させてしまうほど強烈な熱や乾燥にさらされ続けた。そのまま自然にとってはほんの一瞬、人にとっては気が遠くなるほどの時が経過する。硬い表面がひび割れ、砕け、細かくなっていく。そして今、それはよほど目を凝らさなければ見えないほど細かくなっていた。

 

いずれこれら岩石は自然と崩れ落ち、巨大な岩は小さな石へ、小さな石は細かな礫へ、

 

そして最後には風に舞う無数の『砂』となり、周囲を満たす。一面、熱にも冷気にもなる砂によって埋め尽くされている。

 

シンプルで壮大な自然。

 

膨大な量の砂によって世界の一部、もしくは海に例えられるほどの広大な砂漠が広がっていた。一粒あたりの重さが限りなく無に近くなったそれらは吹きすさぶ風で易々と舞い上がる。そして、無数の砂は強い風により濃密な砂嵐となって今、この一帯を包み込んでいた。

 

 

「·········」

 

 

風が作った砂丘の端で、一人の青年が吹きつける砂粒に顔を顰めながら辺りの様子を窺う。 

 

彼を苦しめるのは気温だった。昼間は摂氏五五度、夜は氷点下に達する。おおよそ人の生きていける環境ではない。

 

『暑い』と『寒い』

 

あるいは孤立という言葉ぐらいでしか、この『ゲルド砂漠』を表現することはできない。彼の目の前に広がっているのは、世界で最も近寄り難い場所の一つ。果てという概念すらないのではと感じるくらいに広すぎる砂漠で、彼は討伐目標である魔物を待ち構えていた。

 

砂中を泳ぐように移動しており、砂に潜行している間はほとんどの攻撃が通用しない。

 

極めて厄介な魔物、それが街の近くにいるということで彼が呼ばれた。

 

 

キィイイイイイイッ!! 

 

 

巨体に似合わぬその甲高い鳴き声は、どこか鯨類のそれを彷彿とさせる。

 

その印象を裏付けるように、砂中から巨体魔物、“モルドラジーク”が姿を現した。その様は自身を縛り付ける重力などまるで意に介していないようだ。 

 

 

「くっ!!」 

 

 

風圧と砂塵が吹き付けられ、思わず両腕で庇った顔を砂粒が叩く。赤い目が青年を見つけると、巻き起こった突風が大量の砂塵を舞い上げた。身動きを奪われながらも、リンクの視線はモルドラジークを追いかける。

 

視線の先、モルドラジークはドシンと地響きを鳴らして地上へ降り立つと、すぐさま砂の中に潜って姿を眩ませる。

 

逃しはしない。

 

盾を構えて風圧をある程度無効にしても、砂粒までは防げなかったらしい。彼は唇を盛大に歪めて口の中に入った砂を吐き出し、愛用の武器を背中から抜き放つ。 

 

巨体が砂を掻き分けてこちらに向かってくる。

 

巨大な魔物に正面から駆け寄っていく。

 

無謀とも言える大胆な行動だが、リンクの勇気は人一倍強い。これぐらいのことで怖がってられない。

 

両者の距離が、一足一刀の間合いへと詰まる。

 

さぁ。

 

討伐と行こう。

 

世の平和のために。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

異文化交流というのは、人種が違う者同士での距離を一気に埋めるのに適している。

 

地下にある教室。

 

 

「すごーい!!」

 

「紙でこんなことまでできるんだ!!」

 

「ねぇ! やり方教えて!!」

 

「ムー!!」

 

 

灼熱の太陽が届かない地下の奥、そこではゲルドの子供達が人垣を作っていた。ハイリアのフードを被った少女による作品を見て、皆が興味津々な顔をしている。

 

基本は山折り谷折り。

 

上と下の角を合わせて三角形に折り、さらに横半分に折る。三角形の底部分にある袋になっている箇所を正方形になるように開いて折り畳み、裏返して、線が目印となっているところで左に折る。それをもう一度繰り返し、真ん中の折りすじに合わせるように線のところで折りすじをつけて元に戻す。三角の部分も線のところで折りすじをつけて元にもどし、開いて折り畳む。反対側も同じように開いて折りた畳み、真ん中に合わせて点線のところで折る。両側が細い菱形になったのを確認したら、下の尖った部分を左右とも上の羽の部分の間に挟みこむように持ち上げる。その際、尖った部分の山折り部分をへこませて谷折りに折り返す。右側の尖った部分を、線のところで山折り部分をへこませて谷折りに折りかえて、先端を右側に引き出す。

 

羽を広げて立体的に形を整えると、『鶴』の出来上がり。

 

 

「フフフフーン♪」

 

 

出来上がった途端、少女はそれを片手で持って上機嫌に天井へ掲げるポーズを取る。宝物を見せつけるように独特なファンファーレの鼻歌を唄うと、その出来栄えを誇示するように鶴が発光するという謎現象が起こった。

 

 

「うわぁ!!」

 

「すごい! 鳥さん!!」

 

「ねぇねぇ! 他にも作って!!」

 

「ムン!!」

 

 

少女は鼻を自信満々に鳴らして、ゲルド族の子からの期待に応えると様々な動物を作り出す。

 

折紙。

 

古来から伝わる儀礼的な紙包み細工。

 

最初は写経や記録をするために紙を使っていたが、神事にも用いられるようになり、神への供物などさまざまな物を紙で包むようになったとされている。やがて供物や贈り物を包んだ時紙に折り目がつくことに着目して、包みを美しく折って飾る儀礼折が生まれたという。そして次第に、礼法や決まりから離れていき、折り方そのものを楽しむようになったのが折り紙だ。江戸時代に入ってから紙の生産量も増え、折紙はいっそう人々に親しまれるようになった。

 

要は遊び道具である。

 

ゲルドの女の子達はそんな少女の巧みな創造力に黄色い声を上げ、彼女のお手本指導によって様々な動物を形作っていった。

 

ニワトリにカメ、うさぎなど、彼女が作るものの引き出しが多くて、完成させる度に皆が喜んでいた。

 

ここは『ゲルドの街』。

 

そこは自然との共存を果たし繁栄した奇跡のような街として、地下から湧き出てくる水資源によって発展している砂漠地帯で生きられる重要地点だった。切り立った岩を削って遺跡とし、人の手によってお洒落に築かれた街。都合よくあった遺跡を自然の城壁として利用し、外界との調和を図っている。自然の風、湧き出てくる水の力を利用し、人が暮らしやすい環境を形成していた。安心して暮らせる街に人や物資が集まり、同時に情報や知識が行き交う場所としてさらに大きく発展してきた。

 

そんな街でも、必ず守られねばならない掟がある。

 

それは、男子は立ち入り禁止だということ、だ。

 

『成人前のゲルドがヴォーイと交流すると災いが起こる』という理由で男子禁制の地であり、街の外で生まれたゲルド族は物心ついたころに親元を離れ、成人するまでゲルドの街で同胞と共に暮らすという掟がある。よって、一人を除いて、この街には男は誰一人いない。もし入ったりなんかすれば即座に追い出されるか、最悪の場合は牢屋に連れて行かれる。

 

故にゲルドの女の子達は成人まで街の外に出ることは許されず、外の世界がどうなってるのかを知ることはできない。そんな中、この街に唯一出入りできる男が、突如異国の女の子を連れてきた。木箱の中に入って現れたため皆が皆動揺したが、彼から事情を聞くと日光過敏症という病気を持っているため陽に当たれないので、木箱の中に入って普段移動しているという。外見からでもわかる。彼女は目元と口元が隠れるくらいにハイリアのフードを深く被り、肌を露出させぬように気を配っている。

 

そんな格好ここでは暑いと思うが、幸い湧き出てくる地下水が気化熱となったおかげで地下街は氷室のように涼しかった。

 

女の子達は少女が作る芸術作品に目を奪われ、その日の授業は大幅に遅れた。

 

 

「みなさ〜ん? 新しいヴァーイ(ともだち)が来たことではしゃぎたい気持ちはわかりますが、そろそろ授業が始めたいので席に着いてくだ────」

 

「スナザラシちゃんとかも作れる!?」

 

「あ、ハイハイ! 私あれ作って欲しい!! デグガーマ!!」

 

「なんで魔物なの!? もっと可愛いのリクエストしようよ!!」

 

「え〜、私かっこいいのがいい」

 

「じゃああれ作れる!? ゲルドのナイフ!!」

 

「ねぇねぇもっと作って!!」

 

「ム、ムー!?」

 

「·······はぁ、子供達に恋のABCはまだ早かったかしら」

 

 

かまびすしい声に講師のワーシャは掻き消され、子供達はとにかく異文化を教えてくれた少女と話したいらしく、楽しそうにキャッキャと笑い合っている。

 

しかし、少女の方は子供達の剣山のような挙手によってかつてないほど困惑していた。

 

リクエストに次ぐリクエスト。

 

無理難題まで言ってきて、少女はもう流石にこれ以上は対応できないのか目をぐるぐると回し始める。

 

 

「楽しそうだな」

 

 

と、唐突に教室の入り口から若い女の声が聞こえてきた。

 

その子も一応子供と呼べる年齢であったが、他のみんなと違って貴賓さに溢れていた。頭にはこの部族の長であることを象徴する髪飾りを着けており、歴代の長が使ってきたと言われている七宝のナイフが腰にあることから、彼女がこのゲルドの頂点に立つ存在だということを証明してくれている。

 

彼女はそのまま教室に入ってきて、子供達が何をしているのか訊ねてくる。

 

 

「それはなんという遊びだ?」

 

「「「「「ルージュ様~!!」」」」」

 

「うむ、皆元気そうでわらわも嬉しい。して、何をしている?」

 

「この子が紙を使っていろんな動物や道具を作ってるんです!」

 

「ほう······紙一つで何かを表現するその想像力、見事なものだな」

 

「ムー?」

 

 

族長、“マキ・ア・ルージュ”は少女のその豊かな発想力を褒めると、子供達にも見習うように言う。

 

 

「与えられた情報や経験に基づいて、新しいアイデアやイメージを生み出すのは素晴らしいことだ。さぞかし多くのことを学んできたのだろう。皆もこの者のようにたくさん遊んで学び、励め。それはいずれ自分の力となる。そのためにまずは、授業をちゃんと受けてよく勉強し、より多くの知識を得るのだ」

 

「「「「「は〜い!!」」」」」

 

 

その声を合図に、皆が席に着く。ルージュのおかげで授業が始められることを感謝し、ワーシャは族長に軽くお辞儀する。彼女は微笑み返すだけでそれ以上は何も言わず、隣にいる少女の目線に合わせるように膝を曲げる。

 

 

「済まなかったな。童のような見た目だから想像しにくいだろうが、これでもわらわはこの部族の長。故にやることが多くてな」

 

「ムゥ」

 

「しかし其方を一人にしてしまったのも事実。リンクに任されたのに目を離してしまって、そして子供達の相手までしてもらって、誠に申し訳ない」

 

 

そう言って謝ってくるルージュだが、少女は彼女の頭を無言で撫でる。気にしてない、そう言いたいのだろうか。少女の寛大な心に感謝し、ルージュは少女の手を取って教室を後にする。授業の邪魔にならぬように別の部屋に移動し、職務を粗方終えたのでリンクが戻ってくるまでの間、ルージュは少女の遊び相手になる。

 

地下街には寝泊まりする場所があり、少女はよく眠るためそこで相手をして欲しいと頼まれたので、兵士に出入り口を見張ってもらいながら彼女は少女と共にベッドに座る。

 

 

「それにしても·······」

 

 

ルージュは少女を見る。

 

 

「リンクの奴、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()········」

 

「ムゥ!」

 

「ふふっ、言っただろう? これでもわらわはこのゲルドの族長。そして『雷の賢者』でもある。其方から溢れる異質な気配くらい容易にわかる」

 

「ムー」

 

 

そう言いながら彼女は髪を靡かせて耳にある『秘石』を見せる。勾玉の耳飾りを見て少女はつい『兄』の姿を連想してしまうが、その輝きからしてただの石ではないということを感じた。独特な文字だが、漢字で『雷』と書かれていることがわかった。そのことから、彼女が言っていた『雷の賢者』というものを象徴するものなのだろうと察した。

 

日光過敏症などと言い訳してきたが、そんなバレバレな嘘は彼女には通用しない。

 

これでも一族の長で賢者なのだ。

 

······っていうか。

 

 

「フードで隠しているが口枷をしている時点で其方が魔物であることはすぐにわかった」

 

「········ムゥ」

 

「案ずるな、卑劣極まりない魔物らと違ってこちらに害を為す気がないこともわかっている。其方とて何か深い事情があるのだろう。何よりあのリンクが連れてきたのだ。ハイラルの平和を誰よりも願う勇者が魔物を連れているのは確かに妙だが、何の考えもなしに其方と一緒にいるとは思えない。だからそんなに警戒せずともよい」

 

「ムゥ!」

 

 

笑いかけて少女の頭を撫でるルージュ。

 

その心地良さに少女はうっとりとして、つい彼女の胸の中に頭を預けてしまう。ルージュはその様子に一瞬戸惑ったものの、甘えてきているのだと察して少女の頭を摩る。すると少女は彼女の心音を聞いたおかげで眠くなる。人というのは胎児の頃から子宮内で母親の心音を聞いて育つため、心音は胎児にとって安心感のある音であり、それが成長してからも同様の感覚を引き起こすことがある。

 

精神も幼児化している少女は、彼女から聞こえる心地良い音に身を預け、そのまま深い眠りについてしまう。

 

と、

 

 

「ルージュ様」

 

 

見張りを頼んでいた兵士とは別の兵士が入ってきたのを見て、ルージュはわずかに低い声で何の用なのか尋ねる。

 

 

「なんだ? 今日の職務は全て終わらせたぞ? 客人の相手をせねばならないから、急用を要することがない限り誰も入れぬようにと伝えたはずだが?」

 

「申し訳ありません。実はそのことなのですが────」

 

 

兵士は特に表情も変えずに要件を伝える。

 

 

「リンク殿が連れてきた少女というものに興味がありまして────」

 

「·······」

 

 

ルージュは。

 

気付かれぬように空いている手を腰のナイフに伸ばす。

 

すると兵士は口元にある布を取り、その口元には不気味な笑みが浮かんでいた。

 

 

「大変恐縮なのですが────その小娘をこちらに寄越せ!!」

 

 

目の前の兵士の声が唐突に変化した。

 

そして兵士の体から煙が噴き出すと、周囲に『赤いお札』が舞った。瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!!」

 

 

ルージュは眠りについている少女の小柄な体を抱えながら飛び退き、突っ込んでくる賊の後ろ側に回る。すぐさま空いている手にナイフを握って戦闘態勢に入り、入り口で見張りをしていた兵士がどうなったのか視線だけ向けて見る。

 

そこには脇腹を刺されたのか、荒い息をしながら倒れているゲルドの兵士がいた。

 

おそらく、仲間に化けたことで油断させ、その隙をついたのだろう。急いで治療せねば彼女の身が危ない。早くこいつを倒したいが、抱えている少女を庇いながらとなると、お得意の双剣は使えない。

 

だとしてもやらなければ。

 

リンクから任された約束を果たすために、なんとしてでも少女を死守する。

 

 

「この街に侵入してくるとは、その度胸は褒めてやろう。しかし、行方不明になったゼルダに化けたり、最近は女に化けるのが貴様らの流行りなのか────“イーガ団”」

 

 

イーガ団。

 

元シーカー族であり、そこから悪の道へと走った集団。

 

約一万年前、古代シーカー族は厄災復活に備えて四体の神獣と大量のガーディアンを作り出し、無事に厄災を封印した。しかし、その高い技術力が自国に牙を剥くことを危惧したハイラル王家から追放されてしまう。その後、高度な技術を捨ててカカリコ村のように質素且つ平穏に暮らすシーカー族も居れば、自分たちを追いやったハイラル王家に恨みを持ち、厄災を信仰するようになったシーカー族も現れた。

 

それが後にイーガ団と呼ばれる者達の始祖である。

 

彼らはシーカー族のシンボルである目の紋様を上下逆さにしている。それが恨みの象徴であった。

 

奴らの目的は国家転覆。

 

執拗にハイラル王家に関わる者達を狙っており、主に姫君や勇者を亡き者にしようとしてくる。

 

 

「無駄話をする時間はない。大人しくその娘を寄越せ。そうすれば命までは取らん」

 

「生憎、わらわはお前達のような下品な者と違ってな。そんな陳腐な脅しになど屈指はせぬ」

 

「そうか·······じゃあ死ね」

 

 

イーガ団は沈み込んだ体勢から一気に飛び出し、地面をギリギリ滑空するように突き進んできた。ルージュの直前でくるりと体を捻り、右手にある三日月型の首刈り刀を左斜め下から叩きつける。少女を持つ腕ごと斬って強奪するつもりらしい。

 

 

「フッ!!」

 

 

ルージュは即座に見切って対応し、激しい火花が散らせる。

 

 

「チッ!!」

 

 

イーガ団は舌打ちしながら後退し、また死角から攻撃しようとしているのか詠唱を唱えると、煙幕と共にその姿が消える。敵の姿を見失ったルージュだが、その顔に焦りはない。奴らが好むやり方、この狭い空間の中でそれをやるのは逆効果だ。よって、どこから放たれるか予想していたルージュは振り向きざまにナイフを逆手に持って構えると、

 

 

「ハァ!!」

 

 

重い気合と共に、ナイフの柄頭で突き攻撃を放つ。

 

その瞬間、都合よく現れたイーガ団の鳩尾に柄頭がめり込み、内臓が圧迫され空気を吐き出し脱力した所をルージュは鋭い蹴りを入れて壁にまで吹き飛ばす。

 

 

「ぐはっ!?」

 

 

その際にイーガ団は武器を落とし、ルージュがそれを踏み砕いて無力化したことを確認させると、静かな殺意を持ってこう忠告する。

 

 

「今は客人の前だ。斬らずにおいてやる」

 

「くっ!!」

 

「······消えろ」

 

 

一瞬の静寂。

 

イーガ団は舌打ちすると印を結び、煙と共にどこかへと逃げ去った。

 

 

「ふん」

 

 

賊が尻尾巻いて逃げたことを確認すると、一旦抱えていた少女をベッドに置き、負傷した兵士の様子を見に行く。

 

傷は深くない。しかし放っておけば命に関わる。

 

ルージュは近くの兵士を呼ぶために、この地下街に響き渡るぐらいの大きな声で叫ぶ。

 

 

ドスッ! と。

 

 

助けを呼ぼうとするルージュの右肩に、何かが食い込んだ。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

灼熱する痛み。体の中でブチブチと何かがちぎれるような感触。耳ではなく、体内を直接通って響き渡る鈍い音。目をやれば、右肩に食い込んでいたのは波のような模様が光り輝いている刀身を持った刀だった。いや、食い込むどころか貫通していた。ルージュは痛みで混乱しかけた頭を無理矢理平静に留めてその刀の持ち主に目を向ける。

 

 

「ゲルドの長が油断とは、やはりまだまだ子供ということですかな?」

 

 

巨躯な姿をしたイーガ団。

 

イーガ団の中でも幹部にまで登り詰めた実力を持つ者だった。

 

そいつはルージュから刀を引き抜くと、脇腹に鋭い蹴りを入れる。皮肉にも、さっきの下っ端団員に喰らわせた攻撃を自分も受けてしまった。部下の仕返し、とでも思っているのだろうか。横に吹き飛ばされ、壁に激突してズルズルと崩れ落ちる。

 

ぼとぼと、と。重たい液体が溢れる音が地面に響く。

 

それを楽しげに眺める視線が一つ。

 

 

「全く、素直に渡していれば良いものを」

 

「!?」

 

「心配せずとも命までは取りません。ただこの子供には勇者を釣るための餌になってもらうだけですので」

 

 

あろう事か幹部は少女を脇に抱えていた。眠りが深すぎるのか、少女は全く起きる気配はない。それが少しだけ救いに思えた。こんな無残な状況を見なくて済んだからだ。

 

しかし、守るべき少女が敵に奪われてしまった。

 

ルージュは武器が上手く振れない中、雷撃を呼び起こして敵から少女を奪い返そうとするも、その指が震える。痛みで狙いが定まらず、万が一間違って少女に当たったらと思うと、その指が発動するのを躊躇っている。

 

幹部は高らかに笑って、

 

 

「勇者に伝えなさい。この娘を返して欲しければ一人で我々のアジトまで来い、と」

 

「ッ!? ······そんなこと誰が───」

 

「従った方がいいですよ。今この場でこの娘の命を失くしたくなければ」

 

「ッ!!」

 

 

そう言って。

 

愉快な表情を浮かべたまま、幹部は少女と共に虚空へと消えた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

唇が乾き、浅く裂けて血の味が溢れる。

 

悔しさのあまり、ルージュは奥歯を噛み締めて心の中で詫びる。とてもではないが、口には出せない。

 

やるべきことはわかっているのに。

 

一瞬の油断が仇となり、何一つ約束を守れなかった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

肌を焼き尽くすほどの灼熱の大地は、今では肺を凍り付かせるほどの冷気で満たされていた。 

 

 

「つ、疲れた······」

 

 

苦戦しながらも依頼通りモルドラジークを無事討伐し終えたリンクは白い息を吐きながら街へと戻っていた。

 

ゲルドの街に入れるのは本来女性だけ。しかしリンクだけは特別に入ることを許可されている。昔は街に入るために勇気を振り絞って男を捨てたこともあったが、現族長であるルージュと協力関係になってからもうあんな思いはしなくても済むようになり、その恩を返すためにも彼は討伐依頼を快く引き受けた。

 

しかし、流石に疲れた。

 

暑さに加わり舞い散る砂に悩まされ、視界が悪い中討伐するのは中々に大変だった。

 

だがやり遂げた。

 

あとはそのことを報告し、任せていた少女を迎えに行くとしよう。

 

ゲルドの街の入り口にまでやって来て、門番たちに挨拶すると、彼女らは声を荒げて呼び止めた。

 

 

「戻ってきたか!!」

 

「うん、無事に終わったよ? それで、ルージュはもう寝てる?」

 

「それどころではない! 大変なんだ!!」

 

「?」

 

 

声を荒げる門番に首を傾げるリンクは、一先ず落ち着くように言う。そうも乱れていては聞きたいものも聞けない。

 

そうして、深呼吸をして冷静さを取り戻した門番は告げる。

 

ただ、事実のみを。

 

 

「!?」

 

 

それを聞いた途端、今度はリンクが声を荒げた。

 

 

「どういうことだよそれ!? あの子は本当に───!?」

 

 

リンクは掴みかからんばかりの剣幕で門番に詰め寄る。彼女に当たり散らかすことがいかに的外れか理解しつつも、リンクは自分の感情を制御できなかった。

 

門番はリンクを見ながら、しどろもどろに答える。

 

 

「すまない、我々が付いていながら」

 

「そんな······だって、ルージュは? あんなに強いのに負けるはず······!?」

 

 

門番は下を向きながら目を閉じる。それが何よりの答えだった。

 

 

「ッ!!」

 

 

リンクはそれ以上は何も聞かずに踵を返し、白く染まった砂漠の中へと戻っていく。門番の制止の声に耳を傾けず、砂の中に沈む足を蹴り上げて街を去っていく。

 

リンクの頭が、カッと熱を上げた。

 

右腕が粉砕されるくらいに固く握り締められる。あの子は魔物だ。故に勇者ならば務めとして退治せねばならないが、あの子は他の魔物とは違う。笑って、泣いて、怒って、楽しんで。子供らしい感情を持って、誰にでも優しくしていた。魔物は人間を脅かす存在なのに、あの子は絶対に人を襲ったりしなかった。

 

あの子は楽しい日々を送っていた。

 

なに不自由なく、魔物としてではなく人間として過ごせていた。

 

それが、下劣な連中に奪われた。

 

その事実。

 

それが。

 

リンクの。

 

本能を目覚めさせる。

 

 

「ッ!!」

 

 

開かれた口の隙間から、熱い何かが溢れてくる錯覚があった。その味はあっという間にリンクの口内に浸透していく。

 

血。

 

噛み締めすぎて起こり得る感情。

 

殺意。

 

全ての優先事項が塗り替えられ、リンクは砂漠を走り抜けていく。

 

大切な少女を取り返すために。

 

 

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