鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第十章

 

 

森。

 

自然の象徴。

 

広大な森林地帯。 

 

ある者はその光景を、樹海と呼んでいた。 

 

樹々の海だから樹海と呼ぶらしいが、彼は海というものをまず見たことないから知らないし実際にその様子を見たことはなかったが、頭上を流れ行く風音は確かに水の波の音に似ていると『山の王』は思っていた。人間の社会をほとんど知らず、しかし子分と呼べる奴らと出会ってからというもの、彼の心の中には何か温かいものが芽生え始めていた。

 

 

「ヌハハハハッ!!」

 

 

樹海にけたたましい鳴き声が響き渡った。 

 

声の主、猪の頭部を剥ぎ取って頭に被った男が、目の前に障害物があろうと足を止めずに一直線に森の中を駆け抜けていく。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「···········プハァッ!?」

 

 

溺れている感覚だった。

 

肺が痙攣していても空気を欲しているのか、強引に口と鼻から新鮮な酸素を取り入れる。生きるために必死に暗闇の中を泳ぎ続け、混乱する思考の中、出口を求めて無我夢中に『何か』から逃げていた。ようやく外の世界らしきものが見え、久々の空気に心地良さを感じたが、そうと自覚すると同時にふっと消えてしまった。

 

気がつくと、『沼』の中から這い上がってきていた。

 

右を見て、左を見て、場所の特定を急ぐ。

 

さっきまでいた見知らぬ土地と違い、鼻腔をくすぐる懐かしさから『それ』にとって見覚えのある世界だということを知った。正確にどことは言えないが、周囲の空気からうっすらと記憶にある。記憶を失うほど自分は彷徨っていたのかと訝しんだが、思考も明晰で平衡感覚も失っていなかった。

 

体に残る疲労感を残して。

 

頭を押さえる。

 

 

「お·········俺は?」

 

 

自分は一体なんだ?

 

『あの方』の命令でとある村付近に潜み、毎夜毎夜その村の人間を喰っていたことは覚えている。

 

そこまではいい。

 

では、自分は何故そんな村から遠く離れた場所にいるのか。いくら考えて思い出そうとしても思い当たる節はない。

 

この体になってからというもの、眠りは必要とせず、故に夢遊病なんてそんな馬鹿げたことが起きるわけない。

 

喰えば喰うだけ力が付き、しかしどれだけ喰っても満たされることはなく、それでも喰わねばひどい喉の渇きに飢餓状態に苦しめられるため本能のままに生命を奪って喰い続けた。けれども、いくら喰っても自分は『十二鬼月』どころか異能すら身に付かなかった落ちこぼれでしかなく、その虚無感に打ちのめされていた。

 

そして。

 

そして。

 

いつものように人を喰ってたら、確か鬼狩りが自分を狙って追いかけて来たから必死に逃げていて、頸を斬られそうになった時に急に何処かから『声』のようなものが聞こえたと思ったら体から霧のようなものが噴き出して、その後·········

 

 

「なん、だっけ·········?」

 

()()()()()()()()()!!」

 

 

その時、大声で喚き散らす声が聞こえてきて、『それ』はハッとする。正面から空気を引き裂いて一直線にこちらに走ってくる猪頭が見えた。歳はわからないが、この気配からして十五を過ぎたくらいであろうか。人間の美味そうな匂いに混じって、頭の猪毛はもちろん、腰に巻いてある鹿毛に足に履いている熊毛から獣臭までもが鼻を刺激してくる。上半身は裸で、猪の被り物で頭を隠しているが、先ほどの声からして男だろう。

 

真っ暗闇の森から出てきた猪頭は自分を睨みつけると、その足を止めて猛獣のように荒い息を吐く。

 

 

「ようやく俺の前に姿を現したな···········鬼!!」

 

「·········鬼?」

 

「なんで最初からそんなにボロボロなのか知らねぇけどよ、全然鬼と遭遇しなかったから腕が鈍ってんだ。その屍を晒して、俺の踏み台となれ!!」

 

「な、何を言っているんだ······お前?」

 

 

自分でも疑問を覚えるその第一声に、案の定猪頭は驚き、というより苛ついているように見えた。

 

 

「ああ!? どう見ても鬼だろお前!? 隠そうとしたって俺にはわかるぜ! お前から感じる異様な気配────ただの鬼じゃねぇな!! 十二鬼月並みの強さを感じるぜ!!」

 

「十二、鬼月?」

 

 

何言ってるんだこいつは?

 

自分はそんな力持っていない。

 

自分は下っ端中の下っ端で、生きるために人を喰うことしかできないような雑魚だ。

 

会話が噛み合っていない男は『それ』に武器を向ける。

 

刀のようだが刀身が刃毀れしており、鋸のようにギザギザだった。

 

日輪刀。

 

太陽の光を吸収する特殊な鉱石を材料とし、鬼を倒すことができる唯一の武器。持ち主によってその刀身の色が変化し、剣技や呼吸法の特色がわかる。

 

それを向けられて、『それ』はひどく動揺する。

 

 

「あ·········あァッ!?」

 

 

自分の身に何が起きたのか、走馬灯のように記憶が蘇ってくる。

 

黒い霧が自分から噴き出す直前、『あの方』とは全く違う別格の脅威が脳内に流れて来たと思ったら、『死にたくなければ我が想いに応えよ』という声に唆され、生きるのに必死すぎてつい本能に従って承諾した途端に体が異様な熱を発し、周囲に黒い霧を吐き出させた。直後、自分の体は水底に沈み込んだように深い闇の中に引き摺り込まれ、気が付いたら見知らぬ土地に立っていた。

 

それからというもの、その土地を散策していたら見慣れない格好をしたご馳走が歩いていたので、襲いかかったものの『変な木の実』を投げつけられてきて、その木の実が危険だと本能的に察して回避したら陽光に似た光が周囲に放たれ、その際にわずかな火傷を負ってしまった。

 

人を喰おうにもその木の実が怖く、何日か夜を過ごしていたら、急に夜空が真っ赤に染まって『黒い沼』が現れたと思ったら、『目玉のついた五本の手』がそこから生えてきて、自分を捉えようとどこまでも追いかけてきた。

 

それで。

 

 

「さぁ鬼!! その頸を俺に差し出し────」

 

「思い出した·······」

 

「────あぁ?」

 

 

自分の身に何が起きたのか、ようやく思い出した鬼は自分の姿を見た。

 

体全体に赤黒い血管のような何かが浮かび上がり、口や喉、腹までも引き裂かれて、今も鮮血を流していた。鬼が立っている場所の上には、滴った血が水溜まりほどの大きさになっている。

 

どうして今まで気付かなかったのか、そもそもこれだけ傷ついているのに何故再生しないのだろうか。

 

その時、天地がひっくり返ったように視界が暗転して、気付けば恐怖に震えるように頬を何度も掻いていた。

 

 

「そう、だ······俺は『あれ』から逃げていて、それで············ッ!!」

 

 

捕まった。

 

五本の腕が自分を捕まえて、光も届かない沼の中に引き摺り込んだ。そこで必死に逃れようと踠いたが、鮮血のような『真っ赤な目のある木乃伊』にやられて肉を引き裂かれ、それでも諦めず抵抗した。その後、腕から逃れたら沼の中を泳ぎ続け、そしてここに戻ってきた。

 

 

「お、俺は············逃げて来たんだ。む、“無惨様”と同じくらいの、あの怪物に········!?」

 

 

その名を口にしてはいけなかったはずなのに、それは口にした。

 

鬼狩りがいる前で。

 

だが。

 

 

「あ、あれは········俺達よりも異質な存在だ!! し、正真正銘の········化物だ!!」

 

 

何も起こらず、構わず脳に深く刻まれている恐怖に怯える。自分の主人よりも格上と評した時点で、そいつにはもう『鬼の始祖』が掛けた枷は外されているようなものだった。体の中にある遺伝子情報が今この瞬間も超高速で書き換えられ、それ以上の邪悪さが流れ込んでくるのがわかる。

 

気付けば澎湃と涙が溢れていた。

 

頭が痒くなってきたと思えば膨張し、その圧迫感に耐えきれなくなったのか体が変形し始める。

 

恐怖に満ちた表情で怯えに怯えて、本能的にもう自分は死んだと悟ったからだ。

 

 

「は、はは·······鬼のまま死んでたほうがどれだけ良かったか。()()()()()()()()()。『あれ』と同じ、本物の怪物になるんだ·······ァぐえッ!?」

 

「さっきからごちゃごちゃと何わけのわかんねぇ事を言ってやがる!?」

 

「ヴガ、ェァ、アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

「!?」

 

 

断末魔。

 

そいつは今まで以上の痛みに踠き苦しむと、体はあっさりと人の形を留めていられる臨界点を突破した。身体中に浮かび上がっていた赤黒い血管のようなものが細胞を蝕み、手足が常識では考えられない速度で萎んだかと思うと、体を突き破るようにして巨大な腕が飛び出した。

 

それは体を食い破り、遅れて頭部から二本の角が生えてきたかと思うと瞳が真っ赤に光り、その眼光を鋭くさせる。獅子のような黒の鬣まで生えてきて、腹部が膨れ上がって筋肉や骨の形状を強引に変化させて馬のような四本の脚が形成される。

 

白と紫のまだら模様の体色の上に赤黒い血管が浮かんでおり、筋骨隆々な────獅子の頭に馬の脚を持った化物が現れた。

 

 

「·······は?」

 

 

無論、彼は困惑した。

 

人型の鬼が、急に脱皮したように姿形を変えたのだ。二つの動物を掛け合わせたような見た目をした化物が放つ、異常な威圧感。先程とは比べ物にならないような殺意に、彼とて流石に本能的に命の危機を感じた。手足が震えているのがわかる。

 

ガタガタと、刀が揺れている。

 

いつも何も考えず突進していく彼の体が拒んで、その足を一歩引かせる。

 

だがしかし、

 

彼はそれを、恐怖とは思わなかった。

 

鈍いのか、それとも認めたくないのか。

 

彼はそれを武者震いだと勘違いし、震える矛先をその化物に向けた。

 

 

「は、ハハ······い、いいねいいね。面白いぜ、お前!!」

 

 

グルルルルゥッ!! と。

 

口から涎を垂らして、ご馳走である猪頭を睨むと、その手から武器が生えてくる。血鬼術か、肉片で作り上げた武器は禍々しく、日本では珍しい西洋の剣と盾のようなデザインだった。背中にはごっつい弓があり、どんなに力が強くてもびくともしないような弦があった。化物専用武器、それを構えて獅子の化物は男を斬り殺すために、大地を揺るがすほどの咆哮を上げる。

 

 

グゥオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!

 

 

大地に生きる者全てを震わせるような、恐怖の咆哮。森そのものを揺らすような音の波に、彼も意図せず両耳を押さえてしまう。 

 

耳から脳へ、脳から全身へと伝わり、身も心も震わせる本能的な恐怖。 

 

けれど、彼はむしろ興奮していた。

 

 

「俺にはわかるぜ、肌でビンビン感じる。お前、この森の王だな?」

 

グゥゥゥウウウウウウウッッッ!!!!

 

「『山の王』である俺に相応しい相手だ·······その頸、俺がより強くより高く行くための踏み台となれェ!!」

 

 

ゴクリと生唾を飲み下す音が、妙に鮮明に聞こえた。

 

無意識に緊張している証拠だが、彼は無視して駆け出していく。

 

自分の力を証明するために、無謀な戦いに挑んでいく。

 

 

「オラ───ッ!!」

 

グゴアァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッ!!!

 

 

猪頭の咆哮を丸呑みにするように、化物の喉から周囲に威圧が逬った。それは殺意の波動とも呼べる咆哮で、鼓膜を振動させて強制的に生命本能に危機感を持たせ、一時的に行動不能にする。

 

体が痺れ、思わず耳を塞ぎ、その場に硬直する。

 

次の瞬間、

 

化物が前足を上げて剣を上に掲げ持ち手を逆さにすると、勢いよくそれを地面に突き刺す。強靱な力で大地に突き刺すと同時、強烈な熱風が風を切り裂く。

 

直後、彼の視界が真っ赤な業火に染まった。 

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

容赦などしなかった。

 

月光が降り注ぐ高地。

 

アジト前に着いた途端、彼の目の前にはいくつもの赤い札が舞い、そこから数百とも言えるほどの人影が現れた。

 

 

フハハハッ────!!

 

 

いくつもの笑い声。上品さの欠片もなく、ただ目の前の獲物を屠ることこそが唯一の楽しみというかのような嘲笑。全員が武器を構え、殺傷能力の高い得物で彼を睥睨する。

 

 

「··············」

 

 

彼は目の前に降り立った敵を鋭い眼光で睨みつけ、しかし剣士らしく冷静さは保っていた。

 

 

「ハハッ!! まんまと釣られてきたなッ!!」

 

「今日こそはその命いただくぜ!!」

 

「大人しくしてくれたら痛みも感じず楽に死ねるぜ?」

 

 

五月蝿い。

 

武器を構えてこちらの命を狙ってくる仮面をつけた下衆野郎どもの言葉など気にも留めず、青年はゆっくりと退魔の剣を抜く。

 

本来、その剣は人に向けるものではない。

 

邪悪なる魔物から人を守るためにある退魔の剣は、その刀身を光らせず威力を半減させる。しかし、それでもいい。どんなに弱かろうと、彼はもう覚悟を決めていた。

 

むしろ、ハンデとなって良かっただろう。

 

だとしても加減はせず、こちらは全力を持って叩き潰す。

 

その理由はただ一つ。

 

 

「·······お前達は懲りずにいつもいつも────」

 

 

その声だけで。

 

目の前にいる集団を黙らせた。

 

青年の声は怒りで震えており、聞く者達の心臓を鷲掴みにするほどの、殺気。

 

 

「俺から大切なものを奪っていくな」

 

 

剣を握る力が上がる。

 

その熱で刀身が溶けそうなほどの殺意が、刃に込められる。

 

 

「────覚悟はできてるよな?」

 

 

直後、

 

周囲に断末魔がいくつも響き渡った。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

青年の殺気立つ声が木霊する。

 

空の高みから見れば、人間の下らぬ企みも信念も取るに足りない。

 

ゲルド高地を吹く鞭のような冷風と、山脈の力強く隆起するさまに比べれば、そんなものは無に等しい。けれど、奴らのように姑息な手で背後から忍び寄って倒して寄ってみれば、そいつらが迫害されて築き上げた、地獄に揺らめく業火よりも多くの怨念を含んでいる構造物が見て取れる。

 

強大な砦の壁。

 

城壁とも呼べる。

 

その前には、戦いと血と死が蔓延している。 

 

些末なことだ。同志達の命の息吹など。しかし、実際に息をしている彼らにとってはかけがえのないものでもある。

 

数人が戦っている。

 

剣と弓と矢でもって。

 

短剣と槍でもって。

 

勇気と信念でもって。

 

煙が不気味な柱となって立ちのぼり、そこを貫いた月光が地上で血を輝かせている。 

 

蒼の衣を着た勇者が轟音を立てて突き進んでいる。それを返り討ちにしようと、弓手達が死にもの狂いで頭上から矢を放つ。白かった部分は今では汚れ、砕き、割れているが、そんな状態でも彫られた赤い涙の瞳がまだ顔を覗かせている。 

 

彼の下方に、『イーガ団』の名で知られるアジトも見える。イーガ団の下っ端共がアジトを守ろうと必死に戦い、幹部が陰鬱な表情で眼下の激闘を眺めている。

 

それから視線を上げ、彼方の砂漠を眺める。

 

魔王は元ゲルド族だという。そのゲルド族の子孫が、今ではハイラルのために戦っているという。自分の祖先の偉大さを忘れ、王国側に寝返るなど許されるわけもない。よって幾度もあいつらの街を襲撃しては破壊し、最終的には自分たちの立場を思い出させるつもりだったが、やはり魔王の血を引く者達。シーカー族とはいえ、ハイリア人で構成されたこの集団でも手古摺るほど彼女らは強かった。

 

だから手段など選んではいられなかった。

 

 

『我々の目的はハイラルの勇者だ』

 

 

数時間前、幹部はそう言っていた。

 

 

『奴が大事にしているこの少女さえ奪ってしまえば、奴は必ずここを襲撃してくる。そこを狙って全員で叩き潰せ。だが万が一、少女が奪われそうになった場合は第二作戦として裏口の先に停めてある馬車で脱出しろ。何としてでも今日こそは奴の息の根を止めるぞ』

 

 

幹部の会議で、彼らは奪った少女を人質に勇者の首を取るつもりだった。今回の作戦に経験不足の者はいない。目当ての勇者が計り知れないほど強敵だということは誰もが承知していた。 

 

イーガ団に正式に入団して幹部にまで登り詰めてからの数ヵ月、彼は上手くやっていた。常にイーガ団の長である“コーガ様”の命に従い、独断で行動したことは一度もない。同胞たちの信頼を勝ち取り、衝動的になりがちな心を冷静な頭脳で制御できるようになっていた。この作戦の統率者を許されたという事実こそが、認められているという何よりの証だ。 

 

しかし。

 

 

「·······規格外だ」

 

 

様子を見れば、アジトに接近中の勇者は何人もの構成員をたった一人で倒している。

 

その姿はまさに鬼神だった。

 

天性の剣士、リンク。

 

迫り来る者達を一撃で戦闘不能にし、その退魔の剣に赤い鮮血がこびり付く。豪雨のように降り注ぐいくつもの矢も斬り落とし、死角からの攻撃も躱していく。殺気を感じ取って反撃しているのだ。何人が束になっても返り討ちになっている姿を見て、幹部はいよいよ危機感を覚える。

 

 

「·······これは作戦通りに逃げるべきか」

 

 

裏口の先には、二十名以上の構成員と二台の荷馬車で構成されている。荷馬車の一台には多数の樽が積まれている。中身は十中八九爆弾であろう。わかりやすく髑髏の模様が描かれた赤い樽から匂う硫黄の香りに顔が歪んだ。

 

もう一台には、大きな無人の檻が載せられている。 

 

それが意味するところは明白だ。

 

捕らえた少女を餌に、罠にかかった動物のごとく勇者を葬るつもりなのだ。 

 

が、幹部は見抜いていた。

 

 

「あの少女·······おそらくは各地に現れた新種の魔物」

 

 

だから敢えて少女を檻に入れて夜明けまで逃げるつもりだ。

 

真の作戦は、魔物の少女を捕らえ陽光で火炙りの刑に処し、あの勇者が動揺して意気消沈しているところその首を討ち取ること。

 

今回の作戦は陽動であって待ち伏せではない。

 

夜明けまで逃げて少女に犠牲になってもらい、腑抜けになるであろうその瞬間こそが好機。

 

標的はすでにアジトに侵入し、少女の居場所を聞き出すために構成員達を倒し、先へ進むために掛け軸に火を放っている。

 

 

「作戦開始、予定通り少女を連れて夜明けまで逃げ切るぞ」

 

 

イーガ団の幹部は数名の構成員にそう命令すると────眠りについている少女を連行していった。 

 

いつまでも起きる気配はなく、まるで死んでいるかのように目を閉じている。静かに寝息を立てていることから生きてはいるが、魔物故に生態が人間とは違うのかより多くの睡眠を取ることを必要としているように感じた。故に簡単に運べると北叟笑みながら、檻を積んだ荷馬車に向かって少女は抱えられていく。裏口の扉を抜けて、瘴気によって広がった『大きな穴』がある広場に出ると、構成員は閂の掛けられた金属製の扉を乱暴に開き、そこに口枷をつけられた少女を押し込んだ。

 

 

ドゴォォォオオオンッ!! と。

 

 

イーガ団達は束の間、奴が辿り着くのを許した。

 

 

「··············」

 

 

爆風。

 

手で開ける手間を省くために裏口の扉を破壊し、足止めにもならないイーガ団の猛攻を潜り抜け、鏃にバクダン花を付けて弓を構えた勇者がそこに立っていた。

 

 

「フッ!!」

 

 

それから、あらゆる動きが前もって決められていたかのように、勇者は素早い動きで攻撃を仕掛けた。 

 

退魔の剣を構え、目と鼻の先にまで近づかれたイーガ団の一人は急いで振り向いたが、武器を抜くには遅すぎた。彼にできたのは、退魔の剣に腹を貫かれながら勇者の殺気立った瞳を覗き込むことだけだった。

 

 

「リ、リンクだッ!!」 

 

 

誰かの怒号が響き、勇者による蹂躙が解き放たれた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

リンクが現れたのを見た瞬間、イーガ団達も直ちに作戦を開始した。 

 

それでも数秒後に奴らがどう動くか確認していたように、リンクはまず邪魔なイーガ団の真後ろに回り込む。視界の片隅にイーガ団の動きが見えた。懐から剣を抜き、鋭い刃でこちらの首をやすやすと斬り落とそうとするのが。

 

だが、

 

 

「フン!!」

 

「ガ───ッ!!」

 

 

接近と同時、リンクは退魔の剣を横薙ぎに一閃。

 

首は地面で跳ねた。

 

その両眼は、この世で経験した最後の驚きに見開かれている。

 

二人目のイーガ団が来たから斬られる直前に回避して背後に回って喉をかき切り、同時に来ていた三人目をその死体の背中から腹へ刃を刺し込んで、死角を利用して戦闘不能にさせる。 

 

そして、四人目が背後から来たため殺気だけを頼りに剣を回して防ぎ、すぐさま振り返ってイーガ団の丹田を蹴って呼吸経路を遮断させて膝を付かせ、喉への強烈な蹴りで息の根を止めた。

 

 

「ッ!!」

 

 

まだまだイーガ団はやって来る。

 

そのことを確認しつつ、何とか少女の元へ向かえないか模索する。彼女は眠っており、この悲惨な状況を見ずに済んでいる。荷馬車にある檻に入れられ、屋根もないことから、もし夜明けまで戦いが長引けば彼女は陽光に灼かれて塵となって消える。

 

それが奴らの目的だということを察するのに時間は掛からなかった。

 

 

「急げ!! 夜明けまで逃げきれ!!」

 

 

その声を合図に、カウントダウンが始まった。

 

少女が連れてかれるのに焦りそうになったところ、リンクは視覚から放たれる矢を勘で避けると、全集中状態になって世界の時間を止めた。

 

この世界の支配者は自分。

 

よって皆が止まったような時間の中、すぐ隣に立っていたイーガ団の下っ端を沈める。リンクはそいつの左手首を軽く捻り、イーガ団の頭部に左手にある頑丈な盾を食い込ませた。脳震盪で動けなくなったのを確認するとそのまま喉笛を掻っ切って息の根を止める。

 

イーガ団が力を失って地面に倒れると、砂埃が舞った。

 

 

「逃げるぞ!! この娘を太陽の下に!!」

 

 

イーガ団は颯爽と座席に飛び乗り、馬達の広い背中を手綱で打った。それに応じ、馬達はやにわに走りはじめる。

 

 

「ッ!!」

 

 

リンクはその光景をちらと見たが、イーガ団の後を追おうとしている自分を止めようとしてくる雑魚の相手で手いっぱいだった。

 

何人も湧いてくるイーガ団の一人を殴る。

 

後ろによろめき、リンクは身を翻し、背後に迫っていた別の奴の腹を裂く。そのまま一回転し、よろめいている奴の顔を掴んで硬い地面に叩きつける。しばし顔を上げ、呼吸を整える。両の眼は今この場にいる最大の脅威、幹部を見据えている。あの男は巨大で狡猾な戦士というだけでなく、頭も切れる。

 

だからこそ、こんな外道な作戦を思いついたのだ。 

 

 

「··············ッ!!」

 

 

奥歯を噛み締める。

 

幹部は腕を組んでこちらを嘲笑うように見てきている。武器も抜かずに平然としているのを見ると、この作戦によほど自信があるようだ。

 

 

「私ばかりに構っていて良いのですか?」

 

「!?」

 

「私なんかに気を取られていると、それこそあなたの大切な女の子が遠くへ行ってしまいますよ?」

 

 

リンクが突進すると、幹部は稲妻のように素早く振り向いた。振り向きざま、幹部は少女を連れて逃走するイーガ団を見た。その巨体に見合わぬ機敏さで、彼はあらかじめ充備していた二台目の荷馬車に向かって走り飛び乗った。

 

荷馬車の前部に移動するとそこにいた部下を囮にするために地面に投げ捨て、自分がその座についた。

 

別方向から逃げるつもりだということは容易に想像できる。

 

 

「待て!!」

 

 

リンクは歯を食い縛った。

 

自らの体の全神経が幹部を追えと命じている。

 

幹部は、この戦いの勝ち目は薄かったと最初からわかっていた。今日、自分が死ぬことになるかもしれないとは重々承知している。

 

しかし、同じ死ならあの勇者との戦いの中で散りたい。

 

自分達を裏切り、自らの平和のために傲慢にも皆殺しにしたあのハイラルの希望、神々に選ばれた勇者との戦いの中で。 

 

 

「ッ!!」

 

 

だが、リンクはそれよりも少女の命を最優先にし、すぐにそんな私情的考えは捨てる。踏み出した足の向きを変え、馬に乗ったイーガ団の元に走る。リンクは片手で気性の荒い馬の手綱を掴み、もう片方の手で乗り手を引き摺り下ろすと、鞍に跨って馬の脇腹に蹴りを入れた。 

 

ヒヒーン!! と。

 

馬は弓から放たれた矢のように、力強く、俊敏に、従順に加速した。イーガ団の残党らも少女を連れて逃走を開始したことに気づき、その後を追うリンクを食い止めるために地獄の悪魔の大軍勢のように馬で追ってくる。

 

リンクはすでに少女の荷馬車の横につけていた。イーガ団は彼にすばやく軽蔑の眼を向けると馬に鞭をくれ、急ぐようにと仲間達に言われる。

 

が、荷馬車の横に迫ったリンクは鞍から荷馬車に飛び移り、少女の檻の格子を掴む。見たところ目立った外傷はない。奴らとて流石にこんな小さな女の子に毒を盛るような真似はしていないと信じたいが、姑息な手を使ってこちらを亡き者にしようと必死になっていることから、その可能性はある。

 

 

「チッ!! オイ! 何とかしろ!!」

 

 

イーガ団はリンクが少女を奪還しようとしているのを見ると舌打ちをし、急ぎ仲間の増援を呼ぶ。

 

追っていたイーガ団の一人が無言で頷くと馬から飛び降り、荷馬車の荷台にいるリンクの背後に着地する。

 

だが、同時にリンクは動いていた。イーガ団は飛び乗ることに精一杯で不意を突かれ、剣を抜くのが遅れた。

 

それが命取りになった。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

リンクはそいつの体のど真ん中に蹴りを入れ武器を落とさせると、もう一度蹴った。脱力したことでそいつはそのまま荷馬車の上から岩だらけの地面に転げ落ちた。

 

が、リンクはその前に、目にも留まらぬ早業で剣を奪っていた。 

 

二人目のイーガ団が登ってくる。一人目の奴がやりかけていたことの続きをやるつもりだ。リンクは手に入れたばかりの鋭い首刈り刀を大きく一振りする。一人目の時のような不意打ちにはならない。見え見えの軌道にイーガ団はその一撃を屈んで躱し、拳二個分ほどの長さの短剣を突き出して迫る。リンクは舞うようにして、ほとんど苦もなくそれを躱すと、勢いよく回転して仮面に肘を見舞う。もう一度回転し、ブーツで喉に蹴りを入れる。

 

イーガ団はよろめき、あえぎながら荷馬車から転落する。 

 

三人目の兵士が馬を速駆けさせ、追い上げて来ている。

 

リンクは背中の弓を掴み、イーガ団の胸めがけて射つ。他の二人と同様こいつも転落し、地面に激突する。リンクは素早く檻のてっぺんに上がると御者席にいるイーガ団を蹴って叩き落とし、入れ替わって馬に鞭を入れる。 

 

ここまでの所要時間、わずか一分あまり。 

 

勇者の機転。

 

奴らの作戦を逆利用し、馬を奪って逃走する。

 

それでも奴らは諦めない。

 

歪な雪道に次第に人の数が増えていく。

 

リンクと少女が逃げようとする中、幹部が背後に迫っていた。さっき逃げた奴だろう、別の道からわざわざ追いかけて来たのだ。馬に鞭を入れさらなる速度を引き出し、自分の馬車を激突させる。それから敏捷に、だが一ミリの狂いもない精密さでもって立ち、小高い道を走っていることに加え、さらなる高さを得たことで、幹部側には目標達成に向けて明らかな分がある。

 

刹那、バランスを取って正しい一瞬を見極めて跳ぶ。

 

制御を失って転んだ馬から、リンクの荷馬車の荷台へ。直後、背後に爆音が響いて、追って来ていた残党諸共消し飛ばした。爆弾が積まれた馬車が転倒した事でわずかな衝撃で着火し、そのまま周囲に爆風を放って同胞ごと吹き飛ばしたのだ。

 

文句なしの着地というわけにはいかなかったが、上手い具合に少女が入った檻の前に勢いよく落ちた。足から着地できていたが、その音はリンクの注意を引いてしまった。

 

 

「ッ!?」

 

 

逃げた幹部がわざわざ戻って来たことに驚くリンクだが、このままでは少女の身が危ない。リンクは移動短縮するために馬車を岩壁側に寄せると、タイミングを見計らって瞬く間に荷馬車の前部席から跳び上がり、峡谷の岩壁を蹴ってバク転し荷馬車の荷台へと着地する。

 

幹部が荷台に上がってきて、リンクと対面する。

 

 

「驚きましたね。まさかあなたにそんな身のこなしができる技量があるとは···········ハイラルの兵士ではなくイーガ団のような身軽さが求められるところの方が合ってるんじゃありません?」

 

「ふざけたこと抜かすな」

 

「冗談ですよ。我々だってあなたのような正義感溢れる勇者など要りません。むしろ、そんなことになったら厄災ガノンに失礼です」

 

 

この時、初めてリンクは少女を連れ去った張本人に面と向かって対峙した。今すぐ殺してやりたい。こんな下衆な作戦を思いつく野郎の顔なんて見たくもない。さっさと消えてもらいたいところだった。

 

 

「では、始めましょうか? 少女の運命をかけた戦いを」

 

 

二人の男は束の間、棒立ちになって殺意剥き出しの目で見つめ合った。

 

 

「コーガ様の仇ッ!!」

 

 

しゃがれた咆哮をあげ、幹部が突進する。小ぶりではあるが鋭い刀を構えている。屈強な肉体から生み出されるありったけの力を一撃に込め、刀を振りおろす。

 

 

「フッ!!」

 

 

リンクは咄嗟に腕を上げ幹部の腕を打ち、刀を叩き落とす。

 

刀は飛んでいく。

 

しかし幹部は怯むことなく、激しく凶暴に殴りかかってくる。何とかいなしていくも、リンクは体術はあまり得意ではない。理由は背が低いというのもあるが、単純にそっちの才能がなかっただけだ。剣の方に特化していて、殴り合いとなると彼方の方が有利だ。

 

リンクは苦境に立たされ、反撃はおろか、貴重な一瞬を消費して剣を抜刀する余裕もない。

 

駄目だ。

 

このままでは。

 

 

ガコンッ!! と。

 

 

出し抜けに、荷馬車が激しく揺れる。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

道に転がっていた大きな石にぶつかったのだ。これほど起伏の多い地形を、これだけの速度で走ることは想定されていない。

 

荷馬車は石に打ち負けそうになる。

 

やけに大きな破裂音。

 

背筋を凍らせる、耳に残る馬の悲鳴。

 

苦悶のいななき。

 

その揺れに耐えられず、自分の体重に持っていかれた幹部は足を崩されて地面へと投げ出されていく。

 

 

「うわッ!?」

 

 

リンクはすんでのところで、少女が囚われている金属製の檻の鋭い角に体をぶつけずにすんだ。呻き声を漏らしながら、荷馬車の木製の荷台に倒れ込む。

 

悲鳴すら上げられず地面に叩きつけられた幹部は今頃どうなっているのか、今はそんなことはどうでもいい。

 

荷馬車の前方に注意を向ける。誰も手綱を引いていないことは、今となっては疑いようがない。リンクは立ち上がり、檻のてっぺん越しに前方に眼を凝らす。

 

新たな緊張が血潮を走る。

 

幹部との対戦相手は戦いに集中するあまり、どちらも荷馬車を御していなかったのだから、こうなることはわかっていたはずだ。

 

馬達はがむしゃらに駆け、暴力と血の臭いに恐慌状態になり、おまけにこのまま全速力で突き進むかに見えた。

 

────崖から飛び出して、目の前に聳える巨大な怪物の口のような大穴に呑み込まれる形で。 

 

 

「!?」

 

 

気付くのが遅すぎた。

 

急いで手綱の元まで行って、怯えた馬達の進路を修正しても道に戻るには手遅れだった。

 

 

「まずい!!」

 

 

リンクは視線を落とし、今もなお眠っている少女を見た。これだけの激しい戦闘に直面しながらも、少女はまだ目を覚ます気配はない。 

 

退魔の剣を引き抜いて先端で閂を外そうとする。

 

そんな切羽詰まった状況、力いっぱいに扉を開けて少女の体を引き寄せる。助けられたことに安堵している暇はない。

 

まだ馬達は絶対確実な破滅に向かって猛進している。 

 

リンクと少女を乗せたまま。

 

直後、

 

二人の体は宙に浮く。

 

荷馬車の車輪はもはや地面を掴んでいなかった。それは前へ前へと進み、今では下に向かって落ち始めていた。

 

眼前に広がる奈落の底。

 

絶体絶命。

 

その言葉が脳裏に過ぎっても、リンクは絶対に少女を離さなかった。

 

彼の脳に、走馬灯のようにあの時の記憶が蘇る。

 

 

重要な場面で『魔王』の瘴気に右腕をやられ、景色が崩壊している中『大切な姫君』の腕を掴めず、そのまま離れ離れになってしまった、あの時のことを。

 

 

あんな思いは二度としたくない。

 

だから何があろうとリンクは少女から手を離さず、そのまま勢いよく崖から飛び出した。

 

 

「ムゥゥゥウウウウウッ!!」

 

 

瞬間、リンクが抱き寄せていた少女の意識が覚醒する。

 

少女は状況を元から知っていたかのように獲物に飛びかかる蛇よりも素早く手を伸ばし、リンクの手首を掴んだまま跳躍して崖に生えていた木を掴み取った。

 

二人は空中で右に左に大きく揺れ、弧を描いて峡谷の側面にぶつかり、何とか事なきを得た。 

 

荷馬車が遥か下方の地面に激突し、馬達の断末魔が聞こえてくる。

 

さっきまで彼らが乗っていた荷馬車がばらばらに砕けた音だ。

 

 

「·········」

 

 

少女は、

 

悲しそうな表情をしていた。

 

美しい堂々たる馬達を巻き添えにしてしまったことへの罪悪感か。自分が攫われなければ、と。そんな思いが込み上げて来ているのかその瞳から涙が溢れ出してくる。

 

 

「·········」

 

 

リンクは。

 

それでも感謝したかった。

 

自分のせいでイーガ団に狙われ、巻き込まれてしまった少女への罪悪感を抱え、せめてもの罪滅ぼしとかそんな甘いことは考えず、少女に掴まれながら純粋に感謝の言葉を告げる。

 

 

「また、助けられたね。ありがとう」

 

「ムゥ」

 

 

空を見ると、夜は少しずつ白み始めていた。

 

標高が高いせいか吐く息は白く、二人は切り立った岩肌を登っていく。

 

 

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