鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第十一章

 

 

夢を見ていた。

 

いつも見る夢とは違った。

 

鬼の始祖が太陽を克服し、永遠の命を手に入れようと邪魔な自分達を根絶やしにしようとする夢。何人もの剣士達が刀を握って立ち向かっていく中、ほとんどが壊滅し、命運尽きたかと思われた。

 

その時、

 

蒼の衣を身に纏った若者が何処からともなく現れ、破魔の輝きを放つ剣を振って鬼の始祖と対峙した。

 

若者は騎士の家系に生まれ、幼少時から大人をも打ち負かす程の類稀なる剣才と鍛錬による非常に高い実力を持っていた。

 

弓矢、槍、棍棒、両手剣、片手剣。

 

様々な武器の扱いに長け、自分達とは違う剣技で圧倒し鬼共を翻弄した。

 

たった一人で鬼の根城にいる鬼の大軍を単身で殲滅し、皆を勝利に導いた。

 

名前はわからない。

 

何処の者なのかもわからない。

 

けれど、

 

その夢が告げてくる。

 

いずれこの長い戦いに、終止符が打たれるということを。

 

時空を越え、世界を越え、理を超え。

 

異界を超えて現れた若者。

 

『勇者』と呼ぶに値する存在が。

 

『日の呼吸』を継承した少年と剣を合わせることによって。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

臨死体験を味わうのはこれが初めてではない。

 

いつ尽きるかわからぬ故、彼は何度もここに来ていた。

 

真っ白な空間。

 

白く、地平線という概念すら存在しない無音の世界。

 

立ったまま己の両手に視線を落とし、周囲を見渡して彼は考える。

 

自分の体に傷みや赤い汚れはない。ちょっと体を動かしてみても違和感すら感じない。痛覚が麻痺しているなんてレベルではなく、何も感じない。

 

死。

 

それは何も感じず無になること。

 

もし仮に。

 

仮定の話だが。

 

自分が既に存在しない者に変わっているのだとしたら、ここはつまりそう言うことなのだろうか。だとすれば自分は天国という場所には行けないだろう。散々子供達を鬼に喰わせ、それで天国に行けるなんて甘いことは思っていない。

 

 

『貴殿がこちらに来るのはまだ早い』

 

 

穏やかな声があった。

 

誰かはわからない。

 

聞こえる声に耳を傾けて姿を探しても、その先にあるのは白一色。盲目だから見えないというわけではない。本当にその先には何もないのだ。

 

それでも声は続ける。

 

 

『失礼、驚かせてしまったようだ』

 

 

目は見えなくても背後に気配を感じて振り向くと、そこには見知らぬ者が立っていた。

 

人間、ではない。

 

けれども鬼でもない。

 

独特な民族衣装を身に纏った長い耳が特徴の黒い羊の獣人を思わせる姿をした、幽霊。

 

 

『私は貴殿のことを、こちらの世界にやってきた少女、“竈門禰豆子”殿から聞いて知る者···········瀕死の状態ながらも今日を生きられたこと、大変嬉しく思います』

 

 

彼の声に返そうとしても自分の声は出てこない。上手く喋れないというわけではないようだ。どちらかというと、自分自身の勝手な行動が許されないような、制限をかけられている感じな気がする。

 

彼は続ける。

 

 

『訳あって、私にはもはや実体は無く、故に完全な自由ではなくとも、思念を用いて時・空間・次元を渡ることもできる。それでも、このような魂だけの姿で貴殿に会いにきてしまったことを、どうかお許しください』

 

「···········」

 

『さて、病に蝕まれた貴殿の体はもはや一刻を争う事態だと思われるがご安心を。まだ其方は死んではいないし、その時ではない。それで、ここで会えたのも何かの縁、私の世界のお話でもしましょう』

 

 

彼から出てくる言葉はどれも御伽話でしか聞かないようなものだった。

 

遥か太古の異世界。

 

彼の治世の時代、何処からともなく自分達の前に現れた少女を保護し、今より遠い未来からやってきた自分の子孫だと主張する彼女の言葉を信じて妻や姉と共に少女を元の時代に戻すための方法を探っていた。

 

そんな矢先、国の南西、砂漠から現れし悪しき者の大群が王国を襲撃するという事件が発生。

 

これは妻と少女の支援を受けたことによって被害が出る前に鎮圧されたものの、それからすぐにその砂漠を領土とする『民族の支配者である男』が自分の元に現れ、彼より民族も国の傘下に加えて欲しいとの申し入れが為された。その際の彼の態度と言動から男が何かしらの思惑を持って自分に近づいた事には気づいていたが、この時は彼の動向を注視するためにあえて向こうの要求を受け入れることにした。

 

しかし、男はそんな自分の隙を突いて妻を暗殺して彼女の持っていた『秘石』を強奪、すぐに現場に駆け付けるも時すでに遅く、男はその秘石の力を取り込んで『魔王』と化し、そうして得た能力で召喚した魔物の軍勢を率いて国全土への侵略を開始する。

 

妻の埋葬を済ませた後、自分はあらゆる種族から精鋭達を招集し、残りの『秘石』を供与し、賢者と呼ばれる者達と共に悪しき者に対して最後の決戦を挑んだ。

 

それが後に、封印戦争と呼ばれるものとなる。

 

しかし、この時の彼の戦闘能力は想定以上の圧倒的なものであり、自分と賢者達は為す術もなく全滅寸前まで追い詰められてしまった。

 

意を決した自分は賢者達が作った僅かな隙で悪しき者の懐に飛び込んで自身の全魔力を込めた破魔の封印術をかけ、己の命と引き換えにする形で悪しき者の動きを完全に封じ込めた。

 

この封印はいつか解け、それまでは怨念として幾度も蘇り続けるということは分かっていたが、かねてより少女から聞かされていた『選ばれし勇者』が、この悪しき者を討ち倒すべく現れる。

 

そう信じて彼は自らの命と引き換えに、その勇者に未来を託した。

 

それから数万年間、封印しつつ溢れ出る瘴気を浄化し続けていたが、ついに復活の時が訪れ、選ばれし勇者はそこで瀕死の致命傷を負った。

 

右腕は朽ち、剣も満足に振れない状態になってしまったということに危惧した彼は、『自らの右腕』を差し出して延命させた。

 

今、その勇者は魔王を討伐するために各地を旅しているのだが、そこで予期せぬことが起きたという。

 

国の各地に、『鬼』と呼ばれる魔物が現れたのだ。

 

国の民達は新種の魔物として討伐しようとしたが、通常兵器は効かずに陽光でしか倒せないため悪戦苦闘してるという。

 

それでも知恵を絞って対策法を調査した結果、陽光に近い輝きを放つ木の実で撃退しているという。そんな中、勇者が持つ退魔の剣という武器は特別で、普通の武器とは違って奴らには有効らしい。

 

それでいつものように魔物を討伐していたところ、彼はこちらの世界からやって来た少女を拾ったという。

 

口枷をつけているので彼らはその少女の名前を知らない。

 

だが、ずっと勇者の動向を見守ってきた彼はその少女の名前を、彼女の記憶から聞いて知った。

 

 

“竈門禰豆子”

 

 

鬼となりながらも人間の心を捨てず、その力を人のために使う少女。

 

彼女は今、勇者と共にいる。

 

勇者と共に、鬼共を滅している。

 

そして、彼はこう言った。

 

 

『いずれその者はこの地に降り立って、其方達の長きに渡る因縁の戦いを終わらせてくれるだろう』

 

「!」

 

『その者の名は───』

 

 

名を告げた時、世界は崩壊した。

 

世界の底が抜ける。

 

彼は何も喋れない中、貴方の名前は何なのかと聞くために必死に右手を伸ばした。

 

しかし、彼にはもう掴むべき右手はない。

 

その手は今、

 

勇者の腕の中にあるのだから。

 

そして。

 

彼がこの世界から消える直前、その者はこう言い残していった。

 

 

『怯まずに進め───“産屋敷耀哉”』

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

病気と呪いを関連付けて語られることもある。

 

無論、そんなものに科学的根拠はないが、古来より病気は誰かからの恨みや怨念によって起きたと言われている。大半が井戸に毒を放り込んだとか故意に起こしたものだったりするが、仮に呪詛というもので特定の人物にだけ病に冒されるということが可能だとしたら、もうそれは薬学や医学の域を超えている。それで昔、薬の種類も少なく、処方するべきものがわからなかった場合、人はお経を読むことで病を治そうとしていた。病気の平癒を願う際、お経を読むことは仏教において一般的な行為であり、特に薬師如来は病気平癒や健康長寿にご利益があるとされ、薬師経や薬師真言を唱えることが推奨されている。また、お経を読むこと自体に集中力向上や精神安定の効果も期待できる。

 

お経だけではなく、神への祈りというのもあった。

 

聖武天皇の治世は天然痘の流行や災害、政情不安など、多くの困難に直面した。特に天然痘の流行は多くの人々の命を奪い、聖武天皇自身も信頼する貴族を失うなどという大きな悲劇となった。また、地震や日照りなどの自然災害も相次ぎ、国は不安定な状況にあったことから、聖武天皇はこれらの困難を乗り越えるために、仏教による鎮護国家を目指し、国分寺建立の詔を発したり、東大寺に大仏を建立したりした。

 

病は気から、と言ってしまえば終わりだが、実際そういうことをして治療をしていたのは確か。

 

 

「耀哉様」

 

 

彼は、喉の渇きと体の熱で目が覚めた。

 

もう目の前は何も見えない。けれども彼にはわかっていた、自分のことを心配してずっと看病してくれている妻が覗き込んでいることを。

 

 

「···········おはよう、あまね」

 

 

驚く事に、外から明るい日差しが射し込んでいた。ということはまだ自分は生きている。余命はあとわずかで今日明日いつ死んでもおかしくないのに、彼はまた朝を迎えることができた。

 

それだけでも彼は嬉しかった。

 

だがいずれこの命は尽きる。

 

それは変えられない運命だ。

 

毎日高熱と頭痛に襲われて、血の巡りも悪く、臓器不全で食べ物も喉を通らない。それでも痛みがないように感じるのはウイルスによるものではなく、それはあくまで『細胞が死滅』しているだけで、つまり免疫力を高める薬をいくら飲んだ所で何の解決にもならないという事を意味していた。

 

難病。

 

いくら手を尽くしても、どんなに高価な薬を処方しても、この病は治らない。

 

生まれてくる子供達にもその病が引き継がれ、いくら科学が発展しても治す手段は見つからない、まさに完治不能と言える。

 

ウイルスとか、そういう次元を超えている。

 

呪い。

 

天罰。

 

何と呼ぼうと構わないが彼に罹った病はそういう類のもので、よって生まれてくる子供を少しでも長生きさせるために神職の者を妻として娶り、祝福を受けさせて延命させるという手段を試してみたが、結果は芳しくない。生まれてくる子供達はいずれも早死にし、やはり病の原因を排除しなければこの呪いはいつまでも消えることはない。

 

鬼の始祖。

 

かつては彼と同じ一族だった者で、生まれつき体が弱く病弱だった。二◯になる前にその命が尽きるとまで言われ、医者も何とか長生きしてもらうために薬を処方したが、それがきっかけで一族は呪われた。人を喰らう化物として生まれ変わったことで神々の怒りに触れたのか、その者と同じように不治の病に罹らせた。

 

完全にとばっちりな気がするが、連帯責任として罪に問われても仕方ないと彼らは考えるようになった。一族から人喰いの化物を出した責任は重い。それによって人が毎夜毎夜喰い散らかされ、さらには種も増えていき、何の罪もない、まだ死ぬべきではない者達が命を落としているのだから。だから罪滅ぼしも兼ねて、彼らはそいつを滅するために心血を注いだ。

 

武器、技術、工作、情報、剣士。

 

様々な手段で鬼を滅してきたが、どの代も鬼の始祖までは届かなかった。

 

狡猾ゆえ姿を隠すのが上手く、現れたという情報を入手した時にはもう遅い。たとえ鉢合わせても、返り討ちにされるだけだろう。

 

有能な剣士でなければ、奴を葬ることはできない。

 

そんな中、神に愛されたとも言われた『一人の剣士』がいた。

 

類い稀なる剣の才に恵まれた剣士は、人外である鬼を容易く葬り、どんな異能を使われようとも彼の敵ではなかった。

 

理さえ超越した彼は、剣士達の力を高めるためにある技術を教えた。

 

呼吸法。

 

著しく増強させた心肺により、一度に大量の酸素を血中に取り込む事で血管や筋肉を強化や熱化させて瞬間的に身体能力を大幅に上昇させる特殊な技術。当然ながら相応の負荷を使用者の体に強いる為に、即応できる身体能力も必要となる。だから皆力を付けるため骨身を削りながら修練を重ね、今では誰もが自分の身に合った流派で呼吸法を身に付けた。

 

どれも始まりの呼吸と言われているものとは程遠いが、それでもその技術は鬼を滅するのにかなり役立った。

 

剣士達の腕も飛躍的に向上し、今までよりも早い速度で鬼共を滅して行った。

 

そんな中、その剣士が鬼の始祖と対峙した時、あと一歩のところまで追い詰めたという。

 

恐るべき速さで迫り来る猛攻を潜り抜け致命傷を負わせたものの、鬼の始祖は逃れるために自らの体を千八百ほどの肉片となって飛び散り、重要な部分以外を囮にしてその剣士の前から消えていった。

 

彼でも鬼の始祖を倒すことは叶わなかったが、その思いは確かに当世まで引き継がれ、今では始まりの剣士の再来とまで言われた精鋭達が揃っている。

 

それほど、その剣士の存在は特別だったと言える。

 

 

「···········」

 

 

彼は。

 

焼け爛れた醜い姿をしながらも生きていることに感謝し、久しく見ていなかった夢のことを思い出話のように聞かせる。

 

 

「夢を、見ていたよ」

 

「夢、ですか?」

 

 

弱々しく、今にも事切れそうな息をしながらも、彼は微笑んで話す。

 

 

「あの男、“鬼舞辻無惨”を討つもの···········始まりの呼吸の剣士に並ぶほどの力を持った青年が、近いうちにこの地に降り立つ、というね」

 

 

妻。

 

産屋敷あまねは。

 

その話を聞いて正直戸惑った。夢は夢、ただの妄想の域を過ぎないとばかり思っていたが、彼のその真剣な声色を聞いて冗談や洒落などではないということがわかった。彼から出てくる言葉はどれもこれも信憑性に欠ける御伽話にしか聞こえなかったが、産屋敷家の人間は未来予知と言える程の勘、先見の明を持っていることで知られている。産屋敷家はその能力を使って代々莫大な財産を築き、家や鬼殺隊の危機を幾度となく回避してきた。当代の当主の耀哉は特にその能力が強く、その力を以て鬼殺隊の指針を決定してきた。

 

そんな彼がそう言うのだ。

 

ならば信じよう。

 

そして生きよう。

 

いずれ真の夜明けを呼ぶ、

 

『勇者リンク』という青年がこの地に現れるまで。

 

 

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