鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第十二章

 

 

毒の使用は紀元前四五〇〇年から現在まで使われている。

 

起源は古代に発見され、原始的な部族や文明によって、獲物や敵の死を早め確実にするための暗器として使用されてきた。この毒の使用は発展し、これらの古代の人々の多くは毒の使用のために特別に設計された武器を作り始めた。

 

歴史の後半、特にローマ帝国時代には、毒の最も一般的な使用の一つは暗殺だった。紀元前三三一年には、食事の席や飲み物の摂取による中毒が報告され、この習慣は広く普及した。致死性物質の使用はあらゆる社会階級で観察され、貴族でさえ政治的または経済的敵対者を排除するためにそれらを使用するパターンがあった。

 

それだけでなく、武器に仕込むという方法にまで使われた。

 

原始人がいた時代から使われており、武器として斧や棍棒に毒物を塗り、獲物を確実に仕留めていた。

 

その毒はどうやって手に入れたのか。

 

大体は植物だろう。

 

動物やらキノコから手に入れるという方法もあるが、動物は暴れるため、万が一捕獲の際に蛇や蠍などの凶暴な奴に噛まれたり刺されたりした場合はとても危険であり、リスクが高い。キノコも一部の胞子は、喘息や肺炎などの呼吸器系の疾患を引き起こす可能性があるため注意が必要となる。糞尿という手もある、けれどコストがかかる。

 

その点、植物は手袋さえしていれば触っても問題は然程ない。採取するときに地下茎からの水分や養分がかからなければ人体にあまり影響はない。

 

ツヅラフジ科系の植物の浸出液で毒性を含んでいるものがよく使われ、それを刃に塗って敵を斬りつけて傷口から人体に影響を及ぼし、最終的には細胞を死滅させて生命活動を停止させる。

 

当然ながら今の時代、毒の使用は違法だ。

 

害獣以外にしか使用は許されず、人間に使えば即捕まる。

 

故に。

 

人間に害を及ぼす異形の者に使うのは違法ではない。

 

奴らに使う毒は特殊で、研究に研究を重ね、相手によるが使いようによっては致死量となる。

 

本来使わなくて良いはずの時代に毒があるというのは悲しいものだ。

 

だが、手段は選んでいられない。

 

平和を手に入れるために、今日も知恵を振り絞って毒の開発を続ける。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

彼女がやってきたのは研究所。

 

氷室のような場所で、背丈より少し高いところに植物が植えてある。頭上には鉄の棒が張り巡らされており、そこに枝が絡まっていた。藤の花だ。低山地や平地の林縁、山野、谷あいの崖地、林の中などに普通に見られる植物で、だが開花時期は春頃だ。それでも咲いているのは品種改良したからなのか。天井には光合成を促すための紫外線を入れる隙間まで開いている。

 

研究所というよりは彼女にとっては、武器庫。

 

ここにあるもの全てが彼女の武器で、採取した成分を得物に仕込むのだ。

 

彼女の目的は、平和という調和により安定した世界に対するイレギュラー、その撃滅。

 

具体的には鬼。

 

そして目下最大の敵はと言えば···········。

 

 

「···········姉さん」

 

 

呟く。

 

姉はどこまでも優しい人だった。どんな相手でも慈悲を向け、的確な診断で皆を治療する。鬼であろうと慈愛の眼差しを向けて、最後は苦しまないように一瞬で頸を刎ね飛ばした。非力な自分とは違って、姉は何でもできる天才だった。

 

だから、姉は悪くなかった。

 

悪意ある鬼に遭遇して、いつものように討伐するだけだった。

 

だというのに完全に誰にも回避できない、悍ましい死というのはこの世界に存在する。

 

 

「·········」

 

 

彼女は研究資料を見る。

 

姉のようになりたい。

 

そんな想いを胸に誰よりも慈悲に満ち溢れた性格をしておきながら、それでも捨てなかった負の部分。その結晶。

 

()を殺す。

 

どんな手を使っても構わない。姉を殺した奴をこの手で倒せればそれでいい。だから彼女は構わず今日も植物から採取した成分を自分の体に注入する。いずれ来たる仇討ちのために。

 

 

「········頸が斬れない私と違って、姉さんは死んで良い人じゃなかったのよ」

 

 

誰よりも孤独で、ポツンと取り残された声。

 

もう彼女は生きる指針というものを失って、いつまでも暗闇に囚われているのかもしれない。天才と言われても、それでも最愛の姉には及ばない。

 

だから。

 

歪んでいても。

 

真摯に。

 

 

「待っててね、姉さん」

 

 

大好きだった姉に手土産を持っていきたい。

 

彼女の行動理念はこの一点のみ。

 

だからそのために古今東西あらゆる毒を用いて鬼を滅する。

 

姉はもういない。

 

彼女は身をもって鬼という存在がどういうものなのかを定義づけ、それを誰でもわかる形にまとめたところで偽りの感情を作った。その必死の作り笑いが、日々狂いながらも人の知性でもって世の理不尽と戦い続けた結果、今日までの彼女を作り出した。

 

だから、この笑顔に優しさがあるわけでもない。

 

だから、彼女は慈悲というものを持ち合わせていない。

 

 

「········いただきます」

 

 

注射だけでなく口からも含むその異常さはもう、彼女の常識を壊している。

 

外に広がる無限の闇を見据え、多くの星々の光を携えながら彼女は心の中で思う。

 

ただひたすらに自分らしくあれ。

 

この身が滅んででも、最後にはこの猛毒(願い)が届くまで。

 

今日も彼女は、毒を仕込む(喰らう)

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「くそっ! 腹へった!!」

 

 

思わず吐き捨てた。

 

赤く染まる夜。

 

魔物というのはこういった土地での狩猟に慣れてないのか。決まっている。慣れるはずがない。大体、ここは何だ。自分は、こんなわけのわからない場所より遠い位置にいたはずだ。命の危機だと感じた瞬間、霧によって知らぬ場所に飛ばされるなんて、常軌を逸している。よって土地勘もわからず、喰おうにも自分とは違う化物が彷徨いてるし、人間を見つけたと思ったら太陽のような光を放つ木の実を投げてくるしで、全然喰えていない。

 

このやり取り何回目だ、というくらいに獲物を捕らえていない魔物は苛立ちのあまり頬から出血するほど激しく掻く。

 

 

「クソったれが!!」

 

 

舌打ちした。

 

飢餓状態で知性が落ちたか。歩きながら景色を見ると、どれもがご馳走に見えてきてしまう。

 

ついには、

 

歩いている老人でさえ極上品にも。

 

 

「········ヒヒッ!!」

 

 

もう、この際誰でもいい。

 

老人の肉など、肌がカサカサと乾燥しているし肉の質も良くない。ヨボヨボと歩いていることから簡単に仕留められるだろう。

 

照準を合わせる。

 

視界の真ん中に獲物を捉える。

 

数十メートルもある先にいる背が縮んだ婆さんは腰が悪いのか錫杖をついて歩いている。僧侶、に見えなくはないがどうでもいい。魔物は笑った。簡単な狩りだ。たとえ狙いが外れたとしても、即座に襲い掛かれば反応する暇もなくその喉笛を掻っ切れる。変な木の実を投げられる暇もなく殺せる。もう腹が減りすぎて肉の質とかどうでもよかった。とりあえず足を失くす。あとは動けなくなったその瞬間、あのババアをじっくり料理すればいい。

 

判断は一瞬だった。

 

 

「オラァァァアアアアアッ!!」

 

 

魔物は腹の底から叫ぶと、その鋭い爪を手前から横方向に振るった。

 

 

ザシュッ!! と。

 

 

老人の手から何かが出てきて、魔物の皮膚を削り取り、その腕から鮮血を撒き散らす。

 

 

「は········ッ!?」

 

 

予想外の一撃に魔物は困惑する、

 

狙いは正確だった。伸ばした腕は確かに老人の足を切り落とそうとしていた。

 

なのに。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「やれやれ、物騒じゃの」

 

 

混乱する意識に、老人の声が届く。

 

いかにも憐れむような、下等生物を見下す声。

 

 

「近頃の魔物は、どんな年寄りでさえも問答無用で襲いかかってくるのぅ」

 

「え········」

 

 

魔物が何か言う前に、さらに老人の腕が動いた。

 

ザジュ!! という血飛沫が舞う音。

 

下から上へと振り上げる動作は、肉を抉ることしかできなかった。それでも素早く多方向からの太刀筋に魔物は反応が遅れ、体のあちこちを傷つけられた。老人の腕に握られていたのは小太刀だった。護身用だろうか、けれどそんな通常兵器自分には通用しない。

 

こんな傷、すぐに回復する。

 

正直、何考えてんだこのババア、と思った。

 

気の済むまでやらせて疲弊したところで、自分にやられたのと同じようにその今にも倒れそうな体を切り刻んでやろうかと考えたところで、

 

 

ボロッ!! と。

 

 

自分の体が塵のように崩れていった。

 

 

「········え?」

 

 

魔物の体が、強烈な熱を帯びる。

 

その熱は次第に血液に染み込んで、最終的には体を発火させた。

 

 

ガ、アァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッッ!!???

 

 

何だ?

 

何をされた?

 

たかが老人の、それも日輪刀でもない武器でちょっと皮膚を斬られただけだというのに、体がまるで太陽に灼かれるように燃え始めた。

 

朦朧とする意識の中、老人は武器の調子を確かめるように小太刀を軽くさすりながら、

 

 

「お主らが太陽の光に弱いのは知っておるのでな、であれば話は簡単じゃ」

 

 

憐れみの声。

 

だが新しく思いついた手品の仕組みを語るような楽しげな声でもあった。

 

 

「空島にしか咲かない『ヒダマリ草』は陽の光をたっぷり浴びて育った。その花弁には瘴気さえも消し去る効果がある。それを武器に塗れば通常兵器が効かぬお主らとて、傷口から陽の光の吸い取った成分が入り込んで自然発火するんではないか、とな。コリーネの研究結果がここで役立つとは夢にも思わなんだ」

 

 

などと語る老人であったが、魔物は最後まで聞いていなかった。

 

あっという間に塵となって消え去り、焦げついた匂いが鼻を刺激する。老人は小太刀をしまい、しばし消え去った魔物を見ていると、

 

 

「“インパ様”」

 

 

遠くから素早い足捌きでやって来るシーカー族の若者が、シーカー族の元長の“インパ”の元まで来ると片膝を付いて敬意を払うように敬礼する。

 

 

「各地の新種の魔物たちの討伐は順調かの?」

 

「ハッ! 『カガヤキの実』の対策を取られて難航したものの、コリーネ様の研究の成果によって『ヒダマリ草』の成分を武器に塗って応戦したところ塵も残さず一瞬にして消え去った、と」

 

「ふむ」

 

 

シーカー族はハイラルの暗部的存在。

 

暗殺や魔物討伐のために古代技術を使って絡繰を作り、あらゆる者達を葬っていった。

 

故に毒も使うので、植物の研究もしている。

 

武器も使う。毒も利用する。魔物たちの弱点を把握し、最も効率的に撹乱する方法を編み出して実行する。単純に叩き殺すのではなく、相手に最大のダメージを与えるなら、どんな手段も選ばないという選択肢まで採り始める。

 

毒は、ゆっくり時間をかけて刺すのが一番痛い。

 

恨みを、何年も、溜め込んでいた刃に塗られた毒は、骨の間に音もなく静かに滑り込んでいく。

 

そういう毒が、最も深く蝕んでいく。

 

 

「これで『ヒダマリ草』は奴らには有効というのが証明されたの。少しでもその成分が入り込んだら奴らを滅することができる。しかし、採れる場所が空島だけというのは少々不便じゃの。またリンクに頼むしかないが·······あやつは今どこで何をしておる?」

 

「ペーン様の報告では昨日までゲルドの街におり、今朝方出られたとかで·······今どこにいるのかまでは」

 

「仕方ない。あやつには使命があるからの。今度ペーンがやって来たらリンクに手紙を渡すように頼んでおこう。しかし、厄災討伐の前に新種の魔物を討伐せねばならんとは、いくらあやつとて背負い込みすぎな気もするの」

 

「·······背負うといえば、少々リンク様に関してとある噂が」

 

「?」

 

 

インパは若者の報告に耳を傾ける。

 

一通りの説明を受けたインパは眉を顰めたが、それと同時に呆れる。背負い込みすぎと今言ったばかりなのに、リンクの奴また新たな問題を抱え込んでいるらしい。

 

けれど、

 

それが彼らしくて逆に安心した。

 

国のために動いていないと落ち着かない体質だからか、彼はどんなことがあってもブレない。性格が多少変わっても、根の部分は百年前と全然変わらない。

 

泣いている子供に手を差し伸べてあげる彼の優しさは、おそらくは姫様譲りだ。

 

姫様が彼を変えた。

 

よって今のリンクがいる。

 

堅物からノリのいい好青年へと変わった時は少々受け入れ難かったが、今のハイラルにはああいう楽観的思考が必要なのかもしれない。

 

インパはその報告を聞くと、真っ赤に染まった満月を見つめる。

 

 

「急ぎ戻ろう·······今宵もまた魔物どもの魂が肉体を取り戻す」

 

 

あの月が紅く染まらない日はいつ来るのだろうか。

 

魔物の軍団はいくら倒しても蘇り、さながら古の大戦のようにこの地を席巻する。

 

勇者が魔王を討ち取らぬ限り。

 

この地に安寧が訪れることはない。

 

 

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