鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第十七章

 

 

遠く西の果てに広がる森の向こうに消えていく、太陽。

 

もう沈もうとしている日の中に、自分の鎹鴉が飛んでいく。

 

彼はその鴉から受け取った手紙を虚ろな目でのぞいていた。

 

 

「今日も、見つからなかったか········」 

 

 

屋敷の二階。宿泊者の部屋から外側に張りだしている縁側に立って、茜色に輝く空を眺めながら少年はため息をこぼした。 

 

ここは地図にも載っていない、日本のどこかにある『刀鍛冶の里』だ。 

 

少年一人で過ごす生活がもう二◯日以上続いていた。

 

食事も洗濯も自分の分しかないからすぐに済むし、掃除をしても昼前には終わる。

 

食糧も、水も、備蓄は充分だ。 

 

怪我をしている場合に備えて手当てをするための布や薬も用意してあるし、汗を流したいと思ったらすぐに温泉へと行ける。 

 

生活をするにして何一つ不自由はない。

 

しかし、

 

それでも今日も自分の『最愛の妹』は見つからなかった。髪の毛どころか匂いすらも。いつも妹が姿を見せればすぐに寄ってきて甘えてくるのに、それがない。それがどれだけ残酷で悲しいことか。同期である“我妻善逸”が探すのを手伝ってくれたが、結局別任務が入ってしまって彼は泣く泣く他の隊士によって連れてかれた。

 

縁側の柵に手を置いて、血のような色の太陽を見つめていると、少年は猛烈な不安に襲われる。

 

────もしかして、妹は········もう、

 

死んでしまったのではないか。 

 

もう帰ってこないのではないか。 

 

あの太陽によって、塵となって骨すら残らず消えてしまったのではないか。

 

お館様の手配によって極秘で捜索しているということはすでにここにも伝わっている。それだけじゃない、自分のもう一人の同期である“嘴平伊之助”が未知なる敵と遭遇して大怪我したという話も。届いた手紙では、それの討伐のために何人もの鬼殺隊が派遣されたが、鬼とは違う別の力でねじ伏せられて全滅し、ついには柱が向かったという。しかし柱でも苦戦するほどの敵で、戦った柱の“伊黒小芭内”はなんとか撃退したものの、あちこち傷だらけになり、今も昏睡状態が続いている。

 

鬼の出現が減少した今、被害そのものの心配は無くなったものの、新たな敵が現れたということで対処法がわからず討伐が難航しているという。

 

その敵というものに少年は遭遇したことがないからどんな奴かはわからないが、妹が消えた直後にそんなことが起きた。

 

それで思った。

 

鬼が減少したのと何か関係があるのでは? と。

 

それで、鬼である自分の妹もそれ関連で消えてしまったのでは、と。

 

 

「················大丈夫。兄ちゃんが、必ず見つけてやるからな」 

 

 

そう言い聞かせても、不安は消えない。 

 

やがて日が沈みきると、少年は戸締まりをすませて屋敷を出た。夜空の下、薄闇に包まれつつある町の中を、少年は静かに歩いていく。ひょっとこ達があちこちで刀を打つ音を響かせてきても、彼は関心がないように足取り悪く進んでいく。

 

温泉がある階段で足を止めた。

 

今はとにかく体力の回復だ。

 

“音柱”と共に遊郭へ行き、決死の覚悟で『上弦の鬼』と戦い、派手な傷を負いながらもなんとか討ち取ったが、その時の傷はまだ癒えていない。

 

そんな中、緊急任務が入って、行けるのが少年しかいなかったため仕方なく赴くことになり、

 

そこで················

 

 

「神様················」 

 

 

夜は神すらも見放した時間。

 

だというのに少年は天に向かって手を合わせる。

 

 

「俺の命を犠牲にしても構いません。だからどうか················無事な禰豆子に会わせてください」 

 

 

この祈りは少年の妹、

 

竈門禰豆子が消息不明になってから、

 

彼の日課となっていた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

眩しいほどの日差しが、蒼い海にきらめいていた。 

 

岸辺に打ちつける波の音。

 

むせかえるほど濃厚な汐の匂い。

 

 

「救世主様〜」

 

「!」

 

「イチカラ村最寄りのマーリン湾に到着しただわさ。どうかお気をつけてお降りください」 

 

 

赤銅色に日焼けした男の声を背中に聞きながら、リンクは木箱を背に担いだまま慎重に船縁から岸へと降りていった。 

 

波に揺られる船旅の影響か、陸に上がっても微妙に体が揺れている気がする。船旅は短かったとはいえ、歩くことの方が多いため慣れてないのでいくぶん船酔い気味なのだ。

 

 

「着いたか」 

 

 

気合いと共に足の裏に馴染み深くて心地よい大地の感触が伝わってきて、それでようやく人心地がついた。 

 

やはり自分は、陸の方が性に合っているのだと思う。

 

 

「救世主様、これからどうするおつもりで?」 

 

 

不意に声をかけられる。 

 

振り返り、ここまで船を出してくれたウオトリー村の村民は心配そうな目でリンクを見ていた。

 

 

「ここ最近、夜になると新種の魔物が湧いて物騒だわいさ。なんかお昼の時間も短くなっている気もするし、早めに今日はどこかに泊まった方がいいさね」 

 

「ああ、それなら大丈夫」 

 

 

リンクはなんでもないというように軽く手を振って答えた。

 

 

「イチカラ村から少し離れたところに俺の家があってさ、しばらくはそこで過ごすつもりなんだ」

 

「そうでしたか〜。旅を続けてると言うから寝泊まりして過ごしてるのかと思ってただわいさ」 

 

「流石に家は持ってるよ。ハテノ村の家は譲ったからしばらく放浪生活だったけどね」

 

「さすがは救世主様! つまりは別荘を購入したということだわさ! やはり救世主様は各地を旅してるだけあってお金もたんまり持ってるんさね!!」 

 

「いや、別にそこまで」

 

「ご謙遜しなさらなくてもいいだわいさ。たった一人で海賊達をやっつけた救世主様ならそれぐらい当然!! 」 

 

 

なんか自分に夢や希望を持っているようだけど、そこまで過大評価されると逆に困る。そう言いながら男は手を振って船を漕ぎ、海へと戻っていく。

 

リンクはそれ手を振りながら見送った。

 

 

「それにしても················懐かしい場所だな」 

 

 

リンクは小さく呟いてから、改めて周囲の様子を確かめてみた。 

 

あの螺旋状の形をした島の中心に、『姫様が残した手がかり』があることは今でも覚えている。姫様の手がかりがあるということでプルアに討伐隊を編成してもらい、あそこ一帯の魔物らは討伐隊によって常時始末しているため、次の赤い満月が来るまでは平和だ。

 

マキューズ半島。

 

アッカレ地方の東にある、渦巻き状の沿岸。何をどうしたらこのような形になったのか、地形に詳しい学者にでも聞かないとわからない少し面白い形をしたその場所は、観光名所としても有名だった。

 

自然文化遺産として登録しても良いくらいの芸術的な風景。

 

螺旋状の島のせいか、その中心部に行くのが多少めんどいという意見も多いことから、あまり人が訪れることはない。遠目から眺めるというのが一番の楽しみ方だろう。

 

その奇妙な形をした島全体を見る、というのが普通の楽しみ方だ。思い出話として語りには相応しい場所である。

 

そしてここは、自分にとっての戒めの場所でもある。

 

自分のせいで姫は朽ちた退魔の剣をより強化して回復させるために『秘石』を飲み込んで、『聖なる力を宿す龍』と化した際に流した泪によって描かれた地上絵がある場所の一つ。

 

彼の持つ、『退魔の剣』を手に入れてもらうために残した情報を、姫は泪で流して地上絵にして手掛かりを残した。彼はそれを頼りに龍化した姫を捜し出し、彼女に起きた出来事を追体験して真実を知ってもらった。

 

だが、地上絵にある水溜りに触れる度に彼の表情はどんどん険しくなっていき、真実を知って、彼は姫のその想いを継いで再び退魔の剣を手に取った。

 

そして改めて誓った。

 

魔王を討ち倒し、そしてなんとしてでも姫を取り戻す。

 

その覚悟を持って、彼は再び傷が癒えたマスターソードを振るうと誓った。

 

それが今、新種の魔物、『鬼』と呼ばれる奴らが現れたことで対応を急がされ、未だに魔王がいる根城に攻め込めていない。

 

だがいつか、必ず倒す。

 

そのために今は休養だ。

 

傷ついた少女を自分の別荘で休ませ、何日か過ごしたらまた旅に出る。

 

水平線から天に向かってもくもくと湧き立つ入道雲。青空から照りつけてくる太陽も、遮蔽物がないためウオトリー村にいたときよりも心持ち大きく感じる。けれども沖から海風が心地よく吹きつけてくるおかげで、暑くて我慢できないというほどではない。 

 

リンクは早速家に向かうためにイチカラ村がある方角へと足を進める。

 

景色が変わるごとに魔物の姿が見えないことから、やはりここらは討伐隊によって駆逐されたようだ。

 

少女を休ませるのにこれ以上適した場所はないと自分に言い聞かせて歩いていくリンク。

 

と。

 

 

「ヒィィィイイイイッ!!???」

 

「?」

 

 

なんか目の前から小柄な男が走ってきた。

 

追われてるのか、その後ろには赤い服を纏った集団が得物構えてお命頂戴致すというかのように男の首を刈り取ろうとしていた。

 

 

「お、お助けぇ〜!!」

 

「················」

 

 

流石の討伐隊も賊までは対処してなかったか。どこに行っても現れる奴らを見てリンクはため息を吐く。というか何がどうしてそうなったのか説明してもらいたかった。

 

だが、怪訝な表情を浮かべながらもリンクは追われている男を助けるために背中の剣を抜く。

 

木箱を傷つけられないようにして、リンクはイーガ団を殲滅する。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

断末魔さえ響かせない。

 

イーガ団一人の首に耐えがたい激痛が走っていた。リンクの刃がそこを通り抜け、流れる血を吐き出させたのだ。

 

 

「ゆ、勇者リンクだ!?」

 

「ち、ちょうどいい! コーガ様のかた────」 

 

 

一人が標的を変えようとしたその瞬間、リンクは地を蹴り青空に跳躍していた。

 

高所で剣を振りかぶり、イーガ団の構成員目掛けて勢いよく落下する。 

 

上空から振り下ろされた刃が、そいつの面を容赦なく二つに割った。ぐちゃ、と頭蓋が割れる音。そいつの鮮血が宙に舞い、地面の草木を真っ赤に染める。

 

残りの奴らは、ひっ!? と息を呑む。

 

それは奴らだけでなく、追われていた小男の声も混じっていた。

 

リンクの凶刃は構成員を斬っても止まらなかった。動揺する同僚達に雷光の如き速度で襲い掛かり、彼らを次々と斬り捨ててしまう。人間業ではない、と思った。同僚たちは皆、得物を抜くなり一瞬のうちに斬られていた。誰一人として、剣戟に持ち込むことさえ出来ないのだ。青空の中に、声にならない呻きだけが響いている。手助けに入った奴も背中を斬り裂かれ、血まみれで喘いでいた。

 

赤く濁った眼で、リンクを睨みつけている。

 

 

「こ、この!! 勇者風情が!!」 

 

 

しかし、そいつはそれ以上何も言うことができなかった。

 

リンクの剣が首を勢いよく刎ねてしまったのだ。二つに分かたれた身体は、惨たらしく血だまりの中に沈んだ。 

 

目の前の光景に、残ったイーガ団は現実感を失っていた。つい先ほどまで一緒にいた仲間達が、こんなにも呆気なく殺されてしまうだなんて。 

 

 

「···············お前で最後だ」

 

 

リンクの目が、その残った一人を見定める。この勇者は、たとえ人間でも自分に仇を成す存在であれば容赦なく殺し、生かして帰すつもりはないのだろう。

 

 

「ち、ちくしょう!!」

 

 

そいつは唇を嚙みしめ得物を抜き放った。

 

 

「うおおおおおおおおおおおッ!!!!!」 

 

 

下っ端の最後の一人は気合い一閃、リンクに向け上段から得物を打ちこんだ。 

 

しかし、そんな揺らぎまくりの刀身が描く軌跡など、彼にとっては見え透いたものだったのだろう。まるで赤子の手を捻るかの如く、退魔の剣の鍔で弾かれてしまった。体勢を崩された下っ端には敵の刃から身を守る術はもうない。

 

一瞬後。

 

自分の肩口から腹部にかけて、灼けるような激痛が走る。噴水のように噴き出た血は止まらない。もはや立っていることも叶わず下っ端は膝からその場に崩れた。

 

だが首はまだ健在。

 

傷ついてないことで悲鳴を上げられる状態だった。

 

────叫ばれると厄介か。 

 

リンクはそいつに悲鳴を上げる暇すら与えなかった。倒れた奴に後ろから馬乗りになり、恐怖に歪むその口を手で押さえながら、その喉を素早く切り裂く。 

 

大量の鮮血が辺りに飛び散り、今度こそ静かにその場に崩れ落ちた。

 

 

「ふぅ」

 

 

リンクは額に浮かんだ汗を袖で拭う。そのあとで、袖にも返り血が付いてたんだったと気づいて後悔した。

 

 

「···············平気? “キルトン”?」 

 

「ヒギーッ!? あ、あなたでしたか!? てっきり私はグリオークでも出たのかと!!」

 

 

キルトン、と呼ばれた男は両目をカメレオンのように両目を別々の方向に動かして回転させると、正気を取り戻してはポケットから手拭いを取り出して渡してくれた。

 

 

「いやー。助かりましたよ。正直なとこ最近あいつらに追われることが多くて、私一人じゃどうにもならなくて必死に逃げてたんです。ありがたいありがたい」

 

「別にたいしたことはしてないけど、なんでこんなとこに?」 

 

 

受け取った手拭いで顔に付いた返り血を拭うと、リンクはなんでもないとばかりに首を振る。それでこんなところで何をしているのか訊ねると、キルトンの目がギラリと光った気がした。

 

 

「貴方はマモノを愛していますか?」

 

「は?」 

 

 

なぜここにいるのか訊ねかけたリンクは、思いがけない切り返しに絶句する。なんでここで魔物の話が出てくるんだ? 

 

しかしキルトンは、呆気に取られるリンクに構わず話を続けた。

 

 

「私はマモノが大好きです。いえ愛しています!! ですが安全な地で過ごしていれば遭遇することは非常に稀、だから私にとっては遭遇することはこれ以上ない喜びです。その中でひときわ輝くあのライネルの姿! あれこそがマモノの象徴!! 美しい鬣、力強い雄叫び、炎ブレスは私のマモノを想う気持ちと同じくらいに熱く身を焦がす··········」 

 

 

そこまで言うと目の色を変えたキルトンは、懐から何かを取り出して見せてきた。

 

今日の朝に発行されたシロツメ新聞社の新聞紙。

 

そこにはデカデカとこう書かれていた。

 

『巷で話題の新種の魔物、“鬼”とは一体なんなのか!?』

 

 

「最近巷で噂になっている魔物の姿をどうしても見たくて!! 私のマモノコレクション魂がいてもたってもいられず、仕方なく一目見ようと近くの森に数日間滞在していたのですが全然現れてくれず、食料も無くなったので一旦村に戻ろうとしたところ近くにツルギバナナが落ちてましてね。それを拾ったら近くの木が急に人に変わりまして、新種の魔物かと思って近付いたら襲いかかってきまして、それでさっきまで逃げていたわけです」

 

「馬鹿なの?」

 

「失礼な!! 私の中に眠る知的好奇心が疼いただけです!!」

 

 

こいつは魔物のこととなると本当に周りが見えなくなる。

 

彼は陶酔しきった目をして、立て板に水といった調子で延々と魔物の素晴らしさについて弁舌を振るい続ける。

 

その間、リンクは全く口が挟めない。 

 

 

「ところで────」 

 

 

引いた目で見るリンクを尻目に、言いたいことを言い尽くしてから突然キルトンは話題を変えた。

 

 

「最近貴方は鬼に遭遇しましたね?」 

 

「!?」

 

 

それでようやくリンクは自分も喋るきっかけを得ることができたが、口に出せたのは驚きの声だけだった。

 

 

「な··········なんで?」 

 

 

一瞥しただけでどうして自信を持って断言できるのか。

 

彼の言葉に、リンクは唖然としてしまう。

 

 

「それと最近フィローネの森に行きましたね。遭遇した相手は鬼··········いや、それもただの鬼じゃない、瘴気を纏った相手に間違いない」

 

「··········ッ!!」 

 

 

確かにリンクはウオトリー村を発つ前に勇気の泉で鬼である蛇女の討伐を行っていた。しかしそれは討伐隊のいない単独の戦闘だったので、遠く離れた場所にいるキルトンが知るはずのない情報だった。

 

彼は呆気に取られているリンク相手に、得意気に説明を開始する。

 

 

「私の目は誤魔化せませんよ? あなたがいくら体を清めたとしても服にこびり付いている臭いは消せません」

 

「おい」

 

 

つまりは自分の持つ特殊な五感でわかったということじゃないか。

 

こうまで鼻がいい奴は苦手だ。

 

どこまで隠してもすぐにバレてしまう。というか嗅いで察するなんて変態だ、変態の所業だ。こんな奴がいること自体信じられない。

 

どうか、こんな変態的感覚を持っている者が他にもいませんように、と。

 

心のどこかで思うリンクであった。

 

 

「··········ん?」

 

 

でも待てよ?

 

臭いでわかるということは、

 

 

「ムムッ! 貴方··········その木箱!!」

 

 

まずい。

 

リンクは本能で察して木箱を庇うように後退りすると、キルトンが目を光らせてゆっくりと近付いてくる。

 

まるで欲しいおもちゃを狙う子供のような目を向けて。

 

 

「その木箱の中身、もしや鬼────!?」

 

急用(休養)を思い出したから俺もう行くね帰り道気を付けてさようなら!!」

 

 

ダッと走り出すリンク。

 

その後ろをキルトンは変態染みた鼻息を漏らしながら追ってくる。せめて中身を確認させてください〜! という声が聞こえてきても無視し逃げていく。

 

はっきりしたのは、この変態はとてつもなく変わり者だということだ。これまでにも様々な魔物に悩まされてきたリンクだが、こいつの変人ぶりは群を抜いている。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「これで終わり、と」 

 

 

日が暮れるまでの鬼ごっこが続いたが、キルトンの体力に限界が来てなんとか撒けた。

 

リンクの自室の机で、ほつれかけていた報告書のくくり紐をしばり直したリンクは椅子の背もたれに体を預けた。

 

報告書に少女の経過報告を書き終えると、リンクは大きく伸びをする。

 

ペンを走らせ神経を使う細かい作業に強ばっていた肩がめりめりと音を立てた。

 

 

「··········いつか太陽の下を一緒に歩けるといいな」 

 

 

肩を叩きながら、リンクは隅に置かれた木箱を眺めた。

 

かつては魔物退治の最中に拾った木箱だが、その中にまさか少女が入っているとは思わなかった。これまで行った光景の情景を思い起こしながら、ゆっくりと思い出を思い出していく。

 

少女と共に旅をして、早いもので二ヶ月の歳月が経過していた。それで、彼女が鬼と呼ばれる魔物を絶滅させる手掛かりになると思ったが、未だにそれらしいものは掴めていない。そればかりか彼女の名前すらわからない状態だ。しかしそれでも彼女はリンクの側を離れず、ずっとついてきたいと言う。一体なんでそうまでして離れたくないのかわからなかったが、実のところリンクは少女との旅が楽しかった。

 

まだまだ一緒に旅をしたいな、と。

 

しかしそれは同時に、これまではあまり考えないで済んでいた少女について思いを巡らせることにもなった。鬼である少女は人としての思考を保っているものの、太陽の下を歩くことはなく、場合によっては何日も眠り続けることもあるらしい。 

 

そんな少女と、どうやって共に歩めばいいのだろうか。いつかは魔王を倒すために城の地下に潜らねばならない。

 

その後、彼女をどうするのか。

 

一緒にいられないかもしれない。

 

国の復興のために魔王の瘴気が及ばなくなれば赤い月が現れることもなく、魔物は復活などせずに確実にその息の根を止めて一匹残らず殲滅できるだろう。だが、魔物である彼女はどうするべきなのか。

 

どうなるかわからない未来に不安になり、リンクは人差し指でこめかみを押さえた。

 

 

「頭が痛いな」 

 

 

もう今夜はもう遅い。

 

そろそろ寝ようかと考えた時、木箱がある方向から扉が開かれる音を耳にした。

 

 

「あ、ごめん。起こしちゃったか」

 

「ムゥ·········」

 

 

そう謝るも、少女は気にせず腕を伸ばして欠伸するように瞳を濡らす。

 

彼女の濡れた瞳がゆっくりと開き、桜色の目が痙攣するようにゆっくり動く。リンクはなぜだか後ろめたい気持ちになって慌てて下を向いた。

 

 

「ムー?」

 

「·········」 

 

 

決して口には出さないが、最近少女はとても綺麗になってきている。

 

最後まで守り抜くと忠誠を誓った姫を太陽のように輝く美人とすると、彼女のそれは対極の位置にあるだろうか。

 

夜空に浮かぶ月のように輝く少女は美しく、そして可憐だった。

 

 

「·········」

 

 

リンクは立ち上がると、そのまま少女の元まで歩いて行き、目線を合わせるようにして屈んでこう言った。

 

 

「目覚めたついでに、ちょっと散歩でもしようか」

 

「ムー!」

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

リンクは少女の手を取って家から出ると、海が見える場所まで一緒に歩いていく。

 

空は既に暗く、果てない星空が広がっていた。

 

肉親もいない彼に少女と共に夜空を見上げるその姿は、リンクにとって新鮮なものだった。そういえばこれまで、彼女と夜を過ごしたことはあってもこうして一緒に空を見上げることはほとんどなかった気がする。 

 

 

「·········」

 

 

だからだろうか。

 

リンクは無意識のうちに勝手に口が動き、少女に昔話を聞かせていた。

 

 

「俺ね、救世主だとか神に選ばれた者だとか、勇者って言われてるけど·········全然そんなことはないんだ」 

 

「ムー?」

 

「みんな特別扱いしてくるけど·········俺はいざって時に大切な人を守れなくて、倒すべき相手にこの右手を腐らされて一度は剣まで握られなくなった。本当に俺が選ばれた存在っていうなら、今頃俺の側には“ゼルダ様”がいたはずなんだ」

 

 

彼が自ら己のことを話そうとするのは珍しいことである。

 

リンクが少女の手を握り、変わった右腕を見つめながら話し出す。

 

見れば彼の手の中には、小さな雫があった。

 

自然発生した物ではなく、それはリンクの瞳から垂れ落ちた涙であった。

 

 

「あそこ、見える?」

 

 

そう言ってリンクは指を指す。

 

螺旋状の島の方を指して、少女にも見える位置まで歩いていく。

 

 

「あそこにね·········ゼルダ様の泪があるんだ。ゼルダ様が残した·········手がかり」

 

「·········」

 

 

少女は黙って、彼に話の先を促した。

 

 

「ゼルダ様は優しかった。ただ剣を振ることしかできない俺と一緒にいてくれて、英傑の一人として迎えてくれた。仲間も大勢いたんだ。いつも俺のことを心配してくれる人や、相棒と呼んでくれてご馳走してくれる人や、剣術でよく手合わせをして力を高め合った人や、ちょっと俺のことが苦手だったのかいつも冷たい人もいたな」 

 

 

リンクはそんな仲間達と笑顔で素敵な生活を送っていたという。昔を懐かしむような彼の口調からすれば、その生活に不満はなかったのだろう。

 

それがどうして────リンクは一人、あちこちを旅するようになったのだろうか。 

 

少女は、彼の話に耳を傾けた。

 

 

「でももういない········どこにもいないんだ」 

 

 

顔にこそ出さなかったが、少女は驚く。

 

ということは、なにか不幸が起こったということに他ならない。 

 

リンクは、淡々と続ける。

 

 

「みんな厄災討伐のために準備してたのに、対抗策である神獣を乗っ取られて殺されて········それで俺は致命傷を負って百年も眠り続けた。そのせいでさ、大切な思い出もその時失くしちゃったんだ。けれど、姫様の声があって俺は思い出せることができた。仲間との大切な思い出をまた蘇らせてくれて、だから俺は恩返しのためになんとしても姫様を助けたかった」 

 

 

あの方は誰にも優しくて、何より努力の人だったから────とリンクは言う。

 

そんなところがずっとずっと好きだった、と。 

 

語るリンクの表情は、ほとんど変わっていない。しかし、その瞳の奥には、深い哀しみが浮かんでいるようにも思える。

 

 

「それで助け出したのにさ········俺がしくじったせいであの人はまた────ッ!!」

 

 

リンクは言葉を切り、詰まった息を吐く。

 

その肩が小さく震えているのは、夜の冷え込む空気のせいだけではないのだろう。

 

 

「しくじった、結局しくじったんだ。俺がしくじったせいで、今もまだ厄災の影響が各地で起きている。俺がもっと強ければ、ちゃんと姫様の手を掴めていれば────ッ!!」 

 

 

リンクが声を詰まらせた。

 

嗚咽を堪えるかのように、下唇を嚙みしめている。

 

剣士として相応しくない、勇者として相応しくない。

 

とても醜い姿を見せながら、リンクは膝から崩れ落ちた。悔やみに悔やみ、リンクから大量の涙が頬を伝って地面へと落ちていく。

 

 

「何が勇者だ。何が選ばれた才能だ。大切な時に大切な人を守れず、しかも退魔の剣を折ってそれを直すためにまた大切な人に預けて········俺は無力だ。何も成し遂げてない。そんな奴が勇者だなんて、選ばれし者なんて、誰も守れなかったら意味ないのに!! こんな、こんなの、ここまで打ちのめされた奴が勇者だなんて烏滸がましいにも程があるだろッッッ!!!!!!!!」

 

 

俯く彼の表情は、少女からでも見えない。

 

けれどその顔からいくつもの雫が垂れ落ちているのはわかる。

 

 

「ムー!」

 

 

少女は、両手を広げてリンクの体を抱き寄せた。自分でも支えられていない体を少女はしっかりと受け止め、彼の体を強く抱きしめる。

 

 

「ムー········ムー!」 

 

 

リンクは、何も応えない。

 

ただ零れ落ちる涙をひたすら拭い、じっと少女に己が身を預けている。

 

今度こそ。

 

勇者ではなく。

 

青年は今まで溜め込んできた涙を、溢して呟いた。

 

 

「ごめん·······ごめんなさい·······ごめんなさいッ!!」

 

「ムー、ムー」

 

 

勇者でも、何でも。

 

それがどこにでもいる生きとし生ける青年のちっぽけな本音だった。どうしようもないほどあさましく、みっともなく、惨めで、くだらなくて·······だけど彼が抱えていた嘘偽りのない剥き出しの心の声。

 

少女はそれを受け止め、リンクの頭を優しく撫でた。 

 

彼を苛むその後悔を、少しでも紛らわせることが出来るように、と。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

その日、よくわからない夢のようなものを見ていた気がする。

 

微かに揺れる暖炉の火が、二人の頰を照らしている。 

 

今、リンクと少女の間を隔てているものは何もない。

 

二人は一緒のベッドで一つの毛布に包まれながら、互いの寝息が届く距離で眠りについていた。別にリンクが望んだことではない。彼が眠りについた後、いつもの如く少女が彼の横に入ってきたのだ。怯える子供を慰めるように、少女はリンクの手を握る。 

 

戸外に響くのは、轟々と吹く夜の風の音。

 

けれど今の二人がその音に怯えることはない。繫がり合った心が、外界の恐ろしさを消し去っているのだ。

 

少女は少しだけ目を伏せ、安心して眠る彼の寝顔をじっと見つめている。

 

と、

 

 

「ムー?」

 

 

すぐ脇で寝息を立てているリンクとは別の、()()()()()()()()()()()()()()

 

少女はリンクを起こさないようにベッドから起きると、その声が聞こえる方へと歩いていく。

 

外からだった。

 

重たい扉を開けて外に出てみると、

 

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「ムゥ!?」

 

 

光に驚き少女は思わず目を覆うも、その光は太陽ではないということに気付く。

 

眩い閃光が走ったかと思うと、天を切り裂いて光りが走る。 

 

苦難の末にようやく目を開けた世界。そこは絶え間ない光によって生み出された輝きが一面に広がる圧巻の世界だった。 

 

この大地にリンクと自分以外の生物の気配はない。 

 

ただ一つ、

 

()()()()()()()()()。 

 

 

キィィィィィン

 

 

耳をつんざく叫び声が、少女の頭上で木霊する。顔を上げると、渦を巻く雲の中に巨大な影が微かに見えた。

 

影は強烈な光を地上に吹きつけながら、ゆっくりと少女の元へと降下してくる。 

 

次第にその姿が現れるにつれ、光り輝く世界はますます激しさを増していった。

 

 

「ム、ムー!?」 

 

 

少女は短く息を呑む。

 

見たことない光景のため比較対象がなかったので体長がどれくらいなのか想像するしかなかったが、間近で見るとその大きさに圧倒される。

 

遂に影は雲を抜け切り、その全体像が明らかとなる。 

 

背に添って生えている石のようなものは緑がかった蒼色で、幾重にも重ねられた鱗は羽衣とも思える姿を持ち、光を纏ってはためいている。巨大な体に比べると体つきは細長く、首から尻尾にかけて白と黄色と蒼の堅殻で覆われていた。 

 

鋭角的な形状をした頭部には、青空のように輝く二本の角と、それを護るかのように黄色い鬣が生えている。

 

優美にして圧倒的。

 

これまでに遭遇した鬼とは全く別の、少女の背中を痺れさせるほど美しく、神秘的な存在だった。

 

 

白龍。

 

 

そう呼ぶに相応しい存在が家から出てきた少女を見つめ、静かに顔を近づけてきた。

 

少女は、恐れなかった。

 

むしろ歩み寄るようにして、龍の顔にその小さな手を当てた。

 

龍は嫌がらず、少女の手を受け入れて優しく撫でられる。

 

そして。

 

少女は、声を聞いた。

 

 

 

 

 

『リンクを·······お願い致します』

 

 

 

 

 

直後。

 

龍の瞳から一粒の雫が落ちてきて。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

少女の意識は、深い眠りへと誘われていった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

赤い月。

 

それは魔王の手に掛かった魔物達が息を吹き返す刻を知らせる合図。

 

べちゃり、という水っぽい音が聞こえた。

 

 

「フッ········フゥッ!!」 

 

 

白い掌が、沼から出てきて地面へ押し付けられる。ほっそりとしたその腕は不気味に曲がり、自身の体重を強引に支えていた。体の中心を走る軸はふらふらと歪んでいるようで、いつ空気の抜けた風船のように萎んでしまってもおかしくないくらいの様子だった。 

 

魔物である。 

 

片手を廃屋の壁に押し付けて体重を支え、もう片方の手で顔の半分を覆っている。二つの目玉は不自然にグリグリと蠢いているが、その顔には強い怨恨の色がある。 

 

吐息が熱い。 

 

喉の奥に何かが引っかかっている感覚がずっとずっと続いている。体の内側にある管が全部痒みを発していた。五臓六腑に細い蜘蛛の巣がびっしりと張り巡らされているような異物感が拭えない。 

 

足りない。 

 

魔物の思考回路は複雑な情緒を生み出すというよりは、頭を撃ち抜きすぎて大事な部分が全て抜け落ちたようなものに近い。

 

生きるか死ぬか、

 

強いか弱いか。

 

殺すか殺されるか。

 

それらを銃弾で撃ち抜いて冷静にさせることで、あたかも自分の思考は正常である風に見せかけている。痛みで死んで思考を途切れさせ、全てをリセットするような感覚。

 

バンッ!! と。

 

思考をクリアにするために魔物は口元に異物を入れて引き金を引いた。

 

複雑に混ざり合った感情がが、たった一文を魔物の頭の中に浮かび上がらせる。 

 

復讐だ。

 

べしゃり、という音が聞こえた。 

 

場所は、壁も地面も得体のしれない構造物で埋め尽くされた市街地のような所だった。体重を支えていた魔物の手が滑り、そのまま派手に路上へ倒れていた。うつ伏せに倒れ、異様にギザギザとした髪が血まみれになろうとも、魔物の単純判断は続く。 

 

髪の隙間から覗く眼球が、猛烈な速度でグリグリと回る。 

 

ひゅうひゅうと、壊れた笛のような吐息だけが響く。 

 

身体中の瘴気が恨みに呼応して膨れ上がる。

 

そこで気付いた。

 

自分の身に何があったのかを。

 

走馬灯のように自分の身に何があったのか壊れた頭脳に流れ込んでくる。

 

 

『誰だお前は!』

 

 

脳裏に浮かぶ、忌々しい顔。

 

海老天のような奇天烈な髪色で、炎のように熱く鬱陶しい男。

 

 

『鬼から人を守るために戦う、それが鬼殺隊だ!』

 

「───ろう」

 

『どれだけ惨めだろうと、俺は俺の責務を全うする!!』

 

「───じゅろう!」

 

『ああ、望むところだ』

 

「───きょうじゅろう!!」

 

『炎の呼吸、玖ノ型────』

 

「───ごくきょうじゅろう!!!!!!」

 

『煉獄!!』

 

「“煉獄杏寿郎”ッッッ!!!!!!!!!」

 

 

沼から這い上がってきた魔物は瘴気から発せられる邪気に侵食され、彼の十本指が虫の脚のように蠢く。

 

前髪に隠れていた唇が、

 

揺れる。

 

溶ける。

 

広がる。

 

薄く薄く、横へ横へ。

 

ズラリと並ぶ白い歯を、ノコギリのように輝かせて。 

 

 

「落ち着け········落ち着くんだ········生きているんだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

かつての主人を呼び捨て。

 

魔物は必要性を感じ、忠誠心を変える機能を獲得した。 

 

もぞり、と。

 

怪物か、猛獣か。

 

鬼か。

 

そう評されるべき何者かが、ゆっくりと起き上がる。 

 

異様に熱い吐息が、細く細く吐き出される。 

 

ここに来て、ようやく魔物は本当に冷静さを取り戻す。 

 

 

「全てに復讐を········!!」

 

 

左目の模様が瘴気と共に浮かび上がる。

 

 

『下弐』

 

 

黒い沼から出てきた、死んだはずの魔物。

 

体の中から武器を取り出してこめかみに当てると、引き金を引いて脳をクリアにする。

 

自決しながら、今仕えている主人の言葉に耳を傾け、こう答える。

 

 

「この御恩は必ずお返しします。そして必ずや、貴方様の願いを叶えて見せます·······“ガノンドロフ様”」

 

 

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